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コスプレイヤー、異世界に転生しました  作者: 叶夢
一章 王都襲来編
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三話 悠里、生まれ変わる

「……ねえ……お……ねえさ……」


「んー、眠い……」


悠里は聞き覚えのない声の響きに、重たいまぶたを少しずつ開けていく。その声にはどこか懐かしさを覚え、彼女の内面ではアールグレイ家長女・カトレアとしての転生記憶がじわじわと共有され始めていた。カトレアの存在が次第に浮かび上がってくる。


カトレアは銀髪赤眼の美少女で、華やかなライトグレーの長髪が風に揺れている。編み込みハーフアップに飾られたふんわり可愛い緋色のシフォンリボンが、彼女のスタイルに可愛らしさを添えていた。


「お姉さま、起きてください。」


小さな声の主は、レリア・アールグレイ、カトレアの妹だ。彼女もまた、銀髪赤眼であり、黒いシュシュで髪をポニーテールにまとめている姿がとても印象的だった。


悠里は広大な草原の木の下で眠っていたが、レリアが彼女を起こしに来たのだ。正確には、カトレアを起こしに来たと言った方が良いだろう。


「……あら、おはようレリア。どうしたの?」


レリアは不満げな表情を浮かべ、言葉を続ける。


「午後、私と魔法の訓練に付き合ってくれるとお約束していましたよね?」


悠里は午後にレリアとの魔法の訓練を約束していたことを思い出す。


「そうね、ごめんなさい。早速訓練場に向かいましょう。」


彼女たちはアールグレイ家のお屋敷へ向かい、豊かな街路樹が立ち並ぶ正門をくぐった。緑に囲まれたお屋敷の敷地には、色とりどりの花々が咲き誇る美しい庭園が広がっている。庭師が手入れをし、お手伝いさんが清掃に励む姿が目に浮かんだ。


その先に建つのは、クラシックでエレガントな雰囲気を醸し出す豪華なお屋敷。王侯貴族や領主が住まうその建物は、悠里にとって一層の安心感を与えていた。


裏手に回り込み、訓練場の入り口で一礼をした後、中に入る。天井が高く、大きな窓から光が差し込むその場所は、体育館のように明るく開放的な空間だった。


「ねぇ、訓練の前に魔法の試し撃ちをしても構わない?」


悠里は軽い冗談のつもりで言ったが、実際には練習前の確認に過ぎなかった。


「余計なことかと存じますが、お姉さまほどの存在であれば、魔法の試し撃ちは不要ではありませんか?」


「私は毎日欠かさず密かに魔法の試し撃ちを行っているわ。」


「そ、そうなんですか?」


「……ええ、そうよ。」


悠里の言葉は、もちろん真実ではなかった。彼女はそれを隠すために、少し強引に答えた。


「そういうことにしておきます。」


レリアは半ば納得する形でその話を受け入れた。


物体を出現させる魔法アルマーヌ


悠里は、今一番欲しいものを頭の中で思い描きながら魔法を唱えた。物体を出現させる魔法アルマーヌは、アールグレイ家に伝わる幻想魔法の一つであり、思い描いた物体を出現させる力を持っている。ただし、出現させた物体は実体化せず、時間が経過すれば消えてしまうのだ。


カトレアの記憶を辿り、悠里は魔法の発動条件や魔力のコントロールに精通していた。ところが、実際に唱えてみると、その魔法は不発に終わる。


「──!!」


何度同じ魔法を試みても、反応はなかった。悠里は魔法を使えないフリをしているわけではなく、実際に今の状態では魔法を使用できなかった。このままスキルを使わなければ、レリアに対して大きな負けを喫することは明白だった。


