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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
最終章、姫と魔法使いの永遠

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78/80

78、大魔法使いは春の空へ旅立ち、魔法細工師は川辺に憩う

 フォレストの両親やストロウ師匠への挨拶も兼ねて、フォレストとプリムローズは旅行に出かけることにした。


「万魔法相談所の仕事は、当分休みだな」

「街路樹や魔法灯はどうするの?」

「自動でできるようにしといた」

「いつの間に」


 フォレストはフッと笑って口付けを落とす。


 出かける前には、万魔法相談所のドアに、休暇中のお知らせを掲示する。


「さてと。行くか」

「ええ」


 フォレストはプリムローズに口付けると、銀刺繍のマントをはためかせて春の空に舞い上がる。プリムローズもお揃いのマントを纏って飛翔する。



 ただし、マーマレード色の毛の長い仔猫の姿である。マントはしっかり仔猫サイズに縮んでいた。大きく尖った襟の先には、仔猫サイズになったブローチのアーモンドの花が虹色に輝く。


 フォレストは人間のまま、顔の横に仔猫姿の新妻を連れている。銀色の大魔法使いは菫色の瞳を愛に染め、いつもの厳つい濃紺のブーツで大空を闊歩する。今にもドカドカと粗野な音が聞こえてきそうな歩き方だ。けれどもブーツのベルトバックルは、左右ともにきっちり3つ留めている。ひとつもだらしなく緩んだりはしていなかった。


(レシィのこと、乱暴だって馬鹿にする人は、なあんにも見てないんだから)


 それを見つけたのは、自分が初めてではなかった。ストロウ師匠やティムが先だ。城下町にも気付いている人はいる。だが、やっぱりプリムローズは、フォレストの堅実な一面を知っていることが誇らしい。



 プリムローズがフォレストの誕生日に贈った髪紐が、煌めく銀髪を束ねている。傷んでボサボサだったフォレストの銀髪は、プリムローズが髪紐に込めた魔法の力で、今やキラキラだ。


 フォレストは元々の華やかな風貌を、やっと充分に魅せるようになった。プリムローズに褒められたからだ。大好きな人に誉めてもらいたい一心なのである。ただし、手入れはプリムローズがくれた魔法の髪紐がしてくれる。フォレストの努力は特にない。



 城下町を離れて、フォレストの両親が保護されている月の国へと向かう。フォレストは故郷にいた時に、その余りにも強大な魔法の力を狙われた。そのせいで家族が危険な目に遭ったのだ。月の国は、複雑な事情がある人々の避難場所でもある。


 ただ会いに行くだけならば扉の魔法を使えば良い。しかし、2人は呑気に観光がしたかった。色々な国を見て歩きたいと思っていた。


 壁の内側を流れる川辺には、親子連れなども遊ぶ。釣りをするおじさんは、仕入れなのか趣味なのか。ひとりで糸を垂らしていた。木の枝を流して競争する子供たちが、流れに沿って走る。水はまだ冷たく、中に入る人はいない。



「あら、マーサ」

「ティムといるな」

「ふふ、仲良しね」

「おい、あいつら朝から酒呑んでやがる」

「ええっ」


 2人は簡易テーブルを持ち出して、宴会を開いていた。テーブルに並ぶ瓶は、フォレストでも知っているような有名な銘柄の酒であった。


「マーサー!ティムー!」


 プリムローズが猫手を振って地上へと呼びかける。川辺の人々が一斉に空を見上げた。のどかにたなびく春の雲を背景に、豪華な銀糸のマントが大小ふたつながらに、はたはたと風を受けていた。




 マーサとティムも気付いて手を振りかえす。


「行ってらっしゃーい」

「気をつけて!」

「相変わらず幸せそうだねぇー」

「ああ、もうあんなに小さく」


 遠くの空へと消えてゆく新婚の大魔法使いたちを見送ると、地上の2人は宴会に戻る。酒瓶が林立しているが、2人とも涼しい顔である。



「釣りしてる人がいるねぇ」

「釣り、面白そうね」

「マーサ好きそう」

「ティミーはやったことがおありなの?」

「ううん、ないよー。僕は子どもの頃から、何でも魔法の道具で獲っちゃうからねぇー」

「じっと待つのも、たまには良いかもしれないわよ」

「そうだねぇ」


 ティムはのんびりと笑いながら、杯に口をつけた。例の小さな人形もついている。この人形は、いくつかのグレードを用意して売られることになった。



 温度調節だけが出来る物から、濃さの調節、自動消毒機能、解毒機能などが追加された物まで、いくつかの種類が用意されている。


 ただ、呪いを解いたり、液体が入っていれば何にでも変えたりする機能は、マーサに止められた。


「やりすぎよ」

「えーでも、レシィたちも喜んでいるよー?」

「便利ですけどね。普及させてはダメよ?」

「なんでぇー」

「凍らせたり固めたり、スープどころかケーキや薬まで出来ちゃうでしょ」

「うん」

「食べ物屋さんも、飲み物屋さんも、お医者様も、潰れてしまうわ」

「あー、そうだねぇー」


 特に貴族相手の高級な職業を脅かしてしまいそうだ。ティムは、極端な道具を提供するのを友人限定として、販売は諦めた。マーサが見張っていないと、またとんでもない物を売り出しそうではある。



