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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
最終章、姫と魔法使いの永遠

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74、魔法使い殺し

 プリムローズは、職人街のドアにらくがきされた線の意味をフォレストに問う。魔法でつけられた跡ならば、描かれた形も何かを表しているかもしれないと思ったのだ。


「どんな意味かしら?」

「海の向こうの文字に似てるが、少しずつ違う」


 フォレストも一軒一軒見て回りながら、判断を下す。


「違うというか、目にしたものを写すときに間違えた感じがするなあ」

「もとの文字ならどんな意味かわかる?」


 プリムローズは期待を込めて、緑の瞳をきらきらさせる。フォレストは優しく唇に触れると、軽く頷く。周囲の職人たちは、ふたりの愛情表現には慣れっこなので、風景の一部のように扱う。



「これなあ、あの新しいお菓子屋の商品名ばっかりだな」

「えっ?商品名?」

「あの店、元の国の言葉でも商品の名前が書いてあったろ?」

「あったわね。覚えて真似したのかしら」

「チッ、よっぽど気に入ったんだろ」



 フォレストが面倒臭そうに眉を寄せると、エッジ坊やは嬉しそうに叫ぶ。


「新しい、お菓子屋しゃんっ!くだもの、あまーいの」


 新しいお菓子屋には、職人の子供でも口にできる値段の品物もあった。貴族も喜ぶ高級品や贈答用の品々もあった。客層は幅広く、オープンすぐなので冷やかしも多い。


 その店の客だと言うだけでは、どうにも探し出すことが難しい状況だ。



「確かに旨いが」

「甘いのばかりでもなかったぞ」

「スパイスやリキュールに漬けたものもあるな」


 坊やに続いて、大人たちも新しいお菓子屋の噂を話し出す。


「しかし、気に入った食べ物の名前をらくがきするって、子供の悪戯か?」

「レシィ、エイプリルヒルに、子供の魔法使いはいるのかしら?」

「今はいねぇな」

「そんじゃ、酔っ払いかあ?」

「それか?」

「酔っ払いならあり得る」



 職人街の面々は得心がゆく答えを見つけて、フォレストに同意を求める。フォレストは嫌そうに口を曲げた。


「チッ、酒に弱い魔法使いがリキュール漬け食ったのかよ」

「うわあ、やっぱり。迷惑な」

「誰だよそいつは」

「フォレストさん、そんで、このらくがきは消せんのかい」


 騒ぎ出す職人たちをぎろりと見回し、フォレストは返事を告げる。


「魔法犯罪ではあるからな。城に通報したほうがいい。それと、消す前に記録しとかないとな。証拠だから」

「あっ、そうか」

「らくがきのまんまなんて嫌だけどな」

「仕方ねえよ」

「はあー、人騒がせな」


 職人街の顔役が、代表して通報しに登城した。城下町の騒ぎだったこともあり、結局、フォレストが捜査協力させられた。



 すっかりフォレスト担当官となったウッズは、相変わらず大魔法使いであることを黙っている。フォレストが記録のために現場で待っていると、ウッズは済ました顔で青色ブローチの魔法記録官として現れた。髪も変わらずきちんと黒いベルベットリボンで束ねている。


