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忘却の街と、記憶を売る店

作者: 秋水 終那
掲載日:2025/12/27

どこでもない、どこかにある。

名もなき道を行き、名もなき海を越え、名もなき山を登る。

誰も知らない誰も語らない、でもそれは確かにそこにあるのだという。


私は目の前に広がる光景に心奪われていた。

乱雑に立ち、自由と言わんばかりに伸びる四角く長い建物が、理路整然と並んでいる。


誰かは青く丸い建物が並ぶと言っていた、誰かは黄色く三角の建物が並ぶと言っていた。

この世のどこにも存在したこともない人々がそう言っていた。


私はゆっくりと歩を進め、今までの長旅に思いを馳せたが、

何も思い出すことはできなかった。

ただただ、漠然と、曖昧で蒙昧な「大変な道のり」しか思い出すことができないのだ。

しかし、これだけはわかる。ここは忘却の街。

名前も顔も覚えていない、彼、彼女が教えてくれた。


「そこには記憶を売る店がある」


そこではどんな記憶も買い取ってもらえるのだと。


およそ道と呼べるようなものはなく、好き勝手に生える建物の間や複雑に絡み合う道程をただ歩いた。

記憶を売る店はこの先にある。


それは信じられないほどに確固たる確信からくるものであり、何の根拠もない無知蒙昧な妄想であった。

二日か、三日……いや、三時間程度であったか?

それとも半年だったのかもしれない。


ひどく足が重い日も、羽のように軽快な時も、私は歩き続けた。

不思議と天気は晴れ続け、いや雨が降っていたかもしれない。

雪が積もる日あったやも知れぬ。吹き飛ばされてしまいそうな嵐の日を耐えたのかもしれぬ。


真白の建物は続き、夜は訪れない。

いや、ここにきてから空を見たことがない。

いや、見たかもしれない。

でも、夜は来ていない。これだけは確信を持つことはできた。


どれほどの時を使って、どれほどの距離を歩いたのか、そもそも一瞬だったのか……

私は記憶を売る店を見つけた。


語るものもおらず、丁寧に看板が付いているわけでもなく、白い建物に穴を掘ったような出で立ちだったが

間違いなく「記憶を売る店」であるとわかっていた。


「ごめんください」


騒々しく静謐で、無音の世界に鳴り響く音。

それは自分の喉当たりから生じた音であった。

もう幾万年も人の声を、自分の声を聴いていない気がした。


店の奥に立つ人の形をした黒い物体が少しだけ揺らいだ。

いらっしゃいと伝えているようでもあり、帰れと言っているようでもある。


「頼む、私のつらい記憶を売りたい」

「ありがとうございます。それでは幸せな今生をお過ごしください」


ふと、私は目を覚ました。

白い部屋、アルコールの臭いが鼻孔を刺激する。


「あなた!あなた!」


私の体にしがみつき泣く“女性”がいる。

どうやら私に言っているようだが……


「誰ですか?」


END

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