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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第六章、プリムローズの誕生日

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63、魔法使い達は精霊を知らない

 プリムローズの誕生日もあと数日に迫ってきた。ドレスや小物は全て揃い、担当者がきちんと管理している。髪型のお試しも、あれこれ結ってみてやっと決まった。勿論、フォレストから贈られた求婚の髪飾りは丁寧に飾られる。


 元々はプリムローズ姫を諸国へお披露目する会でもあるため、会場の飾り付けも豪華になる予定だ。特に、プリムローズの紋章である桜草は、大量に搬入済みだ。


 桜草の鉢は、この日のために、王宮植物園の特別区画で大切に育て上げられた。裏庭に特設収納所が作られるほど、数多の桜草が作られた。濃淡のピンクに黄色、紫、白。細長い茎に可憐な花がいくつも咲いている。


 その名をいただく姫と同じように、可憐で明るい花が咲く。誕生日に満開となるよう、魔法で調節されている。魔法使いと仲が良く、さまざまな魔法使いがやってくるエイプリルヒル王城ならではの計らいだ。



 あとはその日が来るのを待つだけだ。係の人たちは、確認や調整に忙しい。だが、プリムローズは暇になった。そこで、魔法記録官のウッズが刺繍職人のジルーシャを訊ねる時に同行することにした。


 ジルーシャは普通の人間である。ただの刺繍の職人だ。しかし、その刺繍の腕はずば抜けており、子供の頃の作品が精霊を呼んだほどである。



「こんにちはー」

「おや、ティム坊、とお友達かい」


 ティムはジルーシャと仲が良いので、訪ねる時に付き添ってもらった。フォレストたちだけで行くより、聞けることも多そうである。


「レシィとプリムちゃんは知ってるよね?このひとは、魔法記録官のウッズさんだよー」

「ふん?何のようだい?刺繍の注文にしちゃあ、随分ゾロゾロ来たようだねえ」


 ドアチャイムを聞いたジルーシャは、奥の工房から表の受付カウンターに出てきた。ここは、工房と販売所が併設されているのである。



 販売所のカウンターと脇にあるテーブルの間に、僅かなスペースがある。体の大きなフォレストが店内に入ると、ほぼそれだけで部屋が一杯になる。職人仲間のティムを先頭にして、華奢なプリムローズと小柄なウッズが先に入って詰めてゆく。最後にフォレストが窮屈そうに入ってきた。


「ジルーシャさん、ウッズさんね、精霊のこと聞きたいんだって」

「精霊?」


 ジルーシャは鋭く眼を細める。ジルーシャが精霊との交流があることは、つい最近分かった。怪魚の丘で壊れた魔法の道具に影響を受けた時のことだ。星乙女人形の納品に支障がなければ、ジルーシャが精霊と交流していることは誰も知らなかっただろう。


「ウッズさんが風に触れる時、ちょっと魔法の感じとは違うんだよな」

「レシィは、精霊じゃないかと思うんだってー」

「そんなこと言われてもわかんないよ」


 ジルーシャは迷惑そうに言った。



「すみません。お邪魔してしまって」


 ウッズが恐縮する。ジルーシャは面倒臭そうにウッズを見る。


「ほんとだよ。あんたと精霊のことなんか、あたしゃ分かんないね。精霊にだって色々いるんだから」


 どうやら、対応したくないだけではなさそうだ。実際にわからないのである。精霊は、ほとんど伝説上の存在だ。そして、精霊との交流は心の触れ合いである。魔法のように受け継がれる技術ではない。


 秘密にしている人も多く、実態は不明だ。それぞれの交流なので、ある人の体験が他の人の参考になるとは限らなかった。



「ねえ、怪魚の丘にいる王様に聞いてみたら?」

「怪魚の丘に王様が?」


 ウッズは、プリムローズの提案に驚く。


「行ってみるか?万魔法相談所も依頼ないしな」

「僕もいくー!鏡の迷宮、一度入ってみたかったんだ」


 細工師にとっては、古代のデザインや怪魚の作り出す幻想空間はイメージの宝庫なのだろう。


「ジルーシャさんも行く?」


 ティムは、ジルーシャが怪魚の丘によく行くことを思い出す。


「今日はやめとくよ。作業があるからね」

「うん。わかったー」

「それじゃ、お邪魔しました」

「はい、はい、早く帰った帰った」


 4人は追い出されるように刺繍工房を後にする。ウッズの周辺に集まってくる風が精霊と関係があるのかどうかは、まだ分からなかった。



 商業地区で食べ物を少し買うと、4人は町の外に出る。


「飛べるか?」


 フォレストはウッズに尋ねる。ウッズは隙を見つけては練習していたので、自信を持って頷く。今日も黒い真っ直ぐな杖を携えている。


「長く飛べるかどうかはわからないけど、速度はだいぶ上がったと思う」

「まだ習ってから1週間足らずだよねぇ?」

「そのくらいかな。距離や時間については、まだわからない」

「今日試せるな」

「疲れたり、魔法の効果が切れてもレシィがいるしね」


 万が一落下しそうになったら、フォレストが魔法で受け止める。魔法が暴走しかけたら止められる。途中で速度が落ちたら、フォレストが風で運べば良い。


 天気も良く、はじめての遠距離飛行にはもってこいの日であった。



「ティムはどうするの?岩原の時みたいに魔法生物を呼ぶの?」

「えっ、僕魔法生物なんか呼べないよー」

「そうなの?たくさん寄ってきてたじゃない?」


 魔法細工用の苔を取りに行った時、ティムの周りには沢山の奇妙な生き物たちが集まってきた。プリムローズは、てっきりティムが仲良しの魔法生物を呼び寄せたのかと思っていた。