「温度調節人形、お城でも人気なのよ」

「嬉しいなぁー。買ったきりすぐ飽きちゃうかと思ったけどねぇー」

「大切な人に贈る時、眼の色が選べるのも嬉しいみたい」

「髪の毛や帽子は無い方が人気みたいだね」

「そうね。あっても可愛いけど、無いのはコミカルでいいのよ」

「こんなに評判が良くなるとはなあ」

「便利ですもの。コップから落ちないのも素晴らしいわ」


 マーサは小さな人形を摘み上げると、さまざまなポーズを取らせて遊んだ。ティムはその姿を飽きることなく眺めている。




 2人は新しい酒で杯を満たして、軽く杯を持ち上げる。壁の近くではあるが、街中の川なので、岸辺は石積みで固めてある。花や木陰はあまりないが、人は集まってくる。


 幼い子供の手を引いて、若い母親が川辺を散歩している。うんと顎を上げてしきりに話しかける幼な子に、母親が優しい笑顔で相槌を打っている。


 マーサがふとティムへと向き直ると、空色の瞳には切なさが滲んでいた。マーサの心に暗い影が差す。


(知り合いなのかしら。もしかして、初恋の人?)


 ティムの初恋はマーサなのだが、特別その事を話したことはない。ティムの人柄からして、恋が初めてだなんてマーサには思えなかったのだ。実際には、いわゆる良い人すぎてとか友達どまりとか言われてしまう少年である。



 ティムは見た目も穏やかで、人好きのする笑顔が魅力的だ。空色の目が美しく、柔らかな茶色い髪には安心感がある。丸顔だが鼻筋は通っており、職人なのでそれなりに引き締まっている。背も高い。


 マーサは心の中で、ティムの良いところを数え上げる。恋心のフィルターで限りなく素敵に見えてくる。


(ティムは人気があるもの。恋だってたくさんしたんだわ。忘れられない人も、いるのかも知れない)


 マーサは聞くことも出来ず、不安そうにティムを見る。


「マーサ?どうしたの?」


 ティムが慌ててマーサを気遣う。


(聞けないわよね)


 マーサは俯く。


(もしかしたら、優しいだけじゃ駄目とか言われて、他の人に攫われちゃったのかも知れないわ)


 マーサの妄想が胸の内に渦巻く。



 マーサは、グイッと杯を煽る。ティムはマーサの皿に黙って豆のピクルスをよそう。


(なんて酷いんでしょう。ティミーは頼もしいわよ?優しいってことが、どんなに強いことなのか、解らないなんて)


 マーサは少し酔っているのだ。だんだん腹が立ってきた。ティムは、マーサを気遣わしそうに見つめながら酒を呑み込む。


(ちょっと常識はないけど、魔法使いだから仕方ないのよ)


 今度はティムのダメなところを、心の中で数え上げる。


(魔法細工のことになるとすぐ周りが見えなくなるし)


 マーサは空いた杯に酒を注ぐ。


(細工をはじめちゃうと工房に籠って連絡取れなくなるし)


 またグイッと杯を空ける。


(そうかと思うと気ままに色んなところを訪ねてゆくし)


 豆のピクルスも摘む。


(誰にでも愛想がいいから、勘違いもされるし)


 甘いドライフルーツに手を伸ばす。


(しかも、それには全く気がつかないし!)


 マーサは、ティムをキッと睨む。最早、若い母親のことは忘れている。



「な、なに?どうしたのー、さっきから?」


 ティムは全く睨まれる筋合いはないのだが、なにか失敗したかと焦る。


「良い気なものですわ」

「えー?何のことー?」


 ティムは困って茶色い眉を下げる。


「人の気も知らないでっ!」

「何のことなのーお?言ってくれないと分かんないよー」

「にこにこしすぎっ!」

「ええー」

「そこが良いんですけどねっ」

「良いところも怒るのおー?」

「怒ってません」


 最早酔っ払い理論である。まともに相手をしてはいけない。ティムは、そんなマーサを可愛いと思う。だが、好きだと思う心には、どうしても少し、ブレーキをかけてしまう。



「マーサ」


 ティムは、苦しさを滲ませてテーブルの向こうに手を伸ばす。ナッツを摘んでいたマーサの手に、ティムの手が触れた。どきりとするマーサ。こんなに積極的なティムは初めてだった。


「僕、マーサと離れたくないよ」

「ティミー」


 小さな声で話し出すティムに、マーサは息を呑む。


「僕ね、いつかマーサがお嫁に行くときには、笑って送り出せると思ってたんだあ」

「ティミー?」


 マーサは栗色の艶やかな眉を寄せて、ティムの空色の瞳を覗き込む。


「それまでの間、たくさん2人の楽しい思い出を作りたいって」


 ティムが続ける言葉に、マーサは不安そうに俯く。川風が2人の間を吹きすぎる。テーブルに溢れたナッツや揚げ物の屑が微かな音を立てて動いて行く。



「でも、一緒にいればいる程、離したくなくなっちゃう」


 ティムは苦しそうにマーサを見る。


「マーサに貴族籍を捨てて欲しいなんて、時々思っちゃうんだあ。そんなこと考えて、僕、嫌な奴だねえ」


 マーサは握られた手に空いている方の手を重ねる。ティムはハッとして2人の手を見た。マーサも同じところに視線を止めている。


「ティミー」

「はい」


 マーサはお説教モードである。だが、顔は赤い。


「私が好きですよね?」

「うん。大好き。どんどん好きになるよ」

「でしたら、離さないで下さい」

「でも、マーサは貴族だから」

「先のない恋なんて、私には無理です」


 ティムはマーサのつむじを見ている。始源祭では、そこに祝福のキスをした。


(どういうことだろう?だって、僕は貴族じゃないし)


お読みくださりありがとうございます

続きます

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