男好き
どうやら私は男好きらしい、夜な夜な男を求めて徘徊しているらしい。
男の腕にしなだれかかり甘えながらネオン街を歩いているそうだ。
私のような平凡で大して特徴もない女が初めて同級生の話題に出たかと思えば、余りにも似つかわしくない噂だ。
噂を聞いて他のクラスの男子達が私を見に来る。
私の色気のない地味な容姿を見て、皆「あれっ?」と首を傾げる。
流石に無理のある噂だと思う。
ただ何度も人を変え同じ内容の噂を聞くと、それが真実として歩き出す。
私は全く身に覚えがないのに、男好きとして扱われ出した。
帰宅時に今まで面識のなかった男子に声を掛けられることが増えた。
素行の悪い男子だけでなく、気の弱そうな子も、私が誘惑に応えてくれることを期待した目で見つめてくる。
期待されても噂は全くの嘘なのだから、私には応えることが出来ない。
人見知りの私は変な汗を流しながら男子から走って逃げ、その場を回避していた。
「何で、そんな変な噂が流れてるの?」
「知らないわよ、私が聞きたい位よ」
高二になっても恋人など居たこともなく、私が男性と話す機会すらなかったことを知っている友人は最初こそ笑って聞き流していたが、真実として広がりだすと、いよいよ私の身を心配してくれるようになった。
「誰かに恨みでも買われたんじゃない?噂が広がったの、ここ三ヶ月位じゃない、何か身に覚えはないの?」
考えを巡らすも、全く身に覚えがない。
「誰かの男を取ったとか・・・いや、それはないかぁ」
私が男性に好意を持つ。
ましてや好意を持たれるなど、全く縁がないことを知っている友人は考えを打ち消す。
「推薦狙ってるでしょう?素行不良でライバルを蹴落とそうとしているんじゃない?」
「そんなことで私なんかに変な噂を流したりしないでしょう」
「人間は勝手な生き物だからね。自分の願望を叶えるためなら何をしても良いと考えて実行する人もいるのよ」
確かに推薦は狙っているが駄目元だ。わざわざ私を陥れる必要がない雑魚だと自分でも思う。
三ヶ月前か、何かあったかな?
いつもと違うことなど何もない。
強いて言えば、三ヶ月位前から疲れが取れなくなり、階段昇降も辛くて仕方がない。
「年寄りみたい」
息を切らしながら、階段を昇る私を見て友人からよくからかわれていた。
何でこんなに疲れるようになったのか。
本当にお年寄りみたいだ、びっくりする程疲労感が強い。
疲れが取れないせいか、帰宅した後はボッーとすることが多く、勉強していても気が付いたらベッドで朝まで寝ていることが増えた。
シャワーを浴びると身体に赤い斑点が付いている。痒みはないが虫にでも刺されたのか。
私の母は小さい頃に亡くなっており、父は仕事が多忙でいつも帰りが遅かった。
昨年までは父方の祖母も一緒に暮らしており、父が居なくても寂しくはなかった。
祖母は私の母代わりだった。
祖母は17歳で結婚したが、なかなか子宝に恵まれず、40歳を越えてやっと出来た子が父だった。
祖母は優しい人だが男尊女卑の思想が強く「女性に学問は必要ない、結婚して早く子を沢山作りなさい」と時代錯誤なことを言い、女性蔑視だと私はいつも祖母に反発していた。
「どうして、おばあちゃんの言うことが聞けないの?あなたが子を産まなければ、我が家の墓は誰が守るの?家名は途絶えてしまうのよ。
おばあちゃんのようになって欲しくないのよ。出来るだけ早く沢山子を産みなさい」
「おばあちゃんの時代とは違うのよ!」
祖母のことは大好きだったが、祖母の考えは受け入れがたく、お互いの結婚観の違いについてよく喧嘩をしたものだ。
そんな祖母も昨年肺炎で呆気なく他界している。
ふと、三ヶ月前だと祖母の一回忌だと気付いた。
とはいえ、祖母の死と私の噂は全く関係のない話だ。
私の体調不良はその後も続いたが、私の噂は話題にも登らなくなった。
最初は物珍しかった話題も飽きたらしい。
変な汚名だけが私に残ったが、学内での振る舞いがマトモなので興味がなくなったようだ。
忘れた頃に、おどおどした男子に帰宅時に待ち伏せされる位だ。
お陰で私の逃げ足だけは早くなった。
「ねぇ、彼氏が出来たの?」
友人がニヤニヤしながら私に話しかけてくる。
「えっ、彼氏なんて私に出来る訳ないでしょう?」
「ウソ、昨日見ちゃったよ!手をつないで歩いちゃって。言ってよ、早くー」
「いやいや、昨日は真っ直ぐ家に帰宅したから」
「本当に?じゃあ、人違いだったのかなぁ?でも背格好も同じだったよ」
「それ例の噂の人じゃない?」
「そうかも、でも本当に似てたよ。余りにもラブラブだから動画も撮っちゃった」
友人が動画を見せてくれる。
女性は本当に私によく似ているが、何かが違う。
動画の中にいる女性は明らかに女だ、私とは違い色気がある。
手を繋いでいる男性は全く身に覚えがない。まだ若いがスーツを着ている会社員に知り合いはいない。
「この女性、泣きボクロがあるよ。私にはホクロはないし、こんなナヨナヨした歩き方はしないよ」
「本当だ、大きいホクロがあるね。なんだ、人違いかー。でもやっぱり噂は人違いだったんだね」
「当たり前でしょう!」
「それはそれで悲しいけれどね」
友人と笑い合う。
泣きボクロか、私の祖母にも泣きボクロがあった。
パッと見て目がいく程、目立つホクロだった。
相変わらず私の体調は優れないままだ、最近は生理不順で月経も止まっている。
吐き気もするようになり、いつも眠い。
今日にでも病院に行こう。
眠気に耐えながら授業を受けていたが、ウトウトといつの間にか寝てしまう。
夢を見た。
おばあちゃんが病室でベッドに寝ている。
風邪を拗らせ肺炎になってしまった祖母。
直ぐに退院出来ると思っていたのに、おばあちゃん、私を一人にしないでよ。
私はおばあちゃんの手に触れる。
「おばあちゃんが悪かったよ、若くに結婚するのが嫌なんだね、もう結婚を強制はしないよ。でも子供は若い内に沢山産むんだよ。約束だよ、沢山だからね」
おばあちゃんが私の手を握りしめる。
「約束だよ」