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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
最終章、姫と魔法使いの永遠

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77、魔法使いの結婚

 エイプリルヒルの愛され末姫プリムローズが銀色の大魔法使いフォレストと出会ってから、四つの季節が巡った。桜草の花が可憐に咲いて、蝶々は気ままに舞い遊ぶ。


 魔法使いが結婚すると、何処からともなく魔法使いが集まってくる。時には精霊や妖精もやってくる。魔法生物に祝福されることもある。


 歴史上初めての大魔法使い同士の結婚式が、今日、精霊の森で行われる。この森は、魔法使いの始祖(おや)と言われる星乙女が精霊と出会った場所だ。この森の精霊に、星乙女は人類初の魔法の力を授かったのだ。


 プリムローズたちが生きるこの時代では、もう精霊と親しい魔法使いは少ない。それどころか、精霊たちは御伽噺の中へとその姿を隠してしまった。この精霊の森に入っても、精霊湖へと遊びに来ても、精霊と出会う人は殆どいないのだ。



 それでも、魔法使いたちにとってここ精霊の森は、特別な場所である。ここで結婚式を挙げると聞けば、魔法使いたちは喜んで祝福に訪れる。また、森の精霊が授けた魔法の技を継ぐ者たちが集まれば、森は彼らに祝福を与えるとも信じられていた。


 他の場所での婚姻にも、そっと紛れ込んで悪戯や贈り物を残してゆく魔法使いたちである。まして、大魔法使い同士が精霊湖で婚姻の宴を開くとなれば、世界中から駆けつける。


「ご馳走足りるかしら?」


 銀糸の刺繍が豪華に煌めく魔法使いのマントを身に纏い、プリムローズは次々に訪れる魔法使いや奇妙な生き物たちに驚いていた。


「なに、魔法使いの婚姻は、持ち寄りだから大丈夫だぜ」


 よく見れば、奇妙な生き物たちも魔法の魚や果物を運んでやって来る。魔法使いたちは手に手に各地のご馳走を携えている。



 魔法使いたちはてんでんばらばらの格好だ。祝いの席なので、何かしら飾りはつけている。しかし、なかにはとても貧しい者もいた。森でつんだ花を飾るのがせいぜいというところ。魔法の力を身分や収入に変えず、ただ自分の楽しみだけに使う。命があれば、それでいい。そういう魔法使いもいるのである。


 そんな魔法使いたちが持ってきてくれたのは、魔法生物たちと同じように不思議な食べ物と飲み物だ。彼らの得意とするそれぞれの魔法でしか手に入らないような、珍しい木の実や液体である。魔法の樹液、不思議な滝の水、地の底に湧く酒など、プリムローズが初めて知るものばかり。



 イガグリを柔らかくしたような丸い生き物が、一塊になってやってきた。ふわふわと空中を進むその生き物は、手のない体の毛で贈り物を支えている。皆でひとつの葉っぱを担ぎ、そこに丸いものを山積みにしている。


 柔らかなイガグリが動くにつれて、体の上の丸いものがぷるぷると震える。ゼリー状の食べ物らしい。木漏れ日を浴びて光るその食べ物は、花の香りを漂わせていた。


「わあ。龍谷(りゅうこく)の花だねー」


 ティムが好奇心を覗かせる。


「龍谷の花?」

「うん、これね。遠い国の龍の棲家にだけ咲く花なんだよー。実みたいだけど、花なんだあー」

「まあ、そうなの」

「美味しいんだよー」

「食えんのか」

「うん。そのまま食べられるよー。でも、齧ると中身が飛び散るから注意してねー」


 深皿の中でナイフを入れてから、スプーンで食べるのが1番いいらしい。


「ふふっ、みなさん、ありがとう」

「遠いところから、ありがとうな」


 新郎新婦は柔らかなイガグリ生物に丁寧なお礼を言った。



 ティムは職人エプロンを外して、ジルーシャに作ってもらった祝祭柄の刺繍ベストを身につけている。祝祭柄は、エイプリルヒルに伝わる婚姻や新年の祝いに身につける模様だ。始源祭に身につける人もいるが、始源祭には宴席や踊りの習慣がないため、あまり着る人がいない。


