表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第五章、植物園の鼠

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/80

53、姫と魔法使いは担当官と仲良くなる

 フォレストが魔法道具の効果を見落としたことに、プリムローズと束ね髪の担当官は驚いた。


「チッ、あいつ、場数踏んでやがる」

「レシィ」


 プリムローズは空中で、不安そうにフォレストの腕にしがみつく。


「しかも相当やべぇ場面潜り抜けてきてんな」

「あの危ない魔法道具の数々を使いこなしているということですか」

「ああ。ロックの奴は、本気で何が起きるか全部把握してやがんのかもな」

「全部って、事故も?」

「少なくとも、予測はしてんだろ」

「なんと。無知故の余裕ではなかったのですか!」


 フォレストの眉間には、ぐぐっと深い縦皺が刻まれた。


「あの野郎、いつでも逃げられると思って舐めてやがったんだな」

「逃げちゃったの?」


 だがフォレストはニヤリと笑う。


「ハッ、まさか!ぬかりはねぇよ」

「やっぱりレシィは頼りになるわ」

「流石ですね」



 フォレストの瞳が菫色に光る。


「あの黄色い石」

「煙みたいなのが出たわ」

「調べきれなかった」

「あれが禁じ手破りというものなの?」

「そうだ。けっこう深い層まで見ても、ただの煙幕魔法が込められた道具だったんだがなあ」


 フォレストの言葉に、担当官は暗い顔をする。


「禁じ手破りまで身体に埋め込むとは、やはり正気ではありませんね」

「煙は禁じ手破りとは関係ないのね」

「煙幕の効果とは別口で、初歩的な沈黙の魔法から禁忌レベルの強大な魔法までも、全て解除する力がこもってた」

「ひとつに2種類の効果がある超小型の魔法道具とは、予想できませんでしたね」

「高いし、扱いも難しい筈だけどな」

「ええ。高いんですよね」

「顔についてたやつには、他にも高いのがあったな」


 14歳の少年が手に入れるには、ロックの顔につけられた魔法道具の合計金額は高すぎた。


「顔のやつを全部合わせたら、城が買えそうだな」

「ええっ、そんなに?」

「盗品では無さそうですか?」

「そうなんだよ。盗品じゃない」

「あの方、ほんとに何者なのかしら」



 担当官は魔法の部屋に目を凝らす。


「ロック、どうなりましたかねぇ」

「魔法の檻からは逃げてねぇ。正常に作動してる」

「お部屋は崩れてしまったかしら?」

「そこまでじゃねぇだろ」


 3人は空中に浮かんだまま、魔法の部屋の様子を伺う。見た目には派手な爆発だった。窓から煙が漏れている。中は煙に覆われていて見えない。



「こんな大騒ぎを起こすほどには、王族への恨みは感じられませんでしたよねえ」

「そうだな。口ではリムのこと酷い言いようだったけどな」


 ロックの態度はとても悪かった。プリムローズに関する暴言も酷かった。だが、実際には顔も知らないほど無関心であった。


「植物園に異変が起き始めたのは2週間前だろ。リムが虹色ブローチの認可試験を受けたのは1週間前だな」

「そうね。桜草愛好家倶楽部はいつから私たちに敵意を持っていたのかしら」


 プリムローズにも見当がつかない。



「私の姉が愛好家倶楽部の会員だったのですが」


 束ね髪の担当官が、フォレストに支えられながら発言をする。この人は魔法使いではあるが、飛ぶことが出来ない。


「姉が、ファンクラブが過激化してついていけないと言ってやめたのは、1週間くらい前です」

「試験を受けた頃ね」

「だとすると、呪いモドキの動機には弱ぇな」


 植物園で呪いだと噂される症状が出始めた頃には、桜草愛好家倶楽部がまだ過激化していなかったのだ。定例会の席で、満場一致でプリムローズに会員の信頼や敬愛を裏切られたというのは最近のことだ。呪いモドキは、それより前に始まっていることになる。


「はい、ロックの供述を鵜呑みにしてはいけませんね」

「そういえばあの方、友達友達って何度も口にしてらしたわね」

「調べてみますか」

「そうだな」

「そっちから何かわかるかもしるないわね」


 話をしているうちに、爆発の煙が晴れてきた。


「まずは部屋に戻りましょうか」

「そうですね」


 青色ブローチの担当官に促されて、3人は魔法使いの控室に戻る。



「担当官さん、飛べないのにうまくバランス取ってましたね」

「ありがとうございます。いや、楽しいですなあ。風は気持ちいいし、景色も素晴らしい」


 フォレストは空中にいる間、担当官を風で支えていた。この方法は、慣れないと足元がふらついてしまう。だが、これが最も手軽に支える方法なのである。もし、あまりにもグラグラと安定しなかったならば、フォレストは別の方法を試すつもりだった。


 しかし、担当官は全く不自由なく風に包まれて浮かんでいた。少しの恐怖も見せず、むしろ嬉々として空に居ることを受け入れていた。バランスを保ったままで、あちこち見回し愉しそうである。


「充分浮けるのに、飛行魔法は覚えないんですか?」


 フォレストは不思議そうだ。風の魔法使いならば、青色ブローチでも飛ぶことができる。フォレストやストーンたちのように自由自在な空中行動となると、いささか難しいのだが。


「いえ、私は記録の魔法使いですから」


 フォレストは感心したように眼を見開く。


「風の魔法使いだとばかり!」

「残念ながら、違うんです」


 否定する担当官は、褒められて穏やかに微笑む。フォレストが積極的に質問している。プリムローズは驚いた。


(ふふっ、仲良くなりそう)


