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第2話 ジョニーを見守る4つの星

 シグナルグリーンが消え、ジョニーは右足に力を込める。蹴り出しはやはり、後輪駆動のBMW2台が伸びていくが、フロントローのベックマンが思った以上に伸びない。ダッシュなら四駆のWRXも負けてはいない。スタート、ジョニーはベックマンを交わし、3位で1コーナーをクリアした。


『トップは渡利のカローラ、そしてシュナイダーのBMW! その後ろにジョニー山田のWRX、ベックマンはポジションを落としました! そして、あっと! 後方でベックマンがスピン! そして髙石に公原、さらにはフレッチャー! 5、6台ほど巻き込まれています!』


 ――


 超満員の鈴鹿サーキットのホームストレートを、1台のマシンが駆け抜けていく。


 伝統のブルーに彩られた、スバル・WRX。日本が誇る4WDセダンだ。ボンネットには、金色の文字で『6』と刻まれている。


 水平対向エンジン特有のサウンドを響かせながら、1コーナーに侵入する。

 低重心な水平対向エンジンは、ブレーキング時にまるで吸い付くような動きでコーナーのインをなぞる。そして立ち上がりでは、スバルお得意のAWDシステムが挙動を1ミリも乱さず、カタパルトのように車を射出する。


 スタートの混乱でライバルの一角だったベックマンや髙石、さらにはタイヤパフォーマンスに苦しむシュナイダーをピット戦略で逆転し、ジョニーは現在2位。そして――


『残りは8周です! 昨年の王者・渡瀬純一と、新人・ジョニー山田が激しい首位争いを繰り広げています!』


 前を走る白いトヨタ・カローラGRスポーツを操る渡瀬純一は、昨年のシリーズチャンピオン。3回のシリーズチャンピオンを誇る、別名『ミスターTC』だ。


 FFマシンであるカローラスポーツは、FF特有の突っ込みの鋭さとハッチバックボディの小回りの良さを活かして前半のS字、逆バンクとテクニカルセクションを逃げていく。


 一方のAWDマシンであるWRXは、大柄なボディゆえに前半のテクニカルセクションは苦手だが、AWDゆえのトラクションと安定感を武器に着実に食い下がる。


『6号車、スバルWRXのジョニー山田、現在2位! 新人ながら、昨年のチャンプ・渡瀬純一と互角の戦いを演じています! 開幕戦での状況から、よくぞここまでマシンを仕上げてきました!』


『純一。相手の方がストレートは速いぞ、気を付けろよ』

「そんなん言われなくたってわかってます」

 チーム監督・関塚憲明からの無線に、渡瀬のダミ声の関西弁が応える。

 2台のブックマーカーを前に置き、カローラとWRXはヘアピンへ侵入する。

 ここでカローラがふらついたバックマーカーの処理に手間取る。


『あっと渡瀬がここで失速! ジョニーが一気に差を詰めます!』

 ジョニーはこの瞬間にアクセルをふかす。2台の距離が一気に詰まる。


(ハードタイヤのはずなのに、ソフトの俺と同じスピードや。バケモンかあいつは)

 ソフトタイヤで逃げ切りを図る渡瀬のカローラ。対してハードタイヤにもかかわらずここまで追い上げてきたジョニーのWRX。恐るべきスピードである。


 スプーンカーブでWRXがカローラの背後に付ける。

(パワーなら戦闘機がファミリーカーには負けない!)

 西ストレート。トラクション性能を利してWRXがアウトから一気に並びかける。


(インは譲らへんぞ!)

 渡瀬のカローラは縁石を掠めるようにコーナーに入る。流石にインは空けてくれない。

 しかしジョニーは迷わずアクセル全開で130Rに飛び込む。


『抜いたあああ! 130R、ジョニーがなんと、アウトからチャンピオンをオーバーテイクしました!』


 ――


 ジョニーがカローラを抜いた瞬間に、『|TEAM Knockout 6《チーム ノックアウト シックス》』のスタッフたちが歓喜の声を上げる。

「おおおおおおおっ!」

「やったぞジョニー!」

「すげえオーバーテイクだ!」

「これでトップだぞ!」


「"Mega job, Johnny! What a move!!"(ジョニー! なんてグレートなオーバーテイクなんだ!)」

 スポッターの武信家が興奮して捲し立てる。

『TEAM Knockout 6』、元々スバル車のチューニングショップ『SHOP Knockout 6』が、スバルと共に長年に渡ってSUPER TCに参戦してきたチーム。チーム名の由来は「ボクサーエンジン」→「ボクサー」→「ボクシング」→「ノックアウト」と、スバルの「六連星」からだとか。

 今期からは大企業『チェリー・ブロッサム・エンタープライズ』からの資金援助と、STIからの技術提供が受けられたことで事実上のスバルワークスチームとなり、チーム力は大幅に向上したとは言え、開幕戦での状況から、まさかここまで戦えるほどにマシンを仕上げただけに、喜びもひとしおだ。


