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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第五章、植物園の鼠

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56、プリムローズは精霊の森で愛好家倶楽部と対峙する

 胸にピンク色をした桜草の造花を飾った紳士たちは、不愉快な笑いを湛えて近づいてきた。


「見慣れないお菓子ですなあ」

「お手で召し上がるのですねえ」


 マーサがフォークとナイフを握る手にも力が篭る。ティムは困ったような笑顔を見せる。


「お下がりなさい」


 プリムローズは口の中にあった雲形焼きを落ち着いて飲み込むと、紳士たちに顔も向けずに命じた。


 紳士たちは、顔を見合わせ作り笑いを見せる。


「おや、これはまた」

「お可愛らしいお姿が、昨日のようですなあ」

「すっかり威厳を身につけられて」

「我らの姫様はもうお優しいお嬢様ではないのですね」


 一見、成長を喜ぶファンの言葉だ。だが実際には、高圧的になったと(なじ)っているのだ。



「下がれと言っているのです」


 華奢な姫とは思えない威圧感のある声だ。プリムローズの剣幕に、フォレストさえもが口を閉じる。



「え、ちょっと待って。聞きたいことあるんじゃなかったっけぇー?」


 ティムが緊迫した空気を遠慮なく破る。一瞬、プリムローズの気迫に飲まれたティムだった。だが、いち早く気をとりなおす。


「ねえ、君たち、プリムちゃんのファンクラブの人なんでしょう?」


 フォレストもなにかと直球だが、ティムもなかなかに気を遣わない。紳士たちの社会では、そうした物言いに慣れていなかった。彼らはたじろいで口籠る。


「や、いや、そうだが」

「なんだ君は。無礼だぞ」

「そうだ。職人か?職人風情が生意気な口を」



 しかしティムは、王侯貴族を恐れない。彼の意見では、魔法使いは王侯貴族に頭を下げたりしないのだ。


「んー?僕ねぇ、魔法使いだよ?正確には魔法細工師なんだけどねぇ。認可はエイプリルヒル。ブローチの色は透明なんだあ。名前は、ティモシーっていうのー」


 ティムはいつもと変わらずにこにこと対応する。


「あとねぇ、星乙女人形の髪飾りも担当してるんだよー」


 桜草愛好家倶楽部の紳士たちは、何やら落ち着かない様子を見せる。ティムのこの、常に変わらぬニコニコ笑いは曲者なのだ。悪意を持って接する人にとっては、何を考えているのか全く解らず不気味なのである。


 ティムは、何も考えていないのだった。何の意図もないと言う方が近いかも知れない。ティムにはティムの考えがあり、信念も曲げない。だが常に自然体で、何かを企むことがない。


 それが、腹に一物ある人々には測り難く、居心地が悪くなる。愛好家倶楽部の面々は、いままさにそんな感じである。



「それでさあ、僕もひとつ聞きたいんだけど」

「何だっ」

「紫の髪の人いるでしょ?魔法使いで、ロックって人、桜草愛好家倶楽部の会員なの?」

「あ、ああ、いるな」

「う、そうだな」

「まあ、なんだ、会員だ」


 ティーテーブルの面々は一斉に紳士たちを見る。思いの外の圧力を感じて、愛好家倶楽部の紳士たちはすっかりおよび腰になってしまう。


「な、なんだね」

「ロックがどうした」

「んー、あのひと、プリムちゃんの顔も知らなかったんだってぇ?」


 ティムは精霊湖までの道すがら、午前中に起きた捕物の顛末を聞いていた。ロックがプリムローズをまるで知らなかったこと、友人の付き合いで愛好家倶楽部に入会したこと、等も知った。


「ねえ、それってどうなの?桜草愛好家倶楽部ってさあ、プリムちゃんのファンクラブなんだよねえ?」

「そうだが?」

「だったらさあ、ファンでもない人、入れていいのおー?」


 ティムにはその点がどうしても理解出来なかったのである。



 紳士たちは奇妙な表情になった。


「いや、それは」

「そんなこと言われてもなあ」

「うーん、考えたことないな」


 ティムはびっくりして立ち上がる。


「えー?どう言うこと?何で?ねえ、君たちの倶楽部には、入会資格とかないのお?」


 そこは、プリムローズ本人をはじめ、他の2人も気になっていた。


「あるにはある」

「厳しくはない」

「そうだ。仲良く楽しくが愛好家倶楽部のモットーだ」

「ええーっ、それ、本気で言ってる?」


 ティムは無邪気に疑問を口にする。テーブルの皆も腑に落ちない顔をする。


「ねえねえ、レシィ虐めて楽しいのー?ついてけない、って最近は辞めちゃう人々も多いんでしょう?」


 ティムはズバズバ物をいう。顔はにこにこしている。少し怒っているが、概ね単純な疑問なのである。



「だいたい何なの?ファンクラブのくせに、プリムちゃんに酷い態度とったりしてさあ」

「そうですよ、姫様に対してなんたる不敬」


 マーサが参戦した。声は落ち着いているがかなり殺気立っている。マーサが怒りを示すのでティムは、マーサの怒りが向かう先である紳士たちのことが気に入らない。


「そうなんだよねえ。いくらエイプリルヒルが長閑な王国だってさあ、姫様に嫌味なんか言っていいのー?」

「チッ、気にくわねぇなぁ」


 フォレストがプリムローズの肩をしっかりと抱く。途端に紳士たちが元気付く。


「それだよ」

「そもそも姫様が、下町の乱暴者にたぶらかされたりしなければ」


 プリムローズの金色の眉が、木漏れ日に光ってぐぐぅと持ち上がる。怒れる女神の迫力だ。


(レシィのことかしらっ?)



