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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第六章、プリムローズの誕生日

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68、ウッズの幻影芝居

 ティムが手を振ると、精霊湖のほとり、星陰柳の綿毛に似た花や実から魔法生物が顔を出す。ふわふわの毛が生えたハート型の物体である。


「ほほうっ、これはまた」

「ね?いたでしょ?」

「ティモシーさん、魔法生物を呼べるのですか」

「違うよー。出てきたそうに見えたから、僕も存在を主張しただけだよー」


 マーサが呑み込めない顔をする。プリムローズはいつのまにかまた人の姿に戻り、フォレストに抱きかかえられている。ふたりは、ウッズがつくる幻想の楽団に送られて精霊湖の上から仲良く戻ってきた。



 ハート型の物体は、後から後から湧き出してくる。ティムの周りでけばけばを風にそよがせながらくるくる回っている。空中から降りてきたプリムローズは、ティムの側にやってきた。


「ティム、また不思議な生き物を呼び寄せたのねえ」

「違うよー呼んでないったらあ」


 ティムはにこにこと否定する。


「ふふっ、かわいいわね」

「リム、油断するなよ?」


 フォレストは、魔法存在を警戒している。魔法存在は、人間には理解できないものである。何が起こるか、何をされるか、予想もつかない。


「レシィはちょっと心配しすぎだよねー」

「チッ、月の国の民は、魔法存在に慣れすぎだ」

「あっ、風のお芝居が始まるわ」



 ウッズは風や光の戯れを収めて、いよいよお祝いの幻影芝居を上映するようだ。対岸には、湖面に倒れ込むような木の幹が見える。その木に向かって、ウッズの杖から風が走る。風は鏡の反射を再生しながら、星乙女の民謡を歌う。


「初めて聞くわ」


 プリムローズがフォレストに囁く。フォレストは大きな体を傾けて、これは町の子供たちに伝わる歌なのだと教えた。プリムローズは城育ちなので、城下町の遊びや歌は知らなかったのだ。


 マーサやウッズもエイプリルヒル城内育ちだが、ふたりは下町に行くようになってから長い。子供たちが街路や川辺で遊び歌う姿はよく見かける。


「ご存知の方はご一緒に!」


 ウッズが湖の畔から、ティーテーブルの5人に呼びかける。ティムやフォレストも知っていたらしく、姫と昔の王様を除く3人は、手拍子を打ちながら素朴なメロディーを紡ぎ出す。



 星の乙女は金の髪

 金の髪、金の髪

 金の巻き毛に陽の光

 陽の光、陽の光



 魔法の風はゼンマイのように渦巻いて、ほどける拍子にとんがり帽子の小人になった。風の小人は手に手に楽器を持っている。光と木の葉が作る波打つリボンの上を、湖の対岸へと渡ってゆく。


 プリムローズは手拍子だけ真似しながら、可愛らしい風の小人たちに顔を綻ばせている。フォレストはそんなプリムローズを愛おしそうに見つめながら、町の子供から聞き覚えた里謠(りよう)を低く口ずさむ。


 この場に集う人々の6人中4人が魔法使いだ。魔法使いが紡ぐ言葉は、無意識のうちに何かを孕む。フォレストがプリムローズを愛でながら金の巻き毛を誉めて歌えば、姫の巻き毛はキラキラと光る。姫の髪は、菫色を帯びた光の薄絹を纏ったように肩に流れる。



 星の乙女は空を飛ぶ

 空を飛ぶ、空を飛ぶ

 夜吹く風は星の海

 星の海、星の海



 昔の王様は、風と魔法が紡ぐ単純な歌をどこか恋しそうに聞いている。王様は、エイプリルヒルの歌には馴染みがないため、目新しさも楽しむ。だが、繰り返しの多い単調なメロディーは、王様の治めた花の国にもあった。


 怪魚の丘が花城の丘と呼ばれていた昔、麓に微睡む花の村では、やはり幾つもの素朴な旋律が歌われていた。祖先の運んだ精霊を呼ぶ歌の複雑さとは余りにもかけ離れた歌は、聞くものの耳にすんなりと響く。


