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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第六章、プリムローズの誕生日

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64、魔法使い達は古代の魔法に触れる

 鏡の迷宮のシステムそのものを捻じ曲げていることに、ウッズはまるで気が付かない。フォレストは面倒なので従わない。方向性は違うけれども、鍵となる「怪魚の名前を呼ぶ」と言う手順を無視しているのは同じだ。


 そして、無視できてしまうのが大魔法使いなのである。以前ティムが評したように、魔法使いは理を追究し、大魔法使いは自らが理そのものとなる。平たくいえば、好き放題なのが大魔法使いだった。


 ティムはため息を吐くと、自分も鏡と向き合った。


「ミラーリミラーリイクテュース」


 きちんと怪魚の名前を呼んで、鏡の迷宮への訪問を告げる。果たして鏡は呼びかけに応え、ティムは迷宮の客人となる。



「今日は大勢だのう」


 古い昔の格調高い服装をした王様が、堂々と出迎える。腰のベルトでは真っ赤な石が燃えるように輝いていた。


 ティムは宝石を驚嘆の目で見つめた。


 恰幅の良い中年男性のお腹を支える黒いベルトに、古代の宝玉が惜しげもなく並ぶ。王様の瞳と同じ赤だ。やはり瞳と同じ真っ赤なラシャのマントを肩に掛け、王様は威厳に満ちている。重たく黒いブーツを肩幅に開いて、金属の指輪をはめた丸っこく色白な手を機嫌良さげに振っている。


「初めまして、昔の王様。魔法細工師のティモシーです」

「よく来たな、遠い時の魔法細工師ティモシー」


 王様は武骨な剣を腰に帯び、頭には花を打ち出した黄金の冠を戴く。緩く波打つ緑の髪は、きちんと分けて耳の後ろで束ねられていた。この人はピッタリとした鎖帷子と粗い毛織の胴衣を着ている。戦が日常だった時代に生きた王者の貫禄が見える。



「それ、炎石(ほのおいし)だよねー?」


 王様のベルトに光る炎石は、数百年前に記録が途絶えた、膨大な魔法の炎を宿す貴石である。昔は諸国の王たちが競って手に入れた宝だ。


「そうじゃよ。ほほぅ、職人の血が騒ぐかの?」


 王様はゆったりと笑う。


「そりゃもうー。実物は初めて見たしねえ。こんな高度な魔法細工は滅多に拝めないよ」

「ただベルトに付いてるだけじゃねぇのか」

「違うよー」


 フォレストには、そのベルトが魔法細工だとは分からなかった。石の魔法が強すぎて、細工の魔法が隠されるほどだったのだ。ティムは超一流の魔法職人なのですぐに見抜く。


「確かに、魔法の込められた宝石も魔法鉱物も、魔法が固まった魔法石も、どれも魔法を使わなくてもベルトや服につけられるけどねー」


 ティムはにこにこと説明する。


「だけどこのベルトは、隅から隅まで魔法職人の手がはいってるんだよー。革の加工も魔法職人だし、宝石の加工も専門の宝石加工の魔法職人がしたとしか思えないねえ。勿論、炎を貴石に閉じ込めたのは魔法細工の職人だよー」



 ティムの発言に、その場にいた皆が思わず炎石を見る。


「炎石って自然にできるわけじゃないのね」

「それ自体が古代の魔法細工なのか」

「古代の魔法は神秘的だなあ」

「ほほう!魔法細工とな?考えたこともなかったわい」


 ティムは、またにこにこと頷いて話を続ける。


「仕上げは勿論、素晴らしい魔法細工師の手によるもので間違いないよぅ」

「魔法商人から買ったからのう。魔法の道具ではあろうよ」


 王様は、装身具を褒められて嬉しそうに頷く。



 炎石は、戦争で消費されて歴史からその姿を消した。自然発生でないことすら記録には残っていない。今となっては、どのように流通していたかさえ分からない。ただ、ティムが知っているということは、魔法細工師には引き継がれて来た知識かもしれない。


「炎石を作る人は、今はもうひとりもいないんだよー」

「何故なの?」

「ごめーん、それは内緒ー」

「秘密なの?」

「細工魔法は特殊だからな」

「引き継いで来たあれこれがあるんだぁ」

「なんだか夢があるなあ」

「この石に、語られぬほどの秘密があるとは驚きじゃ」



 炎石が活躍したのは、主に戦場である。だがこの王様の治める花の国は平和な王国だった。建国のきっかけは村の防衛だ。しかし、この王様の代には幸い争いに巻き込まれることは無かった。


「王様、使い方知らないのー?」

「知らぬ。王者の証である炎石をふんだんに使ったベルトと聞いてな」

「炎石の使い道、知ってる?」

「呪文と共に投げると大きな炎が上がる。城ひとつくらい、容易く落とせると聞くぞよ」

「うん、良かった。ちゃんと知ってるねえ。事故は起きないよね」

「ほほうっ、この老いぼれを案じてくりゃったか」


 王様は喜ぶ。ティムは楽しそうに笑う。


「あははは、王様、まだお爺ちゃんじゃないよねえ」

「何を言う。遥けき時を過ごして参ったぞよ」

「そういえば、そうかあ。そう思うと、ベルトもそうなんだけど、それだけの時間をメンテナンスもせずに、暴走もしない魔法細工の数々は、本当に素晴らしいよねぇ」



 ティムは特殊な国の庶民出身である。貴人への礼節など知らない。だが、表面上の礼儀作法など気にならないだけの人柄がある。ティムの心はきちんと伝わる。奢ることも卑屈になることもなく、どこまでも自然態だ。


