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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第六章、プリムローズの誕生日

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58/80

58、フォレストの本

 フォレストの部屋には、魔法道具が乱雑に並ぶ棚がある。短気なフォレストは、壊れなければよいという考え方なのだ。だからなのか、魔法の本だけは傍に寄せて、他のものが本を傷つけないようにしてある。


 魔法書籍は、すべて表紙が革である。色や素材の違いは多少あるが、どれも革装だ。そして、魔法書籍以外には、革装をしてはいけない。革装は魔法書籍の印となっているのだ。


「どんな魔法が書いてある本なの?」


 プリムローズは、フォレストの棚を眺めながら尋ねた。魔法書籍には、古代の魔法であったり魔法の歴史であったり、魔法使いにさえもあまり馴染みのないようなことが書かれている。



 フォレストは、1番端にある紺色の表紙の本を手に取った。魔法の本は、それ自体が魔法使い以外触れることの出来ない特殊な道具である。フォレストは更に自分だけが使えるように、眼に見えない魔法の鎖で棚に留めつけていた。


 その本を見れば、しなやかそうで平らな、艶消しのなめし革が本をぐるりとくるんでいる。何の革だろうか。染め革に使われた染料は、年を経た為か暗く落ち着いている。革や染料の匂いはしない。


 匂いがしないのは、魔法書籍だからなのだろう。(ひら)を撫でれば、手触りは滑らかな高級皮革そのものだ。


「何の革?」

「古代魔法文明の国にいた魔法生物の革らしいぜ」

「まあ!そうなの!」

「保存の魔法がかかっているから劣化はしねぇ」

「お手入れいらずね」



 プリムローズが顔を近づけて眺めると、角や、バンドと呼ばれる背の出っぱりが少し擦れて白くなっていた。


「ある程度の経年変化は風格が出るから、愛好家は途中までは手入れしながら様子を見るみたいだぜ」


 プリムローズは感心して、表紙に指先を載せる。


「保存の魔法は、ずいぶんと昔からあるのね」

「この本が書かれた頃はまだそれほど完全じゃなかったみてぇだが」

「途中で完璧な保存の魔法が生まれたのね」

「革の手入れマニアや本の手入れマニアにはガッカリだろうがな」


 フォレストがニヤッと笑う。プリムローズも釣られて笑った。それを見たフォレストは、本を持ったまま顔だけ近づけて、プリムローズの唇に触れた。



 フォレストが手にした魔法書籍は、上部に金泥が塗られた天金(てんきん)と呼ばれる装飾が施されている。()と呼ばれるページを揃えた底の部分には、青いマーブル模様が入っていた。


 開く側、すなわち本の小口(こぐち)には、ずらすと現れるいわゆる小口絵(こぐちえ)が隠されていた。これが流石に魔法書籍だけあって、魔法の仕掛けが施されていた。


 フォレストは、ニヤリと笑ってプリムローズに本を見せる。


「なあに?」

「よく見てな」


 表紙の上部に刻印された題名は、古代魔法文字で刻まれている。これはプリムローズも読める。この文字は、現在でも魔法使いの名前を書く時に使用されている。



「文字魔法の習得?教科書なの?」

「そうなんだけどな」


 フォレストが表紙の文字を、プリムローズとは違う発音で読み上げる。すると、魔法の本の仕掛けが動き始める。地のマーブルが小口に回って這い上がる。音もなくするすると動く。赤と青が絡んだり解けたりしながら、細かい模様が作られてゆく。しばらくしてしましま模様が小口に定着する。


「ほら」


 フォレストは紺色の表紙を持ち上げて、軽く小口をずらす。すると、縦長に美しい花の絵が現れた。ホタルブクロに似たその花は、フォレストが微妙にページを曲げる度に、澄んだ鐘の音を鳴らした。


「まあ、音がするのね」

「文字魔法文化では、花は贅沢品だったんだ」

「あら、貴人の本かしら」

「そうじゃねえよ。ご禁制みたいなもんだ」

「えっ」

「模様にしてても処罰されたという記録がある」

「じゃ、これ」

「魔法使いの(いき)だぜ」

「まあ、楽しいのね!」

「だろ?」



 しばらく2人は交代で小口をふにゃふにゃして遊ぶ。飽きて背のほうを見れば、見慣れない文字が書いてあった。


「こんなに豪華な魔法が使われてる本だけどな、これ、子供が文字の魔法を覚える為の本なんだぜ」


 なんと贅沢な教科書だろうか。フォレストによれば、特段富裕階級の子供が使う教科書ではないそうだ。魔法使いは古代からゆとりのある生活をしていたようである。



「ここには何て書いてあるの?」


 表紙の文字とは違うようだ。プリムローズには読めなかった。フォレストが複雑な発音で短い言葉を読み上げる。


「文字、という意味だ」


 プリムローズは真似してみるが、難しい。大抵の魔法はすぐに覚えるプリムローズである。だが、今回はそうもいかないようだ。何回か発音しているうちにどんどん離れていって、最初の音がわからなくなってしまった。



 フォレストの唇がむずむずと波打っている。


(もうっ、笑わないでー)


 プリムローズは小さな口をへの字に曲げた。


「なんだ、リムにも苦手なことがあんだな!」

「あるわよ」


 金色の細眉を寄せながら、プリムローズは不機嫌そうに言う。この言葉は、一体どうやって音を出しているのかわからないような、奇妙な言葉だった。フォレストが読み上げてくれる口の形からは想像も出来ないような音がする。


