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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第一章、姫と魔法使い
5/80

5、姫と魔法使いは犯人を推理する

 フォレストはしばらく記憶を探っていたが、やがて諦めたように口を開いた。


「お手上げだ。気配が朧げすぎたからな」

「魔法が来た方向は、詳しくわかる?」


 プリムローズ姫は、別の視点を提案する。


「そうでもねえな。姫様の部屋じや、魔法は殆ど消えてたからな」

「そう」

「微かな軌跡は窓の方から来てるみたいだった」

「その先は?」

「窓のあたりで消えちまってたから、なんとも言えねえ」

「そうなの」


 姫はがっかりして肩を落とす。


「けどな、変身させられたあとの動物が、普通の動物と見分けがつかねえのは、かなり高度な魔法だぜ」


 フォレストは励ますように言葉を継ぐ。


「手がかりになるかしら」

「なる。魔法の気配すら残さねぇのは。相当の手練れだぜ」

「候補が限られてくるわね」

「その通りだ」


 フォレストは大きくかぶりを振ると、推理を続ける。


「魔法使いは空中に浮かぶことも出来るし、魔法を放つ道具をどこかに設置することだってできる」

「それじゃあ、魔法が来た方向は、もしはっきりと解っても無駄ね」

「そうだな」


 フォレストは、もう一度頷く。


「色濃く跡が残ってりゃあ、多少は追跡の手がかりになんだけどな」

「多少なのねぇ」

「残念ながら、必ず魔法使いの居場所に辿り着けるわけじゃねえな」

「やっぱり、上級の魔法使いから絞り込むしかないのね」

「そうだな」

「ブローチの色だったら、どのくらい?」

「ま、虹色だな」

「ええっ」


 プリムローズ姫が今まで出会った虹色ブローチの魔法使いは、たったのふたり。フォレストが犯人ではなさそうだが、かといって水晶宮のお爺ちゃん魔法使いも、犯人像としてはしっくりこない。


「大魔法使いのお爺ちゃんなら、もうちょっと華やかな魔法で攻撃してくると思うわ」

「だよな。水晶宮の爺ちゃんはお祭り好きで、バンバン派手な魔法を使いたがるからな」


 ご禁制の猫に変えて虐めさせるなどという、地味で陰険な攻撃は似合わない。


「ひとり、愉快犯なら思い当たる奴がいる」

「いるの?」

苔桃谷(クランベリーデイル)の魔女ストーンだよ」

「知らない魔法使いだわ」

「気まぐれでいい加減で、何も考えてない奴さ」


 ストーンが犯人ならば、プリムローズ姫に恨みなどなかったと思われる。


「もしストーンさんが犯人なら、猫にされたのも、特に理由がないってこと?」

「そうなるだろうなあ」


 プリムローズは思い切り眉を寄せる。


「暇なのかしら!」



 姫君の日常は忙しい。学ぶこともあるし、人目もある。その目を盗んで探検もする。人に嫌がらせをしている暇はない。


「あいつは確かに暇そうだな」


 フォレストはニヤッと口の端を上げた。プリムローズは血の気がひく。


(親しいの?)


 フォレストは、青褪めたプリムローズに眼をやって、心配そうに聞いてきた。


「どうした?恐ろしいか?」

「いえ、違うの」

「具合でも悪いのか?昨日あれだけ雨に濡れたし」

「それは大丈夫。昨日は本当にありがとう」


 改めてお辞儀をすると、波打つ金髪がくるくると踊りながら流れた。フォレストは、昨日見た姫の仔猫姿を思い出す。毛の長さも姿も違うが、お行儀よく座っていた仔猫のなだらかな背中が、姫君の下げた頭と重なった。


 金髪を揺らして身を起こせば、イキイキとした緑の瞳が真っ直ぐに見上げてくる。フォレストは何か美味しいものでもあげたくなった。


「甘いものでも食うか?」

「え?いえ、今は特に」

「そうか」


 フォレストはガッカリして眉を下げる。口はきつく結んだままだ。


「それで、その、ストーンさん以外に怪しい人はいるの?」

奇書館(レアリティハウス)のおばちゃんは館から出てこないし、砂漠のデュンケルは砂にしか興味がないし、あと草原のフライトはやりそうだけど、滅多にこの国までこないしなあ」