 エイプリルヒルの象徴である星乙女と森の精霊が、星空の元で飛んでいる姿が単純な線で表された模様である。これを空色のフェルトに金茶色で刺して貰ったものを、ティムは陽気に着込んでいる。


「賑やかなこと」

「大魔法使い同士の結婚式を、みんな見逃したくないんだねえ」


 楽しそうに精霊湖のほとりを見回すマーサも、お揃いのベストを身につけていた。これはティムからのプレゼントである。お返しには、珍しいお酒を贈ったようだ。



 魔法使いたちは、年齢も様々だ。普通の魔法使いはそれほど長生きではなく、見た目と実際の年齢も近い者が多い。だが、魔法の実力が上がるほど、見た目と年齢はずれてゆく。大魔法使いともなれば、見た目は全く当てにならない。どんな姿にでもなれるからである。


 水晶宮のお爺さんがやってきた。プリムローズのことは、生まれた日から知っている。


「やあやあ、今日はおめでとう。エイプリルヒルの末姫プリムローズちゃん、万能の大魔法使いフォレスト君」


 機嫌良くお祝いを述べる老魔法使いは、白く長い髭を枯れ枝のような指でしごく。藍色のビロード地を銀糸で飾るマントをばさりと翻し、小さく細い身体を折ってお辞儀する。


「星乙女の祝福を!」

「ありがとう、お爺さん」

「ありがとう、爺さん」

「なんの。お前さんら、ついこないだまでキャンディ握ってニコニコしてたのになあ」


 水晶宮のお爺さんは、しみじみと言う。フォレストのことも子供時代から知っているようだ。


「キャンディは今でも好きよ」

「俺も嫌いなほうじゃねぇな」

「そうかそうか。じゃあ、祝いはこれがよかろ」

「えっ、ちょっと待て」


 フォレストが止める間もなく、水晶宮の大魔法使いは、キャンディの雨をエイプリルヒル全土に降らせる。


「爺さん、ひでえな。ベタベタになんぞ」

「その前に痛いわよっ!」


 派手好きの老魔法使いは、加減というものを知らない。


「チッ!まったく!」


 フォレストはごにょごにょと何かを唱え、キャンディの雨を消す。その代わり、エイプリルヒル王国に住む全ての人に小さな麻袋をひとつずつ配った。その麻袋には、水晶宮のお爺さんが降らせたキャンディが入っている。


「でも、ありがとうね」

「気持ちは嬉しいぜ」


 苦笑いの2人も、昔馴染みから貰うお祝いの気持ちは嬉しかったようだ。



 布切れのような生き物は、若葉の色に光る風を吹かせる。足が沢山ある細長い生き物は動きが速く、青と水色の水玉模様で精霊の森を飾ってゆく。仔猫くらいの大きさをした風船のようなおじさんがくれた鶴首の壺は、薔薇色の透明な魔法素材でできていた。


「可愛いわ。ありがとう」

「これは壊れずの石じゃないか!」


 フォレストが目を見張る。風船みたいな小さなおじさんは、得意そうに胸を張る。


「壊れず?」


 マーサがそっとティムに訊く。


「薔薇石族だけが加工できる石なんだあ。秘密の川底で採れる石だよー」

「あの小さな方は薔薇石族?」

「うん。そうだよー。どこに住んでるのか、誰も知らないんだけどねー。魔法商人と一緒に居るところを、たまーに見かけるんだってぇ」



「ねえ、ウッズさん、そろそろ」


 ティムがウッズを肘でつつく。


「ひと段落つくまで待ってたらキリがないですよ」


 途切れることのないお祝い客を見て、マーサも促す。昔の王様と雑談を交わしていたウッズは、頷いて波打ち際へと降りてゆく。ウッズを気に入ったらしい何種類かの魔法生物も足元や顔の周りをうろうろしながら着いてゆく。


