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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第六章、プリムローズの誕生日

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67、プリムローズは風と光の幻影に戯れる

 精霊湖のほとりで、6人は和やかな会食を楽しむ。ティムが用意した遠い国の珍しい食べ物、フォレストが買ってきたエイプリルヒル城下町の気軽な食べ物。マーサが料理長に相談して作って貰った爽やかなレモンゼリー。怪魚の丘から昔の王様が摘んできてくれた花々は、エイプリルヒルでは見られないものばかり。


 プリムローズが皆のプレゼントも受け取って、いよいよウッズの魔法がお披露目となる時が来た。地味な魔法記録官は、青いアーモンドの花を象るブローチを今日もきちんとつけている。一張羅の勤務用の宮廷服をピシッと着込み、背筋を伸ばして立ち上がる。


 湖を渡る風が星陰柳の葉をざわめかせる。小さな葉が揺れると、灰色の雲の切れ目から僅かに降る陽の光がウッズのほうへと跳ね返る。細い光の筋が青色のブローチに触れると、まるで虹色ブローチであるかのように輝いた。



「ほほほぅっ、魔法記録官どのは、本当に精霊たちから愛されておるのじゃのう!」

「ウッズさん、凄いねぇー」

「魔法のお芝居、楽しみだわ」


 皆の期待を受けて、ウッズは少し硬くなる。星陰柳の間を抜けて波打ち際まで近づくと、立ち止まって深呼吸をした。それからくるりとこちらを向き、丁寧にお辞儀をする。


 観ている5人が拍手で開演を促す。ウッズは上半身を起こすと、黒い真っ直ぐな杖を握りなおした。フォレストとプリムローズが微笑み交わす。フォレストはプリムローズの肩を抱き、活き活きと輝く目元に口付けを落とす。



 ウッズの杖に風が集まる。風は小さな枯れ葉や花びらを巻き込み、きらきらと光りながら今度は精霊湖に広がって行く。ウッズが杖を高く持ち上げる。すると、雲の隙間から射す陽の光が、風に遊ぶ花びらや木の葉にぶつかって散る。


 光が風にぶつかる度に、金属が軽くぶつかり合うような爽やかな音が立つ。ウッズが今度は杖を精霊湖に向かって傾ける。すると精霊湖が俄に波立ち、空に向かって飛沫を上げた。


「わあ、噴水みたいよ」


 プリムローズが小さな手を胸の前で合わせる。すっと伸びた白い指が、森の緑を反射する。フォレストは思わずその手を取って、指先に軽く唇を寄せた。プリムローズは鼻の付け根をほんのり染めてはにかむ。



 風と光に誘われて、湖の水が踊り出す。そこへ、鏡の迷宮で記録した中庭の噴水が現れた。さやさやと走る葉擦れの音とぱしゃぱしゃと陽気な水音とが、鏡の欠片がぶつかり合うような音と響き合う。


 そこへ、怪魚の幻がやってきた。怪魚は本物の水飛沫と幻の噴水を軽やかに泳ぎ回る。プリムローズは頬を紅潮させて立ち上がった。



「行きましょう、レシィ」


 プリムローズは、緑の瞳を煌めかせてフォレストの手を引く。フォレストは呼びかけに応えてプリムローズを抱き上げた。銀糸のマントをバサリと鳴らして精霊湖の上へと向かう。



「レシィ星乙女みたいね」

「俺が?」


 無邪気に笑うプリムローズに、フォレストは目を剥く。


「だって、立派な藍色のマントを銀色に光らせて、精霊の森を飛んでいるのよ!」

「リムこそ星乙女みてぇだ」

「まあっ、褒めすぎよ」

「この金の巻き毛は、本当に素敵だ」


 飛沫を浴びて艶やかに風に広がるプリムローズの巻き毛に、フォレストはうっとりと頬を寄せる。プリムローズはフォレストの首に急に抱きつく。フォレストは湖の上空でふらりとバランスを崩す。



 空中でよろめいたフォレストの銀髪が乱れて、薄く降る曇り空の光を反射する。


「こらっ、リムっ、危ねぇ」

「あらレシィ、だってわたくし、幸せなのよ!」


 フォレストは何か不服そうに口をへの字に曲げた。


「何よ、レシィ!幸せだと嫌なの?」

「チッ、落ちたら濡れるだろ!」

「ふふっ、レシィったら、心配してくれるのね?」


 プリムローズはますます強くフォレストに抱きつきながら、軽やかに笑う。フォレストは顔を赤くして、ぎゅっと銀色の眉を寄せた。



 湖畔で冷たいフルーツティーを飲みながら、風と光の幻影ショーを見ていた3人は、気まずそうに視線を交わす。


「プリムちゃんのお誕生日会だけどさあ」


 ティムは困ったように薄茶色の眉を下げる。明るい茶色の髪の毛が、ふわふわと森の風と戯れる。


「ちょっとああいうの、2人きりの時だけにして欲しいよねぇー」

「まだ大丈夫です」


 マーサはしかつめらしく評価した。


「えっ」


 ティムは空色の瞳をぱちくりさせて、真面目なマーサをしげしげと見る。



 マーサは、湖の上で幻影と戯れる恋人たちから視線を外し、ティムのほうを見る。


「ティモシーさん、フォレストさんがしょっちゅう姫様を送ってくるのご存知ですか?」

「何となく知ってるー」

「そのたんびに、ベタベタしてるんですよ」

「うん。そうだろうねぇー」

「そりゃ、手続きを待たされてるだけで、実際には婚約者ですからね?」

「うん。2人が離れるのは考えられないよねー」



 マーサは、キッと眉をあげる。


「そうです。そうなんですけども」

「なかなか離れないの?」

「そうなんですよ。まったく、人目もはばからず」

「幸せそうにしてるのは、良いんだけどねえ」

「ちょっとやりすぎですね」

「うん。はしたないねえ」

「桜草愛好家倶楽部の気持ちもわかります」


 マーサはぐいっとアイスティーを呑み下す。ティムは始源祭の夜を思い出した。


「しかしっ、姫様が幸せそうにしているとですね」


 マーサの声が震えている。王様は驚いてマーサに顔を向け、赤い眼を丸くした。


「お可愛いんです」

「それも分かるなあ」


 ティムはにこにこと同意しながら、そう言うマーサはもっと可愛いと思った。王様は2組の若者をかわるがわる見た後、寂しそうに空を見上げた。湖の上空では、相変わらず灰色の雲が青空を隠している。