 例えば、「あ」という音が出る形で「む」という音が出てくるような。実際には、それよりもっと複雑だ。音は幾重にも重なって聞こえる。互いに少しずつタイミングのずれた音が、残響のように連なってゆく。


 プリムローズは懸命に聞き取ろうとする。だが、いつ発音が始まって、いつ言い終わったのかも解らない。どうにも捉えどころのない言葉なのだ。



「これ、何処の国の言葉なの?」


 フォレストは、全く聞き取れない音声を発した。


「え」


 プリムローズは眉間にぎゅっと皺を寄せて、聞き取ろうとする。


「解らない」


 フォレストがまた唇をむずむずとさせて、目尻を微かに下げる。


「リム可愛いな」


 とうとう言葉にすると、フォレストは文字の本を机に置いて腕を広げた。


「来いよ」

「嫌よ」


 プリムローズはつむじを曲げて、ぷいとそっぽを向いてしまった。



「大昔に滅びた国の特殊な魔法なんだぜ」


 フォレストは嬉しそうに言った。チラリと横目で本を見るプリムローズは、嫌そうに鼻の穴をを窄めた。フォレストは長い腕を伸ばすと、金の巻き毛を指で梳く。


「この国の文字は、すべて魔法の力が篭っているんだ」

「えっ、全部に?」


 プリムローズは、驚きで機嫌を直す。


「全部だ」

「不便じゃないの?」

「ああ」

「書き損じたらどうなるのかしら」


 プリムローズは恐ろしそうに眼を伏せる。


「予測不能の効果が出たらしい」

「まあ、魔法の道具みたいね」

「そうだな、だいたい同じだ」


 プリムローズは、怪魚の丘にあった壊れた魔法の道具や、ロックの顔についていた金属や石を思い出す。



「魔法史家の研究によると、遺跡には、文字を覚え始めた幼い子供たちが書いた歪な線が残っているそうだぜ」

「それは大丈夫だったのかしら」

「さあなあ。廃墟にある石の床や岩の壁に刻まれてるから、崩れたのがその文字のせいかどうかはわからねぇよ」

「見てみたいわねぇ」


 プリムローズは遠い昔の子供たちに思いを馳せる。大昔の子供も、プリムローズの授業のように机に向かっていたのだろうか。それとも、魔法を習うのだから、気軽に何処でも学んだのだろうか。


「ねぇ、レシィ、行ってみたいわ」


 プリムローズがフォレストを見上げると、金色の髪の上で雫型をした菫色の透明な石が揺れる。星乙女の幸せと呼ばれる、求婚の髪飾りだ。


「ちょっと危険だがなあ」

「わたくし、発音できないから大丈夫じゃない?」

「リムは突然出来るようになるだろ」

「じゃあ、むしろ出来るようになってから行くわ」


 フォレストは、眉間に皺を寄せる。


「えーと」


 プリムローズも眉間に皺を寄せる。正しい発音を思い出そうとしているのだ。


「チッ、仕方ねぇな」


 フォレストは頑張るプリムローズが可愛くて、文句を言いつつ面倒を見る。


「まずは表紙だな」

「ええ。何を学んでいるのかくらい、言えるようになりたいわ」

「だよな」


「文字」という文字と言葉は、幸い文字という意味しかなかった。またこの言葉は、プリムローズのように、正しい発音とかけ離れた音を出してしまった場合には、何も起きない。


 フォレストはプリムローズを片腕で抱き寄せると、空いた手を振って教科書を浮かせる。ちょうどプリムローズの目の高さで本は止まった。表紙の字がよく見えるような角度にされている。


 プリムローズは微笑んで、緑の瞳で感謝を伝える。フォレストはこめかみにキスを落として、ほんの僅かに目尻を下げた。



「じゃ、読むぞ」

「ええ。お願いします」

「口元をよくみとけ」

「はい」


 フォレストはゆっくりと発音する。一音節の区切りが全くわからない言葉だ。それでも一応音節(シラブル)のようなものはあるらしい。フォレストの出す音が全く聞こえなくなる瞬間がある。


 プリムローズは、その瞬間を捉えてそこまでの音を繰り返す。


「レシィ、もう一度お願いします」


 うまくできない。


「レシィ、お願いします」


 少し音が近づく。


「もう一度」


 今度は離れた。


「リム、休憩だ。今続けても下手になるだけだぜ」


 プリムローズはため息をつく。気づけばお昼になっていた。


「気晴らしがてらに店で食うか?」

「ふーう、それもいいわね」

「あ、城は大丈夫か?」

「ええ。今日はお弁当用のパイだけですもの。おやつにいただけるわ」

「珍しいな」


 料理長は、いつも張り切ってご馳走を用意してくれる。


「料理長、休暇なのよ。副料理長から受け取ることになってるの」

「いきなり食べ物の受け渡しなんて、大丈夫なのか?」

「慣れてないから、布で包んだパイだけにして貰ったの」

「食べ物は難しいだろう」

「大丈夫よ」


 気心の知れた料理長と受け渡しをするのとは、訳が違う。食べ物の受け渡しをするということ自体、料理長以外とは普段はしない。秘密のおやつタイムはともかく、プリムローズが取り寄せをしているのは、厨房で知られている。


「簡単だと思って、崩れたり火傷したりしそうだぜ」


 フォレストは、心配だからやめて欲しいと思ったのだ。必死にプリムローズを説得しようとする。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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