 そしてそれの立役者と言えるのが、今このマシンをドライブしているジョニー・ヒデオ・ヤマダ。アメリカからやって来たこの19歳の青年とWRXは、1レース毎に進化している。


 歓喜するスタッフの姿の後ろで、1人の少女がモニターの青いマシンに目を奪われている。

 櫻澤愛姫。『チェリー・ブロッサム・エンタープライズ』社長の一人娘。

 祈るように、じっとモニターを食い入るように見つめる。


 ――

 とある家の一室では、3人の少女がテレビを見つめる。写っているのは先ほどのオーバーテイクの映像だ。

 金髪の二人と赤髪の少女。外国の血を色濃く引く3人だ。


「やったあ!」

 自宅のテレビにて、和泉エレナは思わず歓喜の声を上げた。

「やった! ジョニーお兄ちゃんが抜いた!」

 妹のカレンも金色の髪を揺らして二人とハイタッチを交わす。


 キャロルも興奮して真っ赤な髪に負けないほど顔を紅潮させる。

「流石お兄様! 130Rでアウトからパスするなんて……」

「キャロルのお兄ちゃんってやっぱ天才だね! そんな彼氏が居るなんて、お姉ちゃんってうらやましいなぁ……」

「そうですわ! お兄様は天才なのです!」

「ちょ、ちょっと、二人とも……」

 エレナが頬を赤くしてしまう。


「でもまだ油断は禁物ですわ! まだレースは終わってませんもの!」


 ――


 今度はテレビ局の控室にて、スマホの画面がレースの映像を映している。

 沖原楓は、スマホの中の青いマシンを見つめていた。

「ジョニー……」


 前のマシンを抜いたジョニーの姿に、楓は思わず両手を握りしめた。

 今、画面の中の男は必死に戦っている。これがジョニーの仕事であり、そして楓も、これから仕事の現場に向かう。

 2人とも、これから一人の仕事人としての戦いに向かうことになるのだ。


「かえでさーん、次お願いします」

 廊下からスタッフの呼ぶ声がする。一人の女性『沖原楓』から、売れっ子モデル『かえで』へと変わる瞬間だ。


 モデルもレーサーも同じ。レースも撮影も、一人じゃできない。


 限界を感じていた時に与えられた、ジョニーからの言葉を胸に楓は立ち上がった。


「ジョニー、頑張って。あたしも頑張るから……」


 ――

「ここで抜いたか……」


 あるマンションの一室でも、一つの家族がテレビから戦況を見つめる。

「さやねぇ、どれがじょにーせんしゅ?」

「あれだよ、あの青いクルマ」


 幼い弟・光汰の小さい手を握り、北山沙矢が指さす。

「ああ、沙矢お姉ちゃんの彼氏さんかぁ」

「めっちゃカッコいいよねぇ……早くケッコンしないの?」

 今度は上の妹・舞衣と下の妹・悠梨がからかうと、沙矢は黙って小さな頭二つを小突く。


「今ジョニーくんが写ってるの?」

 エプロン姿の沙矢の母がいつもののんびりした調子で尋ねる。

 沙矢は「うん」と気のない返事をする。

 その代わりに熱狂的スバリストにして熱狂的レースファンの沙矢の父が自慢げに話す。


「そうだぞ母さん。彼は昨年のF2で史上最年少の18歳でチャンピオンになったんだ。ところがスポンサーが足りなくてF1に行けなかったところを、日本に来たんだよ。本来なら今頃F1に行くようなドライバーなんだぞ。それにスバルはここまで勝てなかったのを、やっとここまで戦えるところにまで来たんだ」

 興奮する父がレース素人の母に対して捲し立てる。


「レースのことはあんまり知らないけど、ホント、ジョニーくんってすごい人なのねぇ。沙矢ちゃんも、こんないい人が彼氏さんだなんて、ママも鼻が高いわねぇ」

 ジロっと沙矢が母親、厳密には継母の横を見る。

 父から「こらこら母さん、あんまり沙矢をからかうんじゃない」とあきれた声がし、ふふ、ゴメンゴメンと沙矢の髪を母がなでる。


「しかも不利と言われるマシンでここまで順位を上げてくれるんだから。このジョニーって奴はホントに天才だよなぁ……」

「おれもジョニーせんしゅみたいなレーサーになりたい!」

「おう、なれなれ。なって賞金をガッポリ稼いでくれよ」

「お父さん、変な事言わないの」


 レース観戦に盛り上がる家族を尻目に、沙矢は考える。

(抜いたのは良いけど、少し早すぎる。焦ること無いよジョニー。まだ5周ある。もう少し待っても良かったかもしれない。相手はチャンピオン。これで終わるとは思えない――)


(無理しないで、生きて戻ってくればそれでいいから)


 愛姫、エレナ、楓、沙矢。


 4つの星が、

 1人の青年の背中を見守っている。



 ――



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