「勝手に寄ってくるんだよぅ」

「ティムは月の国の民だからな。魔法存在には好かれるぜ」

「まあ、そうなの」

「月の国ですか」


 ウッズは興味を示す。


「うん。僕のふるさと」

「子供の頃、絵本で読んだ」

「やだなあ、実在の国だよぅ」

「魔法の月が照る国だ」

「実在するのか」


 ウッズは黒い杖を握る手に力を込めた。感動した時の癖らしい。


「するよー。僕たち、月時雨(つきしぐれ)見に行くけど、ウッズさんも来るう?」

「月時雨?」

「他の国では夏至にあたる頃にね、月の光が時雨みたいに降るんだよ。綺麗だよ。食べ物屋台も出るんだー」

「それは、是非行きたいなあ」

「じゃあ、一緒にいこうー」



 ひとしきりお喋りをしてから、ウッズは改めて杖を握る。トンと杖を地面につくと、初級の飛ぶ呪文を唱えた。柔らかな春風が集まってくる。ウッズの束ねた栗色の髪がそよそよと揺れる。


「わあ、聞いてはいたけど、普通の魔法じゃないね?」


 興味津々なティムに見守られて、ウッズはまるで風に抱えられているかのようにすんなりと浮き上がる。


 フォレストとプリムローズは猫の姿で舞い上がる。ティムは星乙女の人形を抱えて飛び上がる。


「わあ、星乙女人形ってそんな魔法がついてるの!」


 プリムローズは眼を輝かせて感嘆する。


「違うよー。さっき思いついて、髪飾りに飛ぶ魔法をつけたんだよー」


 喋る猫2匹と、人形を抱えた職人、そして黒い杖の紳士が長閑な空を走ってゆく。



「そういえばその人形、どこから出したんだい」

「うん。細工魔法には収納の魔法があるんだあ」


 ティムは職人エプロンの下に片手を差し入れる。茶色い革で出来た丈の長いエプロンである。脚の後ろまでぐるりと回した大判だった。


 再び手を出した時には、工具箱を持っていた。また差し入れると、今度は人形のバッグがたくさん入った、取手付きの箱が出てきた。


「工房と繋がってるんだよー」

「便利だなあ」


 ウッズは眼を丸くする。


「レシィたちは、取り寄せの魔法があるよ」

「それも、同じように物を取り出せる魔法かい?」

「うん。見たことない?」

「ないなあ。魔法って、便利な物だったんだなあ」



 ティムはにこにこしながら、呆れたように答える。


「あーあ、また増えちゃったよ。今のエイプリルヒルって、変なとこだよねえ。100年に1人出るかどうかの大魔法使いが、確実にまた1人多くなるね」


 それを聞いてウッズは真剣な顔をした。


「そういえば、資料室で、二つ目の魔法を覚えただけで大魔使いだって書いてあるものを見つけたんですが」


 プリムローズは小首をかしげる。


「エイプリルヒルでは3種類を使いこなせば虹色ブローチ認定よね?」

「認定は国によって違うけどねー」



 4人は鳥や蝶々とすれ違いながら草原の上を飛んでゆく。飛びすぎる草原には、そこここに野の花が咲き乱れている。春も盛りの花の野原は、色とりどりに揺れていた。


「2つ目を覚えた人は、歴史上、全員がすごい魔法使いになったからさー、いつの間にかその人達を、大魔法使いって呼ぶようになったんだよー」


 ティムが丁寧に説明する。


「普通は1種類の魔法だけを研鑽するからな」


 フォレストが補足する。


「青色ブローチの大魔法使いなんて、素敵じゃない?」


 プリムローズが愉快そうに言った。青色は、下から2番目の色である。そんな地味な魔法省職員が、大魔法使いになるなんて、まさしく自由な大魔法使いという種族らしい生き方だ。


「ああ、そうだね。虹色は受けなくていいな」


 ウッズも晴れ晴れとした顔で言った。



 怪魚の丘に到着すると、プリムローズはフォレストの手を引いて、小走りに鏡の前までやってくる。花綱と花陰に隠れる怪魚が飾られた楕円形の鏡だ。廃墟の中に傾いたままの姿見は、未だにひびのない鏡面を草木に埋もれた城の中に晒していた。


「鏡の迷宮に入りたい人は、迷宮の鏡魚(かがみうお)の名前を呼んでね」

「わかった!」


 つぶさに鏡の縁飾りを観察していたティムが、輝く笑顔で振り返る。ティムは、古代の魔法存在に既に夢中なようだ。


 プリムローズは深呼吸をひとつする。フォレストがプリムローズの肩を数回、優しく撫でた。


「ミラーリミラーリイクテュース」


 プリムローズが怪魚の名前を唱えると、キラキラと七色に輝く渦が鏡から溢れ出る。プリムローズが光の波に乗ると、フォレストはしっかりとプリムローズを抱き寄せる。そのまま、魔法の流れを掴み、一緒に鏡の中へと入ってしまう。フォレストには、怪魚の名前は関係ない。



 仲睦まじい恋人達が鏡の中に消える。こちら側からは、既にふたりの姿が見えない。


「まったくレシィは」


 ティムが呆れて、静かになった鏡面を眺める。


「レシィやりたい放題だよねぇ」


 ティムが同意を求めてウッズを見ると、魔法記録官は記録の魔法を展開していた。


「あ、この人もだった」


 ウッズは、黒い真っ直ぐな杖をトンと突き、短い「再生」の呪文を唱える。そして今、フォレストと鏡に起きたことを軽々と再現した。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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