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かけはし  作者: 森杜林
1/1

前編

その朝僕は銃声で目覚めた。

聞きなれない音に起こされて地上へ出ると、そこは戦いの場だった。

拳銃を構える少女ひとり。

対するは鋼の爪を持つ集団。

森を走り抜けつつ少女は撃つ。

でも構わず襲いかかる敵には多勢に無勢。

ついに少女は取り囲まれた。

気が付けば僕は敵の一人に向かって石を投げていた。

石に気を取られて油断した奴を少女が撃ち抜く。

その勢いで彼女は周囲を制圧。そして完全沈黙。

僕のおかげで少女は助かってほっとする。

と思ったら少女もそこに倒れた。

見ると、白磁のような背が赤く酷くバッサリと切り裂かれていた。


☆☆☆


自宅へ連れ帰って手当てをしていると少女が目を覚ました。

驚いたふうだが、自分と僕とを見比べて現状を確認する。

僕が悪い人ではないと分かったみたいで、少女は安堵したようだ。

彼女は胸に手を当て、何かを言いたそうにこちらを見つめている。

しかしいつまでたっても何も喋らない。

口のきけない人なのだろうか?

筆談を試みたが、何を書いても反応なし。

困った僕はとりあえず部屋を離れることにした。

その間際に少女に待つよう手振りで示す。

大人しくしている様子から、意味は分かってくれたようだ。


☆☆☆


さてどうしたものかと迷っていると、居間の兄が話しかけてきた。

少女の肩に「中央」の紋章があったか訊いてきた。

肯定すると、彼は説明を始めた。

彼女は中央の者だ、と。

もはや人ならざる者だ、と。


この国の中央があらゆる産業を捨てた。

それを周辺都市に押し付けた。

その代わりに、中央はこの国のすべての情報の集約、管理、発信に徹するようになった。

これら一連の「中央閉鎖」は約二百年前に起こった歴史的事実。

外部から隔絶された、行政機関というより行政機械のような存在。

それが今日の中央の姿。

秘められたその正体を知る人間は限られている。

と同時に、兄も中央の秘密を知る一人だった。

一度だけ技師として中央を訪れたことがあるという。

曰く、そこには驚くべき光景が広がっていた。

機械ばかりの場所かと思いきや、なんと中央には人が存在していたのだ。

存在してはいたが、彼らを人と認識するのは兄には難しかった。

全くと言っていい程老いることのない不老の身体。

永久に錆びることのない金属でできた不朽の身体。

全身で情報を蓄積する珪素の身体。

ある者は常に煌めく鋼の姿でおり、またある者は好きな時に己が身を無機物に転じる。

一言で言うなら、彼らは半ば無機生命体のようだった。

生きた心地がしない。

人間らしさの欠片も感じられなかったそうだ。

そして何より吃驚だったのは、彼らが言葉を必要としない点だった。

しかし意思疎通は無言のうちに行っているという。

それを可能にするのがマイクロチップ。

彼らの脳に打ち込まれている微小機械。

それは、自分の思いを電子化して相手に伝える装置だった。

そこには音声を必要としない。

つまり何も話さないし、何も聞かないでいい。

さらに文字を書くこともないし、ましてや読むこともない。

中央にいるのは、血の通った人間なんかではない。

この国を支配しているのは、人間を超えた何かである。


一通り話し終えた兄の顔に浮かぶのは、真っ白な絶望だった。

最後に兄は、中央から来た彼女に気を付けるよう忠告して、黙りこくった。

どう気を付ければいいのか、僕には分からなかった。


☆☆☆


部屋に戻ると、少女は僕の部屋に置かれているコンピュータを触っていた。

咎めると少女はサッと頭を下げた。

どうやら謝っているらしい。

画面にはチャットソフトが立ち上がっていた。

メッセージが受信される。

傷の手当てについて感謝の言葉が綴られていた。

ひょっとすると、彼女が脳から直接送信したのだろうか?

そうチャットで質問を書いて送信すると、即座に返事が来た。

その通りだった。

直に言葉は届かないが、思いは伝わる。

文通仲間を見つけた気分だった。

初対面の挨拶に次いで、僕は少女が敵に追われている理由を問うた。

中央のとある機密データを盗んだのがばれたそうだ。

どんな情報か訊きたかったが止めておいた。

今度は少女が質問してきた。

自分のことが怖いか、と。

兄との会話を耳にして雰囲気を感じ取ったらしい。

即答した。

もちろん答えは否である。

兄の言葉と現在の少女の姿から鑑みるに、恐らく彼女は身体を変質出来るはずだ。

非情な金属になりうるだろう。

でも、どんなに姿を変えたところで少女から流れた血を否定出来できようか。

それに、言葉は通じなくとも思いは伝わるのだ。

人外なはずがあろうか。

彼女がれっきとした人間だと僕は結論付けた。

少女がにっこりと微笑む。

僕も微笑み返した。


☆☆☆


少女が外の世界についてチャットで質問してきた。

これまで中央から出たことのなかった彼女にとって、追手に追われる外の世界は初めての連続だったみたいだ。

山程質問された。

少女は自分がここに来るまでに見た光景を画像にして示した。

僕はそれがどんなものか一つひとつ答えた。

酷く常識的な質問もされた。

そんなことも知らないのか、と呆れるような質問。

それにも丁寧に答えてあげた。

今度は僕が彼女に中央のことを訊いた。

正直、僕は驚きっぱなしだった。

開いた口が塞がらなかった。

兄の見聞が、中央の真相の氷山の一角だと知って吃驚だった。

新鮮な話が沢山聞けて良かった。

少女もそう思ったらしく、感謝の言葉が画面に浮かび上がった。


この言葉を受けて、僕はひとつ気になった。

少女は、出会ったときから事あるごとに感謝の言葉を述べていた。

口癖なのだろうか?

訊けば、彼女自身も気付かなかったみたいだ。

昔から人に支えられて生きてきて、お礼を言うのが癖になったようだ。

中央の人も案外人間味があるのだなと思った。

それ以上に、この少女がとても温かい心の持ち主だなと思った。


☆☆☆


その夜、僕は寝つけずに一人考えていた。

彼女は何も気にしないのだろうか?

目の前に相手がいるのに直接話せないことについて。

何を言おうとしてもコンピュータを介するしか方法がないことについて。

僕は非常にもどかしい思いでいた。

それなのに彼女は、こんなやり取りがさも当然といった様子だった。

僕も脳にマイクロチップを埋め込む必要があるのだろうか?

少女と親しくなりたいがために言葉を捨てる必要があるだろうか?

でもそれは何だか人間を辞めるみたいで嫌だった。

というよりむしろ、少女に人間になって欲しかった。

いくら技術が発達しようが、言葉でないと届かないものが人間にはあるはず。

特に少女には、言葉で気持ちを伝えて欲しかった。

少女が話せないことが、非常にもったいない気がした。

チャットでつながった橋には靄がかかっていた。

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