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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第五章、植物園の鼠

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55/80

55、4人でお茶を

 ティムとマーサが万魔法相談所に入ってくると、プリムローズはめざとくお菓子屋の箱を認めた。


「あっ」


 相談所のカウンターにも、同じ箱が置いてある。中身も同じとは限らないが、どちらもたくさん入っていそうな大きさである。


「レシィ、雲形焼き12個も買ったんだって?」


 挨拶もそこそこに、ティムはいつものようにニコニコと話しかけてくる。


「おう。一緒に食おうと思ってな」

「プリムちゃんと食べる為かと思ったよー」

「2人で12個は多いわよ」

「4人で食おうぜ」

「ありがとうー」


 フォレストはティムの手元にある箱を見る。


「ティムは何を買ったんだ?」

「あ、これはマーサが同僚への差し入れを買ったんだよ」

(ティムったら、持ってあげたのね)


 プリムローズは、すっかりティムの恋を応援する気になっている。


「幻の銘菓、雲形焼きが今日はまだ残っておりましたので。皆にお土産をと」

「マーサ優しいよねー」


 ティムが柔らかな眼差しをマーサに向けると、マーサは居心地が悪そうに頬を染めた。



「ねえ、私のお庭でおやつにしない?」


 プリムローズが3人を誘う。マーサが青褪めて辞退する。


「お城でそんなことできませんよ!お休み時間に城下町だからご一緒できるんです」

「でも、いいお天気だし」

「お天気は関係ないですよ」

「今日ね、レシィと森でお昼を食べたのよ」


 プリムローズは熱心に誘う。


「川べりで風やお日様がとても気持ちがよかったわ。花や緑の匂いも清々しくて」

「そしたらさあー、森でおやつ食べるー?」

「姫様、同じ場所ではつまらないのではありませんか?」


 プリムローズは少し考えてから、良い場所を思いついた。


「お城の丘向こうに湖があるのよ」

「精霊の森か?」

「ええ。星乙女伝説の森ね」

星陰柳(ほしかげやなぎ)が芽吹いてるかなあ?」


 星陰柳の花は銀色がかった藍色で、早春の岸辺を星空のように飾る。蜂や甲虫の集まる星陰柳は、初夏が近づくと鮮やかな黄緑色の芽を吹く。やがて細かい葉をびっしりと付けたしなやかな枝を見せる頃、エイプリルヒルに夏の声が聞こえてくる。


「まだじゃないかしら?」

「もう少し後ですかね」

「でも、花はまだ咲いてると思うわよ」


 城下町と反対側、丘を降った先には森がある。星乙女伝説の舞台となった精霊の住む森である。怪魚の丘に花の国を建てた、精霊の歌を知る少年が居た森とはまた違う。その森は遥かに遠い土地にあるのだ。



「でも、精霊湖(せいれいこ)でティータイムは良いですね」

「うん、楽しそう」


 マーサとティムがプリムローズの提案に乗る。フォレストは、プリムローズが楽しそうならば大抵のことは賛成だ。4人は精霊の森にある湖、精霊湖で水色の雲形焼きでティータイムを楽しむことに決めた。


「飲み物は何がいいかしら?」

「僕はお茶がいいなあ」

「このお菓子に、酸っぱいお茶が合うというので試してみたいです」

「俺は、レモンミントソーダだな」

「私もそれにしようかしら」


 プリムローズは艶のある肉厚な葉を取り出す。これは、王城にあるプリムローズの庭園に植えられている、花木の葉だ。初夏に咲く小さな青い花が、煙のように見える。


 この春煙(はるけむり)の葉は、プリムローズのメモ帳である。魔法を覚えて暫くしてから、料理長へのリクエストをメモで渡すようになった。羊皮紙は高価だが、自分の庭園にある木の葉なら無料だ。もちろんお世話に費用はかかるが、葉を使うために新たな出費はないのである。


 1日に1回か2回のメモなら、木の負担にもならない。そこでプリムローズは、春煙の木から葉を1枚千切り、魔法で文字を刻むことにした。こうして、お弁当やお茶をどこに居ても出して貰えるようになったのだ。



 飲み物をお城の厨房にリクエストしてから、一同は表通りに出る。フォレストは万魔法相談所のドアを一旦エイプリルヒル王城の厩に繋げる。マーサはお菓子を同僚に渡す。馬は戻して、3人と共に湖に行く。マーサの馬は、使用人用の厩に一区画を貰っている。


「マーサ、馬戻しちゃって大丈夫かなあ」


 魔法使いたちは、空を飛ぶことも出来るし、疲れない魔法や足を速くする魔法もある。しかし、マーサは普通の貴族女性だ。ティムは移動の負担を心配する。マーサは気遣いに微笑んだ。


「あら、精霊の森には森番小屋があるわよ」

「湖にも近い」

「そうなんだあ。扉を繋げるんだね?」

「ボート小屋のほうがいいな」

「ボート小屋なら普段は無人ね」


 フォレストが厩の扉を開くと、向こう側にはボートがいくつかと工具類が置かれた小屋の中だった。人は居なかった。ボートを出す大きな跳ね戸の脇に、人間用のドアがある。扉はここに繋がったのだ。



 フォレストはボート小屋から屋外用のテーブルと椅子を運び出す。魔法で運ぶので、フォレスト1人で充分だ。テーブルを設置すると、プリムローズは虚空からいろいろ取り出す。物を取り寄せる魔法で、料理長から飲み物やデザート用の食器を受け取っているのだ。


