53、姫と魔法使いは担当官と仲良くなる
フォレストが魔法道具の効果を見落としたことに、プリムローズと束ね髪の担当官は驚いた。
「チッ、あいつ、場数踏んでやがる」
「レシィ」
プリムローズは空中で、不安そうにフォレストの腕にしがみつく。
「しかも相当やべぇ場面潜り抜けてきてんな」
「あの危ない魔法道具の数々を使いこなしているということですか」
「ああ。ロックの奴は、本気で何が起きるか全部把握してやがんのかもな」
「全部って、事故も?」
「少なくとも、予測はしてんだろ」
「なんと。無知故の余裕ではなかったのですか!」
フォレストの眉間には、ぐぐっと深い縦皺が刻まれた。
「あの野郎、いつでも逃げられると思って舐めてやがったんだな」
「逃げちゃったの?」
だがフォレストはニヤリと笑う。
「ハッ、まさか!ぬかりはねぇよ」
「やっぱりレシィは頼りになるわ」
「流石ですね」
フォレストの瞳が菫色に光る。
「あの黄色い石」
「煙みたいなのが出たわ」
「調べきれなかった」
「あれが禁じ手破りというものなの?」
「そうだ。けっこう深い層まで見ても、ただの煙幕魔法が込められた道具だったんだがなあ」
フォレストの言葉に、担当官は暗い顔をする。
「禁じ手破りまで身体に埋め込むとは、やはり正気ではありませんね」
「煙は禁じ手破りとは関係ないのね」
「煙幕の効果とは別口で、初歩的な沈黙の魔法から禁忌レベルの強大な魔法までも、全て解除する力がこもってた」
「ひとつに2種類の効果がある超小型の魔法道具とは、予想できませんでしたね」
「高いし、扱いも難しい筈だけどな」
「ええ。高いんですよね」
「顔についてたやつには、他にも高いのがあったな」
14歳の少年が手に入れるには、ロックの顔につけられた魔法道具の合計金額は高すぎた。
「顔のやつを全部合わせたら、城が買えそうだな」
「ええっ、そんなに?」
「盗品では無さそうですか?」
「そうなんだよ。盗品じゃない」
「あの方、ほんとに何者なのかしら」
担当官は魔法の部屋に目を凝らす。
「ロック、どうなりましたかねぇ」
「魔法の檻からは逃げてねぇ。正常に作動してる」
「お部屋は崩れてしまったかしら?」
「そこまでじゃねぇだろ」
3人は空中に浮かんだまま、魔法の部屋の様子を伺う。見た目には派手な爆発だった。窓から煙が漏れている。中は煙に覆われていて見えない。
「こんな大騒ぎを起こすほどには、王族への恨みは感じられませんでしたよねえ」
「そうだな。口ではリムのこと酷い言いようだったけどな」
ロックの態度はとても悪かった。プリムローズに関する暴言も酷かった。だが、実際には顔も知らないほど無関心であった。
「植物園に異変が起き始めたのは2週間前だろ。リムが虹色ブローチの認可試験を受けたのは1週間前だな」
「そうね。桜草愛好家倶楽部はいつから私たちに敵意を持っていたのかしら」
プリムローズにも見当がつかない。
「私の姉が愛好家倶楽部の会員だったのですが」
束ね髪の担当官が、フォレストに支えられながら発言をする。この人は魔法使いではあるが、飛ぶことが出来ない。
「姉が、ファンクラブが過激化してついていけないと言ってやめたのは、1週間くらい前です」
「試験を受けた頃ね」
「だとすると、呪いモドキの動機には弱ぇな」
植物園で呪いだと噂される症状が出始めた頃には、桜草愛好家倶楽部がまだ過激化していなかったのだ。定例会の席で、満場一致でプリムローズに会員の信頼や敬愛を裏切られたというのは最近のことだ。呪いモドキは、それより前に始まっていることになる。
「はい、ロックの供述を鵜呑みにしてはいけませんね」
「そういえばあの方、友達友達って何度も口にしてらしたわね」
「調べてみますか」
「そうだな」
「そっちから何かわかるかもしるないわね」
話をしているうちに、爆発の煙が晴れてきた。
「まずは部屋に戻りましょうか」
「そうですね」
青色ブローチの担当官に促されて、3人は魔法使いの控室に戻る。
「担当官さん、飛べないのにうまくバランス取ってましたね」
「ありがとうございます。いや、楽しいですなあ。風は気持ちいいし、景色も素晴らしい」
フォレストは空中にいる間、担当官を風で支えていた。この方法は、慣れないと足元がふらついてしまう。だが、これが最も手軽に支える方法なのである。もし、あまりにもグラグラと安定しなかったならば、フォレストは別の方法を試すつもりだった。
しかし、担当官は全く不自由なく風に包まれて浮かんでいた。少しの恐怖も見せず、むしろ嬉々として空に居ることを受け入れていた。バランスを保ったままで、あちこち見回し愉しそうである。
「充分浮けるのに、飛行魔法は覚えないんですか?」
フォレストは不思議そうだ。風の魔法使いならば、青色ブローチでも飛ぶことができる。フォレストやストーンたちのように自由自在な空中行動となると、いささか難しいのだが。
「いえ、私は記録の魔法使いですから」
フォレストは感心したように眼を見開く。
「風の魔法使いだとばかり!」
「残念ながら、違うんです」
