表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第五章、植物園の鼠

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/80

54、魔法細工師と水色の雲

 定食屋「マドレーヌの微睡」は、エイプリルヒル城下町の階段坂に店を構える、比較的歴史の浅い店である。昼間には、昼定食と豆茶、そしてアルコールを少し提供している。この定食と昼限定の豆茶が、ファンの間で好評なのだ。


 昨夜、始源祭の晩にランチの約束をしたティムとマーサは、早めの昼に「マドレーヌの微睡」で待ち合わせをした。マーサは、プリムローズが万魔法相談所に出勤中、自由時間である。休憩ではないので、一応は勤務中だ。ただ、昼休憩をいつ何処で取っても良いため、城下町でランチも可能なのだった。


 マーサはお城のお仕着せからエプロンだけ外してやってきた。髪はきっちりと纏めている。


「マーサ!」

「ティモシーさん。お待たせ致しました」

「待ってないよー」


 ティムは先に店内にいて、豆茶をゆっくり飲んでいた。マドレーヌの微睡は厳しくない定食屋で、ランチタイムの待ち合わせ客にも寛容だった。本命は夜のアルコールも出す定食屋営業なので、昼は趣味のようなものだった。


 店主の妻が健康茶に凝った時がある。店舗の裏庭で、煮出して飲むと脂を洗い流すと言われる豆を育てていた。当時、豆茶は流行していたので、おかみさんが飲みきれない分は店舗で提供された。それが昼間のメニューとなり、「マドレーヌの微睡」の看板メニューのひとつとなったのだ。



「今日定食なんだか聞きました?」

「うん。マスの塩焼き」

「美味しそうですね!」

「マーサ、マス好き?」

「ええ。紅くて綺麗ですしね」

「うん。綺麗だよねぇ」


 そこへ、店の親爺が注文を取りに来た。


「何にしましょ?」


 昼定食のほかに、夜にも出す食事ものがいくつかあった。


「昼定食にする?」

「はい、マスですよね」

「マスだよ!塩焼きだ」

「それ二つ」

「はいよー」

「あと豆茶をお願いします」

「僕にも、豆茶おかわりね」

「毎度っ」



 ティムとマーサは注文を終えると雑談を始めた。


「昨日の植物園の話、どうなったんだろうねえ」

「今朝は姫様が、万魔法相談所に依頼が来るのを待つと仰ってましたが」

「ご飯食べたら、行ってみようかあ」

「植物園にですか?」


 マーサはぶるっと震えて肩をすくめる。


「違うよ。レシィのとこだよ」

「それなら」


 マーサはほっとして頷いた。ティムもにこにこしながら同意する。


「流石に、何が起きてるのかはっきりしない所には行きたくないなあ」

「そうですよねえ」

「レシィたちなら、依頼がなくても出掛けて行きそうだけどねえ」

「もって午前中ですかね」

「だねぇ。植物園の人が相談に来るまでじっと待ってるとか、できないと思うなぁ」


 フォレストとプリムローズは、この2人から全く信用されていなかった。フォレストはお人好しで、魔法が原因で困ったいる人がいれば放っては置かれない。プリムローズは好奇心旺盛で、気になることがあれば何処へでも出掛けてゆく。


「2人とも、行動力あるからねぇ」

「そうですね。様子を見に行ったほうが良さそうですね」



 ドアが軋んで次々に客が入ってくる。マドレーヌの微睡は人気店である。店内はざわざわと愉しげな会話に満ちていた。ティムとマーサもお喋りをしながら料理を待つ。


「桜草愛好家倶楽部はどう?」

「今朝は特に何もなかったです。姫様に直接何かしてくるわけではないですからね」

「そっかあ」


 豆茶が運ばれてきた。マスの塩焼きはまだ来ない。豆茶の香ばしい香りを吸い込んで、マーサの顔が綻ぶ。その様子にティムも頬を染めた。


「はあ、ここの豆茶は落ち着きますね」

「そうだねえ。ゆったりするねえ」


 取手のない筒型の器は、素朴な素焼きだ。マーサは貴族の娘だが、少し変わっているようだ。



「マーサはなんで城下町の食べ歩きをするようになったのー?」


 ティムは不思議に思う。エイプリルヒルの貴族は、城内の居住地区に住んでいる。城下町まで降りてくることは殆どないのだ。


「子供の頃、父に星乙女人形の屋台に連れて行って貰ったのです」

「町の始源祭に来たの?」

「ええ。父も星乙女人形を集めておりまして」

「へえー」

「その時、父が城下町のコレクターと知り合って」

「庶民のコレクターと?」

「ええ」


 マーサの父は、身分にこだわらない気さくな人であるようだった。城下町のコレクター仲間に教わった庶民の店に、時々マーサを連れて訪れるようになった。


 やがてマーサは、プリムローズ姫のお世話係としてお城に上がった。プリムローズは活動的で、常にマーサが付き従う必要がなかった。マーサは真面目に働いたので、次第に自由が拡大したのだった。



 2人は町の食堂で提供される素朴な味を楽しんだ。定食は量が多かったが、マーサはペロリと平らげた。


「マーサよく食べるねえ。お城の仕事は大変?」

「そんなこともありませんけどね。広いので、よく歩きますけども」

「ここまでは馬車?」

「いえ、馬で参りました」

「馬に乗れるんだねえ」

「あまり好きではないですけどね。歩くよりはずっと速いですから」


 お喋りしながら折れ曲がった階段を上ってゆく。上りきったところには、ずんぐりした栗毛の馬が鉄の手摺りに繋がれていた。手摺りの脇には小遣い稼ぎの馬番がいる。この少年は色々な雑用をして家計を助けているようだ。


