一話 悠里、女神に出会う
橘花悠里が目を覚ますと、目の前に広がっていたのは鮮やかな青空だった。雲ひとつない快晴の下、日差しが柔らかく彼女の肌を照らし、その温もりは心地よかった。ゆっくりと起き上がった彼女の足元には、パステルブルーのネモフィラの花畑が広がっていた。小さな花々が風に揺れ、青い絨毯のように広がっている。周囲には穏やかな風の音と、遠くで小鳥がさえずるかすかな声が響いていた。
見知らぬ場所に放り込まれたことに彼女は戸惑いを覚え、心の整理がつかない。これからどうすればよいのか考えようとしたその瞬間、遠くから見知らぬ人物がまっすぐこちらに近づいてくるのを目にした。
その人物は、金色の長髪が優雅に風に揺れ、エメラルドのような美しい瞳で悠里をじっと見つめていた。端麗な容姿に加え、色白で高身長な彼女は、まるで異世界から来たかのような雰囲気を漂わせていた。アイボリーの長袖ワンピースにベージュのキャミワンピースを重ね、軽やかなライトグレーの厚底ヒールショートブーツを履くその姿は、まるで夢の中の存在のようだった。
彼女の佇まいは、しなやかな風に乗って周囲の花々と調和し、この花畑自体が彼女を際立たせているように思えた。その美しさに悠里は思わず見とれ、心の中に迷いと共に一種の憧れが芽生えた。女性は悠里の視線を感じ、自身の心臓が早鐘のように高鳴るのを実感した。彼女には何か特別な意味があるのではないか—そんな想いが、悠里の胸の奥に広がっていくのを感じた。
女性が悠里のもとに近づくと、優しい微笑みを浮かべて話し始めた。「おはようございます、悠里さん。ご機嫌はいかがですか?」その透明感のある音色が耳に優しく響き、悠里の心を捉えた。しかし、初対面の相手がいきなり自分の名前を呼ぶので、彼女は戸惑い、不安が心の中に広がった。
「あの、私はあなたと初対面ですよね?」悠里は状況を確かめるために、震える声で尋ねた。
「お会いするのは初めてですね。」女性の柔らかな返答には親しみがあり、悠里は少し安心した。彼女の微笑みはまるで温かな光が差し込むような穏やかさを持っており、悠里はほっと胸を撫で下ろした。
女性は悠里の反応を受けて、さらに優雅な仕草で手を軽く振り、穏やかな風に舞う髪が柔らかに揺れた。その姿に悠里は再度心を奪われ、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じた。
「それに、どうして私がメイド服を?」自分の服装に気づいた悠里は、思わず目を丸くした。クラシカルなメイド服は、白い襟とカフスが施された黒のワンピースで、白いエプロンには華やかなフリルがあしらわれている。さらに、フリル付きのカチューシャが彼女の頭を飾っていた。この衣装は、彼女がコスプレ喫茶で働くための特別な装いだった。
「大丈夫です。これは私の趣味に過ぎないので、気にしないでください。」彼女の笑顔は、悠里の疑念を和らげたものの、何が大丈夫なのかは全く理解できなかった。それでも、その明るさは不思議な安心感を与えていた。
「ところで、あなたは一体、何者ですか?」悠里は思い切って尋ねた。心臓が少し高鳴る中、質問を口に出すまでに一瞬のためらいがあったが、好奇心に駆られて思わず言葉が漏れた。
「申し遅れました、私はフレイバと申します。この死後の世界で女神を務めています。」彼女の言葉は悠里の脳裏に響いた。女神という存在のイメージとはかけ離れた普段着のような姿に、悠里は訝しげな表情を浮かべた。
「フレイバさんが女神だとは……不思議ですね。」悠里は思わずその言葉を口にしてしまった。
「私が女神であることを疑問に思っていますか?」フレイバは頬をぷくっと膨らませて、不満げな表情を浮かべた。その仕草はどこか子供らしくて、悠里は微笑みかけたが、内心では彼女が本当に女神なのか疑念を抱かざるを得なかった。
「死後の世界ということは、つまり私は……」悠里は言葉を続けた。「死んだということになるのですね。」受け入れがたい現実を抱えながら、悠里はその思いを繰り返すしかなかった。言葉が口をついて出るたびに、彼女の心は重苦しい現実に飲み込まれていく。
「はい、そうです。」フレイバの軽やかな雰囲気が一変し、真剣な表情で続けた。「悠里さんは、秋葉原駅の電気街口西側広場で通り魔に左胸を刃物で刺され、その後、病院に搬送されましたが、一時間後にお亡くなりになりました。」
悠里はその言葉を耳にしたとき、心にのしかかる重さを感じた。フレイバの言葉は衝撃的で、その内容を受け入れるまでには相応の時間が必要だった。死という現実を突きつけられ、彼女の内面には混乱と戸惑いが広がっていくのを感じた。周囲が徐々に遠のき、耳の奥に鈍い音が響く。果たして、今の自分が何者なのか、どこにいるのか、そのすべてが霧のように朦朧とした状態の中で、悠里はただ立ち尽くすことしかできなかった。