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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
最終章、姫と魔法使いの永遠

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73/80

73、新しいお菓子屋さん

 プリムローズが城下町に落ち着いてしばらく経った。もう買い物もひとりでできる。とはいえ、殆どの時をフォレストと共に行動しているのだが。


 その日は、気持ちの良い初夏の風が吹く晴れの日だった。貴婦人のスカートを逆にしたような薄紫の花が、街の広場で咲いている。これは、真っ直ぐに伸びる木に咲く。その木は裳裾花(もすそばな)の樹と呼ばれる。


 この花をたくさんつけた木は、生命力に満ちている。放っておくとあっという間に枝を伸ばしてあたりを覆い尽くす。植木屋泣かせの街路樹だった。


 エイプリルヒル城下町では、この木の剪定をフォレストの万魔法相談所に任せていた。



「リム、やってみるか?」

「やってみるわ」


 プリムローズは、街路樹の剪定に初挑戦である。


「猫だの魚だの作んなよ?」


 広場の木は、トピアリーにはしない決まりだ。


「つまんないのね」


 プリムローズは不服そうである。


「光らせてもだめだぞ?」

「夜は?」

「チッ、魔法街路灯があんだろ!」

「明るいほうが良いじゃない」

「明るすぎてもダメなんだよ」

「どうダメなのよ」


 フォレストは、プリムローズの唇にキスを落として肩を抱く。


「何よ?誤魔化されないんだから」

「夜あんまり明るいとびっくりするだろ?」

「そうかしら?」


 プリムローズは納得しない。


「広場に面した建物にも、人は住んでんだぜ」

「あっ」


 エイプリルヒル城下町の広場には、人気の店が立ち並ぶ。店舗の上には、通常、お店の主人が住んでいるのだ。


「そうだったわね」

「分かったら普通にしろ」

「わかったわよ」


 プリムローズは、渋々味気ない剪定を引き受けた。



「そこ切りすぎ」

「そう?」

「戻せ」

「もう、わかったわよ」


 地味な立木も案外難しい。魔法なのでやり直しが効く。ただし、あまりやり直すと木に負担がかかる。時間も無駄になる。万魔法相談所の仕事は、広場の刈り込みだけではないのである。


「なんとか終わったな」

「ふーっ、汗かいちゃったわ」

「レモネードでも飲むか?」

「アイスティーがいいわ」

「新しいお菓子屋は飲み物も出すそうだぜ」

「ほんとっ?」

「早耳のティムが言ってたから間違いねぇ」

「ふふっ、マーサと行ったのかしらね?」

「そうらしいぜ」


 ティムは順調にマーサと距離を縮めているようだ。



 噂のお菓子屋さんは、広場から少し入った路地にあった。爽やかな水色の花が窓辺に溢れ、清潔感のある店内は、角に魔法のランタンが下がっている。


 ランタンの光が半円を作って照らす棚には、異国の菓子が目にも楽しく並ぶ。飴がけの果物も、エイプリルヒルでは見られない種類だ。


「甘い匂いでいっぱいね」

「そうだな」


 空色の雲形焼を作っている店もクリームの匂いに満ちている。だが、こちらの店はもっと甘ったるい。蜂蜜や砂糖をふんだんに使った飴やら蜜漬けやらが、粋を競って飾られている。


 蓋に白鳥の刺繍がある銀の箱には、カサカサした白い衣をまだらに被るナッツが詰まっている。くすんだ緑色の丸い瓶には、蜜漬けのずんぐりしたナッツが見える。その棚はナッツコーナーのようだ。



 天井から下がる籠には、乾燥したレモンやオレンジのスライスが量り売りの札を下げて山盛りになっていた。こちらは、キラキラした砂糖の結晶でおしゃれをしている。


 反対側の壁には、桜桃や桃、杏などのドライフルーツの量り売りが素焼きのボールに盛られている。どれにも真っ白い砂糖がかかっている。


 突き当たりのカウンターでは、そうしたドライフルーツを使った焼き菓子やゼリーを扱っていた。細かく刻んでどっしりとした四角いケーキにしたり、クッキーに載せたり。



「これみんな、窓辺のお席でいただけるの?」


 プリムローズは興奮気味に、店番のおばさんに声をかけた。


「お菓子はね。ドライフルーツや箱入りのはお持ち帰り専用なんだよ」

「そっちも買ってみるか?」

「ううん。今日はお菓子と飲み物にするわ」

「どれがいい」

「迷っちゃう」


 おばさんは無表情だ。無愛想ではないが、表情が動かない。


「店主さんはどこから来たの?」


 プリムローズは聞いてみる。


「別の町だよ。それで、何にする?」


 おばさんはあまり詮索されたくないらしい。プリムローズはつまらなそうにお菓子を眺める。



 砂糖漬けの菫が添えられたアイスティーと、レモンピール入りのなにやらふわふわした白いものを頼んで、プリムローズは窓辺の席につく。フォレストはミント水だけ注文した。


「ねえ、他の町って、外国よね?」

「そうなるな」


 エイプリルヒルには、城内の居住地区と城下町しかない。町の壁を出れば、羊飼いや農民の家がポツンポツンとあるにはあるが、町ではない。


「言葉、とっても上手よねえ」

「異国訛りもないな」


 ただでさえ、外国語を話せる人は少ない。まして訛りもなく町の言葉を話せるのは、本当に珍しい。


「レシィ、あの人見たことある?」

「いや。今日が初めてだ」


 店を開く前から城下町に住んでいたわけでもないようだ。


「どこから来たのかしら」

「海の向こうには、砂糖漬けの果物がたくさん売られている国があるそうだぜ」

「海の向こう!」


 プリムローズは、まだ海を見たことがない。どこまでも続く青い水だということは知っている。だが、身近に無ければ想像はつかない。大きな水たまりと言っても、ピンとこなかった。精霊湖は向こう岸が見えるほどの小さな湖だ。プリムローズには海の大きさが分からない。