「姫様、私が」

「ありがとう、マーサ」

「僕も手伝うよー」


 プリムローズから色々と受け取って、皆でお茶のテーブルを整えた。料理長の計らいで、テーブルに飾る小さな花籠まであった。


 向こう側に人がいないと、器が傾いたり火傷をしたりという危険がある。食べ物に手で触ってしまうこともあり得る。慎重にすれば防ぐことは可能だが、せっかちなフォレストはそこまでしたくないので、食べ物の取り寄せはしない。


 一方、プリムローズは向こう側に料理長がいる。この魔法は声のやりとりは出来ない。こちら側が手を出して、うまい具合に持たせてくれる相手でなければ、食べ物や飲み物を受け取るのは難しいだろう。その点、プリムローズと料理長は仲良しなのでちょうど良いタイミングで受け渡しが出来ていた。



 フォレストがプリムローズの椅子を引く。プリムローズは微笑んでフォレストを見上げ、フォレストは背後から身体を曲げる。そのまま上を向いているプリムローズに口付けた。


 ティムも真似してマーサの椅子を引く。マーサはにこっと笑ってお礼を言う。


「ありがとう」


 ティムは、もうそれだけで胸がいっぱいだ。にこにこと笑顔を返す。2人の間には穏やかな空気が流れた。精霊湖の周りには、銀の粉を塗したような藍色の花が咲いている。ここにはまだ、星乙女と森の精霊の優しい想い出が残されているかのようだ。



 フォレストは子供の頃から、さまざまな階層の人々を魔法で手伝ってきた。マナーは自然に身についている。一方のティムは、ひたすら細工の修行しかしていない。その前は、小さな町の雑貨屋の子供として育ってきた。


 しかもティムの故郷は月の国という、やや異界に近い場所である。マナーどころか人界の常識も、実はフォレストよりもティムのほうが知らない。


「いただきましょう」


 プリムローズの一言で、4人はお茶を始める。プリムローズはレモンミントソーダを飲みながら、フォレストがお菓子を食べるのを見ている。フォレストはフォークもナイフも使わずに、大きな口でガブリといった。


 マーサはナイフで優雅に切って小さな口に入れる。プリムローズはフォレストの真似をして、可愛らしい口でカプリと齧る。フォレストは菫色の瞳に愛情を滲ませ、閉じた唇をむずむずと波打たせた。


「ティム、食べないのか?」

「あ、うん、いただきまーす」


 気さくで人懐こいティムは、これまで人付き合いに苦労したことは少なかった。その場のルールはすぐに身につけ、一方で自分の世界は守っている。その場を切り抜けるのは得意だが、必要がないことは憶えない。


 だが今は、マーサに気に入られたい一心である。それまでは、星乙女人形を通じての趣味友達として仲良くしてきた。それ程親しいわけでもなく、軽い付き合いの友達だった。友達から一歩進みたいティムは、お菓子の食べ方一つにも様子を伺ってしまう。



「ここに来て良かったわねえ」

「星陰柳が綺麗ですね」


 フォレストとプリムローズが出会わなければ、ティムがマーサに心を奪われることはなかったかもしれない。2人が始源祭で行き合ったとしても、マーサの心に触れることもなかっただろう。


 ティムは、エイプリルヒル城下町に住み着いてから、もう何年も人形の装飾品を売っている。星乙女の髪飾りを担当していることで、毎年星乙女人形と屋台を並べている。初めて魔法細工の屋台を出した年から、マーサとは人形の装飾品について話す仲間だ。それだけだった。


「ティム、ナイフ上手ね」


 ティムは崩れやすいお菓子を見事に切り分けて、綺麗に食べる。貴族のティーパーティーにも出席できそうな見栄えである。


「まあ、細工師だからね。刃物は上手だよー」

「チッ、なんだティム、気取って」

「レシィ」


 プリムローズは嗜める。ティムがマーサの前でカッコつけたいことに気づいているのだ。フォレストはマナーを知っていても、不要な場面では粗暴な言動を隠そうともしない。むしろ気取った振る舞いは落ち着かないようである。



 星陰柳が風に揺れ、頭上の枝には小鳥が囀り交わす。どこかから人声が聞こえる。近づく足音に4人の顔に緊張が走る。ティムはそれでもにこやかにティーカップを口に運ぶ。


 年を経て割れた樹皮を持つ木々の間から、数人の貴人が姿を見せた。彼らはそれぞれ馬に乗っている。散歩にでも来たのだろう。湖のほとりで馬を降りると、鞍に掛けた鞄から革袋の水筒を取り出した。


 彼らは水を飲みながらプリムローズたちのテーブルを見ている。マーサとフォレストは手を止めて、ティムとプリムローズはおやつを続ける。



 プリムローズが二つ目の雲形焼きを口にした。馬に乗ってきた集団が馬鹿にしたような笑い声を立てる。集団は、馬を木に繋ぐとテーブルの方へと歩み寄ってきた。


「桜草愛好家倶楽部」


 マーサが呟く。集団の胸には、ピンク色をした桜草の造花が留められている。会員の目印なのだろう。


「これは、姫様、ご機嫌麗しゅう」


 愛好家倶楽部の紳士たちが、形だけは丁寧なお辞儀と共に慇懃無礼な挨拶をする。フォレストが履く濃紺のブーツは、踵で落ち葉を砕く。銀色の太い眉はぎりりと寄った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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