「やあ、レシィ」

「ああウッズ、今日もよろしく」

「うん、酔っ払いの魔法使いだって?」


 ウッズとフォレストは更に仲良くなっている。フォレストに案内されて、ウッズはお馴染みの黒い真っ直ぐな杖で職人街のドアを記録して回る。


 記録しながら、ウッズの顔に疑問が浮かぶ。


「んん?酒に酔った魔力とちょっと違うね?」

「そうだな。リキュールにも酔ってやがるが」

「これ、どっかの記録にあったような魔力の乱れだなあ」

「ウッズさん、わかるの?」


 プリムローズが好奇心を見せる。


「ええと」


 ウッズが記憶を探る。


「そうだ、魔法使い殺し」


 ウッズがはっとして、物騒な名前を出した。



「何だそりゃ」

「レシィでも知らないの?」

「知らねぇもんのほうが多いよ」


 フォレストは万能の大魔法使いだが、まだ16歳の少年である。普通の16歳よりは遥かに世界を見てきたが、やはりたったの16年間には違いない。


「それで、ウッズ、魔法使い殺しって何だよ?」

「魔法の砂漠に自生する、イラクサの一種なんだけど」

「薬草かなんかに使うのか?」

「うん。実を蜂蜜漬けにしてお菓子とかお酒とかに入れるんだ。薬じゃないけど、気分が落ち着く香りを楽しむ人も多いよ」



 聞く限りでは、効果は正反対のようである。プリムローズはウッズに聞く。


「それがどうして、魔法使い殺しなんて呼ばれているの?」

「それがさ。普通の人なら気分が落ち着くんだけどね」

「あ、魔法使いには」

「そう。魔法使いが食べてしまうと、泥酔した人みたいな奇行をし始めるんだってさ」


 取り扱いに注意が必要な食べ物のようだ。それを知りながら何の注意書きもなく扱っているのだとしたら、あの新しいお菓子屋にも責任が及ぶ。



「有名なのか?」

「この国では、初めて入ってきた食べ物だと思うよ。遠い砂漠の草だからねえ」

「知らずに食っちまったんだなあ」


 フォレストは犯人に同情する。


「注意書きはなかったのかしらね?」

「少なくとも、俺たちが行った時にはそんな物騒な名前の商品はなかったと思うんだけどな」

「そうねえ。もしあったら気になって店のおばさんに聞いたと思うわ」

「だろ」


 ウッズは遠慮がちに意見を出す。


「別名調べてみようか?」

「魔法植物なら、ティムが知ってるかもな」

「そうね、ティム詳しそう」

「じゃ、ティムさんの工房に行ってみますか」

「そうね」



 魔法使いたちが相談を纏めると、ドアの持ち主である職人たちが話しかけてきた。


「あの新しいお菓子屋には調べに行かないのかい」

「ドアのらくがきは、いつ消してくれるんだい」

「らくがき消すのにお金はかかんのか?」


 フォレストとウッズは順番に答えてゆく。


「まずは、何が起きたのか確かめてからだな」

「お菓子屋さんは最後だね」

「記録が済んだら、らくがきは消せるな」

「皆さん、もう消しても大丈夫です」

「研屋の分しか依頼は受けてねぇけど」


 職人たちは一斉にウッズを見る。


「いや、残念ながら魔法被害だからといって、公費では魔法処理が出来ません」


 ウッズは申し訳なさそうに説明した。たとえ魔法でなくとも、汚されたり壊されたりした物を直すのは自費である。職人たちは、一斉にため息をつく。



「仕方ないや。フォレスト、よろしく」

「うちも頼まぁ」

「こっちもお願い」

「チッ、仕方ねぇな」


 フォレストはブツブツ言いながらもらくがき消しを引き受ける。


「リム、見とけよ?」

「ええ」


 ウッズもフォレストの作業に注目する。


「ふむ。文字の魔法かい」


 フォレストは頷く。文字魔法と聞いて、プリムローズは苦手意識を呼び起こされる。


「そうだ。間違ってるからちょっと厄介だが、文字魔法で刻まれたもんは、文字魔法で消すしかねぇしな」


 プリムローズは眉間に皺を寄せながら、消す作業を見学する。一通り消すまでの間に、ウッズは器用に協力できるようになった。だがプリムローズは、尻込みして手を出さない。


 フォレストが持っている「文字」の本を読む練習は、まだまだ難航しているのだ。うっかり人の家にへんな魔法を掛けてしまったら大変だと思ったのだ。


「ウッズさんは、さすが記録官よね」

「あはは、書くことは得意だよ」



 職人街のドアをすっかり綺麗にしてしまうと、魔法使いたちはティムの工房へと向かった。


「ティムの工房は初めてだわ」

「仕事場、見せたがらねぇからな」

「そうなの?急に訪ねて大丈夫かしら?」

「連絡はしといた」


 また気がつかないうちに、フォレストが魔法で知らせたようだった。


「いつもながら、レシィは鮮やかな魔法を使うなあ」

「本当にねえ」


 プリムローズは自慢そうにフォレストの腕に自分の細腕を巻き付けた。もう王族でも貴族でもないが、相変わらずお散歩ドレスとボンネットでエイプリルヒルの城下町を闊歩する。



 今日のプリムローズは、銀色のリボンが存在感を見せる緑色のボンネットをかぶり、菫色に銀の水玉が踊るシンプルなドレスの裾を翻す。靴はフォレストの真似をして濃紺のブーツを履いていた。


 自分とお揃いにしてくれたブーツに、フォレストは内心ウキウキである。魔法処理の作業もいつもより張り切って行った。作業が終わって移動する間、ふたりは寄り添って手を繋いでいた。そういうことを気にしないウッズは、平然とふたりの後についてゆく。



 ティムの工房は、ジルーシャの刺繍工房の近くにあった。ジルーシャと同じように小さな店舗を併設している。ティムの場合は、外階段から2階が店舗だ。1階が作業場、3階が住居、そして地下に倉庫があるという。


「ティム、こんにちは」

「やあ、ウッズ、みんな。レシィから聞いてるよ」


 2階店舗の小さな応接テーブルに迎えられ、一同はティムの話を聞く。


「魔法使い殺しの別名をご存知でしたら、是非教えてください」

「あー、砂漠イラクサね。むしろ魔法使い殺しが異名だよ。そっちは魔法使いしか使わないねえー」

「そうだったのか。魔法省の記録で見たから、魔法関連の名前が記録に載っていたんだね」


 ウッズは面白そうに聞いている。


「そもそも、砂漠イラクサが魔法植物だってこと、普通の人は知らないよねえ。知らなくても大丈夫だしー」


 魔法使い殺しこと砂漠イラクサは、かなり独特な植物のようだ。



「あっ、レシィ、砂漠イラクサとリラックスハーブのドライケーキ!あったわよね?」

「言われてみればあったな」

「はははーっ!魔法使いと普通の人とで全く逆の効果が出ちゃうやつだねぇ!そりゃダメだよー」


 ティムはげらげら笑い出す。


「お酒に弱いレシィみたいな魔法使いがうっかり食べたら大騒ぎだねえ」

「注意書きが必要だな」

「そうだね。落書きの犯人探しよりも、そっちが先かな」


 次なる被害を防ぐため、3人は急いで新しいお菓子屋に向かう。



 お菓子屋のおばさんは魔法と関わりのない人間だった。案の定、砂漠イラクサの特性を知らず、大変慌てた。あまり動かない表情ながら少し蒼くなり、規定の罰金を払うことにも同意した。


「扉の掃除費用は、一部負担するよ。それに、犯人の人は大丈夫なのかい」

「そっちはこれから探すよ」

「このケーキはけっこう人気だから、どんな人が買って行ったか覚えてないよ。済まないねえ」

「まあ、そっちは大丈夫だ」


 文字の間違いやら酩酊やらで魔法の痕跡がかなり乱れていたし、落書きをされてから時間も経っていた。だが、酔った姿を目撃されずに職人街で落書きをしたこと、他の場所にはらくがきがなかったことなどから、職人街近くの住人だと想像される。


 まずは、その辺りに住む文字の魔法使いに絞る。そこから甘党の下戸で、しかもリキュール菓子も食べたがる魔法使いを探せば、犯人はすぐに捕まった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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