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Act1.「Ending」

 たった今、リリー・イーヴルは死ぬ。


 雨の匂いのする、冷たい地下牢獄の中。

 硬い床の上で、呪いによる苦しみにのたうち回りながら。

 誰に見届けられることなく、惜しまれることなく、孤独に死ぬ。


「孤独ではないよ。僕が見てるんだからね」


 暗い世界で少年が笑う。退屈の染み付いた顔で、面白くなさそうに、悪魔が笑う。

 リリーは死後の魂を対価に、彼と契約を交わしていた。その回収の時が来たのだ。


「僕、待ちくたびれちゃったよ。君の人生は、本当につまらなかったから。見ていて苦痛だった」

 少年の勝手な言葉に、リリーは言い返すことも出来ない。開いた口は鉄の味を吐き出すだけだ。


(この悪魔の言う通りね。……わたしの人生は、実につまらなかった)

 リリーは駆け巡る走馬灯を早送りする。

 本当に、目も当てられないほど、下らない人生だったのだ。



 ――始まりは十八年前。とある時代のとある国で、リリー・イーヴルは生を受ける。


 その国の外には人を喰らう魔物が棲んでおり、各地では聖なる力“神力(しんりき)”を持つ聖騎士や聖女が、魔物を退け人々の暮らしを守っていた。リリーは、代々優秀な騎士や聖女を輩出してきたイーヴル家当主の一人娘である。


 神殿の長を務め、神の代理人と称される当主の第一子には、皆の期待が集まった。しかし、期待は裏切られた。優秀な父母の間に生まれた娘、リリーには、少しの神力も無かったのだ。この国では身分よりも神力が重視される。家名に泥を塗ったと責め立てられ、不義まで疑われた母親は、自ら命を絶った。


 人々の落胆は悪意に変わり、リリーに牙を剥く。幼い頃より心無い言動にさらされ続けた彼女は、次第に心を閉ざしていった。そして自己防衛のため、鋭く脆い棘を纏い、周囲に攻撃的な態度を取るようになる。虚勢を張り、なけなしの自尊心を保とうとする、憐れな娘。


 しかしそんな彼女の暗い人生の中にも、たった一つだけ、光はあった。幼馴染の聖騎士ユリウスだけは、子供の頃から変わらずリリーに優しく接してくれたのだ。

 彼に抱く淡い恋心だけが、リリーの生きる糧だった。だが卑屈に育ったリリーは彼に対しても、素直になることが出来なかった。姿を見れば逃げるように立ち去り、声を掛けられても無視ばかりしてしまった。真正面から向き合う自信が無かった。


 だが例え向き合っていたとしても、想いが報われることは無かっただろう。ユリウスの傍には、一人の少女が居たのだ。春の陽光のように暖かく、咲き誇る花々が霞むほど美しい――誰もが真の聖女と称した少女、リリーの義理の妹のサクラ。ユリウスとサクラが惹かれ合い愛し合うことは、あらかじめ決められていた運命のようだった。まるで、完成された物語だった。


 そして、恋を散らされたリリーは、物語を盛り上げる悪役になったのだ。


 物語の終盤、嫉妬に狂ったリリーは悪魔と契約を交わし、自分の魂と引き換えに呪いの力を得た。リリーはサクラを呪い殺そうとしたが、サクラに向けて放たれた呪いは、彼女を守るユリウスの聖剣によって術者に跳ね返される。リリーは自らの生んだ呪いに、命を蝕まれることとなったのだ。



「悪い魔女は死んで、お姫様と王子様は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。……ハァ」

 溜息を吐く悪魔。溜息を吐きたいのはこっちだと、リリーはゼエゼエ喉を鳴らした。


(本当に、なんて安っぽい結末なのかしら。どこかで聞いたことがあるような、ありきたりな物語。本当にどうしようもないわね……わたしは)


 どんな人生にも岐路がある筈だ。

 もしもう一度やり直せるなら、こんな結末にはならないようにするのに。と、リリーは無意味なことを考える。



 その時、声が聞こえた。

 悪魔の声とは違う、誰かの声。



『……う一回……もう一回……今度こそ、大丈夫だから』



 ――それは懇願するような、悲痛な涙声。

 リリーはその声を聞かなければいけない気がしたが、耳が大分鈍くなっている。悪魔も何かを言っていたが、それももう分からなかった。



 世界が、遠のく。

お読みいただきありがとうございます。

全10話、1月5日(日)に完結予定です。

是非、最後までお付き合いいただければ幸いです。

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