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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第五章、植物園の鼠

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51、姫と魔法使いは犯人に呆れる

 最近、フォレストは魔法省でもぞんざいな扱いを受けている。担当官が鼠の仲間でなかったとしても、フォレストに敵意があるならば問題だ。フォレストに嫌がらせをしたいがために重大な犯罪を見逃すこともありうる。


 フォレストは口をへの字に曲げながら、エイプリルヒル王城の魔法使い控え室にやってきた。控え室とは名ばかりの、魔法犯罪者の拘束室、別名魔法の部屋である。フォレストは、相変わらずストーンが勝手気ままな悪戯をする度に駆り出され、ここを訪れている。


 今回はプリムローズも一緒だ。植物園で渡された被害植物のデータを見ながら、担当官がやってくるのを待つ。



 大白鷲草、紫色の髑髏に見えるシミが出た。

 シシオウノタテガミソウ、濁った青になって枯れた。

 カメノツメサキ、葉が怪物のように絡まった。

 マルノミヘビノキ、枝が怪物のように曲がった。

 コイヌノタカラモノ、幽霊屋敷のカーテン風みたいにズタズタに裂けた。


 ネコダマシモドキ、蕾に尖った葉が生えて笑い出した。

 月光兎花、夕方になると鍋を叩くような大きな音がする。

 銀波鱗樹、鱗状の樹皮一面に目のような模様が出た。

 房成り猫目果樹、苦悶の表情を浮かべた人の顔が浮かび上がってきた。

 銀色馬ノ尾草、断続的に異臭がする。


 コトリノアサゲ、綺麗な黄緑の葉が真っ黄色になり枯れた。

 ホシネズミノシッポ、長い房花がニョロニョロと蠢きながら、ギシギシと不快な音を立てる。

 ブチネコノヒタイ、丈が低く艶やかな黒紫と白の花が、皺くちゃで濁った紫色と黄ばんだような色になり巨大化した。

 シルバーブルームソウ、名前の由来である魚と似た銀の実に血の跡のようなシミが出た。

 テイオウゾウゲハス、極彩色に明滅した。



 プリムローズは被害にあった植物の名前を確認してゆく。


「動物園みたいね」

「動物や鳥だけじゃなくて、魚や蛇もいるな」

「そういえば、始源祭で被害に遭った飴細工も動物の形だったわね」

「そうだな」


 フォレストは、籠の中に閉じ込めた紫色の鼠をじろりと睨んだ。


「限定条件は生き物の名前か?虫は除外だな」

「限定条件?」

「火の魔法なら火、扉の魔法なら扉が限定条件だな」

「魔法の種類ってこと?」

「そうだ」


 プリムローズは心配そうな顔になる。


「あら、そしたらフォックスさんやバードくんもやられちゃうのかしら」

「そうなるな。けど、誰だそいつら」


 フォレストが眉を寄せる。


「フォックスさんは門番さんよ。バードくんは郵便係ね」

「いろんな知り合いがいるな」

「お散歩してると、いろんな人に出会うのよ」

「ふーん」


 フォレストは不満そうだ。時々見せる表情である。プリムローズは何かに感づいた顔をする。


「フォックスさんはおばさんよ」

「そうか」


 フォレストは微かに目尻を下げる。



 フォレストは金の巻き毛をひと撫ですると、改めて鼠を眺めて顔を顰める。


「昨日から気になってるんだが」

「何?」

「こいつ、鼻とか瞼とかに金属や石を付けてたろ」

「ええ、たくさん付けてた」


 紫色の鼠が人間に戻った時には、耳、鼻、口元、瞼など顔のあちこちに金属や色のついた石が飾られていた。動物に姿を変える時は、一時的に見えなくなる。それは動物に変化する魔法の初歩でも同じだ。


「あの飾り、マーサがピアスと呼んでるやつだが」

「なんなの?」

「あれなあ、魔法道具だぜ」


 籠の中の鼠が鼻をピクリと動かす。


「全部?」

「全部だ」

「顔に埋め込んでるの?」

「ああ」

「魔法道具を?」

「そうだ」

「ええ、ちょっと、それは」


 プリムローズは言葉が見つからない。



「正気じゃねえよな」

「危険じゃないの?」

「何が起こるか分かんねえよ」

「そのまま動物に変化までして」

「万が一道具が壊れたり誤作動したらどうするつもりなんだろうな」


 プリムローズは、怪魚の丘にあった日陰を作る魔法道具を思い出す。大昔の魔法道具が故障して、本来の効果とは全く違う影響を及ぼした。単に日陰を作るだけの道具が、視界や精神にまで暗闇を落としたのだ。


「ジルーシャさんの事件みたいに」

「ああ動物に変化してる時に誤作動か暴走したら手が付けられねぇぜ」

「それは、外して直すなんて出来ないわね」

「無理だな」

「レシィでも人に戻せなくなる?」

「なんせ何が起こるか分かんねぇからな」


 下手に手を出して取り返しのつかないことが起きたら、悔やんでも悔やみきれない。かと言って、もしそんなことになったら、放っておくわけにもいかない。



「チッ、小僧が。魔法は本当に危ないんだ」


 フォレストによれば、歴史的な大事故もいくつかあるそうだ。小さな魔法道具が暴走して、大陸全体に奇妙な虫が繁殖した事件。故障した魔法道具と簡単な魔法が共鳴してしまい、ひとつの文明が滅んだと言われている事件。


