2.ヒュウの蛮行
(ガイダント王国ロンドから砂漠の国グリーへオアシスの街ダクタイ)
ヒュウはタムとの間に子供を作りたくなくて、こっそりと避妊薬を飲み続けていた。
宿屋の部屋の中で、小さな声でタムとヒュウが言い争っていた。
「ほんっとわたしもう無理だから。離婚してよ」
「ずっとそう言っているけど、ほかに男ができたんじゃないのか」
「ずっと一緒にいるのに、そんな暇あるわけないでしょう」
「やりなおせないのか」
「そうね。ロンドのダンジョンの22階の7つの扉のひとつを攻略出来たら考えてもいいわ」
「それは無理だよ。誰一人として帰ってきた者のない扉なんだから」
「じゃあ、悪いけどこれにサインしてよ」
離婚の届出書をヒュウは出した。
「ずいぶん用意がいいな」
「さわらないでよ」
「・・・」
***
アキヒもベルデも、二人のそんなことも知らずにロンドのダンジョンを進んでいた。
リーダーのアキヒ、夫婦の斥候のヒュウと戦士のタム。回復役のベルデのパーティのメンバーだ。
ロンドのダンジョン22階。7つの扉を通り過ぎた。
リーダーのアキヒが
「先を確認してくる、ここで待て」
と言って小走りで先行した。
タムが突然戻って、7つの扉のひとつに手をかけた。ベルデが「やめろ」と叫んで腕を引っ張ろうしたら、手をかけた扉が内側にガバッと開き、二人は中に倒れこんだ。
途端に轟音とともに風魔法つむじ風に巻き込まれて、二人ともバラバラの肉塊になってくずれおちた。見つめるヒュウは叫ぶ暇もなかった。
少しずつダンジョンに溶け込んでいくその肉塊を、ヒュウは声も出ず、瞬きもできず、全身汗から噴き出て立ち尽くした。そこにアキヒが戻ってきた。
「何が!?」
アキヒが叫んだと同時に、空いていた扉はバンと閉じてしまった。
その後はどうやって脱出したのか二人ともよく覚えていなかったが、アキヒとヒュウは命からがらダンジョンから脱出した。
半狂乱になっているヒュウを、アキヒは放っておけなかった。
***
ヒュウはひそかにアキヒを狙っていた。この時まさに離したくなかった。アキヒが結婚したばかりなのはわかっていたが、ヒュウはかねてから用意してあった媚薬をアキヒに盛った。自分は魅惑のネックレスを付けた。
心配で付き添っていたアキヒはまんまとはめられてしまった。
アキヒは媚薬が切れると、後悔にさいなまれた。両手で両目を抑えながら一人で泣いた。
ヒュウはアキヒを陥れ続けた。
***
「子供ができた」
ヒュウがアキヒに告げた。
アキヒは、いつかそうなるんだろうと覚悟はしていた。
「わかった」
アキヒはドリーのことが忘れられなかったが、生まれてくる子供を守ろうと決意した。
***
アキヒが宿屋のひと部屋の扉を叩いた。
「ニグナス。アキヒだ」
「入れ」
殺風景な部屋の机に、2枚のギルドカードが置いてあった。
「これが依頼の品だ。確認してよければ、ここに血を一滴落とせば完成だ」
「ありがとう。もう会えないかもしれないけど、同じ孤児院のよしみだからといって面倒かけてすまない」
薄暗い部屋の中では、お互いの表情は良く見えなかった。
「ニグナス」
「なんだ」
「ドリーを助けてやってくれないか」
「気をつけるようにはするが、俺は何も言いたくないからな。できれば近づきたくない」
「そうだな」
「ほかの男に渡していいのか」
「・・・もう俺にその資格が無い」
「そうか。そうだな」
金貨を置いてギルドカードをつかみ、アキヒが席を立った。
「じゃあな。いろいろありがとう」
「いや。せめて幸せになってくれよ」
「おう」
扉を閉めながら、アキヒは一度止まったが、振り返らずに扉を閉めた。
***
ふたりで偽の冒険者ギルドカードに一滴の血を落とし、隣国砂漠の国グリーに偽名を使い入った。
「今日から俺はジスだ。お前はルイーゼだ」
アキヒはヒュウを見ないでそう言った。
アキヒの偽名は「ジス」、ヒュウの偽名「ルイーゼ」と名乗り、そのまま元冒険者の夫婦として、砂漠の国グリーのオアシスの街ダグタイの肩隅に食堂を開いた。
ジス(アキヒ)は髭を伸ばして、ルイーゼ(ヒュウ)は髪を結いあげてスカーフをかぶり、目にはきつめな化粧をした。
隣国の家庭料理を出した店には、冒険者達がよく食べに来てくれた。
店の営業が落ち着いてきた頃、男の子が生まれた。元気な男の子で、ヒューゴと名付けられた。成長とともに、アキヒとそっくりになっていった。
***
砂漠の国グリーの民は、肌は浅黒く、髪が白くとても細かいウェーブがあり皆短く切っている。鼻が特徴的で獅子鼻が多い。
ジス(アキヒ)とルイーゼ(ヒュウ)は、見た目の全然違う自分たちが異国人なのだとつくづく感じた。
ジス(アキヒ)は、肌は白く、髪も目も明るい鳶色をしていた。ルイーゼ(ヒュウ)も肌は白く、髪は深いブロンズで目は明るい緑だった。
仕事がうまくいかないときは、元冒険者として魔物を狩って、冒険者ギルドに売って生計を立てた。