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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第五章、植物園の鼠

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57、フォレストは面倒な全権を得る

 先程まで傲岸不遜な態度で暴言をぶつけてきた紳士たちが、突然態度を改めた。自分達の標的はあくまでもフォレストだと思い出したようだ。


 桜草愛好家倶楽部は、プリムローズ姫のファンクラブである。だが元々は熱狂的な団体ではなかったのだ。愛らしい姫を遠くから眺めて噂するだけの、会則もない団体だった。


「チッ、まあ、ロックの道具のせいだろうな」

「そうかも知れないわね」

「あんた方、はっきりするまでは、さっき言った容疑だからな」

「ああ」

「なんてことだ」

「しかし、休暇と思えば」

「そうだな」

「牢とはどんなところでしょうな?」


 素の紳士たちは、とんでもなく能天気だった。


「あーあ、この人たち、凄んげえ単純」

「ふわふわしてたら洗脳されちゃったんですかね?」

「いい人ほど洗脳されると怖いんだってねー」

「はあ、まさしくそれなんですかね?」



 ティムとマーサは、席に戻って腰を下ろす。


「そういえばこの人たち、さっきマーサのことメイド風情とか言ってなかった?」

「正確には、私の場合はお話し相手に近いお世話係ですけど、まあいいですよ。この方々にとっては、召使いなんてみんな一緒でしょうよ」


 マーサがブツブツ文句をいう。紳士たちは聞き咎めるが、やはり先ほどとは様子が違う。


「流石のわれわれとて、そこまで暢気ではないぞ」

「そうだそうだ。馬鹿にするな」

「使用人の区分くらい分かる」

「メイド風情は言い過ぎたかな」

「そうかもな」

「いや、我々はどうかしていた」

「謝ります」


 また、ずいぶんと簡単に謝罪をしてきた。やはり、元来は全く棘の無い長閑な人々だったのだ。



「ちょっと引き渡してくる」


 フォレストが紳士たちを連行することにした。側に居られても落ち着かないからだ。


「魔法省?」


 フォレストは頷く。まずは洗脳が証明されれば、不敬罪のほうは不適用になるだろう。幸い、始源祭も植物園も実行犯はロックひとりだ。そもそも煽動したのもロック本人である。この隙だらけの紳士たちは、暴言を吐いたことだけ調査されるだろう。


「すぐ戻る」

「わかったわ」


 正気に戻った桜草愛好家倶楽部の紳士たちは、相変わらずフォレストには不満を見せながらも、渋々付き従う。フォレストも憮然としてガサガサと枯れ葉を踏む。そのままボート小屋のドアを開けて魔法使い控え室に出向く。



 しばらくしてフォレストだけが戻ってきた。


「レシィおかえりー。僕たちの証言はいる?」

「いや、大丈夫だった」

「また温くなっちゃったわね」


 プリムローズは、フォレストのレモンミントソーダを眺める。


「炭酸抜けちゃったねぇ」


 ティムも気の毒そうに言う。


「チッ、落ち着かねぇな」


 フォレストは口を思い切りへの字に曲げると、自分のソーダを冷やして炭酸も復活させる。


「魔法は便利ですねえ」

「でしょう?」

「私にも出来るでしょうか」


 マーサは今まで、猫化であれ扉であれ、魔法を何か騒がしいものだと感じていた。秩序を乱されることが好きでは無いマーサは、魔法が自分とは関係のないものだと思っていたのだ。だが、炭酸を復活させたり、飲み物を冷やしたり温めたり、と日常の些細なことに使えるとわかり、見方が変わったようだ。



 ティムは気の毒そうな表情を浮かべる。フォレストは眉を寄せる。


「レシィ、どう?」

「リムはどう思う?」

「残念ながら、マーサに魔法の気配はないわ」

「そうですか。残念です」


 マーサはちょっとがっかりする。


「でも、魔法道具を使えば、かなりいろんなことができるよ?」


 ティムが励ます。


「魔法道具ですか。お城で見たことはありますが」


 一般家庭では、メンテナンスが面倒なので使用者があまりいないのだ。どこで買うのかも知らない。



「マーサ、魔法でどんなことしてみたかったのー?」

「飲み物の温度を調節出来るのはいいなと思いました」


 ティムの空色の瞳がいきいきと光る。


「お、ティム、なんか思いついたな」

「うん!マーサ、2、3日待ってねー。いいもの作ってあげるよー」

「えっ、でも、ティムさんの魔法細工は、私のお給料では一年にひとつがやっとですよ!」

「マーサ、毎年始源祭の屋台で買ってくれるからねえ。上得意だものー。前から何かおまけかお礼したいなあって思ってたんだぁ」

「でも」


 マーサは、恐縮してしまう。そこへ、フォレストが助け舟を出した。


「試作品を使ってもらえばいいじゃないか」


 つまりは、モニターである。


「そうね。マーサならよく気がつくから、いい意見が出てくると思うわよ」

「あ、それは興味があります」


 マーサもかなり乗り気のようだ。


「うん、それは助かるー」


 ティムも、マーサに喜んで貰えて満足である。




 翌日、フォレストの元に世界魔法省連盟から連絡があった。


「ちーす、レシィちゃん、しばらくー」


 手紙や魔法通信ではなく、人間が来た。黄色と緑の派手な縦縞ボトムスは、ゆったりとした糸瓜型だ。大きめの鍔無し帽子には、黄色い羽が天井に向かって腕の長さほども飛び出している。黒い靴の先は反り返って尖り、靴下も眼に痛いほどの黄色だ。


