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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第五章、植物園の鼠

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52、紫髪のロック

 鼠から人間の姿に戻された紫髪の魔法使いロックは、じろじろとプリムローズを眺める。不快な視線である。


「あー、あんたが桜草の姫か!」

「こいつファンクラブじゃなかったのか?」

「マーサの思い違いかしら?」


 ロックは不遜に小柄な姫を見下ろしてくる。以前ストーンが逃亡した大きな窓からは、春の陽射しが眩しく訪れる。ロックの顔面に埋め込まれた金属や色石が、太陽を反射して目潰しのようだ。


「祭でも会ったよなあ」

「そうね」

「昨日の今日で、まったく反省してねぇな」

「姫だったのかよ!面白ぇ」


 プリムローズは眩しさに目を細め、手の甲で反射光を防ぐ。フォレストが陽除けの魔法を呟く。プリムローズの修行に必要だと言って、永続の防護魔法はかけてくれない。


「何が面白いのよ」

「チッ」

「不敬極まりないですね」


 便利なものはだいたい使うが、常用ばかりでは面白くない。これは、フォレストの師匠ストロウの教えだ。だからフォレストは、永続のなんでも防ぐ魔法を掛けながらも、たまに解除する。自分に対しても他人に対しても、気ままに掛けたり解いたりしているのだ。



