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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
最終章、姫と魔法使いの永遠
72/80

72、プリムローズは城下町に部屋を得る

 プリムローズは誕生日を終え、エイプリルヒル王城から退去した。王様の思惑はともかく、元々この日に王族籍を離れることに決まっていた。


 誕生日の翌朝、フォレストは当然のように愛しい婚約者を迎える為に、王城までやってきた。プリムローズの朝食が済むまでは、魔法使いの控え室に通されて待つ。


「フォレストさん、朝食は摂られましたか?」

「済んでる」

「では、いつものようにお茶でも飲みながらお待ち下さい」

「わかった」



 最後の朝食は、プリムローズ姫の名前が付けられた庭園に準備されていた。前日の晩餐会は貴族たちや魔法省の役人も招待されて盛大な宴となった。料理長はひと皿ひと皿心を込めて準備をした。


 その日は流石に厨房が忙しそうで、プリムローズは料理長を訪ねるのをやめにした。ふと思いついて、大好きな夕陽の庭園によくいる巡回騎士を探す。


「居たわね」

「姫様」


 実は誰よりも早く姫の魔法を見たこの騎士は、実直な笑顔で姫を迎えた。


「今日は猫の姿じゃないんですね」

「ふふっ、最後はおしゃれしてこのお庭を歩きたかったのよ」

「あの日は本当に驚きましたよ」

「あの日?」

「姫様が猫になってしまわれた日ですよ」

「そうだったわね!あなたが止めて下さらなかったら、わたくし、また網やら槍やらで追いかけ回されていたわね!」

「姫様、フォレストさんにご心配をあまりかけてはいけませんよ?」

「まあ、酷いのね」

「ハハハハ」

「ふふふっ、じゃ、またね」

「はい、お気をつけて」


 騎士にも恋人がいるのだろう。この人は、フォレストにだいぶ同情的だった。



 お城の厨房は一丸となって最後の夜を楽しく終えられるよう配慮した。配膳人たちも、皆に愛される末姫様との別れを惜しむ。宴の料理が運ばれてゆく廊下には、寂しそうな面々がわざとらしく通りかかった。彼らは皆、せめて別れの膳だけでも一目見ようと、何やかや理屈をつけてやってくるのだった。



 一夜明けての朝食は、王家のメンバーだけだった。ふわふわの焼き立てパン、ゆで卵にたっぷりの野菜、料理長ご自慢のジャムやバターも添えられている。薬草入りのソーセージはプリムローズのお気に入りだ。


 ソーセージに添えられた優しい味のソースには、料理長自ら精霊の森で積んできた黄緑色の魔法の木苺が使われている。この木苺が使われた食事は、必ず幸せな思い出になるという。エイプリルヒルでは、門出の時によく使われる特別な木苺だった。


「このお庭ともお別れね」

「名前は残るよ」


 猟犬好きの次兄が慰める。


「でも、もう入ることは出来なくなるのよね」

「そうだねえ」

「名前だけ残るなんて、なんだかへんね」

「離れても家族じゃ」

「ええ、ありがとうお父様」

「いつでも遊びに来たらいいよ」


 次兄は気軽そうに言うが、実際にはそう簡単なことではない。プリムローズはどこの国にも属さなくなる。庶民ともまた少し違う位置付けではあるが、王族待遇は受けられなくなるのだ。プリムローズは、静かに答えた。


「そうね。謁見はできるわね」



 デザートのレモンシャーベットも食べ終わる。最初で最後の家族が揃った朝食会が、とうとうお開きだ。


 エイプリルヒル王家は、お披露目の済まない子供が大人と同じ朝食の席に着くことがなかった。大人たちも、普段はそれぞれ部屋で朝食を摂ることが多い。そして、王家の籍を離れたものが朝食に招かれることもなかった。


「大魔法使いなら、ほんとは好きに入ってもいいんだけどね」


 プリムローズは、悪戯そうに笑う。


「なに、お茶会でも庭園での昼食回でも、来たい時には手紙をおくれ」


 王様の言葉に、お妃様も鷹揚に頷く。



「そうね。そうするわ」


 誕生日パーティーで、エイプリルヒル王家と魔法使いは少し溝が出来てしまった。自分にとっては家族であるから、プリムローズは余計に寂しい顔をする。


「なんだよ。もっと気楽にしたらいいのに」

「やあね、お兄様ったら、お気楽すぎるのね」

「姫や、気に病むでないぞ?」


 お妃様が、ふっと力が抜けたように柔らかく笑う。


「元気でね。あなたはこれからだってずっと、わたくしたちの娘ですよ。それを忘れずにね」


 プリムローズは、不意打ちの優しさに涙が溢れた。


「ありがとう。昨日はごめんなさい」


 素直になれたプリムローズは、幼児のように泣き出した。お妃様は困ったように顔を背けて、扇の影で涙ぐむ。



 フォレストが朝食会が終わった庭園の入り口まで案内されてきた時のことである。王様は、王城庭園でも結婚式のお披露目会をしたらどうかと提案してくれた。誕生日パーティーがさんざんだったお詫びとして、とのことだ。


 婚約期間は一年ほどの予定である。魔法使いのマントが仕上がり次第、精霊湖で行われることになっていた。大魔法使い同士の結婚は、有史以来初めての大イベントである。エイプリルヒルのみならず、世界じゅうの魔法使いたちから注目されている。