「おっ、噂の9人目か!」


 ウッズの動きにいち早く注目した魔法使いたちが囁き合う。認可は受けなくとも、大魔法使いの開眼は自動記録で「世界魔法使い名鑑、最新版」に記録される。その為、情報通は既にウッズのことを知っていたのだ。



 いつものように、ウッズの妖精楽団が幻影芝居の始まりを告げる。今日は自由な大魔法使いの婚姻らしく、野生味溢れた古い魔法の旋律だ。すると、魔法楽団が張り切って演奏に加わった。


 太鼓が魅惑の夜を呼ぶ。古代の笛は精霊や妖精を呼び出した。帽子や祝杯を手に手に掲げて、魔法使いの踊り手たちも、魔法生物の輪に加わった。


 魔法使いの婚姻の踊りが唐突に始まる。ウッズは用意していた祝いの幻影芝居を取りやめて、自分の妖精楽団に専念する。



 カラフルなスカートが裾を翻し、尖った爪先は空高く跳ね上がる。とんがり帽子も投げ上げて、長い髪の幼い魔女が手拍子を打つ。春の陽射しは忽ちに青緑色の月光に呑み込まれた。月の国ともまた違う不思議な色の満月が、精霊湖の真上に現れた。


「あははっ、始まっちゃったねえー」


 ティムはマーサの手を取って、精霊湖の上に駆け上る。


「マーサ!好きな想い出が見られるよー」

「えっ、想い出?」

「魔法使いの婚姻の時、僕たち魔法使いの踊りはねえ、想い出の時を巡るんだあー」


 マーサは何だかよく分からない。だが、考える前にリズムの速い踊りに巻き込まれてゆく。



「500年前でも、1000年前でも、自分が生きてた時代なら、いつでも観たい時代の風景を観ることが出来るんだぜ」

「あら、じゃあわたくし、たった16年くらいしか観られないのね?なんだか損しちゃったみたいだわ」


 フォレストは声を上げて笑うと、プリムローズの細腰を大きな両手でがっしり掴む。そのまま、青緑に銀と桃色が混ざる月に向かって持ち上げた。


「きゃっ、ふふふっ」


 プリムローズは楽しそうに渦巻く金髪を風に任せる。


「リム!これからも宜しくな」


 フォレストはプリムローズを少し低い位置まで降ろして、甘い甘いキスをした。



 魔法使いたちから歓声が上がる。太鼓と笛の音も大きくなった。踊りはますます速くなる。プリムローズとフォレストも精霊湖の周りで踊り出す。ふたりは湖面に出てゆくことなく、湖に沿って回っていった。


 2人が観たのは、どんな想い出だっただろうか。


 プリムローズの幸せな幼い日。乳姉妹がいた。すっかり忘れてしまっていたけれど、ほんの幼い頃は一緒に花の藪で探検をした。いつの間にか会えなくなった。手紙も交わさないうちに、乳母の引退と共に遠くへと行ってしまった。


 フォレストの辛い幼年時代。だがある日の森で、親友ティムと出会ったのだ。不思議な魔法の月の下で大きな鎌を構えた、幻のような、幼い男の子だった。


 出会ってからの想い出は、2人一緒に観ることが出来た。気持ちを伝えて、初めての口付けを交わし、そして今。大魔法使いがふたり、永遠の祝福を受けて夫婦となった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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― 新着の感想 ―
[良い点] 結婚、おめでとう……! 嬉しくて、私も喜びで胸がいっぱいになりました。 二人の幼かったときの記憶も一緒に見られて、なんだか夢のようです。 不思議な生き物に、昔なじみのおじいちゃん。 あった…
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