「けけっ、俺、魔法使いよ?」

「チッ、だから何だ?」


 ロックは魔法の檻の中から、馬鹿にしたようにプリムローズを見る。フォレストはいらいらと詰問する。


「俺、王宮と契約してるけどエイプリルヒル王国の国民じゃないぜ?不敬とか?関係ないね」


 紫髪のロックに、性質(たち)の悪いニヤニヤ笑いが浮かぶ。半眼になって鉄の檻の中でふんぞり返っていた。


「あんたさぁ、自分のせいで起きてる騒ぎの犯人を胸張って突き出すとかさぁ、笑えるよなぁ、けけけっ」

「わたくしの?どういうこと?」


 プリムローズは声を尖らせる。フォレストは、気遣わしそうに姫の白くたおやかな手を握る。


「あんた、最近評判悪いよ〜?素行不良、相手は会ったばかりの外国人、しかも労働者階級」

「姫様に素行不良の記録はありませんね」


 束ね髪の担当官は真顔で発言した。プリムローズは眉を怒らせ、フォレストはプリムローズの肩を抱く。


「レシィは大魔法使いよ!それに12の歳から我がエイプリルヒル王国に住んでいるのよ!だいたい、労働者に失礼よ」


 プリムローズが抗議する。束ね髪の担当官は、手元の書類に目を落とし、落ち着いて追加情報を口にする。


「ロックさんは満14歳、在王国歴は1年、魔法使い認可は半年前、魔法獣医師の前任者が後見して、認可と同時に就職してますね。前任者はその時に他国に転出しています」

「なによ、あなたの方がよっぽど外国人じゃない」

「俺、王城勤務だけどねー」

「ロックさん、紫ブローチじゃないの。レシィは虹色ブローチを賜わる大魔法使いなのよ?」


 プリムローズはふーっと大きく息を吐き出す。


「ロックさん、なんでそんなに偉そうなのよ」

「王城勤めとしては、その国の姫様より遥かに下、魔法使いとしては大魔法使いであるフォレストさんと姫様よりずっと下ですね」

「やだなあ、魔法獣医って珍しい才能なんだぜ?下町の何でも屋と比べんなよ」


 担当官と2人の大魔法使いは、余りのことにまじまじとロックの顔を見つめた。



 ロックの無知を正すのは、この場では不要だ。今は、現行犯で捕まった事件について明らかにするのが先である。


「それで、なぜあなたの犯行は姫様が原因だと言ったのですか?」

「桜草の姫が下町の乱暴者と遊び歩いてるから、エイプリルヒル王国は呪われておかしくなったってもっぱらの噂だぜ」

「そんな噂は知らねぇな。チッ、いい加減なこと言うんじゃねぇよ」

「本当に噂が流れているかどうか、についてはともかく」


 担当官はあくまでも冷静だ。すぐに話を逸らそうとするロックに振り回されることがない。


「なぜそれが、あなたが犯行を行ったことの理由になるのですか?」

「厩の飼葉係に誘われて、桜草愛好家倶楽部ってのに入ったんだけどさ、最近、その桜草の姫って奴が素行不良になって、ファンクラブを裏切ったって言うじゃねえか」

「チッ、やっぱり愛好家倶楽部が主犯かよ。面倒臭ぇ」


 フォレストはため息を吐く。愛好家倶楽部は、可愛さ余って憎さ百倍というやつか。


「王家に思い知らせてやりてぇだろ?みんな裏切られたって怒ってんだからよ」

「チッ、魔法使いのくせに惑わされやがって」

「みんなとは、桜草愛好家倶楽部の会員全員ですか?」

「そうだよ」

「本当に全員なのかしら?」


 プリムローズは問いただす。


「最近の定例会出席者全員だよ。だから国の大事な祭りや町にある王立の植物園が、呪いとか変なことでダメになりゃいいと思ったんだ」



「ん?」


 担当官が首を傾げる。


「姫様を知らないのに愛好家倶楽部に加入したのですか?」

「そういやそうだな」

「変よね」


 ロックは動じず、唾でも吐きそうな様子で答える。


「付き合いってやつだよ」

「冬に愛好家倶楽部に入って、今はもう春ですけど、その間、姿絵さえ見たことがないんですか?」

「ねえ。興味ねえ」

「興味がないのに、騒ぎを起こしたのですか」

「だから付き合いだって、友情。俺、友達大事にするし」

「場合によっては重罪ですよ?」


 担当官がきりりと顔を引き締める。ロックはもう返事もせずに、けらけらと癇に触る笑い方をする。



「フォレストさん、何があったか詳しくお話しください」


 フォレストは、今回城下町の植物園で起きたことを話す。


「なるほど。呪いモドキですか」


 担当官は、ロックのピアスだらけの顔を睨む。


「その道具をつかったのですね」

「そうだよ」


 ロックは自慢そうに認めた。


「すげぇだろ?」

「それについては」


 フォレストが担当官に説明する。


「国際魔法省連盟に調査依頼を出しています」

「それが妥当ですね。そちらの返答が来るまで、拘束出来るよう、魔法大臣に相談致しましょう」

「何でだよ!」

「チッ!」


 フォレストは話の通じない苛立ちを抑えきれず、担当官への質問もやや荒々しい口調で言う。


「こいつの師匠、前任の魔法獣医師ですよね?」

「はい」

「いつ弟子に取ったのかご存知ですか?」


 担当官は、手元の書類を確認して答える。


「記録にはないですね。ロック、答えなさい」

「はあ?憶えてねえよ」

「この国に来てからですか?」


 担当官は、そろそろロックに慣れてきたらしく動じず質問を続ける。


「そうだよ」

「試験科目は動物の状態を変える魔法、試験官は師匠ですね」


 それは記録があるらしい。


「あってる」


 ロックは、質問の意図を理解せずにニヤニヤしている。


「限定条件に生き物の名前とありますね」

「その通りだよ、けけけっ」

「それなら正確には前任者の魔法と違いますね」

「そうだけど?それが何?早く帰りたいんだけど!」

「まだ帰れませんよ」


 担当官はぴしゃりと言った。



 その後担当官は、真面目な顔をしてフォレストに向き合う。


「フォレストさん」

「はい」

「ロックの顔に付いている魔法道具のリストを作成していただけませんか?勿論、正式な仕事として依頼致します」


 エイプリルヒル王国の魔法省では、担当官の権限で、フォレストに必要な調査が依頼出来ることになっていた。


「承ります」


 フォレストは虚空から羊皮紙を取り出す。そしてロックの顔をじっと見る。ロックが身につけている魔法道具の効果を探っているのだ。


「終わりました」


 フォレストが何事か呟くと、ロックに付いている魔法道具の一覧表がいっぺんに記入された。


「ありがとうございます」


 担当官は受け取った一覧表に目を通す。


「呪いモドキの他にも、使用が禁止されている効果が認められますね」

「はい。一刻も早く取り外さないと、こいつ自身にも周りにもどんな影響が出るかわかりません」

「けけっ」


 ロックは勝ち誇ったように笑う。


「けけけっ、解んねえのかよ!大魔法使いなんて、やっぱ大したことねぇじゃねぇかよ」


 その場にいる他の3人は、もう説明しても無駄だと思った。



「とにかく、こいつを認可試験で合格させた連中の責任も追求したほうがいいと思いますよ」


 フォレストは、心底面倒臭そうに進言した。


「何だよ!偉そうに!」

「偉そうなのはロックさんでしょ」

「フォレストさん、ロックに発言禁止の魔法を掛けていただいてもよろしいでしょうか」


 束ね髪の担当官は、静かに怒りを溜め込んでいたようだ。遂に我慢の堤防が決壊してしまったらしい。



 しかしロックは、まったく意に介さない。相変わらず不遜な態度で言い返してくる。


「はぁ?お前らいい加減にしろよ?けけけっ」

「ねえ」


 プリムローズが疲れた顔をする。


「ロックさん、あなた、自分が今、どうしてここに居るのかご存じなのかしら?」


 ロックは誰にも敬意を払わない。


「植物に魔法をかけたからだろ?さっさと処罰決めろよ。俺、友達と昼飯約束してんだよ。けけっ」

「一々笑うの、お辞めなさいな」


 紫髪のロックはにやにやし続ける。


「なあ、もう帰っていい?」


 フォレストが人差し指でロックを差して何か言うと、ロックは顔を青くした。口が閉じたまま開かない。


「少しは立場がお分かりになりまして?」


 プリムローズは腰に手を当てて背伸びする。金の巻き毛を弾ませて、キッとロックの反抗的な灰色の瞳を覗き込む。ロックの鼻に光る黄色い石が靄のようなものを出し始めた。


「リム下がれ!」

「えっ」


 フォレストは血相を変えた。3ヶ所をベルトバックルで留めたラフな濃紺のブーツが、魔法使い控え室の高級な絨毯を蹴る。フォレストは愛しい人に突進し、がばと片腕で抱き込んだ。ついでに側に立つ束ね髪の担当官の腕も掴む。


「わっ」

「けけけっ」


 ロックの沈黙は破られた。そして、3人が立っていた場所には爆発が起こる。


「なんと!」


 担当官の驚いた声を残して、3人は窓の外に飛び出す。


「禁じ手破りかっ!チッ、見落とした」


 フォレストは悔しそうに悪態をつく。プリムローズは、信じられない思いでフォレストを見た。


「レシィが?」

「あの野郎、14歳は嘘だな」

「何者なんでしょうか?」

「レシィ、怖いわ」


 プリムローズと束ね髪の担当官は、フォレストに抱えられて空を飛びながら恐ろしそうに質問した。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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