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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
最終章、姫と魔法使いの永遠

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76/80

76、魔法使いの四季

 エイプリルヒルは豊かな自然に囲まれた小さな国である。夏の陽射しが木々の葉を白く見せる頃、人々は涼を求めて水辺や木陰に憩う。


 城下町に事務所を構える万魔法研究所は、フォレストの魔法で快適温度を保っている。フォレストは、ボサボサの銀髪を適当に括って、パンとハムサラダの簡単な朝食に向かっていた。


「レシィ誕生日おめでとうー!精霊湖にご馳走準備したよー!」


 階下から明るい声が昇ってくる。階段へと開くドアから覗くと、柔らかな茶色い頭頂がふわふわと動いている。


「チッ、ティム。いつも朝っぱらから煩ぇな」


 フォレストは階段から降りもせずに、階下へと声を掛ける。


「あれっ?プリムちゃんまだ?」


 いつもなら大男の陰からひょいと覗く金の巻き毛が、今朝は見えない。受付カウンターのある一階の部屋にも、姿は見えなかった。


「今日はまだ見ねぇな」

「ふーん?じゃあ、来たら行こうかぁー」


 ティムはカウンターの方へ進んで、待ちの態勢に入る。万魔法研究所には椅子が無いので、カウンターに寄りかかって窓の外を眺め始めた。部屋の中には相変わらずカウンターしかなく、棚や作業机も一切置かれていないままだ。見るものといえば、窓の外を通り過ぎる通行人や動物くらいなのである。



 のんびりプリムローズを待ち始めたティムに、フォレストは苛立ちの声を上げる。


「朝飯食ってる途中だよ」

「えー。最近早起きだったのにー」

「用がなきゃゆっくり寝てる」

「うーん、ご馳走並べちゃったよ」


 ティムはにこにこしながら、ちょっと困っている。


「知るかよ」


 気まずい沈黙が落ちたところへ、プリムローズの声が響く。


「おはようレシィ、お誕生日おめでとう」



 声はフォレストの背後からだ。


「チッ、リム!窓から来んなって言ってんだろ」

「空が気持ち良いんですもの!レシィも飛んでいきましょ」


 ティムが見上げていると、フォレストの足元から、マーマレード色に渦巻く長い毛に包まれた仔猫が現れた。どうやら朝の空を満喫した後のようだ、


「どこへだよ」

「精霊湖よ!」

「やあ!プリムちゃんおはよう」

「あっ、ティム。レシィを呼びに来たのね」


 プリムローズは猫のまま答える。階段がちょっとした小山のように思えて楽しいようだ。


「うん。でも朝ごはんの途中なんだってぇー。レシィ、お寝坊さんだよねえ」

「ふふっ、せっかちの癖に、朝はのんびりなのよ」

「チッ、余計なお世話だ、ふたりとも」


 フォレストはプリムローズをさっと抱き上げると、ドアを開けたまま部屋に引っ込む。階段の下からは部屋の中の椅子とベッドの一部が見える。ベッドの上には、青い鎧戸のついた窓が開いている。



 ティムが階下で待っていると、フォレストがプリムローズを抱えて降りてきた。まだ猫の姿である。フォレストの逞しい腕は、安定感があって居心地が良いのだ。プリムローズはご機嫌である。


「みんな待ってるよー」

「分かったよ」


 フォレストが仏頂面で、表通りに面した相談所のドアを開く。向こう側には精霊湖が現れた。いつもの通り、ボート小屋に繋げたのである。星陰柳はすっかり綿毛の種を飛ばし終わって、青々とした細い葉を夏の風に任せていた。


 湖畔のテーブルには、紺のテーブルクロスがかけられている。氷で作られたシンプルな鉢の中で、四角くカットした赤い野菜や丸くくり抜いた水分の多い青い野菜が、宝石のように煌めく。