「ありがとう」

「どうぞご贔屓に」


 マーサは馬番の少年に小銭を渡して栗毛を受け取る。今日の昼はマーサしか預けなかったようだ。ティムは少し気の毒に思う。



 そこからは馬車も通る広い道だ。宿屋の前で、荷物を抱えて驢馬を引いている旅人を見かけた。なにやら浮かない顔で急いで驢馬に荷物を積もうとしている。


「まさかこんな遠くにまで紫の鼠が出没するとはなあ」

「月見烏賊の配達に便乗したんじゃないのか?」

「どうだろうなあ」


 ティムは思わず足を止める。ティムに合わせて馬には乗らずに引いていたマーサも立ち止まる。


「あの、紫の鼠をご存知なんですか?」


 マーサが旅人に声をかけた。2人組の旅人は、びくりとして顔を見合わせる。


「以前、遠いところで出たのでしょうか」


 重ねて尋ねるマーサに、旅人たちは口早に答える。


「ポルトベルウォーターってとこで、1年くらい前に随分悪さをしていたんだよ」

「船荷が駄目になったり、玩具が暴れて子供が大怪我をしたり」

「そいつは人間だって噂もあった」

「顔中に石や金属をつけて、髪は紫色なんだそうだ」



 どうやらロックのことで間違いないらしい。


「ポルトベルウォーターの魔法省が捕まえようとしたんだがな、失敗した」

「いつのまにか居なくなったんだが、それまではみんな怯えて暮らしてたよ」

「気の毒だが、ここもしばらくはそうなるだろうよ」

「じゃ、俺たち行くから」

「荷物にあれが潜り込んだら大変だからな」


 旅人たちはそそくさと宿を離れる。マーサとティムは会釈をして、万魔法相談所の方へと急ぐ。



「ムーンライト素麺の入荷を利用して引っ越したのでしょうか」


 港湾運輸大国ポルトベルウォーターで扉の魔法使いが、取引先の外国へと扉を繋げた時、鼠の姿で素早く移動したのかも知れない。ちょうどロックがエイプリルヒルに来た頃なのだが、そのことをティムたちはまだ知らない。


「あり得るねえ」


 ティムはにこにこしながらも、気掛かりな様子を見せる。


「子供が大怪我するような事故まで起こすなんて」

「そんな方が姫様のファンクラブにいるなんて、びっくりしました」

「特に理由はないのかも知れないねえ」


 クランベリーデイルの魔女ストーンは、一応の理由がある。猫が大好きなストーンは、猫が嫌いでご禁制とされるエイプリルヒル王城に、しばしば嫌がらせをはたらく。プリムローズを猫にして厳重注意された後も、相変わらずお城に嫌がらせを続けている。


 だが、今のところロックの動機はわからない。旅人たちの話の様子だとポルトベルウォーターでも、動機は分からなかったようである。



 栗毛を引くマーサと並んで、ティムは石畳の坂道を行く。午前中にフォレストが、水色で雲形の焼き菓子を買った菓子屋に通りかかる。


「あっ、雲形焼きがまだあるよ」

「初めて見ました」

「すぐ売り切れちゃうからねぇ」


 マーサは噂だけしかしらず、この水色に染められたとても甘い食べ物を見たことがないという。大人気ですぐに売り切れてしまうのだ。


「食べてみる?すっげぇ甘いよー」

「酸っぱいお茶と合うと聞きましたが」

「あ、合うかも知れないねえ。僕は豆茶か、何も入れない紅茶と一緒に食べるかなあ」

「ティモシーさん、食べたことおありですか」

「うん、たまに食べるよ。しょっちゅうは要らないんだけどねー。時々食べたくなるんだぁ」


 紫色の鼠については、今話してもこれ以上分かることはなさそうだ。2人の話題は食べ物に移る。


「買ってみます」


 マーサは菓子屋の扉を開ける。ティムも付いて入る。


「やあ、ティム」

「おじさん、こんにちは雲形焼きちょうだい」

「朝方フォレストくんが12個も買ってったよ」

「12個も?」

「お弟子ちゃんと分けて食べるつもりみたいだったよ」

「ふうん。そしたらお土産はやめとこ」


 今日の分の甘いものは十分である。それ以上は要らない。


「マーサどうする?」

「姫様付のみんなに買って行きます」


 マーサはお城の同僚に買っていく。人気で滅多に手に入らないお菓子だ。きっと喜ばれることだろう



 マーサが菓子箱を抱えて馬を引こうとする。ティムは慌てて箱を受け取ると、マーサはにこっと笑う。


「ありがとう」

「いつでも持つよー」


 ティムは胸がドキドキして、マーサの顔をまともにみられなくなった。マーサの笑顔は、ティムを有頂天にさせたのだ。ティムのそんな様子を見て、マーサもほんのり頬をそめる。


 万魔法相談所の外壁には、鉄の輪が埋め込んである。鉄の輪は、ドアと窓の間に3箇所ある。馬や驢馬等を繋いで置くための道具だ。この輪もフォレストの作った物である。ここに繋いだものは、生き物であれなんであれ盗まれることはない。


「マーサ安心してねー。ここに繋いどけば盗まれないよー。フォレストが作ったんだあ。便利だよねえー。」


 ティムはそう言って感心する。フォレストはティムの自慢の友達なのである。


お読みくださりありがとうございます

続きます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