「レシィ、海は見たことあるの?」

「あるぜ」


 フォレストは嫌そうに顔を顰める。


「あら、嫌なとこ?」

「海は嫌じゃないけどな」

「何かあったの?」

師匠(せんせい)がな」

「ああ、また何か」


 プリムローズは察知する。フォレストの師匠である大魔法使いのストロウは、気ままな教師だったのだ。子供の頃のフォレストは、急にやってくる師匠にかなり振り回されたらしい。



「海で暮らせるようになれとかって、いきなり嵐の沖に投げ出されたんだよ」


 プリムローズには、嵐の沖と言われてもよくわからない。


「後で幻影芝居にしてもらおうぜ」

「あ!いいわね。ウッズさん甘いナッツ好きかしら?」

「甘いもんは好きだろ。あっちの菓子屋はよく行くみてぇだし」

「じゃあ、何かお土産買って、また精霊湖に集まりましょうよ」

「いいな。ティムにも言おう」

「マーサ来られるといいんだけど」


 マーサは新しい担当業務が始まったのだ。プリムローズがお城の姫だった頃のようには会えなくなった。


「ティムが上手く誘うだろ」

「そうね。ティムはそういうの上手ね」



 帰りがけに日持ちのしそうな乾燥杏の砂糖がけを買うと、一旦相談所へと戻る。


「甘かったわねー」

「ミント水は普通だった」


 そこへ、相談所のノッカーがコツンと控えめに響く。


「ん?研ぎ屋の末っ子か?」


 フォレストが外を探ると、4歳くらいの男の子がドアの前に立っていた。万魔法相談所のノッカーは魔法の道具なので、どんな人にもちょうど良い高さになる。研ぎ屋の坊やも、難なくドアを叩くことが出来た。


「よう、エッジ。どうした?ひとりか?」

「んっ!ほれすとさん、(たし)けてくだしゃい」

「まあ、入んな。ミント水飲むか?」

「んっ!あっとー、じゃいましゅ」

「お礼言えて偉いぞ」



 フォレストは坊やを相談所に招き入れると、ティムに貰った液体を好きな飲み物にする人形を使う。プリムローズの誕生日祝いとお揃いのものだ。婚約祝いにくれたのである。目に当たる魔法鉱石は、もちろん菫色と緑色が片方ずつ。


「わあっ、おにんぎょ、落ちないねぇーっ」


 プリムローズが作った風の椅子にちょんと座り、エッジ坊やは目を輝かせる。


「それで、どうした」

「あのねっ」


 坊やはミント水を飲みながらきちんと話す。4歳にしてはしっかりしている。さすが、ひとりでお使いに出される筈だ。


「おうちのドア、らくがきする人が、いるのっ」



 プリムローズが眉を寄せ、フォレストは頷く。


「どうやっても、消えないのっ」

「そりゃ大変だな」

「やあねえ」

「それでっ、おかーちゃんとっ、おとーちゃんがっ、まほうじゃないかな、って!」

「それでここに来たのか」

「んっ!ほれすとさんに、(たし)けてって」


 エッジ坊やは、こくんと上手にミント水を飲む。小さな両手でしっかりと素焼きのコップを持って、零さずに飲む。



 坊やがミント水を飲み終わると、フォレストとプリムローズは早速坊やに着いて行く。研ぎ屋は職人街にあった。人形職人のボブが突き当たりに店を構える、袋小路である。


「フォレスト!」


 ボブさん始め、職人街の顔見知りたちが声をかけてくる。皆街路に出てこちらを見ていた。


「チッ、なんだ、大騒ぎだな」

「んっ!みんな、らくがきされちゃった!」

「ええっ」

「チッ、しょうがねぇな」


 フォレストは袋小路に足を踏み入れるなり、舌打ちを連発した。プリムローズも口をへの字にまげる。


「魔法で間違いねぇな」

「なんだか甘い匂いがしない?」

「砂糖漬け売ってた新しい菓子屋の匂いだな」


 プリムローズは、無表情な店主を思い出す。いささか怪しげなおばさんではある。だがひとつ、合点が行かないことがあった。


「あのお店、魔法なんか使っていたかしら?」

「店とは関係ねぇだろ」


 フォレストも、新しい菓子屋が犯人だとは思わなかった。


「じゃ、食べながら落書きしたのかしらね?」

「あるいは、あそこで何か買って持ち歩いてたのか」

「どっちにしろ、お客さんね?」

「でもなあ、新しく出来て話題だからなあ」


 プリムローズ達が寄った時にも、次々にお客が入ってきていた。買って帰る人も多かった。


「こう無差別じゃ、恨みとは違いそうよね」


 落書きは袋小路にある扉の殆ど全てに描かれていた。


「描かれてない人は?」


 木彫職人が片手を上げて進み出る。


「描かれなかった理由に心当たりは?」

「いや、一回描かれてドアを取り替えた」


 木彫職人の家には、手頃な木材が沢山あったようだ。


「でも、そう何度もドア付け替えるほどの余裕はない」

「そうか」


 フォレストは気の毒そうに頷く。


「誰か、怪しいやつ見たか?」

「見てない」

「起きたら、みんな描かれてた」



 プリムローズはドアをしげしげと眺める。落書きは線ばかりで、曲がったり交差したりしていた。


「レシィ、これ魔法なら意味があるの?何の模様?」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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