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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第六章、プリムローズの誕生日

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65、姫はお誕生日の前祝いをしてもらう

 怪魚の作る鏡の迷宮で、プリムローズたちは幻の貴人たちを眺めている。怪魚も時々姿を現すが、鏡から鏡へと虹色に輝きながらすぐに泳いで行ってしまう。


「リム、誕生日にこれ観たいか?」

「鏡のお芝居?」

「そうだな」

「ええ。素敵!」

「他国の方もおいでになる場では、流石に私なんかの魔法は披露出来ないかなあ」


 フォレストの提案に、ウッズが尻込みする。


「準備してくれてる人たちがこまっちゃうんじゃないのー?進行表とか、ありそうだけどー?」

「チッ、身分はともかく急すぎるか」


 ティムの指摘でフォレストは諦めた。プリムローズはがっかりする。ウッズはしばらく中庭と回廊を眺めていた。皆も、鏡の見せる幻影を黙って見守った。




「姫様さえよろしければ、前祝いにショーを致しましょうか?飛ぶ魔法の練習をした草原あたりで如何でしょう?」

「まあ、ほんとっ?ありがとう」

「いや、かなり眩しくなるだろうから、羊飼いや牛飼いから怒鳴り込まれるかも知れないぞ」

「あっ」


 プリムローズがまたしょんぼりする。フォレストはご機嫌とりのキスをする。


「ねえ、精霊湖ならどうかなー?」

「それ、いいわね!」

「なんじゃ?精霊湖?ほほうっ、なにやら楽しげな響きじゃのう?」


 ティムの提案に、昔の王様までが興味を示した。精霊湖なら、ボート小屋にドアがある。フォレストは平気な顔をして、鏡の迷宮にある扉をボート小屋のドアに繋げた。



 皆でぞろぞろ扉をくぐり抜けながら、ティムはフォレストを嗜める。


「レシィさあ、魔法は危ない危ない言う癖にー。あんまり決まりごとを捻じ曲げてると、世界中の魔法がおかしなことになるんじゃないのー?」

「チッ、うるせえな」

「レシィ、危ないの?」

「気にすんな。大丈夫だから」

「本当かなあー?」


 ティムの心配はもっともだが、フォレストは慎重に魔法の流れを読んで干渉しているのだ。ただ、最近はプリムローズにいいところを見せようとして、以前より頻繁にルール破りをしている。正確には魔法のルールを歪めている。


 他人の魔法、それどころか、怪魚などという詳細不明な魔法存在の作り出す魔法に介入する。それは人の身として、かなり危険なことだった。



「ねえ、レシィ、気をつけてね?」


 プリムローズが心配そうにフォレストの逞しい腕に触れる。姫の巻き毛に森の木漏れ日が踊り、フォレストの腕を掠める。フォレストは空いた手で大好きな金色の巻き毛を梳く。


「心配すんなって」


 それからプリムローズの健康な唇にひとつ口付けを落とす。微笑み合う2人を、怪魚の丘の王様は少し切なそうに眺めた。遠い昔の愛しい王妃様のことを思い出しているのだろう。


 ウッズは淡々と精霊湖の周囲を眺める。幻影芝居の内容を考えているようだ。ティムはため息をつくと、ウッズの隣まで行った。


「どう?楽しいお芝居が出来そう?」


 ウッズは穏やかにティムに顔を向けて答える。


「それが、お芝居を作ったことなんてないので、どうしたら良いのか」

「うーん、お話になってなくてもいいんじゃないかなあ」

「そうなのかなあ」

「鏡の迷宮は、きらきらして綺麗だったからねえ。それだけでも観て楽しいと思うなあ」

「でもそれなら、鏡の迷宮へ行けば観られるし」

「ああ、プリムちゃんだもんねぇ。いつでも簡単に観に行かれるよねー」


 2人は、湖のほとりで銀と藍とに揺れる星陰柳を眺める。ひらひらと網目模様の赤い蝶々がやってきた。



 ウッズは、黒いまっすぐな杖を地面にトンとぶつけると、先ずは再生の魔法を唱える。鏡の迷宮からずっと続けていた自動記録は一旦切る。


 今記録した赤い網目模様の小さな蝶々の姿が、幾重にも重なって湖の上に展開する。岸辺には、本物の蝶々も飛んでいた。蝶々の幻は鏡の欠片の再生に混ざり、現実の蝶や湖の景色に紛れて行く。


「わあ」


 プリムローズは気に入ったようだ。フォレストは金の巻き毛を優しく撫でる。


「なんとなく掴めました。いつお見せ致しましょうか?」

「明後日はどうかしら?」

「姫様が宜しければ」

「じゃあ、明後日、お願いね?」

「はい」

「マーサにも声かけてみるねー」

「そうね。マーサとももうすぐお別れだし」

「城には住めなくなっても、会うのは簡単だろ?」

「あらレシィ。マーサだって次の担当業務にかわっちゃうのよ。簡単には会えなくなるわ」

「とりあえず、聞いてみようよー」

「そうね」

「そうするか」


 プリムローズのお世話係は、自由時間が多かった。姫との信頼関係もあり、マーサには実績もあったからだ。だが、新しい担当業務となれば一から覚えなければならない。決まりごとも違う。しばらくは思うように会えなくなりそうだ。