「暑い地域に突然氷結地区が出現したことや、山が吹き飛んで巨大な穴が出来たことも記録されてる」

「怖いわ」


 紫色の鼠は素知らぬ顔で部屋の中を見回し始めた。自分には関係がないと思っているのだろう。


「ねえ、あなた、ロックさん」


 プリムローズが怒った声を出す。紫色の鼠は、聞こえないふりをする。フォレストの顔には怒りの色がありありと浮かぶ。ただでさえ短気なのだ。


(リムが話しかけてるのに。こいつ、ファンクラブ会員じゃなかったのかよ)


 フォレストは籠の中にいる鼠を、食い殺さんばかりの目つきで睨み据える。


「ロックさんは、怖くないの?」


 プリムローズは厳しく問いただす。


「ひとつでさえ、身体に埋めるなんて危ないのに。そんなに沢山の魔法道具を顔につけて」


 鼠は聞いていないようだ。たとえ聞こえていたとしても、ロックは鼠の姿だと人間の言葉を話せないのだが。



「事故が起きたら、あなた1人のことじゃ済まないのよ?」


 フォレストは優しくプリムローズを抱き寄せる。


「ピアスって、取り外しできる飾りよね?」

「そうだな」

「ロックの飾りも取れるの?魔法で埋め込んであるみたいだけど」

「しかもこいつの魔法じゃねえ」


 フォレストはそこが特に気になったようだ。


「取るには取れるが、気をつけねぇと事故が起きるかもな」


 プリムローズはため息をつく。


「ずいぶん厄介なのねえ」

「だな」


 フォレストは籠の中を見て、忌々しそうに舌打ちをした。


「こいつの処遇が決まるまでは、現行犯の部分以外は手出し出来ねえ」


 不安な部分が大きいのに、そのままにしておくしかないのだ。


「魔法道具取扱い規定違反の調査申請はしてんだけどな」

「そんなのがあるの?王国法の授業には出なかったわ」

「国際魔法法だよ」

「そうなの」

「そっちは返事待ちだな」

「もどかしいわね」

「チッ、まったくだぜ」



 2人はやりきれない思いを持て余す。フォレストは今更ながら、テーブルに用意された魔法のティーポットに手を伸ばす。今日の担当官は幸いに反フォレスト派ではなかったらしい。



 2人が手持ち無沙汰になり始めた頃、控え室のドアが開く。記録用の羊皮紙を手に、後ろ髪を黒いベルベットリボンで束ねた小柄な紳士が入ってきた。襟に青いアーモンドの花のブローチをつけている。魔法使いとしての実力は低いようだ。


「プリムローズ姫様、フォレストさん、ご協力感謝致します」

「いえ」

「いいえ」


 魔法使いのブローチは、下から、赤、青、緑、紫、黄色、透明、虹色である。最近は魔法使いの中にまでフォレストに嫌がらせをする者がでているが、今日の担当官は礼儀正しかった。


「場所が王宮植物園の為、貴族職員が担当致します」


 王城内の犯行であったならば、王様が担当する。資料館や植物園は城下町にあるため、魔法犯罪が起きても王様の担当外だ。しかし、王立であるため貴族にしか捜査権はない。


「同席してもよろしいでしょうか?」

「今回は現行犯ですから、むしろ居ていただけないと困ります。恐れながら姫様にも、お願い致します」

「わかったわ」

「おふたりとも、お手数おかけ致します」

「よろしくお願い致します」

「こちらこそ、フォレストさんが現場にいらしたなんて、願ってもない幸運ですから」

「褒めすぎですよ」

(ふふ、レシィ、照れてるわ。可愛い)


 フォレストの目元にはほんのりと赤みが差す。



 魔法使いは身分も年齢も関係がないが、エイプリルヒル王国の魔法省では出身階級で担当業務が分けられている。これは、魔法関連であっても関わる人の中には普通の人々も多いからだ。


 一般国民は、国内の秩序を守って欲しいと望む。魔法省職員ですら、一部の貴族職員が外国の村人出身のフォレストを蔑視しているくらいなのだ。魔法に関わる事件は不可解で、普通の人は不安を募らせる。せめて日常で守られている秩序は乱さないで欲しいと思う。


 今回もその決まりごとに則って、担当官は貴族職員だ。しかしこの人は、フォレストに対して差別意識も憎悪も見せない。たいへん物腰柔らかな男性であった。


「フォレストさん、恐れ入りますが、犯人を尋問可能な姿にしていただくことは可能でしょうか?」

「はい、ただいま」


 フォレストは指先を微かに動かす。同時に何か呟く。たちまち鉄の籠が大きくなった。中には紫色の髪をした魔法使いが立っている。反抗的な灰色の眼の周りは、青や黄色の色石で飾られている。鼻にも耳にも口にも、金属やら色石がついている。確かに飴細工に魔法を掛けて始源祭の屋台で火事まで起こしかけた、あの若者である。



「魔法獣医師ロック、魔法犯罪の現行犯だな?」

「そうだよ、真面目かよ」

「えっ」


 プリムローズは絶句する。


 ロックはだらしなく脚をぐにゃりと曲げ、身体は斜めに傾けていた。魔法の檻の真ん中辺りに、攻撃的な空気を纏い背中を丸めて立つ。手はぶらぶらと落ち着きなく揺すっている。胸の真ん中には、アーモンドの花を象るブローチがある。エイプリルヒルで認可された印だ。色は紫色だった。


「あなた、動物のお医者様なの?お医者様なのに、植物を虐めたの?だいたい犯罪を犯しているのに、なんて態度なのよ?」

「けけっ、虐めだぁ?面白いだろ」

「魔法獣医師ロック、プリムローズ姫様に、不敬でありますよ?」


 束ね髪の担当官が堅い声を出す。ロックは意に介さず、態度は悪いままだった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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