 そんな遠い記憶の情景を思い出し、厭われた緑の髪を愛してくれた亡き王妃を懐かしむ。



 風の小人たちが歌い踊りながら、みんな向こう岸に渡ってしまうと、今度は光のカーテンが降りてきた。空のうんと高いところから、菫色と緑色のマーブル模様を描く光が、大きくひだをとったカーテンのように垂れる。


 マーブル模様の上には、金沙銀沙が塗される。今は楽隊が対岸の幹に腰を下ろして、歌はない。三角帽子を傾けた風の小人は、苔むした幹に投げ出した足をパタパタしながらこちらを見ている。


 離れた対岸の様子が目の前に見えるのは、ウッズが展開する記録再生の魔法の力だ。



 ゆったりと波打つ光のカーテンの前に、怪魚に乗った小人の王様がやってきた。赤いマントに黒いブーツ、緩く波打つ緑の髪は後ろでひとつに束ねている。


「ほほうっ」


 怪魚の丘に住む昔の王様は小さな声をあげた。よく見れば、幻影芝居の口上役は、昔の王様をミニチュアサイズで再生したものだった。


 真っ赤なラシャのマントを堂々と翻し、スグリのような赤い瞳が鏡の欠片から受けた光を反射する。小さな王様は良く通る声で口上を述べた。


「お集まりの皆々様、魔法使いの始祖(おや)なる星乙女の故郷(ふるさと)、エイプリルヒルの精霊湖にて、世にも麗しきエイプリルヒルの末姫様、プリムローズ姫のお誕生日に先立って、共にお祝い致しましょう!」


 見物のティーテーブルは拍手を贈る。パァッと虹色の光が爆ぜる。怪魚は光の渦に呑まれて、小さな王様を乗せたまま消える。



 菫色と緑色の光が天へと巻き上がる。花びらの船が小人の楽団を乗せて精霊湖の上に出発した。とんがり帽子の小人たちは、再び幻影の楽器を鳴らし始める。今度は煌びやかな音がする。(ことば)の無い歌が、魔法の風に乗って湖上に漂う。


 光のカーテンが上がると、鏡の迷宮で記録された貴人のさざめきが現れた。迷宮の中庭にあった幻影の噴水が、小人の演奏に乗って水を踊らせる。そこへ、マーマレード色に渦巻く毛の長い猫が軽やかに躍り出た。


 プリムローズはフォレストの腕を揺すって、微笑む。フォレストは軽く頷いて、プリムローズの唇に触れる。



 幻の仔猫は金緑色の猫目をくりくりと動かしながら、幻影の噴水に駆け寄った。すると光る水飛沫から怪魚が現れる。怪魚を追ってマーマレード色の仔猫は噴水に飛び込む。


 幻はすぐにガラスのように砕け散る。割れて四方に散らばると、小人の楽団が笛や太鼓で盛り上げる。粉々になった虹色の破片が精霊湖に全て沈むと、楽団の曲は甘くゆったりとしたメロディーに変わる。


 観覧席のティーテーブルでは、背中に魔法細工の羽を生やした妖精人形がミント水を配る。ティムが用意した魔法の羽は琥珀色に透き通り、音もなく妖精人形を飛び回らせる。羽は人形を飛ばすだけではなく、冷たい飲み物を用意して配ることまで出来るようにしている。



 湖上の舞台に巻き毛の姫がやってくる。空から下がる光は、薄紫に揺れるライラックの花房だ。風に乗って、仄かな香りがティーテーブルまで届く。


「お城だわ」


 プリムローズが囁く。フォレストは姫の手をそっと握る。


 幻影の姫は、星乙女と精霊が織りなす恋の歌を歌う。細く高く澄んだ歌声は、曇り空さえ明るく見せる。金色の巻き毛はふんわり広がり、見る者の眼を楽しませる。菫色のドレスには、細い銀糸で描かれた稚拙にも見えるランニングステッチの魚が泳ぐ。


