きみが照らした光で蓋をする9
教室を出て保健室に向かう途中、声をかけられる。
「慎! 大丈夫かっ!?」
小太りで伊達メガネの西城昌一が駆け寄ってきた。
「また気分が悪くなったか? ・・・・・・あれか?」
「そうなんだ・・・・・・、また、苦しくなった」
「二人とも話している場合じゃないでしょう!? 昌一くんも手伝って!」
「悪かった。ほらっ慎。肩貸せ」
「ごめん・・・・・・、迷惑かけて」
「お前、うっさいよ。そう言うの、今度からなしにしてくれ」
昌一は、ぼくの肩に手を回して、
「親友にそんなこと言われたくねえんだ・・・・・・」
「ごめん・・・・・・っ!?」
自分が情けなくなって震えた声で彼に謝るが、
「いいよ・・・・・・、親友だろうが、オレたちは・・・・・・」
「・・・・・・ちゃんと歩いてよ? 昌一くん」
「分かっているよ。五月蠅い女だな」
「行こう」
三人で保健室に向かい、「安静にしておきなさい」と先生が、保健室の常連のぼくを見るなり言ってベッドを貸してくれた。
朝に『後ろの人は大丈夫です!』を読んでくれてありがとうございます! そして、おはようございます!
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夜に『後ろの人は大丈夫です!』を読んでくれてありがとうございます! そして、こんばんわ!
寝る前に『後ろの人は大丈夫です!』を読んでくれてありがとうございます! そして、お休みなさい!
友達を選ぶとき、恋人を選ぶときどのように判断しますか?
答えは自分と相手のためになる行動、若しくは、自分とみんなが幸せになる行動がとれる人です。
一人が犠牲になってみんなは救われません。
誰かが不幸になっては誰も幸せになりません。
ひとり、一人の判断でみんなが救われる行動こそがいまから未来に繫がります。
一人で出来る範囲は手の届くところですが、みんなでやれば大きく広がります。
一人が出来る範囲は手の届く範囲でありますから出来れば全員で行動を取れたらいいですね。
一人が次に、次の人がまた次の人に——
タスキのように繋いでいく。
人生は人との繋がり、努力で大きな輪になります。
乱すようなタスキは無く、次に生かせるタスキであればいいですね。
タスキは託すのに小さい可能性を少しずつ大きくするように人から人へと繋いでいき幸せの輪になるのです。
どこかで苦しむ人がいれば手を差し伸べるのがタスキを受け取る瞬間です。
そこから繋げていき苦しんでいた者に幸せを届けてみんなが笑顔になるんです。
誰かのために立ち上がる勇気を持つのは人間、人の怖さと自身の弱さを自身で分かっていますから人のために決断できないのは分かりますが、自身が苦しむ立場になれば? と言われれば答えなくても分かりますよね?
自分が苦しむのは嫌なのに、誰かが苦しんでいるのに立ち上がらずに、自分が困れば、助けて、は筋違いです。
公平性が全く無いです。
幸せの輪になるというのはどの人にも平等に幸せを届けるチームワークです。自分の弱さも人の怖さも一切考えずにしろとは言いませんが、自身の立場になって考えてください。
あなたたちの勇気が誰かの笑顔を守る。
そうなればいいですね。
優しさが誰かの生きる力になる。死ぬとき思い出すのは人生分の人の温かさ。だから人が死んだとき笑顔でこの世を去っていける。
いつまでも怒っていては死んだときどのような顔で死んでいくか、自分でも分かります。
命が消えかかるとき喋れなくても思いを伝えようとするという事は、幸せだったよ、ありがとう、幸せに生きてね、という無言のメッセージです。
覚えておいてください。
愛する者が最期に残した言動(感謝と励ましの言葉)。
それは、あなたに、ありがとう、と、幸せだった、幸せに生きてね、の言葉です。
伝えようとする事も出来ずに亡くなる方もいますが、最期にどこかで伝えているはずです。
だから、あなたたちも、その方に、ありがとう、(私・俺)も幸せだったよ、向こうでも幸せにね、とお伝えください。
必ず、そのメッセージは届きます。
では、いい夜を!
いい明日を!
愛する人の思い出はあなたたちを生かしてくれる力だよ? 誰かのために立ち上がる勇気はあなたたちの胸の奥にあります!
ではでは。




