七話 悠里、黒竜を撃退する
黒竜の正体は、夜鎧だった。災害級の魔物である夜鎧は、昼夜を逆転させる特異な特性を秘めている。その全身を覆う黒色の鱗は圧倒的な防御力を誇り、膨大な魔力量を有していた。さらに、夜鎧は魔法の使い手でもあり、物理攻撃や特殊攻撃を遮る魔法のバリアを展開することができる。特に注意すべきは、膨大な魔力を放出するブレスを有している点だ。そのブレスを直接受けてしまえば、目も当てられない結果が待っているだろう。
「アメリア、ルピシア、黒竜を撃退するのを手伝ってもらえる?」悠里は、ブルームを守るためにアメリアとルピシアに協力を求めた。ブルームは長い間、夜鎧の脅威にさらされていた。数年前、夜鎧の群れがブルームを襲い、数々の街が壊滅し、人々は恐怖におののいていた。その惨事は、悠里の師であるアイリスによって概ね解決されたが、当時の首謀者はギリギリのところで取り逃がされてしまったのだ。
その首謀者の名はウバ。彼は魔王軍の幹部の一人であり、「魔女狩り」と呼ばれる二つ名を持っていた。アイリスの話によれば、ウバは自らの手で命を奪った魔女たちの魔法を奪い、自由に操ることができるという。夜鎧をブルームに呼び寄せたのも、彼が奪った魔女たちの魔法の一部に違いなかった。そして、今日、再びその影が迫っていた。ウバが混乱を引き起こしているのなら、その可能性は高い。悠里は確信していた。彼の存在を排除しない限り、真の平和は訪れないのだ。
「ええ、もちろんよ。」アメリアが答えた。
「かしこまりました。」ルピシアも続けた。
「今回の騒ぎについて、魔王軍幹部のウバが関与している可能性があると思うの。」悠里は真剣な表情で説明を続けた。
アメリアは驚きの表情を浮かべ、問いかける。「どうしてそう思うの?」
「かつて、夜鎧がブルームを襲った際、ウバが戦場に現れ、意図的に魔法で夜鎧を呼び寄せたと、師匠が話していたの。それが彼の目的で、私たちを弱体化させ、各自の魔法を奪うことだと考えられている。」悠里は瞳に強い光を宿し、言葉を続けた。
ルピシアも真剣な顔で頷いた。「つまり、私たちがウバを倒さなければ、夜鎧の脅威は永遠に続くということですか?」
「ええ、彼がいる限り、ブルームの平和は脅かされ続ける。だから、今こそ彼を排除しなければならないの。」悠里は力強く続けた。
アメリアはしばらく考え込み、決意を固めた。「全力で協力するわ。ウバを追い詰めて、ブルームを守りましょう。」
「私も力を尽くします。」ルピシアも続けた。
「そのためには、まず夜鎧を引き付ける必要がある。悠里が夜鎧を引き付けるから、あなたたちはその夜鎧を呼び寄せた首謀者を叩いてほしい。」悠里は決然とした声で提案した。
「一人で大丈夫なの? 夜鎧は災害級の魔物でしょ?」アメリアが不安そうに尋ねる。
「先に夜鎧の群れを片付けた方が良いのでは?」ルピシアも心配そうに言った。
悠里は二人の不安を軽く受け流し、強い意志を示した。「それだと首謀者を取り逃がしてしまうわ。それに、私を誰だと思っているの?」
「そうね…あなたは幻想の魔女よね。」アメリアが思い返す。
「どうかお気をつけください、カトレア様。」アメリアが改めて言葉を添えた。
「ええ、あなたたちも気をつけてね。後で落ち合いましょう。」悠里は彼女たちと二手に分かれて行動を開始した。
悠里は、着せ替えのスキルを使い、クラシカルなメイド服に変身する。
そして彼女は、一気に夜空を突き抜けるように駆け出した。音速の壁を超えて放った回し蹴りは衝撃波を生み出し、空気の刃となって夜鎧へと直進していく。
「嘘っ!? 渾身の衝撃波が弾かれた!」悠里は驚愕の表情を浮かべた。まさか、夜鎧がこれほど強力な魔法を使ってくるとは思ってもみなかった。全身に展開された強力な魔法のバリアによって、正面からは太刀打ちできなくなってしまった。
その時、バリアが解除されると、夜鎧はすぐにブレスを放つ。悠里は衝撃を直撃し、まるで羽根のように吹き飛ばされ、ブルームの中央に位置する王城の城壁に叩きつけられた。
「イタタタタ…痛いのは勘弁してほしいのだけれど…」身体中に走る痛みが、思考を鈍らせていく。心の奥底で涙が溢れそうになるのを必死にこらえながら、彼女は意を決して立ち上がった。前世で通り魔に刺された胸の痛みと比べれば、ずっとマシだと思った。