「姫様お気に入りのドレスですよ」


 マーサは小声でティムに解説する。ティムはにっこりと穏やかに頷く。



 そこへやってきたのは、銀刺繍も華やかな、どっしりと重たい豪華なマントを着た男。銀色の髪を無造作に纏めて、濃紺のブーツを鳴らしてやってきた。幻影の大魔法使いが低い声で月と星とを讃える歌を歌った。


 2人の歌は、内容が全く違う。旋律も違う。だが、絶妙に寄り添い呼び合い、いつしか離れ難く響き合う。幻影の2人はライラックの花陰で互いの手を取り、身を寄せ合ってうっとりと空を見上げる。


 ティーテーブルの2人も、肩を寄せ合って幸せそうにしている。マーサとティムはミント水ではだんだんと物足りなさそうな顔をしている。昔の王様は、ただ楽しそうに幻影芝居の上映を観ていた。



 さて、幻影の姫と魔法使いが二重唱を歌い納めると、今度は茶色の髪をきっちり纏めたお仕着せ姿の女性がやってきた。プレーンな黒い靴を忙しなく動かして、姫を呼びながらやってくる。マーサだ。幻のマーサは、セリフのような歌を歌った。


「姫さまー、姫さまー、ああ、ここにおいで、でしたかーあーあーああー」


「クスッ」


 ティムは思わず笑いを零す。幻影舞台で歌うマーサは、日々姫に振り回されていたマーサそのものだ。記録の再生をベースに作り上げた劇なのだから、似ているのも頷ける。マーサは不服そうにしながらも、目元は楽しそうに下がる。



 背景が少しずつ変わり、幻影芝居の3人は城下町に出る。愉快なリズムで流行歌を歌いながら、3人は鏡の作る石畳を踏んでゆく。行く手から、柔らかな薄茶の髪を春風に乱される青年がやって来た。ティムだ。


 幻のティムは、手を後ろに組んでゆったりと笑いながら複雑なリズムの歌を歌っている。歌詞は、なぞなぞ歌のようなたわいのない内容だった。幻のティムに3人が合いの手を入れ、ティムも加わって楽しげに坂道を降りてゆく。


「僕も来たねえー」

「来ましたね」


 現実のティムは嬉しそうに呟く。マーサはにこりと笑って頷く。



 幻の一行は町の門を出て、エイプリルヒルの草原に集う。小鳥の囀りや草海原をざわめかせる風が、一行の歌に加わった。一旦抜けた打楽器に替わり、竪琴の音がリズムを刻む。怪魚に乗った王様が丈の低い草を分けてやってくる。


「わしじゃ」


 テーブルにいる王様が、満足そうに皆を見る。皆も笑顔で頷いた。


 次に来たのはウッズである。黒い真っ直ぐな杖を携えて、静かに歩いてやってきた。これで全員が揃った。場面は森の中になる。精霊の森だ。空には銀の月が出る。まんまるの満月だ。


 満月に影を映して、星乙女と森の精霊もやってきた。星乙女は、藍色のマントを身に纏い、雲にたなびく巻き毛は星屑を纏って金銀の光を湖上に投げる。


「祝福ね」


 プリムローズは興奮してフォレストの腕に抱きつく。フォレストは節の目立つ長い指で、ぽんぽんとそのたおやかな手を叩く。


 幻影の精霊は艶やかな深い声で歌う。


「幸せ降らせ星降らせ、星の乙女の春の国、その精霊の森の中、桜草の末姫の、この世に生を受けた日に、幸せ降らせ星降らせ、星の乙女の春の風」


 小人の楽団は竪琴だけになり、湖上の幻は鏡に閉じ込められてゆく。やがて鏡は楕円になって、縁は花綱から覗く怪魚で囲まれる。楽の音が消え、鏡面は静まり、そしてすっかり元の湖に戻った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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