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Act10.「Opening」

 元より肌寒かった地下牢は、一つの灯火が消えたことで一層凍えるように感じられた。リリーは嗚咽を落ち着かせながら、この先の事を考える。


 離れた場所に居る見張りも、そろそろ戻ってくるだろう。そうしたら、すぐにサクラは片付けられてしまう。強い神力を宿す者の肉体は悪用されないよう、秘密裏に燃やされる決まりだ。知らない場所で、誰かの手によって、この愛らしい少女は明日には灰になってしまう。


 これでいいのだろうか。

 このまま自分だけ、幸せになっていいのだろうか。

 このままで自分は、幸せになれるのだろうか。

 

 ――なれる訳がない!


「じゃあ、どうするんだい?」

 懐かしい声に、リリーは涙を拭い顔を上げる。そこには声の主とは違う、見慣れない一人の男が立っていた。外見は少しだけユリウスに似ている。


「あれ、もしかして僕のことが分からない? 君の魂の“所有主”だよ。……前と見た目が違うって? こういう姿の方が、君の面白い反応が見られるかと思ってさ。でも、それどころじゃないみたいだね?」

 リリーの心情を無視し、ペラペラと自分勝手に喋りまくる男――悪魔を、リリーは憎らしく思った。しかし同時に、僅かな希望も抱く。


「……わたしと契約後のあなたがここに居るっていうことは、あなたも過去に戻れるのね?」

「ん~。さあ、どうだろうね~」

「わたしを過去に戻して」

「それは無理だよ。君に払える代償は、もう無いんだから」

 リリーは既に魂を差し出し、呪いの力を得ている。代償が無ければ悪魔は力を貸すことが出来ない。それはしないのではなく“出来ない”のだ。


 希望を失い、肩を落とすリリー。

 悪魔は助言する。

 地獄に導く、甘言を。


「でも、君が力を得る方法は他にもあるよ。ほら、目の前に」


 リリーは悪魔の言葉の意味が分からず、周囲を見回した。殺風景な牢獄にはこれと言って何もない。目の前にあるのは――。


(まさか……)

 言葉の意味を理解したリリーは悪魔を睨んだ。悪魔はまさに悪魔らしく、口の端を吊り上げて悍ましい笑い声を上げる。以前会った時の退屈そうな様子はなく、心底楽しそうだ。


「あははは! 中々面白くなりそうだね! 君は僕のものなんだから、精々飽きさせないようにしてよ?」

 悪魔もまた、同じような展開ばかりの予定調和のこの世界に、飽き飽きしていた。その中で必死に足掻いているサクラに期待するも、ことごとく裏切られ、少しばかり彼女達の物語に介入することにしたのだった。リリーの中に前回の記憶を残したのも、悪魔の意図である。



 パチン、と悪魔が指を鳴らすと、閉ざされていた牢の扉が開いた。リリーは中に入り、サクラの体を抱き起こす。まだ温もりの残るその頬を撫でながら、虚ろな目で、暗いだけの天井を見上げた。


(ねえ……そこで、見ているんでしょう?)


 これが物語であるならば、きっとどこかで誰かがこの展開を見ている。

 楽しんでいるのか、悲しんでいるのかは分からないが、恐らく軽い気持ちで暇潰し程度に、この展開を眺めているのだろう。


(あなたはこれで満足できるのかしら? 悪女が死んで、ヒロインが幸せになる王道な展開なんて、そろそろ飽きたんじゃないかしら?)


 リリーは心の内で虚空に語り掛ける。返事も、反応さえ期待していなかったが、若干空気が揺れたように感じられた。


(サクラ……ごめんなさい)

 リリーはサクラの手を取り、口付ける。そしてまだ温かい肌に、神力の宿るその肉に、



 歯を立てた。



 ――力を持つ者を喰らうと、その力を手にすることが出来る。

 リリーは、神力を得た。



 広がる血だまりの中、真っ赤に染まったリリーは立ち上がる。見張りはいつになっても戻って来ないが、悪魔の服の裾に付着したものを見れば、大方の予想は付いた。


「さあ、どうする? どうしてくれる? 僕の赤百合ちゃん」

「……見ていなさい。最高の結末を、見せてあげるから」

「わお! まあ僕としては、“立場逆転ざまあエンド”も中々面白かったけどね」


 リリーは悪魔を冷たく一瞥すると、目を閉じ、両手を硬く胸の前で結ぶ。サクラの力が宿った体は、リリーの知らない複雑な呪文を唱え始めた。


 時間を戻してどうすればいいかなんて、まだ分からない。もしかしたらまた、何も変えられないかもしれない。

 それでも、何度だって繰り返すんだ。あの子がそうしたように。



 ――さあ行こう、もう一度。



 あの笑顔に会いに行こう。

 わたし達の本当の物語を、紡ぎに行こう。

ここまで読んでいただき有難うございます。

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― 新着の感想 ―
二転三転どころか四転五転する物語に釘付けでした!! 不憫な女の子の初恋もの…かと思いきや、熱く燃えるシスターフッドとは! 冒頭から苦しいリリーの胸中にシンクロしつつ、父親を筆頭にした周囲のカスっぷりに…
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