「姫や、わしらからの結婚祝いとしてお祝い会を受け取ってはくれぬかの?」

「どうしましょう、レシィ?」

「リムが決めていいぜ」

「決められないから聞いているのよ」


 プリムローズは小さな口をへの字に曲げる。眉間の皺もフォレストに似ていた。今にも舌打ちを始めそうである。フォレストは節の目立つ長い人差し指で、プリムローズの眉間に刻まれた縦皺をのばす。


「庭園でのパーティーは、もう開くことがないだろうし、料理長ともお別れなんだろ?」


 フォレストは、決め手となりそうなポイントを示す。


「そうだわ。料理長のごはんともお別れなのね」


 今日まで毎日食べてきた、秘密のおやつも終わりである。プリムローズは涙ぐむ。異国の王子に嫁ぐならば、準備期間はこちらで半年、あちらで半年の予定であった。だから、料理長とのお別れは半年ほど早まったことになる。


「それはちょっと、寂しいわねえ」

「どうかの?城でもお祝いを開いては?」

「ええ、お願いするわ」

「良かったな、リム」

「ふふ」


 昨日の騒ぎがまるで嘘のように、一家は互いに優しい抱擁を交わす。料理長の気遣いで添えられた魔法の木苺は、確かに幸せを運んでくれたようである。



 プリムローズは桜草愛好家倶楽部や料理長たちに見送られ、王家の馬車で城下町の住宅街までやってきた。


「姫様、本当にご一緒しなくともよろしいでしょうか」


 ひと月の宿下りを貰っているマーサは、その間プリムローズの一人暮らしを助けようと思っていたのだ。


 住宅街には、城勤めの者たちが多く住んでいる。プリムローズはフォレストの紹介で、ウッズや魔法省の女性事務員が住む中流地区に一部屋を得た。結婚後は万魔法相談所の2階で暮らすことに決まっている。あの場所は魔法空間なので、どうにでもなるのだ。


「ふふふ、魔法があるから大丈夫よ」


 日常のあれこれは、魔法があれば用が足りる。プリムローズには、万魔法相談所の助手としての仕事もある。まだまだフォレストの弟子としてではあるが、エイプリルヒル城下町の人々とも顔見知りになってきている。


「家具がほとんどございませんが」

「足りない家具はだんだんに揃えるわ」


 王城の家具を持ってくることは出来ない。例え持ってきたとしても、城下町の独り住まいには似つかわしくなかった。大きさも、デザインも、広々として豪勢な城の部屋に合わせて作られたものであるからだ。



 王様たちは、プリムローズの猫を使った警告に懲りて、ふたりの婚姻に反対するのはやめにした。だから、家具がないのは特に報復などではなかった。


 その時にフォレストが見せたプリムローズを宥める手腕も、認めざるを得なかった。流石のお妃様も、もう文句を言えなくなっていた。


 実際には、大魔法使い同士の暮らしなら、どんな王侯貴族よりも華やかで自由である。ふたりが望めば、怪魚の作る鏡の迷宮であろうと、水晶宮のような不思議な宮殿であろうと、住む家は思いのままだ。


「王家の職人さんに頼んだら、新しい家具の準備は半年もかかるのですって」


 プリムローズは不服そうだ。


「呆れちゃうわよね。そんなに待っていられないわ」

「お労しい」

「ほんと、お父様たちが子供みたいに思い通りになるとお思いだったから、お支度金のことも決め直しでたいへんだったらしいのよ」

「それは、担当官の皆様方がお気の毒ですね」

「ほんとだわ」



 プリムローズが王族籍を離れる為の、王家からの支度金を決める時には国際魔法省連盟にも問い合わせる事態となった。なにしろ前例がない。王様たちの魂胆では、外国の王家に嫁がせる予定だったので、何の準備も出来ていなかったのである。


 王族籍を抜けても外国の王子様と婚約を結べば、半年は城に留まる。その後は相手国が準備してくれる。だが、城下町に引っ越すとなると場所や家具一式すら、用意がなかったのだ。これでは王家として面目が立たない。肉親としてもどうかと思う。



「本気で急な注文をしてくれようとしたのよ」

「それはいけませんね」

「そうよ。全部お父様たちのせいなんですから。そんなの、担当官や家具職人に迷惑かけちゃいけないわ」


 ぷんすか怒るプリムローズだが、その姿はどこかユーモラスだった。和解して急に焦り出した家族の様子を思い浮かべて、怒る途中で笑いが込み上げてきたのである。


「でも、ちょっとおかしかったのよ。ふふふふっ」

「リムー」


 黙ってマーサとの会話を聞いていたフォレストだが、笑い声を立て始めるプリムローズには流石に声をかける。相変わらず悪戯な婚約者を嗜めて、ぎゅっと肩を抱き寄せると軽く眉を下げた。



 カーテンの無いくりぬき窓には、フォレストの部屋と同じように鎧戸がついている。雨を防ぎ風を通す木製のハネには、プリムローズの希望で菫色の塗装が施されている。


(いつでもレシィと一緒にいるみたいだわ)


 ウキウキと眺める窓の下には、小さな書き物机とベッドがある。前の住人が置いて行った物を魔法で加工したので、新品同然だった。


「姫様が中古品をお使いになるなんて」

「うーん、魔法加工品は、中古と言わないんだよー?」


 引越しの手伝いに駆けつけたティムは、マーサの不服を受けて説明した。


「レシィやプリムちゃんなら、小枝からでもこのくらいは作れるからねぇ。元々あった家具は、材料だと思ったらいいんだよー」

「まあ。便利なんですねえ」


 マーサは、感心して口に手を当てた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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