 マーサがレモンゼリーを金色のスプーンで掬う。小さくかけたゼリーの角が、ふるふると波打つ。ティムの口元は、幸せそうに弛んだ。


「マーサ、月時雨の時期が来たら、月の国へおいでよ。レシィたちも、ウッズさんも、一緒に行くんだあ」


 マーサはもぐもぐと口を動かして、レモンゼリーを食べている。目だけはキランと輝いた。


 湖の幻影はますます華やぎを見せている。本物と幻影の花びらや蝶たちが、薄ぼんやりと霞のかかる梢の近くまで登ってゆく。怪魚の幻影も、元気に幻の風を跳ね回る。


「月時雨、見たいと思ってました」

「ほんとっ?」


 ティムは身を乗り出した。



 ティムの柔らかな茶色の髪がふわんと弾む。マーサは、素直なティムにときめきを感じる。


「はい。あの不思議な場所と姫様のお部屋が繋がるまでは、御伽噺だと思っておりましたけども」

「もうー。酷いなあ。みんな、月の国が本当には無い場所みたいに思ってるんだよー」


 へにゃんと笑うティムの眼は、魔法の月を浴びた時に似て奇妙なゆらめきを生む。ティムの瞳に映り込む湖に溢れる輝きが、ますますその姿をこの世ならざる者に見せていた。


 マーサは、魅せられたようにティムの空色に引き込まれてゆく。ふたりはしばし、互いの瞳に囚われる。


 チラチラと降り注ぐ鏡の欠片は、みなウッズの記録魔法が見せるもの。記録された欠片は確かに幻影だ。だが、元になった鏡も怪魚の生み出す幻だ。ティムは湖の上空を散歩するプリムローズとフォレストを眺める。


「あの鏡の欠片は、もともと幻なんだよねえ」

「そうじゃな」


 鏡の迷宮に住む昔の王様が頷く。



 昔の王様は、緩く波打つ緑の髪を少し振り、愉快そうに笑った。意外な反応にティムとマーサが顔を見合わせる。


「魔法存在とは、愉快なものじゃ」

「怪魚のこと?」

「左様じゃ。怪魚は幻とは違う。確かに存在しておるよ。しかしの、怪魚のつくる鏡の迷宮は、幻ばかりで出来ておる。それは本当には無いものじゃ」

「でも、記録魔法に映るんだねえ」

「そういえば、そうですね」


 マーサも不思議そうに相槌を打つ。


「しかもじゃ」


 王様は、赤い瞳を悪戯そうに光らせる。


「その本当には無い場所に、ずっと暮らすことも出来るのじゃ」


 それは、王様のことである。


「その場所にいる間には、人間も幻と同じように、現実からは消えてしまうのじゃ」


 マーサはぞっとしてごくりと唾を飲み込む。


「だから、鏡の迷宮ではお腹も空かず、歳もとらぬ」

「うん。あそこは時間の外側にある場所だからねー」



 湖の上にいるプリムローズは、マーマレード色の軌跡を描いて猫の姿に変わる。フォレストもくるりと回って銀色の猫になる。2匹の猫は共に風と水と光の中を滑って行く。


「だけど、月の国は本当にある場所だよー?」


 ティムはたいへん不満そうである。


「まっこと奇妙な国であるなあ」

「ええー。古代の森の血を引く人に言われたくないなあ」

「むっ、森の民も、洞窟に眠る精霊も、精霊を呼ぶ歌も、全て実際にあるのだぞ」

「月の国だってあるよー」



 ティムは月の国の草原から摘んできた、透明な果物を口に放り込む。噛むと芳しい香りが辺りに立ち込め、不思議な魔法の月が注ぐ青白い光が溢れる。


「それも月の国から来たものであろ?」


 ティムは果物を噛みながら首を縦に振る。


「本当に不思議なところですね」


 月の国では、沈むことのない魔法の月が常に空を旅している。太陽が空に現れることがない。生き物たちの多くは奇妙な魔法存在であり、植物も他の国々とは違う。


 人々は魔法の月光を浴びて、密やかな生を営んでいる。だが、彼らの中でも魔法使いはそれほど多くは生まれない。月の国に生きる民も、やはり普通の人間なのだ。そこがまた、月の国を知った旅人たちにとって奇異なものと感じられる点なのだった。



 ティムはにこにこしながら、透明な果物を貝殻の形をした銀の小皿の上に置く。それをマーサの前にコトンと置くと、魔法に満ちた不思議な国を弁護する。


「そんなことないよー。魔法はね、どこにだって溢れているんだよー。この星陰柳にだって、魔法の生き物が隠れているねえー」


 ティムがひらひらと手を振ると、星陰柳の綿毛の間から、藍色でけばけばしたハート型のものが現れた。けばけばの先端には、ウッズが見せる幻の鏡がチラチラと光を反射する。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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