「今のお姉さまは魔法が使えないので、訓練は厳しいのでは……」


悠里は魔法が使えない原因を脇に置き、スキルについて話すことにした。


「魔法は使えないけれど、その代わり私にはスキルがあるの。」


「スキルとは何でございますか?」


「スキルは魔法とは異なり、むしろ特定の現象に近いもので、魔法と違って魔力を消耗しないの。」


「今ひとつピンとこないですが、お姉さまと手合わせをすればわかると思います。」


「折角だから、一つ賭けをしない?」


「……賭け、でございますか?」


「そう。実践形式の方が互いにとって有意義だし、ただ手合わせをするのも面白くないかなって思ったの。」


レリアはその提案をじっくり考え、興味深そうに頷いた。彼女の表情には、お姉さまとの戦いに対する期待と少しの緊張が混ざっている。


「それで、具体的な賭けの内容は何でございますか?」


カトレアの非日常的な言動に対するレリアの反応は、意外にもあっさりしていた。


「手合わせで、相手より先に一本取った方が勝者となり、敗者は勝者の言うことを何でも聞くというのはどうかしら?」


「お姉さまに勝ったら、私に【二つ名】ネームドをお与えください。」


この異世界における二つ名は称号のようなもので、特別な意味を持っている。二つ名を取得するためには、特定の人物から名付けてもらう必要があるのだ。


その意味では、現代最強の魔女の一人であるカトレアにも、彼女自身の師匠から「幻想の魔女」という二つ名を与えられた経験があった。二つ名には適合と不適合があり、それが魔法の超覚醒へ繋がる重要な鍵となる。


カトレアはアールグレイ家の第10代現当主であり、彼女がその座に就いたのは15歳の時だった。悠里は、自分がアールグレイ家当主の座を譲るよう要求されることを危惧していたが、意外にもそれは起こらなかった。


「ええ、いいわよ。私が勝利したら、代わりに一週間学園に通ってほしいの。」


悠里は実技の授業で魔法が使えないことが学園の関係者に知られるのを避けるため、その条件を提案した。


「構いませんよ。」


レリアは迷うことなく、迅速に答えた。


「それじゃあ、かかってきなさい。」


「お手柔らかにお願いします。」


まずはレリアがどのように攻撃を仕掛けてくるのか、悠里は慎重に様子をうかがった。


物体を出現させる魔法アルマーヌ」、「物体を実体化する魔法ヴィオーラ


レリアが同時に魔法を唱えると、頭上から無数の投げナイフが驚異的な速度で降ってくる。物体を実体化する魔法ヴィオーラは、アールグレイ家に伝わる幻想魔法の一つであり、実体のないものを実体化する力を持っている。実体化した物体は一定時間経過すると元の状態に戻るが、今はその効果を巧みに利用している。


悠里は、着せ替えのスキルを発動し、クラシカルなメイド服に変身した。その付与スキルによって、高速移動が可能となり、速度の調整も自在である。スキル発動中は慣性の法則による束縛がなく、音速の速度にも身体が対応できる。


悠里は頭上から飛来する投げナイフの攻撃を素早く避けた。しかし、それだけでは終わらなかった。避けた直後、四方八方から再び投げナイフが悠里に向かって降り注いでくる。次の行動を迅速に判断する必要があった。


飛び交う投げナイフを避けるのは難しいと判断した悠里は、反射的に回し蹴りと後ろ回し蹴りを繰り出した。回し蹴りが音速の壁を越えた瞬間、衝撃波が発生し、空気の刃となって投げナイフを掻き消していく。


反撃に転じるため、悠里はエプロンドレスの下に仕込んでいた投げナイフや手榴弾などの投擲武器を取り出した。高速移動のスキルが発動中であれば、武器をつかんで投げる動作も非常にスムーズである。


訓練場には、床から天井まで多層の魔法結界が張り巡られていた。物理防護結界、特殊防護結界、魔法防護結界など、その種類は多岐にわたる。この環境下では、C4爆弾のような強力な爆薬がない限り、訓練場が簡単に壊れることはないだろう。


悠里は手榴弾を投げ込むと、爆風によって煙が立ち上がり、周囲が見えにくくなった。彼女はその隙を利用し、スピードを「俊足」から「駿足」、さらに「高速」、そして「瞬足」へと徐々に上げながら訓練場内を全力で駆け回った。不意に攻撃を受けることは、彼女にとって好ましくない体験である。


煙が消えるのを待って周囲を確認したが、レリアの姿はすでに消えていた。「こ、これは……物体を消失させる魔法イリアーヌね。」

物体を消失させる魔法イリアーヌは、アールグレイ家に伝わる幻想魔法の一つであり、触れた物体を消失させる効果を持っている。触れることで物体は消失し、触れた者以外には見えなくなる。そして、触れた者が物体から離れたり、一定時間が経過すると元に戻る。


悠里は、レリアが極限まで魔力を抑えた結果、この魔法が魔力感知に引っかからないと推測した。次にレリアがどこから攻撃してくるのか全くわからない。剣と魔法の異世界に降り立った悠里にとって、困難な初陣が始まろうとしていた。

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