 立ち上がっていたティムは、テーブルを回って紳士たちの方へと歩いてゆく。マーサは心配そうに手を組み合わせる。


「ねえ、その下町の乱暴者って誰のことかなあ?」

「決まってるだろう、そいつだよ」


 紳士たちはフォレストを指差した。


「ええー、君たち凄いねえ。ねえねえ、魔法使いって知ってるぅ?君たちからは、魔法の力がまぁーったく感じられないんだけども?」


 ティムのスイッチが入ってしまった。ティムは穏やかな人物だけれども、魔法使いとしての自由と誇りを何よりも大切にしているのだ。


「魔法使いに喧嘩売るとか、怖いもの知らずだよねぇ」

「なんだ、お前は」

「さっき名乗ったけど?国と世界に権利を守られている、魔法使いのティモシーだよー」

「権利?なにを図々しい」

「それで、君たちが指差したその人は、世界に8人しかいない大魔法使いなんだよ?ねえ、君たち、プリムちゃんも大魔法使いなの知ってる?」


 ティムはにこり、と笑う。


(あ、この国大丈夫か?)


 フォレストも立ち上がった。プリムローズがフォレストの手首を掴む。


「リム、ティムをほっといちゃダメだ」

「え?」

「俺、あいつが本気で怒ったとこ見たことねぇ」

「それで?」

「だから、今がそうなのかは分かんねぇ」


 フォレストの舌打ちが梢に跳ね返る。


「チッ、あいつの魔法が暴走しかけてんだ!」



 紳士たちは何が起きているのか理解できない。


「ティモシーさん!冷静に質問を!事件解決のためですっ」


 フォレストより早くマーサが駆け寄って、必死に腕を掴んだ。ティムはハッとしてマーサを見る。ぎらりと曇っていた空色の目が晴れてゆく。


「あ、ごめんなさい」


 ティムはまたにっこり笑う。今度は穏やかな笑顔であった。


「それで、君たちは、プリムちゃんがレシィと恋をしたのがそんなに気に入らないの?王家が呪われてるなんて、凄い噂を流したいほど?」

「場合によらなくても叛逆罪ですね」

「え、そんな、大袈裟な」

「チッ、大袈裟なことなんだよ」


 フォレストも紳士たちの理解が遅くて苛立つ。


「レシィ、魔法で惑わされてるんじゃないのねぇ?」

「そうみたいだよな」


 マーサはようやくティムから手を離し、再び紳士たちに向き直る。



「みなさんは、桜草愛好家倶楽部を名乗ったままで、王家の姫に敵意を示しておりますよね?」

「え、まあ、そうだな」

「王家の植物園に展示されている王家の管理する植物に、不埒な真似を働きましたね」

「不埒って」

「何て心の狭い」


 紳士たちがまた馬鹿にしてクスクス笑う。マーサは冷たく見上げる。ティムは、そんなマーサをうっとりと眺めた。


「展示物に危害を加えてはいけませんよ」

「うるさいなあ」

「犯罪なのです」

「何をいうか、メイド風情が偉そうに」

「あなた様方の身分や職業が何であれ、王家の持ち物を破損したのはたしかですよね」

「そんな」


 マーサが片眉を上げる。


「しかも、王家が呪われているという噂を立てるために、ですよね?」

「いや、まあ」

「なんだよ!ただの悪戯だろ?」

「周辺住民が不眠になったり、来園者にも不快な音や匂いで被害が出ているんですよ」

「しつこいなあ」

「なぜそんなに甘い考えが出来るのでしょうか」

「なんだと?」

「幼児ですか」


 紳士たちが気色ばむ。だがマーサはぴしゃりと言った。


「王家に対する犯罪ですねえ、悪質な。残念ですけど、あなた方の身分も仕事もなくなっちゃいますよ。それと多分牢に入れられますよ」



 精霊柳の藍色の花は銀をまぶしてきらきら光る。会話の内容に不似合いな、柔らかな陽射しがティーテーブルへと降り注ぐ。フォレストは憮然としてテーブルに手をかざす。何かをぶつぶつ呟くと、冷めたお茶からは湯気が立ち、温んだ炭酸水はきりりと冷えた。ゆるく溶けかけたクリームも冷やされて少し締まる。


「植物園の魔法犯罪と、叛逆罪との容疑でそれぞれ取り調べられると思う」


 フォレストが嫌そうにしながら紳士たちを魔法で拘束した。


「植物園とロックの件は、俺請け負ってんだよな」



 プリムローズはため息をつく。


「まったく、わたくしの名前で王家に仇なすなど、言語道断ですわ」

「ねえ、君たち、前はレシィにだけ怒ってたよね?」


 ティムの何気ない言葉で、紳士たちはキョトンとした。


「それも度が過ぎると、危険国認定されちゃうんだけどね?危ないから知ってたほうがいいよ?」


 ティムはかなり落ち着いたようだ。にこにこと追い詰める。


「プリムちゃんのファンクラブのくせに、プリムちゃんの幸せを邪魔してさあ」


 マーサも追い討ちをかける。


「ロックに乗せられて、姫様のことを酷く蔑むなんて」

「あーあ、叛逆に加担しちゃったねぇ。浅はかだよねえ」


 紳士たちは眠りから覚めた人のようにぼんやりとしている。


「え?あれ?」

「そういえば、そうだよな」

「姫様をたぶらかした魔法便利屋は許し難いが」

「チッ!」

「姫様は悪くない」

「そうだ、愛らしい」

「姫様、お許しを」

「我々はどうかしておりました」


 突然の手のひら返しに、プリムローズは気味が悪そうに肩をすくめる。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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