 青の濃淡を横縞に繋いだドレスを着て、マーサは銀の水差しを手にしている。


「マーサ綺麗!」

「やめてよ、ティミー」


 思わず口に出すティムを、マーサは照れて嗜める。ウッズは黒い真っ直ぐな杖を抱えて、怪魚の丘の王様と波打ち際で歓談している。


「あっ、レシィ」

「主役の登場じゃな」


 フォレストの到着に気づいて、2人はティーテーブルのほうへと上がってくる。



「えっ!」


 マーサが驚いて水差しを持つ手に力を込めたのは、突然現れた紺の籠のせいだ。


「ああ、ストロウ師匠だねえ」

「チッ、ありがてぇけど、人騒がせな師匠(せんせい)だぜ」


 フォレストは眉間に皺を寄せながらも、籠の蓋を開ける。


「ベルフルーム村の菓子だ」

「故郷のお菓子だねえ」


 良い想い出は少ないが、やはりフォレストにとっては故郷の村だ。懐かしい気持ちも蘇る。フォレストは複雑な顔で籠の中を見つめた。



「みんなのプレゼントもあるわよ」


 テーブルの近く置かれた箱の中には、5つのプレゼントが入っている。


「開けてみて」

「あ、ウッズさんのは最後がいいよー」


 プリムローズに促され、フォレストはプレゼントを開ける。



 まず、プリムローズからは、髪の毛を整える魔法付きの髪紐だ。一見無地だが、眼を近づけると暗い紫と濃い緑の細かい千鳥格子が織り出されている。


「リム、ありがとう」


 フォレストは早速プリムローズに結んでもらう。ボサボサの銀髪が、艶やかに整えられた荒鷲の頭へと雄々しく変わる。


「レシィかっこいいわ!」


 ふたりは幸せそうに唇を重ねる。



 ティムからは、猫の形をした魔法細工の鉢に生えた月の国の枯れないミント。いくら摘んでも無くならないし、鉢より大きくならない効果がついている。


 マーサは花束を持ってきた。よく見るとハーブである。ミント水をよく呑むフォレストに、風味を添える薬草を贈ったのだ。リボンは、金と緑が斜めに並ぶ縞模様であった。


 怪魚の丘に住む昔の王様は、廃墟で見つけた古代の魔法道具を持ってきた。それは開くと異国の風景が広がる傘だった。伸び放題の木に覆われて、朽ちることなく残っていたのだとか。


「面白いわねえ」

「これは昔の外国なのかな?」

「時も所も自在に観せる道具じゃぞ」


 どこまでも広がる砂の海をゆくコブのある動物や、氷を腹ばいになって滑るずんぐりした愉快な生き物を、6人はしばし楽しむ。



 最後に開いたウッズからの贈り物は、巻物だった。記録魔法の巻物を開くと、たちまち空にフォレスト少年の冒険が映し出された。修行時代の想い出を聴いて記録したものを、幻影芝居にしてくれたのだ。


「ハハハッ、ほんと、ストロウ師匠は酷いよねぇー」

「死ななきゃ何しても良いと思ってやがる」

「でも、レシィ、師匠のお陰でレシィも家族も死なずに済んだとこもあるよねえ」

「まあな」

「レシィ大変だったのねえ」

「物語になると笑えるけどな」


 フォレストは苦笑いながらも、楽しそうだ。


「ウッズさんの幻影芝居は、いつも面白く仕上がってますわ」

「うん、とってもいいよねー」

「ただの記録再生だけどね」


 ウッズは照れて、湖の対岸へと視線を逸らした。


 こうしてフォレストの17歳は、穏やかな木漏れ日の中、親しい人に囲まれて幸せの中に始まった。



 秋になると、街の広場は黄色く色付き、窓辺の花の色も濃いものが目立つようになった。この季節、エイプリルヒルには人形芝居の一座がやってくる。魔法を全く使わない一座だが、大人も子供も楽しみにしている。


 風刺の効いた滑稽劇から、しっとりとした佳人の嘆きに至るまで、短いお話を幾日か続けて上演する。ティムは遍歴修行の途中でこの一座と知り合った。ティムはその時、魔法細工の提供を申し出て断られたのだという。


