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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第一章、姫と魔法使い
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9、プリムローズ、魔法使いの弟子になる

 小さく丸まった銀髪の大男と、丸椅子にちょこなんと座る金色巻き毛の姫君は、居心地悪そうに魔女ストーンを凝視する。


「なんだい、ふたりして」


 魔女は緑色の眉を煩わしそうに吊り上げる。フォレストの鼻に不機嫌そうな皺が寄る。プリムローズ姫は耳まで赤くして目を逸らす。


「とにかく、城に出頭しろ」

「いいさ、王様に直接文句言ってやる」

「謝りなさいな」

「何でもいいから、行くぞ」

「フンッ」


 ストーンはまた袖からハーブの束を取り出した。


「あっ、何を」


 フォレストの野太い声が叱りつけるが、間に合わない。ストーンも虹色ブローチの大魔法使いである。呪文は短く、動作も小さい。描く模様は複雑だが、素早い動きで効果を上げる。


「きゃぁっ」


 プリムローズ姫は、細い悲鳴と共にマーマレード色の長毛仔猫に戻った。ストーンはさも愉快そうに高笑いする。


「あいつらの目の前で戻してやるよ」

「チッ」

(大人気ない)


 フォレストは、ストーンの魔法を解くことも出来る。だが、ストーンもまた、すぐに同じ魔法を掛け直せる。エンドレスになるだろう。時間の無駄である。フォレストは、仕方がないのでそのまま城へと移動することにした。


「姫様、少し我慢してくれ」


 フォレストは短い言葉とともに、何事か呟き虹色の渦に入る。姫の目の前が虹色に回転した。フォレストもストーンも、人の形を崩してゆく。解けて七色の糸束に変わった。仔猫姿のプリムローズ姫は、その糸束の作る流れにぐるぐると振り回される。


(私も虹色になってるのかしら?それとも猫の姿のままなのかしら?)


 自分の状態が掴めない。ただ忙しなく上下左右が入れ替わり、身が捩れて何処かへと進む。音は無い。視界は虹色に捩れて、耳には何一つ届かないのだ。何かに触れている感覚もなかった。匂いも感じられない。


 プリムローズ姫は、寄るべなさに呆然とする。だだ虹色の流れに身を任せてゆく。運ばれる先は、まず間違いなく城である。だが、いつ終わるとも知れない虹色の世界で、プリムローズは孤独だった。



 フォレストもストーンもいる筈だが、今は体温も気配も感じられない。フォレストの荒っぽい喋り方も、ストーンの駄々っ子のような態度も、突然消えてしまえば寂しいものだ。


(フォレストさん)


 フォレストは大きな若者だが、騎士にはたまに見る程度の体格だ。痛んで伸びかけた銀の髪も、綺麗な菫色の瞳も、人間としておかしな色とは言えない。手足も人と変わらない。


 水晶宮のお爺さん魔法使いは、噂によれば何千年も生きているという。髪も髭も白く、瞳は見るたびに違う色を映す。プリムローズは、苔桃谷の魔女とは今日初めて会った。彼女の髪の緑色も瞳のクランベリー色も、この世の人には現れない色合いだ。


 2人とも人里離れた場所で気ままに暮らしている。フォレストが口にしたその他の大魔法使いたちも、人付き合いはしていないようだった。しかし、フォレストは違う。表通りに暮らして街の人と関わり、低賃金の公務員として働く。


(フォレストさんは人間なのかしら)


 プリムローズは、大魔法使いというものについてよく知らなかった。普通の魔法使いなら、お城には数人いる。魔法使いは珍しい存在だが、王城なので少しはいるのだ。

 お城の料理長や魔法灯係は人間のようだ。魔法がひとつ使える以外、他と違った所は見えない。フォレストも見た範囲では人間なのだが。


(使う魔法は桁違いだわ)


 プリムローズは目の前が真っ暗になる気持ちがした。


(もし人間じゃなかったら)


 生きている世界が違うのだ。彼にとって姫は偶然助けた小さな命というだけ。ストーンを王城に引き渡してプリムローズが城に帰れば、そこで縁が切れてしまう。フォレストはいつもの魔法事件を解決したに過ぎない。人助けをまた一つして、日常に戻ってゆく。


(そんなの嫌よ)


 姫は頭の芯が冷える気がした。お城の姫が、怪しげな魔法相談所にひとりでやってくるなんて。一旦城に戻ればできそうにない。第一、もうすぐ来る誕生日で婚約者が決まり、姫は外国に嫁ぐのだ。


(もう会えないなんて)


 ぐるぐると虹の色に混ざりながら、プリムローズ姫の心は揺らめいていた。


(フォレストさんと同じ世界が見たいわ)


 猫になったのは楽しかったし、風の籠は快適だった。


(第一、魔法は面白そうよ)


 フォレストは魔法を使えれば楽だという。料理長のおじさんは普通の火よりも細かい火加減が効くので便利だという。魔法灯係のお兄さんは、作業は面倒だが高給取りなので満足している。散水係は水を撒くことが趣味なので、言うことはないそうだ。


(魔法使いも人それぞれね)



 だが、彼らは一体どうやって魔法使いになったのだろう。魔法使いには、国家で定められた細かい階級がある。ということは、認定試験のような物があるに違いない。


(まずはそれを受けてみましょう)


 政治の先生からは、魔法使いを扱う魔法省というものがあると聞いた。何をしているのか詳しくは教わっていない。


(フォレストさんに聞いてみようかしら)


 姫は、猫化の犯人をお城に連行中だということを忘れかけている。姫にとっては、既に解決した事件なのだ。最初の猫化は解いてもらったし、犯人も判った。今、また猫にされてはいるが、お城に到着すればすぐにでも人に戻して貰える。