否定する担当官は、褒められて穏やかに微笑む。フォレストが積極的に質問している。プリムローズは驚いた。
(ふふっ、仲良くなりそう)
必要がなければ、普段はフォレストがこれほど他人に話しかけることはない。担当官が空を飛ぶという話題は、いわばしなくてもいい話である。
「風は覚えないんですか?」
「はは、私なぞ、青ですから」
「試しに低いところでやってみては?」
「出来るでしょうか?」
「試してみる価値はあります」
フォレストの提案は、お世辞ではなかった。この銀髪の大男は、だいたい何時でも不機嫌だ。出来そうにもないことを、その場だけ煽て上げたりはしない。無責任に勧めるタイプではないのだ。
いま、フォレストは真剣な顔だ。それどころか、ロックのせいで深くなっていた眉間の縦皺がほとんど伸びている。菫色の瞳も、銀の睫毛に囲まれてきらきらと輝く。
(レシィご機嫌ね。ティムといる時みたい)
「あの、教えていただけるなら」
担当官さんも控えめながら期待を込めて願い出る。
「はい、承りますよ。お時間ある時にでも、万魔法相談所までおいでください」
「ええ、参ります」
「では、その時に詳しく」
「はい、よろしくお願いします」
その時、ロックが檻の中から焦げた絨毯の端切れを投げてきた。フォレストが咄嗟に風を操り、焦げた切れ端の軌道を変える。
「また罪を増やしましたか」
担当官はうんざりした様子である。
「けけけっ、すぐ怒るよな」
ロックは、全く懲りていない。
「雑談なんかしてねぇで、さっさと帰らせろよ」
「一旦お待ちいただけますか?」
担当官だけでは扱い切れないケースだと判断したようだ。ロックを含めたその場にいる全員に声をかけた。フォレストは神妙な顔で頷く。
「はい。連盟預かりになる可能性もありますし」
「ええ、そうなるとエイプリルヒル王国側でも、国王陛下の担当に変更となりますね」
「大事になっちゃったのねえ」
「けけけっ、無能な奴らぁ」
ロックのぶつけてくる罵倒は、3人とも無反応で受け流す。あまりにも次々と見せるふざけた態度や悪行雑言なので、最早風の音よりも気にならない。担当官は、黙礼して部屋から出てゆく。
担当官が戻るのを待つ間、ロックは不貞腐れて時々何か物を投げてきた。フォレストとプリムローズは意に介さずにお茶を飲む。2人とも悠々とソファに座り、寄り添いながらロックの行動を眺めていた。
やがて再びドアが開く。担当官は緊張した面持ちで王様を案内してきた。やはり、王様が担当しなければならない事態に発展してしまったようだ。
「ロック、そのほうは、調べるべきことが多すぎる。ひとまず1週間の城内に留置とする」
「けけっ、食事はうまいもん食わして下さいよー」
王様に対しては、さすがのロックも敬語っぽい言葉を選ぶ。態度はまったくもって不敬なのだが。
「魔法使い用の牢に繋いでおけ」
「はい」
担当官が頭を下げる。フォレストはロックを鼠に変えて鉄の籠を小さくする。ロックは色々な魔法の道具を身につけているが、動物に変化すると人間の言葉が話せなくなってしまう。歯茎まで剥き出して、紫色の鼠が籠の中でキーキーと鳴き声を上げている。
フォレストは床の上から、黙って籠を持ち上げる。担当官が受け取って出てゆく。王様は残った2人に向き直る。
「魔法便利屋、ロックとやらのことでは、暫く世話になる」
フォレストは丁寧にお辞儀をする。
「調査は頼んだぞ。費用はいつも通り魔法省に請求するがよい」
「謹んで承ります」
「うむ。姫、便利屋の手伝いは程々にしておくのだよ?ディナーに遅れるでないぞ」
「ええ、お父様」
プリムローズもツンと優雅にドレスを摘んでお辞儀した。王様は忙しいので、一つ重々しく頷くだけで出ていった。
「お腹すいたわね」
「菓子屋に寄るついでに何か昼飯買おうぜ」
「いいわね」
プリムローズは、昨日の始源祭で買い食いの楽しみを覚えたのだ。困った事件が起きたとはいえ、お祭りの愉しみも冷めやらぬ。
「何処で食べるの?」
「相談所でもいいし、森に行ってもいいなあ」
「森?」
プリムローズは伸び上がってフォレストに問う。緑の瞳がいきいきと輝く。
「森にするか」
「ええ!クランベリーデイルの近くにある渓流がいいわ」
フォレストは途端に嫌そうな顔を作る。
「クランベリーデイルはなぁ」
「そこまでは行かないわよ」
「あの辺はストーンの領域だぜ」
「川までは降りてこないでしょ?」
「どうだかなあ」
クランベリーデイル付近の渓流には、川魚シルバーブルームが泳いでいるのだ。プリムローズが猫にされた時、川辺でフォレストに昼食を用意してもらった。その時のワイルドな魚料理を、姫はもう一度食べたかった。
「シルバーブルームを焼いて、今度は料理長からスパイスも借りましょうか」
「チッ、リムが食べたいなら」
「それに、あの川には」
プリムローズの魚スイッチが入った。こうなるともう、引き止めることは出来ない。フォレストはプリムローズと軽く唇を合わせると、魔法使い控室のドアを菓子屋に繋ぐ。
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続きます