「魔法無しにこだわってるわけじゃないんだけどさあ、魔法の道具を手入れ出来る人がいないんだってー」


 その時はまだ、自動メンテナンス機能は開発できていなかったらしい。


「でも、魔法がなくても、楽しめますわ。お話は面白いし、お人形は、ちょっとした動きで生きてるみたいに見えるし」

「うん。凄いよね。こういうのを、表現力っていうのかな。魔法を使うと無くなっちゃう技だよねぇー」


 短い人形劇が終わると、秋の陽は傾き始める。


「ドライフルーツ屋さん寄ってく?」

「ええ。新作出たんですって?」

「うん。果物は普通なんだけど、珍しいスパイスが使ってあるらしいよ」

「楽しみね」


 初夏に開店した異国の菓子屋は、りんごや梨などの秋の果実をふんだんに使ったお菓子も売り出した。坂道の菓子屋とは違う異国の味付けが珍しく、城下町の人々の舌と目を楽しませてくれる。


 ティムとマーサは、運良く空いていた窓辺のテーブルで、熱い紅茶と一緒に新作のお菓子を挟んで向き合う。先ほど観た人形芝居の話から、ティムの遍歴時代の話に飛んで、結局は行く先々の酒とツマミの話に落ち着く。


 窓の外には、プリムローズが剪定した裳裾花の木が、かさかさと乾いた音を立てていた。



 エイプリルヒルに冬が来た。極寒にはならない。だが、時折ちらつく雪は真冬になれば降り積り、野山を銀白に化粧する。精霊湖の氷は薄く、乗ればひび割れて危険である。子供の立ち入りは禁止されていた。


 魔法使いたちには関係がない。氷の強度も自由自在だ。いつものメンバーで湖に集まると、氷滑りやそり遊びを楽しんだ。湖畔に魔法の焚き火をおこし、栗や芋を埋めて焼く。その火で温めた薬湯は、冷えた体に染み渡る。


「寒くならないような魔法を使わないの?」


 マーサが不思議そうにティムに聞く。


「そればっかりじゃ、つまんないでしょ。冬はやっぱり寒くなくっちゃあー。雪や氷は冷たくないとねぇー」



「それはそうかも知れないなあ」


 ウッズが薬湯を啜りながら同意する。


「そうね!わたくしもそう思うわ」


 プリムローズは薬湯のコップを雪に刺して立ち上がる。


「あっリム」


 丸めて投げた雪の弾が、フォレストのマントに当たって砕けた。それを始めとして、4人の魔法使いとマーサは、雪球を投げ合いながら精霊湖の周りを駆け回って遊んだ。



 霜を飾った精霊の森に、プリムローズの巻き毛が弾む。吐く息は白く、笑い声も跳ね回る。金色の渦は冷たい風に流れて、冬の陽射しを湛えて光る。フォレストは思わず見とれて足を止めた。


 マーサは、短い空色のケープを着ている。柔らかな革に白い毛の縁取りが爽やかだ。マーサの栗毛は走ってほつれ、はじける笑顔はティムの心を幸せで満たす。



「森の民を訪ねてみるかなあ」

「記録を探してみましょうか」

「ウッズよ、それはありがたい」

「お安い御用ですよ、昔の王様」


 昔の王様は、悪戯そうに笑って、聞き取りにくい言葉を口にした。ウッズはすかさず記録して練習を始める。


「それがお名前なのですね?」

「そうじゃ。皆には内緒じゃぞ?」


 名前に力が宿る時代の、古い古い言葉であった。



 愉しい時はあっという間に過ぎてゆく。やがて雪が消え、氷は全て溶けて流れる。裸の木に緑は芽吹き、アーモンドやライラックの花は綻ぶ。灰色の寒空は温かな空色に染め変わる。


 エイプリルヒルに、また桜草が咲き乱れる頃、プリムローズは花嫁となる。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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