夜鎧の行動パターンは、小学生の頃に遊んだ「バリア遊び」に似ていた。彼女は両手で手拍子を打ちながら、「バリア」「溜め」「ブラックホール」の3つの技を交互に放つ遊びを思い出した。「バリア」は「ブラックホール」を防ぎ、1回溜めるごとに「ブラックホール」を放つことができる。相手が「溜め」の時に「ブラックホール」を打つと勝利となるのだ。しかし、今回夜鎧が使ってくるのは「ブラックホール」ではなく、もっと危険な「ブレス」である。
悠里は気合を入れ、テレビアニメ『サンタカラーズ』の主人公、クリスティーヌ・ベネットに変身した。クリスティーヌは、ライトゴールドの短髪とサファイアのような瞳を持つキャラクターで、赤いサンタの衣装を身にまとう存在であった。彼女は、透明化の付与スキルを使って自身や対象を透明にする能力を持っている。
悠里は透明化スキルを活用し、サンタ袋の大きさを拡大した。このサンタ袋は物体の出し入れが可能なだけでなく、サイズを自由に変更できる。袋の内部は亜空間に繋がっており、別の場所への移動も可能だった。
彼女は袋の内部に入り込み、夜鎧たちが飛行している位置よりも高い上空に移動する。移動が終わると、サンタ袋は元の大きさに戻り、一度その場で消失して悠里の手元に戻ってきた。改めて拡大させたサンタ袋を夜鎧たちの上に被せていく。この袋の内部は亜空間に通じているため、夜鎧はこの世界から出ることができない。
そのおかげで、悠里たちの殺傷リスクは大幅に減少した。けれども、後方から接近してきた別の夜鎧が、こちらを目指してブレスを放ってきた。悠里は身をかわすことができたが、そのブレスは止まることなく、サンタ袋の方に向かって流れ込んでいった。
「まさか、狙いはサンタ袋だったのか……」彼女はすぐに悟った。サンタ袋は夜鎧のブレスによって破壊されてしまった。袋の内側は亜空間に通じているため、内側から外側への攻撃は通らないが、その逆、外側から内側への攻撃は容赦なく通ってしまうのだ。
サンタ袋を再度身につけるには、再びスキルを消費しなければならない。だが、悠里は諦めなかった。別の形態に変身しつつ、サンタ袋を再び身につける方法を探った。彼女はスキルを使い、赤いサンタ衣装から紫のサンタ衣装へと変身した。身にまとった紫サンタの付与スキルは、魔法の力を強化するもので、クリスが使用する魔法の効果を倍増させることができるのだった。
紫の衣装を身にまとったとはいえ、カトレアの魔力をここまで極限状態で引き出すのは初めての経験であり、少し緊張感を覚えた。しかし、強力な魔法のエネルギーが彼女の周囲に渦巻き、新たな力を宿したかのように感じられた。再びサンタ袋を身につけ、彼女はその力を存分に活用する準備を整えた。
「さて、これで準備完了ね。」心の中での決意を固め、悠里は夜鎧に向き直った。刹那、彼女の目が夜鎧と交錯し、深い闇の中から赤い光を放つ目が彼女を見据える。再びブレスを放とうとする夜鎧に対して、悠里はその意志を揺るがせることなく強く立ち向かう。
「魔力障壁!」悠里は魔法のバリアを展開した。バリアは強力な光の膜となり、鮮やかな輝きを放ちながら夜鎧のブレスを完全に遮断した。夜鎧がブレスを放った時、その力が鈍り、ほんの少しの隙を悠里は逃さなかった。
すかさず彼女は夜鎧の上に飛び乗り、頑丈な鱗に直に触れた。その冷たい鱗の感触が彼女に冷静さを与えた。悠里は深呼吸し、魔法の力を集中させる。夜鎧の体には、魔法を通す隙間があるはずだ。その隙間を狙い、彼女は魔力を集めていった。両手を広げ、夜鎧の内部に魔法を放つ準備を整えた際、悠里の体も魔法のエネルギーで満たされ、周囲がまばゆい光で包まれた。
「魔力転換!」夜鎧の体が光に包まれ、まるで崩れ落ちるかのように見えた。夜鎧は呻き声を上げ、強烈な光の中で身をよじりながら、もはや逃げ場がなかった。体がさらに揺れ動き、黒い鱗が次々と崩れ落ちていく。彼の目は恐怖に満ち、最後の抵抗を試みるが、それは虚しい努力だった。
「連鎖崩壊!」悠里が最後の一撃を放つと、周囲の夜鎧たちも次々と光に飲み込まれ、触れていた夜鎧と同様の現象が生じた。その姿は瞬く間に消えていく。
周囲は静寂に包まれ、悠里はその場に立ち尽くした。「やったわ……」彼女の心を満たすのは勝利の歓喜であり、同時に戦いの疲れがどっと押し寄せてくる。心臓の鼓動が早まり、緊張が解けるにつれて、全身の力が抜けていくのを感じていた。