57、フォレストは面倒な全権を得る
先程まで傲岸不遜な態度で暴言をぶつけてきた紳士たちが、突然態度を改めた。自分達の標的はあくまでもフォレストだと思い出したようだ。
桜草愛好家倶楽部は、プリムローズ姫のファンクラブである。だが元々は熱狂的な団体ではなかったのだ。愛らしい姫を遠くから眺めて噂するだけの、会則もない団体だった。
「チッ、まあ、ロックの道具のせいだろうな」
「そうかも知れないわね」
「あんた方、はっきりするまでは、さっき言った容疑だからな」
「ああ」
「なんてことだ」
「しかし、休暇と思えば」
「そうだな」
「牢とはどんなところでしょうな?」
素の紳士たちは、とんでもなく能天気だった。
「あーあ、この人たち、凄んげえ単純」
「ふわふわしてたら洗脳されちゃったんですかね?」
「いい人ほど洗脳されると怖いんだってねー」
「はあ、まさしくそれなんですかね?」
ティムとマーサは、席に戻って腰を下ろす。
「そういえばこの人たち、さっきマーサのことメイド風情とか言ってなかった?」
「正確には、私の場合はお話し相手に近いお世話係ですけど、まあいいですよ。この方々にとっては、召使いなんてみんな一緒でしょうよ」
マーサがブツブツ文句をいう。紳士たちは聞き咎めるが、やはり先ほどとは様子が違う。
「流石のわれわれとて、そこまで暢気ではないぞ」
「そうだそうだ。馬鹿にするな」
「使用人の区分くらい分かる」
「メイド風情は言い過ぎたかな」
「そうかもな」
「いや、我々はどうかしていた」
「謝ります」
また、ずいぶんと簡単に謝罪をしてきた。やはり、元来は全く棘の無い長閑な人々だったのだ。
「ちょっと引き渡してくる」
フォレストが紳士たちを連行することにした。側に居られても落ち着かないからだ。
「魔法省?」
フォレストは頷く。まずは洗脳が証明されれば、不敬罪のほうは不適用になるだろう。幸い、始源祭も植物園も実行犯はロックひとりだ。そもそも煽動したのもロック本人である。この隙だらけの紳士たちは、暴言を吐いたことだけ調査されるだろう。
「すぐ戻る」
「わかったわ」
正気に戻った桜草愛好家倶楽部の紳士たちは、相変わらずフォレストには不満を見せながらも、渋々付き従う。フォレストも憮然としてガサガサと枯れ葉を踏む。そのままボート小屋のドアを開けて魔法使い控え室に出向く。
しばらくしてフォレストだけが戻ってきた。
「レシィおかえりー。僕たちの証言はいる?」
「いや、大丈夫だった」
「また温くなっちゃったわね」
プリムローズは、フォレストのレモンミントソーダを眺める。
「炭酸抜けちゃったねぇ」
ティムも気の毒そうに言う。
「チッ、落ち着かねぇな」
フォレストは口を思い切りへの字に曲げると、自分のソーダを冷やして炭酸も復活させる。
「魔法は便利ですねえ」
「でしょう?」
「私にも出来るでしょうか」
マーサは今まで、猫化であれ扉であれ、魔法を何か騒がしいものだと感じていた。秩序を乱されることが好きでは無いマーサは、魔法が自分とは関係のないものだと思っていたのだ。だが、炭酸を復活させたり、飲み物を冷やしたり温めたり、と日常の些細なことに使えるとわかり、見方が変わったようだ。
ティムは気の毒そうな表情を浮かべる。フォレストは眉を寄せる。
「レシィ、どう?」
「リムはどう思う?」
「残念ながら、マーサに魔法の気配はないわ」
「そうですか。残念です」
マーサはちょっとがっかりする。
「でも、魔法道具を使えば、かなりいろんなことができるよ?」
ティムが励ます。
「魔法道具ですか。お城で見たことはありますが」
一般家庭では、メンテナンスが面倒なので使用者があまりいないのだ。どこで買うのかも知らない。
「マーサ、魔法でどんなことしてみたかったのー?」
「飲み物の温度を調節出来るのはいいなと思いました」
ティムの空色の瞳がいきいきと光る。
「お、ティム、なんか思いついたな」
「うん!マーサ、2、3日待ってねー。いいもの作ってあげるよー」
「えっ、でも、ティムさんの魔法細工は、私のお給料では一年にひとつがやっとですよ!」
「マーサ、毎年始源祭の屋台で買ってくれるからねえ。上得意だものー。前から何かおまけかお礼したいなあって思ってたんだぁ」
「でも」
マーサは、恐縮してしまう。そこへ、フォレストが助け舟を出した。
「試作品を使ってもらえばいいじゃないか」
つまりは、モニターである。
「そうね。マーサならよく気がつくから、いい意見が出てくると思うわよ」
「あ、それは興味があります」
マーサもかなり乗り気のようだ。
「うん、それは助かるー」
ティムも、マーサに喜んで貰えて満足である。
翌日、フォレストの元に世界魔法省連盟から連絡があった。
「ちーす、レシィちゃん、しばらくー」
手紙や魔法通信ではなく、人間が来た。黄色と緑の派手な縦縞ボトムスは、ゆったりとした糸瓜型だ。大きめの鍔無し帽子には、黄色い羽が天井に向かって腕の長さほども飛び出している。黒い靴の先は反り返って尖り、靴下も眼に痛いほどの黄色だ。
「チッ、なんだよ。通信でいいだろ」
「まーまーいいじゃん?」
プリムローズとフォレストは、いつものように出入り口に背を向けて座っていた。