(お城に着いたら話してみましょう)



 とうとう一行はお城に到着した。虹の渦巻きが急に逆回転して、プリムローズは絨毯の上でよろめいた。


「大丈夫か?」


 フォレストは風の魔法でプリムローズをふんわり支える。姫は今日ずっとフォレストの魔法に包まれていた。その気配は心地よい。ずっと離れたくないと思った。


 見回せば、なにやら豪華な部屋である。姫は来たことがない場所だ。灰色と灰味水色の太縞のソファは、なめらかな布張りである。壁に飾られた四角い魔法灯はまだ魔法の火が点されていない。


「ストーンは、係員が来るまでそっちに大人しく座ってろ」


 フォレストは、ストーンに顎で長椅子を示す。姫には1人掛けの立派なソファを優しく示す。プリムローズを見下ろした時には、ストーンに向けていた不満そうな顔つきを、少しだけ和らげた。長い指をちょっと椅子の方へ向けて着席を促す。


 プリムローズは椅子の座面を見上げる。一旦腰を下げると、弾みをつけて床を蹴る。そのままひらりと椅子に飛び乗った。


(猫って身軽で楽しいわ)


 元から活発なプリムローズ姫は、猫の姿が気に入っている。


(それにしても、犯罪者を待たせる部屋にしては豪華すぎない?)


 姫を猫にした犯罪者ではあるが、やはりストーンは虹色ブローチを賜わる大魔法使いだ。丁重に扱われているらしい。金縁のローテーブルには、白磁に小鳥が緑で描かれた華奢なティーセットが置かれている。



「どうもー、ストーンですよー。お菓子ちょうだい」


 この部屋は無人で、卓上には空の茶器のみが置かれている。ストーンは慣れた様子でティーポットから茶を注いだ。茶は淹れたての熱々だ。


(魔法のポットだわ)


 ティーポットの湯気穴からはまったく蒸気が出ていなかったのだ。プリムローズは空だと思っていた。ここは魔法使いの控え室なのだろうか。


「ストーン、真面目にしろ」

「うるさいね」


 彩色された彫刻で飾られた重たいドアが開く。略装の王様がお付きの騎士を引き連れて、直々にやってきた。


(何かの魔法で知らせがいったのかしら)


 魔法使いたちは特に呼び鈴を鳴らした様子もなく、ストーンがお菓子を要求しただけなのだ。ストーンの声も普通だった。大声ではない。


「!」


 王様は、椅子の上に座るプリムローズを見ると青褪めて立ちすくむ。騎士たちは飛び出しこそしないが、ある者は(つか)に手を掛け、またある者は槍を握る手に力を入れる。フォレストは丁寧にお辞儀をするが、ストーンは平気でお茶を飲んでいる。


(そういえば水晶宮のお爺ちゃんも、気軽な挨拶をするわね)


 大魔法使いとは、そういうものらしい。


「猫を虐めるの辞めたら、姫を戻しますよー」

「そ、それが姫なのか?は、早く戻さんか」


 王様は、ストーンに顔を向ける。猫と真正面から向き合う勇気はないとみえる。たとえそれが大切な末姫だとしても。王様は、嫌悪と困惑と愛情を目まぐるしく顔に展開させながら、プリムローズを盗み見ていた。


「猫を虐めるの辞める?」

「何だと」

「いっそ王様も槍に追いかけられてみる?」

「さっさと戻せ」

「えー?」


 フォレストが舌打ちせんばかりの形相をみせる。流石に王様の前では控えるようだ。


「いくら虹色ブローチの大魔法使いでも、許してはおけぬ」


 王様は声を荒げて片手を上げる。その手をサッと振り下ろそうとした、正にその時。


「フンッ」


 茶を一杯飲み終わったストーンが、袖から出したハーブの束を複雑に動かした。姫はたちまちフリルとリボンの寝巻き姿になる。脇に控えていたフォレストが、すかさず自分のマントを掛ける。


 次の瞬間、ストーンはもう一度ハーブの束を動かし、なにやらぶつぶつ歌った。すると部屋中に紙袋が降ってきた。騎士が慌てて足を踏み締め、王様が怯む。その隙に魔女は窓を開いて飛び出した。


「えっ?」


 プリムローズは驚きの声を上げる。ここの窓からは梢が見えた。お城の三階にあるようだ。ストーンの真っ赤なローブが風を孕んでまるく膨らむ。


「じゃあねー!」


 ストーンはお城の庭にも紙袋を撒き散らしながら、苔桃谷(クランベリーデイル)へと飛び去った。


「魔法便利屋、魔女を捕まえろ」


 フォレストは仏頂面で王様の言葉に頷くと、渋々ストーンを追って窓から出てゆく。銀刺繍のマントは姫に預けたまま。


「ああっ待って」


 姫の声が虚しく背中を追う。王様は忌々しそうに窓の外を眺めていた。




 翌朝、フォレストが窓を開けるとマーマレード色の仔猫が飛び込んできた。


「えっまたか?」


 猫はみるみる姫となる。


「どうかしら?わたくしの魔法は」

「覚えたのか?」

「猫化した時の感覚を思い出して、昨日あれから練習したのよ」

「そんな簡単に?」

「案外、簡単でしたのよ」


 フォレストは目を見張る。


「ねえ、わたくしを弟子にしてちょうだいな」


 プリムローズは昨日のうちに、魔法使いは徒弟制だと教わったらしい。


お読みいただきありがとうございます

続きます

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[良い点] こんなきゃわわなプリンセスが、かつてなろうに存在しただろうか…(していない)と、ふわふわしながら拝読しておりましたら。 姫ーーーーーーーー!?!?!?
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