「チッ、なんだよ。通信でいいだろ」

「まーまーいいじゃん?」


 プリムローズとフォレストは、いつものように出入り口に背を向けて座っていた。


「それよりなんで君たち、入り口にお尻向けてるの?失礼じゃーん?」

「チッ、どうでもいいだろ。誰か来たら立つんだから」


 現に今もフォレストは立ち上がっている。


「あ、どうも初めまして。君が8番目かー。エイプリルヒルのプリムローズちゃん。よろしくね、俺、魔法省連盟の連絡係です。名前はゲルプだよ。専門は魔法染めだけどね!」



 ゲルプという魔法使いは、聞かれないこともペラペラとよく喋る。短気なフォレストとは相性が悪そうだ。既に苛々し始めている。


「それで、ロックの件はどうなった」

「ああ、うん。そいつ、いろんな名前使ってあちこちで騒動起こしてんだよね。レシィちゃん、好きにしちゃっていいよって、これよろしく」


 世界魔法省連盟発行の、全権委任状が渡される。魔法素材の紙に魔法印字された偽造不可能な書類である。


「おい、これ」

「あいつ捕まえたの、レシィちゃんが初めてなんだよね。あいつどうにかできんの、レシィちゃんしかいないっしょ」

「チッ、面倒臭ぇな」

「あいつほんと、どうにかしてほしいよね。しってる?最初の被害報告って、連盟創設とおんなじ日なんだよね。6000年くらい前?びっくりだよ。じゃあ、頼んだよっ」


 プリムローズが一言も発する暇もなく、ゲルプはぐるりと黄色い渦となって消えた。


「チッ!ひでぇ」

「あのひと、どうするの?」


 全権委任状には


「特定危険人物対応、全権委任状。対象人物、紫髪の魔法道具蒐集家。世界魔法省連盟より大魔法使いフォレストに全権委任。委任期間、当委任状受領以降、終身委任とする」


 と書かれていた。


「こんな厄介なやつ」

「ねえ、でもあの人、髪の色だけは変えてないのね?」

「紫色が好きなんだろ。わざわざエイプリルヒルで紫ブローチ認可受けてたからな」

「名前も年齢も嘘だったのねぇ」

「チッ、仕方ねえ。道具取り上げに行くか」


 フォレストは、年齢不詳の謎の人物を押しつけられてすこぶる不機嫌である。


「だけど、今回全部取り上げただけで済むかしら」

「ダメだろうな」

「終身委任、断れないの?」

「断ったところで、あいつがまた何かしやがったら、結局俺んとこお鉢が回ってくんだろうぜ」


 フォレストが乱暴に立ち上がると、銀色の髪が荒鷲の羽が羽ばたくようにバサリと動く。プリムローズも椅子を片付けて後を追う。



 魔法使い控え室につくと、王様がやってきた。委任状を受け取ってすぐ、フォレストが直接王様と連絡を取っていたらしい。


(いつ連絡を取ったのかしら、気づかなかったわ。やっぱりレシィはすごい)


 プリムローズは、自慢の恋人の頼もしさにうっとりとなる。


「では、頼むぞ」


 王様は紫色の鼠が入った魔法の籠を床に置く。昨日と変わった点は無いようだ。王様の後に着いてきたのは、前回と同じ束ね髪の担当者だった。


「これからこいつに関する報告は、終身このウッズが担当する」


 束ね髪の担当官は、しかつめらしく頭を下げた。フォレストも丁寧にお辞儀をする。王様はプリムローズに向き直ると、鷹揚に頷いた。


「姫、よく勤めているようだな」

「桜草愛好家倶楽部はどうなりました?」

「こいつの正体が予想外だったからな。会員に厳重注意で終わりだ」


 王様は疲れた顔を見せた。それから、改めてきりりと威厳を見せる。姫の前で、王としての顔をわざわざ見せたようだ。



「姫、魔法使いになったとて、エイプリルヒルの姫としての生まれは変わらぬ。品位を保つのだぞ」

「はい、お父様」


 プリムローズもつんと済まして、よそゆきのお辞儀をした。


「誕生日で公務は終いだが、家族に変わりはないからな?」

「ええ、勿論ですわ!」


 王様はフォレストと担当官の顔を順番に見て、もう一度姫に頷くと、魔法の扉から出ていった。



「では、お手数ですがお願い致します、フォレストさん」


 フォレストは口を大きく曲げて頷くと、鼠の入った魔法の籠を持ち上げる。紫色の鼠は、馬鹿にしたように歯茎を剥き出す。フォレストは全権委任状を鼠の鼻先に突きつけた。


「面倒臭ぇから、ロックでいいな?」


 鼠は歯を打ち鳴らして威嚇する。


「チッ、うるせえ」


 フォレストは舌打ちを繰り返す。


「委任状見たな?道具外すから」


 フォレストは、ロックを鼠の姿のままで目の前まで持ち上げる。そしてきつく睨むと、何か一言呟いた。紫色の鼠はキィィーっと物凄い声を上げる。



 紫色の鼠の体から、沢山の小さな金属や色石が飛び出す。ロックの顔についていた魔法の道具だ。魔法の道具は次々と檻の外に転がり出して、霞のように消えてしまう。


 明らかに動揺したロックは、檻の中でくるくると回り出した。キーキーと不快な叫び声をあげて檻の底を走る。


「とりあえず全部取れたか」


 フォレストは眉間に縦皺を寄せたまま、魔法で籠を鉄の箱に入れてしまう。ウッズは驚いて口を軽く開けた。


「ご心配なく、ウッズさん。この箱は魔法的な効果や能力を失くす為の檻です」

「思い切りましたなあ」

「気休めですが」

「気休めですか?」

「はい。こいつは何千年も生きてますから」

「はあ、我々など赤子同然でしょうなあ」

「レシィ、気をつけてね?」


 プリムローズは顔色を悪くする。


「まあ、あと500年程度は入ってんだろ」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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