 月の国の民が持つ、独特の緩やかさは境界線上に危うく留まる。月の国の民は、けして「向こう側」へは越えて行かない。それが礼節であれ、人としての理であれ。だが、実は「こちら側」へも踏み込んでは来ないのだ。あくまでも境界の上。それが月の国の在り方だった。


「ねえ、鏡の迷宮を見学してもいい?」

「それは構わぬが」

「大丈夫だよー。出る方法は知ってるし」

「ほほうっ、流石は大魔法使い殿のご友人よのう」



 ウッズは、黒く磨き上げられた鏡石の床に静かに立っていた。出入り口となった大きな鏡や、光を跳ね返す壁や天井を見回している。ウッズは、それまで大人しくこの広間を眺めていたが、ティムが見学を申し出ると、彼もおずおずと口を開いた。


「恐れながら、昔の王様」

「なんじゃ?遠い時の魔法使いよ」

「この宮殿で見聞きしたことを、記録に残す栄誉を賜ることはできますまいか」


 フォレストはギョッとする。一介の事務員が、まさかそんな大それた望みを口にするとは思わなかったのだ。だがすぐに眉を下げ、愉快そうに唇をむずむずと波うたせた。ウッズもやはり、なるべくして大魔法使いとなったのだ。



 地道で勤勉な魔法記録官ウッズは、初めのうち、記録した魔法を再生して再現する方法で学んだ。覚えた後は、通常通りのそれぞれの魔法だ。ティムは知らなかったが、ウッズは既に扉の魔法も習得している。資料室で呪文を見つけたのだ。


「これは便利。もっと早く身につければ良かった!」


 今までは必要性を感じず、興味がなかったのだ。ウッズは辛抱強い性格なので、移動の長さにも平常心でいられる。扉を繋げてまで急ぐ気持ちは分からなかった。だが、レアリティハウスまで行きたいという望みから、ウッズはこれを試してみた。


 いざ使ってみたら感激するほど便利な魔法であった。今朝、万魔法相談所の扉を叩いた時も、ウッズは自室の中にいた。フォレストにもお墨付きを貰い、見事大魔法使いとしての実力を得た。


 大魔法使いたちは、得意とする最初の魔法を習うときに師匠を持つ。あとはだいたい勝手に習得してゆく。大魔法使いを師匠に持つ大魔法使いは、ストロウ師匠とフォレスト、フォレストを師と仰ぐとプリムローズだけだ。



 さて、ウッズから申し出を受けた鏡の迷宮に住む王様は、きらきらと赤い瞳を輝かせた。むっちりとした白い手を嬉しそうに揉み合わせると、思わずウッズに一歩近づく。


「ほほうっ、記録に残るとな?この幻の迷宮が。確かにここに存在したと」

「はい、しかと記録を保存致します」


 黒い真っ直ぐな杖を掲げて、ウッズは自動記録の魔法を唱える。


「ウッズさん、上級記録魔法覚えたのか」

「ええ。魔法を習う時に便利かと思いまして」


 これまでの仕事では、不要だから覚えなかったのだ。そして、覚えて出世する気持ちは欠片もなかった。あくまでも自分本位なところが、やはり大魔法使いの資質である。


「これで、この迷宮で見聞きしたことは、全部記録されます。保存先は、とりあえず私の自宅にある生活記録用の本棚ですが」

「ウッズさん、おばちゃんが喜ぶかも知れないよー」

「レアリティハウスのですか?」


 ウッズはやや紅潮した顔でティムを見た。


「うん。記録が済んだら見せに行ってみたらー?あ、でも遠いかなあ。休暇がたくさん取れるならいいんだけどねー」

「ティム、ウッズさんは扉の魔法を覚えたぜ」


 フォレストは自分のことのように自慢気だ。


「ええっ、ああ、ふうん、凄いなあ」



 ティムはあまりにも展開が速くてぼんやりしてしまう。最近立て続けに体験した、常識が通用しない事態が脳裏をよぎる。


 フォレストとプリムローズの急展開な恋路から始まって、プリムローズが魔法に興味を持って3日ばかりで大魔法使いへの道を踏み出したこと。ジルーシャと精霊のこと、ロックの引き起こした騒ぎのこと。そして、精霊かもしれない風を纏う、青色ブローチの魔法記録官との出会い。


 ティムは最早、星乙女の魔法人形芝居を観ているような気持ちになった。



 ティムの意識が飛びかけるなか、4人の魔法使いと昔の王様は、噴水のある中庭に来た。前回訪問した時と同じように、貴婦人や身分の高い子供たちの幻が集っていた。噴水も水も幻だ。全てが幻の鏡でできている。


「これは素晴らしいな。新年の魔法ショーみたいだ」

「水晶宮のお爺ちゃんは、夜に魔法のショーをするわね。ここはお昼でも楽しめるわ」

「うん。お日様の光が弾んで、とっても綺麗だねえ」


 砕ける鏡と跳ね返る光の粒が、次々と変わる中庭の情景を幻想的に描き出す。ガラスのぶつかり合う鈴のような音が、中庭を囲う回廊を駆け抜ける。


「この場にくる道筋がいつも違うのと、眩しいのが欠点じゃな」


 ずっとこの迷宮に住み続ける王様は、ちょっと苦手なようだった。以前は、かつての家族を幻で見せられて苦しかったようだ。だが、フォレストたちのお陰で出入り自由となり、墓参りも出来て現実と向き合えた。


 一見止まったこの迷宮の時間の中で、王様の時間は確実に動いている。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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