 精霊湖から帰って来ると、ティムはフォレストと共にプリムローズを自室まで送った。マーサをプリムローズの誕生日の前祝いに誘うためである。ウッズはひとり自宅に戻る。


「皆さんと早く会えるよう、新業務も頑張りますよ」

「マーサ、今度はどんなお仕事なの?」

「姫様のお誕生日が終わったら教えていただけるそうです」

「ずいぶんギリギリなんだねえ?」

「いえ、1ヶ月間の宿下りをいただきますので、就業は一月後からなんです」

「たっぷりお休みいただくんだね。良かったねえ」

「はい。その間、また皆さんと街を歩いたりピクニックに出かけたりできますよ」


 ティムの顔がパァッと輝く。嬉しさを隠しもせず、マーサの茶色い瞳をにこにこと覗き込む。マーサは頬を染めて、すっと目を逸らす。




 前祝いの日は、あいにく曇り空だった。だが本当の誕生日もあと2日に迫っている。ウッズには仕事がある。この日は休暇を取っていたので、また急に休みを変更するというわけにもいかない。それに、休みを取る時に、一悶着あったのだ。


「姫様のお誕生日前祝いなんだって?」

「課長、何故ご存知なんですか」

「とっくに噂だぞ」

「ええっ、一体どこから」

「どこって、噂だ」

「昨日内輪で話しただけなのに」


 ウッズは気味悪そうに魔法記録課長を見る。課長は桜草愛好家倶楽部の会員だ。過激化した時には一度離れた良識派である。フォレストへのあたりも強くない。だが、驚くべき速さで情報を掴んでいた。


(桜草愛好家倶楽部怖いな)



 桜草愛好家倶楽部の情報網は侮れなかった。プリムローズを祝うためだと知り、魔法省の面々はこぞってついて来たがった。ここには、桜草愛好家倶楽部のメンバーがたくさん所属しているのだ。元から休みだった人の他は、くじ引きで休暇を取ることになった。


「皆さん、すっかりお祝いにいらっしゃるつもりのようですけど、大丈夫ですか?フォレストさんに失礼な態度をとったら、姫様に嫌われてしまいますよ?」


 くじ引きに群がる職員たちに、ウッズが釘を刺す。いつも目立たないウッズの強い言葉に皆が驚いた。


「そんなこと」


 プリムローズが試験を受けた日に受付を担当したカスケイドが、不服そうに口籠る。


「しかし、お誕生日をお祝いするチャンスはまたとないですし」


 試験会場で立ち会った、魔法省の職員リバーが食い下がる。この人もフォレストに良くない感情を持っている。



(お祝いは内輪なんだし、出来れば遠慮してくれないかなあ。)


 ウッズは魔法省の役人なので、多くの事務員がフォレストと敵対していることを知っていた。特に桜草愛好家倶楽部メンバーは過激化した時に、かなり攻撃的な態度を取っていた。


「大きな会ではないですよ」


 ウッズはなんとか言い抜けようとする。強く否定できる性格ではないのだ。しかも、内輪の会だと口に出してしまえば、ウッズが未認可の大魔法使いになっている件まで明るみに出てしまう。ウッズは当面、地味な青色ブローチの魔法記録官でいたいのだ。



 魔法省の職員たちが、次々に記録課へやってくる。プリムローズの虹色ブローチ認定試験で、リバーと共に立会人を務めたファンクラブ会員たちだ。リーフ、クラウド、メドウの3人である。どうやら、認定試験で立ち会ったことで事務室から優先的に参加権を勝ち取って来たらしい。


(参加権て。姫様は一言も参加者を募集するって仰らないのになあ)


 ウッズは内心あきれつつ、困り笑顔を見せる。


(困ったなあ。フォレストさんも怒るんじゃないかな)


「しかし、なんでまたウッズが前祝いに参加することになったんだ?」


 課長が休暇願いを処理しながら聞く。


「そうだよ。なんでウッズだけ確定なんだよ」


 雲行きが怪しい。皆がじっと見てくる。



(待てよ?断るチャンスか?)


 ウッズは冷静に成り行きを伺う。


「ロックの引き渡しの時にでも頼み込んだか?」


 課長は、ロックの担当者がウッズだったことは、当然覚えている。


「ご縁はありましたけども」


 確かに、フォレストとウッズが仲良くなったのはロックの事件がきっかけである。


「珍しいな。いつも大人しいのに」


 ウッズは、いるかいないか分からないとすら思われている男である。今も問いただされながらも、静かに笑って受け流す。



「まあいい。それで、集合はどこだ?」


 ウッズは、今しっかり言わないと面倒なことになると思った。そこで、なるべく和やかな雰囲気を出しつつ、きっぱりと断る。


「課長、私がお声がけいただいたのは確かですが、皆さんのことは分かりません。フォレストさんにお訊ねいただかないと」

「何をいう」

「一緒に行けばよかろ?」

「いえ、こちらが勝手に決めるわけには。王族のことですし」

「むむ」

「確かに」


 事務員たちは、王族と聞いて悔しそうに黙ってしまった。




 そうやって、なんとか魔法省職員たちを躱して、ウッズはこの日を迎えたのだ。今更日程を変えられない。


「リム、寒くないか?」

「大丈夫よ。掛けるものあるし」


 プリムローズは、ふんわりと菫色に毛羽立つモヘアのショールを纏って微笑む。金色の巻き毛と緑の瞳が良く映えて、少し大人びた風情に見える。フォレストは惚れ惚れと恋人を眺める。2人は優しい視線を交わす。


 昔の王様は怪魚の丘の花で、花束を作ってくれていた。マーサは、手編みレースのヘッドドレスを用意していた。ティムはマーサのものと同じ、液体さえ入っていればコップの中身を何にでも出来る人形だ。人形の眼は、片目は菫色でもう片方は緑色だった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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