 必要がなければ、普段はフォレストがこれほど他人に話しかけることはない。担当官が空を飛ぶという話題は、いわばしなくてもいい話である。



「風は覚えないんですか?」

「はは、私なぞ、青ですから」

「試しに低いところでやってみては?」

「出来るでしょうか?」

「試してみる価値はあります」


 フォレストの提案は、お世辞ではなかった。この銀髪の大男は、だいたい何時(なんどき)でも不機嫌だ。出来そうにもないことを、その場だけ煽て上げたりはしない。無責任に勧めるタイプではないのだ。



 いま、フォレストは真剣な顔だ。それどころか、ロックのせいで深くなっていた眉間の縦皺がほとんど伸びている。菫色の瞳も、銀の睫毛に囲まれてきらきらと輝く。


(レシィご機嫌ね。ティムといる時みたい)


「あの、教えていただけるなら」


 担当官さんも控えめながら期待を込めて願い出る。


「はい、承りますよ。お時間ある時にでも、万魔法相談所までおいでください」

「ええ、参ります」

「では、その時に詳しく」

「はい、よろしくお願いします」



 その時、ロックが檻の中から焦げた絨毯の端切れを投げてきた。フォレストが咄嗟に風を操り、焦げた切れ端の軌道を変える。


「また罪を増やしましたか」


 担当官はうんざりした様子である。


「けけけっ、すぐ怒るよな」


 ロックは、全く懲りていない。


「雑談なんかしてねぇで、さっさと帰らせろよ」

「一旦お待ちいただけますか?」


 担当官だけでは扱い切れないケースだと判断したようだ。ロックを含めたその場にいる全員に声をかけた。フォレストは神妙な顔で頷く。


「はい。連盟預かりになる可能性もありますし」

「ええ、そうなるとエイプリルヒル王国側でも、国王陛下の担当に変更となりますね」

「大事になっちゃったのねえ」

「けけけっ、無能な奴らぁ」


 ロックのぶつけてくる罵倒は、3人とも無反応で受け流す。あまりにも次々と見せるふざけた態度や悪行雑言なので、最早風の音よりも気にならない。担当官は、黙礼して部屋から出てゆく。



 担当官が戻るのを待つ間、ロックは不貞腐れて時々何か物を投げてきた。フォレストとプリムローズは意に介さずにお茶を飲む。2人とも悠々とソファに座り、寄り添いながらロックの行動を眺めていた。



 やがて再びドアが開く。担当官は緊張した面持ちで王様を案内してきた。やはり、王様が担当しなければならない事態に発展してしまったようだ。


「ロック、そのほうは、調べるべきことが多すぎる。ひとまず1週間の城内に留置(とめおき)とする」

「けけっ、食事はうまいもん食わして下さいよー」


 王様に対しては、さすがのロックも敬語っぽい言葉を選ぶ。態度はまったくもって不敬なのだが。


「魔法使い用の牢に繋いでおけ」

「はい」


 担当官が頭を下げる。フォレストはロックを鼠に変えて鉄の籠を小さくする。ロックは色々な魔法の道具を身につけているが、動物に変化すると人間の言葉が話せなくなってしまう。歯茎まで剥き出して、紫色の鼠が籠の中でキーキーと鳴き声を上げている。


 フォレストは床の上から、黙って籠を持ち上げる。担当官が受け取って出てゆく。王様は残った2人に向き直る。


「魔法便利屋、ロックとやらのことでは、暫く世話になる」


 フォレストは丁寧にお辞儀をする。


「調査は頼んだぞ。費用はいつも通り魔法省に請求するがよい」

「謹んで承ります」

「うむ。姫、便利屋の手伝いは程々にしておくのだよ?ディナーに遅れるでないぞ」

「ええ、お父様」


 プリムローズもツンと優雅にドレスを摘んでお辞儀した。王様は忙しいので、一つ重々しく頷くだけで出ていった。



「お腹すいたわね」

「菓子屋に寄るついでに何か昼飯買おうぜ」

「いいわね」


 プリムローズは、昨日の始源祭で買い食いの楽しみを覚えたのだ。困った事件が起きたとはいえ、お祭りの愉しみも冷めやらぬ。


「何処で食べるの?」

「相談所でもいいし、森に行ってもいいなあ」

「森?」


 プリムローズは伸び上がってフォレストに問う。緑の瞳がいきいきと輝く。


「森にするか」

「ええ!クランベリーデイルの近くにある渓流がいいわ」


 フォレストは途端に嫌そうな顔を作る。


「クランベリーデイルはなぁ」

「そこまでは行かないわよ」

「あの辺はストーンの領域だぜ」

「川までは降りてこないでしょ?」

「どうだかなあ」


 クランベリーデイル付近の渓流には、川魚シルバーブルームが泳いでいるのだ。プリムローズが猫にされた時、川辺でフォレストに昼食を用意してもらった。その時のワイルドな魚料理を、姫はもう一度食べたかった。


「シルバーブルームを焼いて、今度は料理長からスパイスも借りましょうか」

「チッ、リムが食べたいなら」

「それに、あの川には」


 プリムローズの魚スイッチが入った。こうなるともう、引き止めることは出来ない。フォレストはプリムローズと軽く唇を合わせると、魔法使い控室のドアを菓子屋に繋ぐ。


お読みくださりありがとうございます

続きます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