一九話 悠里、学園長に呼び出される(前編)
レリアとの契約期間が満了し、悠里は本日から再び学園に通い始めた。帰りのホームルームが終わり、悠里はカトレアの担任であるジゼルに呼び止められた。ジゼルによれば、学園長が放課後にカトレア、つまり悠里を自室に呼ぶよう指示したという。悠里はそのことに心当たりがあると感じていた。
レリアが代わりに学園に通っている間、悠里はカレル村支部で冒険者登録を行い、冒険者として活動していた。その事実が表面化することはなかったが、現時点でレリアから学園関係者に何か注意を受けたという報告は受けていなかった。
悠里は素直にジゼルの指示に従い、学園長室へと足を運んだ。二人は学園長室の前に来ると、ラズリーがドアをノックした。
「どうぞ。」
室内から学園長の声が響き、入室が許可された。
「失礼します。」
悠里とジゼルはそのまま学園長室に入室し、一礼した。
学園長室に足を踏み入れると、まず目を引くのは天井から吊るされた豪華なシャンデリアだった。壁には歴史を感じさせる絵画が飾られ、重厚感のある木製家具が整然と配置されている。大きな窓からは柔らかな光が差し込み、部屋全体が温かい雰囲気に包み込まれていた。
学園長は背筋を伸ばし、穏やかな表情で椅子に腰掛け、微笑を浮かべながら悠里を見つめている。彼女の眼差しには優しさが伺えるが、同時に強い威厳も漂っていた。
キャンディ・フレーバー。カトレアが通っている王立ブルーム魔法学園の学園長である。
彼女の長い髪には銀色の光が混ざり、優雅に肩に流れている。深い紺色のジャケットは洗練されたデザインで、きめ細やかに仕立てられている。ジャケットの内側には柔らかな白いシルクのブラウスが控えめに覗き、そのコントラストが上品さを際立たせている。
淡いグレーのネクタイはシックであり、全体に洗練された印象を与えている。整った手元は選び抜かれた生地の服装を引き立て、姿勢からは自信と活力があふれ出ている。細身のスラックスを履き、足元には輝きを放つポリッシュレザーのパンプスがあり、これらの要素が彼女の美しさと気品を引き立てていた。
キャンディは年齢を重ねているものの、その魅力や威厳は衰えず、優雅さと知恵を兼ね備えた存在感を持っている。周囲の人々に深い印象を与える、まさに特別な人物であった。
「ジゼル先生、カトレアさんと二人だけにしていただいてもよろしいでしょうか?」
キャンディの問いかけに、ジゼルは頷いて返答した。
「かしこまりました。それでは失礼いたします。」
ジゼルは去り際にもう一度一礼し、退室した。
「好きなところに座ってください。」
「失礼いたします…」
悠里は目の前のソファにゆっくりと腰掛けた。
「少しぎこちないわね。もっとリラックスしてもいいわよ。」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」悠里が言うと、ソファに深く腰を落ち着け、両手を首の後ろに回して頭を後ろに傾けた。
キャンディは声を上げて笑いながら言った。
「アハハ、感情の調整が激しいわね。」
キャンディは悠里と向かい合うように、反対側のソファに腰掛けた。彼女がソファに座るタイミングを見計らい、悠里は姿勢を正した。
「カトレアさん、今日あなたを呼んだ理由が分かりますか?」
悠里はこの場に呼ばれた時点で、その理由についてある程度の予想ができていた。
「妹のレリアが私の代わりに学園に通っていたことについてですか?」
「その件ももちろんそうだけれど、もう一つ要件があるのよ。」
キャンディには、さらに話すべきことがあるようだった。
「え?もう一つ、とは何でしょうか?」
悠里は首をかしげながら、キャンディにその疑問を返した。
「カトレアさん、少し前に魔王軍幹部のウバを討伐したと聞いているわ。その件と今回の件には何か関係があるのではないかと考えているの。」
キャンディは、まるですべてを見抜いているかのようだった。
「学園長、さすがに鋭いですね。」
悠里は額に汗をかきながら答えた。内心では不安を感じていたが、その気持ちを抑え込んでいた。
「伊達に半世紀も先生を務めているわけではありませんよ。気づかないと思ったのかしら?」
その後も、キャンディによる質問攻めが続いた。まるで拷問に近いような厳しさだった。しかし、幸いにもその場には拷問器具の代わりにキャロットケーキとミルクティーが用意されていた。テーブルの上には、小さくカットされたキャロットケーキが美しく盛り付けられ、湯気を立てたミルクティーが優雅に置かれている。おかげで、質問攻めにもどうにか耐えることができた。
「よろしいのですか?こういったものをいただいても。」
「いいのよ。私の長話に付き合ってくれているのだから。それに、カトレアさんとは一度じっくりお話ししてみたかったの。」
「他の生徒にとって不平等になりかねませんよ。」
悠里は、自分が特別扱いされているのではないかとの懸念を示した。
「それはあなたが気にする必要はないのよ。いいから、食べて、食べて。」
「それじゃあ、いただきます。」
悠里はまず、キャロットケーキを一口口に運ぶ。キャロットケーキは、粗くすりおろしたニンジンをたっぷり加えたしっとりとしたタイプで、口に入れると優しい甘さが広がる。ほんのり香るシナモンやミックススパイスが味わいに深みを与え、カリカリとした食感のクルミが絶妙なアクセントとなっている。また、アイシングはクリームチーズ、バター、砂糖を使った甘さ控えめのもので、全体の風味を引き立てている。ひと口食べるごとに、その美味しさが心に染み渡るようだ。
次に、悠里はミルクティーの入ったカップを手に取り、一口口に運ぶ。
ミルクティーは、紅茶の豊かな風味に滑らかなミルクが加えられ、絶妙なバランスを保っている。一口飲むと、温かさと共に心地よい甘みが広がり、リラックスした気分をもたらす。茶葉の香りがふんわりと鼻をくすぐり、シンプルながらも洗練された味わいが楽しめる。どんなお菓子とも相性が良く、特にキャロットケーキとの組み合わせは、至福のひとときを演出してくれる。
「学園長、ケーキとミルクティー、とても美味しいですね。これを食べたら帰っていいですか?」
「いいわけないでしょう?本題はこれからよ。」
どうやらキャンディは、悠里を帰すつもりはないようだった。悠里は、本題がすでに序盤に語られたのだと勘違いしていた。