「それよりなんで君たち、入り口にお尻向けてるの?失礼じゃーん?」
「チッ、どうでもいいだろ。誰か来たら立つんだから」
現に今もフォレストは立ち上がっている。
「あ、どうも初めまして。君が8番目かー。エイプリルヒルのプリムローズちゃん。よろしくね、俺、魔法省連盟の連絡係です。名前はゲルプだよ。専門は魔法染めだけどね!」
ゲルプという魔法使いは、聞かれないこともペラペラとよく喋る。短気なフォレストとは相性が悪そうだ。既に苛々し始めている。
「それで、ロックの件はどうなった」
「ああ、うん。そいつ、いろんな名前使ってあちこちで騒動起こしてんだよね。レシィちゃん、好きにしちゃっていいよって、これよろしく」
世界魔法省連盟発行の、全権委任状が渡される。魔法素材の紙に魔法印字された偽造不可能な書類である。
「おい、これ」
「あいつ捕まえたの、レシィちゃんが初めてなんだよね。あいつどうにかできんの、レシィちゃんしかいないっしょ」
「チッ、面倒臭ぇな」
「あいつほんと、どうにかしてほしいよね。しってる?最初の被害報告って、連盟創設とおんなじ日なんだよね。6000年くらい前?びっくりだよ。じゃあ、頼んだよっ」
プリムローズが一言も発する暇もなく、ゲルプはぐるりと黄色い渦となって消えた。
「チッ!ひでぇ」
「あのひと、どうするの?」
全権委任状には
「特定危険人物対応、全権委任状。対象人物、紫髪の魔法道具蒐集家。世界魔法省連盟より大魔法使いフォレストに全権委任。委任期間、当委任状受領以降、終身委任とする」
と書かれていた。
「こんな厄介なやつ」
「ねえ、でもあの人、髪の色だけは変えてないのね?」
「紫色が好きなんだろ。わざわざエイプリルヒルで紫ブローチ認可受けてたからな」
「名前も年齢も嘘だったのねぇ」
「チッ、仕方ねえ。道具取り上げに行くか」
フォレストは、年齢不詳の謎の人物を押しつけられてすこぶる不機嫌である。
「だけど、今回全部取り上げただけで済むかしら」
「ダメだろうな」
「終身委任、断れないの?」
「断ったところで、あいつがまた何かしやがったら、結局俺んとこお鉢が回ってくんだろうぜ」
フォレストが乱暴に立ち上がると、銀色の髪が荒鷲の羽が羽ばたくようにバサリと動く。プリムローズも椅子を片付けて後を追う。
魔法使い控え室につくと、王様がやってきた。委任状を受け取ってすぐ、フォレストが直接王様と連絡を取っていたらしい。
(いつ連絡を取ったのかしら、気づかなかったわ。やっぱりレシィはすごい)
プリムローズは、自慢の恋人の頼もしさにうっとりとなる。
「では、頼むぞ」
王様は紫色の鼠が入った魔法の籠を床に置く。昨日と変わった点は無いようだ。王様の後に着いてきたのは、前回と同じ束ね髪の担当者だった。
「これからこいつに関する報告は、終身このウッズが担当する」
束ね髪の担当官は、しかつめらしく頭を下げた。フォレストも丁寧にお辞儀をする。王様はプリムローズに向き直ると、鷹揚に頷いた。
「姫、よく勤めているようだな」
「桜草愛好家倶楽部はどうなりました?」
「こいつの正体が予想外だったからな。会員に厳重注意で終わりだ」
王様は疲れた顔を見せた。それから、改めてきりりと威厳を見せる。姫の前で、王としての顔をわざわざ見せたようだ。
「姫、魔法使いになったとて、エイプリルヒルの姫としての生まれは変わらぬ。品位を保つのだぞ」
「はい、お父様」
プリムローズもつんと済まして、よそゆきのお辞儀をした。
「誕生日で公務は終いだが、家族に変わりはないからな?」
「ええ、勿論ですわ!」
王様はフォレストと担当官の顔を順番に見て、もう一度姫に頷くと、魔法の扉から出ていった。
「では、お手数ですがお願い致します、フォレストさん」
フォレストは口を大きく曲げて頷くと、鼠の入った魔法の籠を持ち上げる。紫色の鼠は、馬鹿にしたように歯茎を剥き出す。フォレストは全権委任状を鼠の鼻先に突きつけた。
「面倒臭ぇから、ロックでいいな?」
鼠は歯を打ち鳴らして威嚇する。
「チッ、うるせえ」
フォレストは舌打ちを繰り返す。
「委任状見たな?道具外すから」
フォレストは、ロックを鼠の姿のままで目の前まで持ち上げる。そしてきつく睨むと、何か一言呟いた。紫色の鼠はキィィーっと物凄い声を上げる。
紫色の鼠の体から、沢山の小さな金属や色石が飛び出す。ロックの顔についていた魔法の道具だ。魔法の道具は次々と檻の外に転がり出して、霞のように消えてしまう。
明らかに動揺したロックは、檻の中でくるくると回り出した。キーキーと不快な叫び声をあげて檻の底を走る。
「とりあえず全部取れたか」
フォレストは眉間に縦皺を寄せたまま、魔法で籠を鉄の箱に入れてしまう。ウッズは驚いて口を軽く開けた。
「ご心配なく、ウッズさん。この箱は魔法的な効果や能力を失くす為の檻です」
「思い切りましたなあ」
「気休めですが」
「気休めですか?」
「はい。こいつは何千年も生きてますから」
「はあ、我々など赤子同然でしょうなあ」
「レシィ、気をつけてね?」
プリムローズは顔色を悪くする。
「まあ、あと500年程度は入ってんだろ」
お読みくださりありがとうございます
続きます




