第7話:特別捜査官の仕立て(オーダーメイド)と権限の更新
「……なあ、検察官様。俺を連れ回す前に、一つどうしても言いたいことがあるんだが」
クレスト中央魔導銀行への乗り込みを目前に控え、検察庁の地下執務室の廊下を歩きながら、ルクは立ち止まって自分の身なりを心底嫌そうに見下ろした。
今着ているのは、検察庁の雑用下男からあてがわれた安物の紺色の服。サイズは微妙に合っておらず、首元にはオズワルド侯爵邸の泥の匂いがかすかに残っている。そして何より、首元で存在感を放つ鉄の首輪が、依然として彼が「所有物」であることを主張していた。
「この格好で帝都一番の大銀行に乗り込む気か? 『一等検察官の連れている浮浪者』として門前払いされるのがオチだぞ」
レイヴァルトは足を止め、振り返ってルクを上から下へと検分した。鷹のような鋭い視線がルクの華奢な体躯をスキャンするように巡る。
「……確かに。私の連れとして、その貧相な身なりはルグラン家の名誉に関わるな」
「そっちのプライドの問題かよ」
ルクが呆れて溜息をつくと、レイヴァルトはニヤリと口元を歪めた。
「ついて来い。銀行へ向かう前に、寄る場所ができた」
レイヴァルトがルクを連れて向かったのは、帝都の高級貴族街の一角に店を構える、老舗の高級テイラー『ヴェルサイユ魔導裁縫店』だった。
店内に一歩足を踏み入れると、上質なシルクと魔導染料の香りが漂い、店内には最高級のマホガニー家具が並んでいる。店主と思われる老紳士が、レイヴァルトの姿を認めるやいなや恭しく頭を下げた。
「これはこれは、ルグラン検察官閣下。本日はどのようなご用件で……? そちらのお方は……?」
店主の視線が、レイヴァルトの後ろに佇むルクへと移る。少年の綺麗な顔立ちにはそぐわないボロ着と、首元で冷たく光る奴隷の首輪。店主の目が一瞬だけ微かに丸くなったが、長年のプロとしての客あしらいですぐに完璧な営業スマイルへと戻った。
「私の特別捜査助手だ。クレスト銀行へのガサ入れに立ち会わせる。……それに見合う、最高の服を今すぐ一仕立て作れ」
「特別捜査助手……左様でございますか。承知いたしました。少々お時間をいただき、採寸と魔導補正を――」
「待った」
ルクがひらひらと手を振りながら割り込んだ。
「店主さん、採寸なら不要だ。俺の体形データなら、もう出てる」
ルクは瞳を微かに光らせ、脳内の『構造視認』を店内の魔導裁縫機へと接続した。
【対象オブジェクト:自動裁縫用魔導紡績機】
* 接続状態: ローカル魔力ライン接続中
* 実行処理: ユーザー(ルク)の生体データ(肩幅、身丈、袖丈、胸囲)をリアルタイム・データ転送……完了。
* デザイン指定: 『帝国検察庁・特務補助官規格(軽量防護仕様)』
「なっ……!? 紡績機が勝手に動いている……!? 式論理を直接書き換えたというのですか!?」
老店主が目を見開いて叫んだ。店内奥の魔法紡績機がウィーンと高音を奏で、上質な黒の魔導シルクと銀糸が生き物のように躍動し、瞬く間に一着の美しい制服へと仕上がっていく。
ルクは完成した服をサッと羽織り、鏡の前に立った。
それはレイヴァルトの着る漆黒の軍服と同系統でありながら、ルクの動きやすさを重視した軽量な特務仕様の制服だった。深い黒地に、銀の刺繍で検察庁の紋章と「特別デバッガー」を示す独自のコードラインが走っている。
「ほう……悪くない」
レイヴァルトが顎に手を当てて満足そうに頷いた。
「服は出来上がった。……だが、最後の仕上げがまだだな」
レイヴァルトはルクの前に歩み寄ると、ポケットから小さな魔導ドライバーのような器具を取り出し、ルクの首輪の側面に押し当てた。
カチリ、と硬質な機械音が響く。
ルクの視界に、新たな権限昇格のログが怒涛のように流れ込んだ。
【システムログ:奴隷拘束魔導具・パラメータ更新】
>* 所有権: 一等検察官レイヴァルト・フォン・ルグランへ完全移送
* 制限解除: 移動制限エリアの全面開放(帝都全域・要衝施設へのアクセス許可)
* セキュリティ等級: Level 3 → Level 1(特務捜査官同等権限)
* 機能追加: 外部アクセス用パケット増幅機能の解放
首輪のゴツゴツとした鉄の装飾がスライドし、薄くしなやかな漆黒の「魔導チョーカー」へとその形状を変えた。過電流による殺傷機能は停止され、代わりにルクのハッキング能力を増幅するアンテナとしての機能が加わる。
「……首輪を外したわけじゃないが、随分と太っ腹だな、検察官様」
ルクは首元に触れ、ニッと口元を深めた。自分の「権限」が明確に一段階上がったことを実感していた。
「捜査の足引っ張りをされては困るからな。その制服とチョーカーは、私からの『投資』だ。……さあ、準備は整った」
レイヴァルトは漆黒の外套を翻し、店のドアを開け放った。
「行くぞ、デバッガー。クレスト中央魔導銀行の『偽りの絶対性』を、その新しい姿で撃ち破ってみせろ」
「はいはい。たっぷりお礼させてもらいますよ、検察官様」
仕立て上がったばかりの特務制服の袖を軽くまくり上げ、ルクは不敵な笑みを浮かべてレイヴァルトの隣へと並んだ。
帝国の金融システムを揺るがすハッキングの舞台へ、二人は足を踏み出した――。