 フォレストは一息に数え上げ、最後にもう一度クランベリーデイルに住む魔女の名をあげる。


「やっぱり苔桃谷(クランベリーデイル)のストーンが怪しいぜ」


 フォレストは不機嫌そうに鼻を膨らませると、ストーンの迷惑行為を数え上げ上げる。



 お城の庭園に大量のまたたびを発生させたり

 騎士たちの訓練場に大量の魚を降らせたり

 毛布が敷かれた大量の箱が王宮じゅうに出現したり

 毛糸玉が詰められた籠があらゆる廊下に並べられたり

 王宮中の天井から無意味にカーテンが下がったり



「姫様もご存知だろ?前から何かと王宮に嫌がらせをしてきたからな」

「結局、何か恨みがあるの?」

「恨みを持っての行動にしては軽すぎねえか?」

「そうねえ」

「何か要求してくるわけではないんだよなぁ」

「確かに」


 フォレストは疲れた口調で意見を述べる。


「今までの嫌がらせだと、魔法の気配を隠す気もなくてさ。すぐに、クランベリーデイルの魔女の仕業だ、とわかる杜撰さだった。そのたんびに調査と呼び出しをさせられて、迷惑してんだよ」


 銀色の眉が疲れたようにピクつき、フォレストはため息を吐く。取り調べの為に魔女を呼び出したり連れてきたりするのは、普通の人間では無理だ。ましてクランベリーデイルのストーンは、虹色ブローチを賜った桁外れな実力者のひとり。


「姫様の窓から眺めた方向に、苔桃谷クランベリーデイルがあるってのもなあ。やってる事の種類は違うけど、やっぱり杜撰なんだよな。奴が犯人っぽいぜ」

「そうよねえ」


 姫君の窓からクランベリーデイルまでは、大人の足で半日かかる。そんな遠くから投げる為なのだろうか。プリムローズを猫にしたのは、今までの悪戯魔法とは比べ物にならない高度な魔法だ。少し調査すれば、犯人はあっという間に割り出せる。


 いったい、今回の事件がクランベリーデイルの魔女ストーンの仕業だということを、隠したいのか知られたいのか。苔桃谷の魔女は何がしたいのか。



「しょうがねえ」


 フォレストは嫌そうに顔を顰める。プリムローズはほっとした。


(喜んで会いに行くんじゃないみたい)


「行ってみるしかないな」

「ええ」

「は?着いてくる気かよ?」

「行きますとも」

「ストーンの目的は全く分かんねぇんだぞ」

「気になるもの」


 プリムローズの眦がきりりと上がる。


「特に目的がないなら、ないって分かるだけで安心だし」

「確かに危害を加えられるとは限らねえけどな」

「猫が好きなだけかもしれないわよ?」

「どうだろうな?知らねえや」

「最初から、わたくしを猫にして飼うつもりだったのかも」

「いや、それむしろダメだろ。ただの誘拐だろ」

「誘拐はされなかったわ」

「だったら、飼う気はなかったんじゃねえの」

「さ、行ってみましょ」


 何でもなさげに言い出すプリムローズに、フォレストは舌打ちひとつ。


「箱入りの末姫様だと聞いていたけど、随分と強い目をすんなぁ」

「やだ照れるわね」


 プリムローズは、だんだん気が緩んで取り繕わなくなってきた。フォレストはフッと笑う。


(ひゃぁぁ?)


 プリムローズの心臓が早鐘を打つ。


(心臓が爆発しちゃう!)

「急に笑わないでくださるっ?」

「はっ?えっ?何で」


 姫の顔の赤さが魔法使いにもそっくり移る。


「早く行きましょ」


 姫が誤魔化すように言うと、フォレストも落ち着かなさそうに早口になる。


「どうしても自分で直接聞きたいか」

「はい」

「でも何が起こるか分からないんだぞ?」

「それでもよ」


 フォレストは、しつこく警告しながら困り顔。下がり眉で大きく溜息を吐く。


 (あ、この顔好きよ。可愛い)


 プリムローズが余計なことを考えていることなど露知らず、フォレストはまた舌打ちをする。もう何度目かわからない。


「チッ、仕方ねえ、行くか」

「ええ」

「でもよ、その姿ってわけにはいかないだろ」


 プリムローズ姫は今、可愛らしい寝巻きに大きな男物のマントを羽織っている。マントは床に引き摺っている。フォレストが着ても踵まですっぽり見えなくなる丈なのだ。小柄な姫様はすっかり布の塊と化す。豪華な銀糸の刺繍が、質素な茶色い床板に広がっていた。


「改めて見ると、星乙女の人形みたいだな」

(褒めすぎよっ)


 魔法使いの始祖と呼ばれる星乙女は、金の巻き毛の美女である。星空へと飛翔して、この国に幸せを降らせたと言われている。銀糸で彩られた藍色のマントで全身が包まれた星乙女の人形は、お祭りでも売られる人気の民芸品だ。



「着替えはねぇけど、魔法で変えることは出来るぞ」

「ではまた、猫にしてくださいな」


 フォレストは、プリムローズが着ている寝巻きを町娘の普段着に変えようかと思ったのである。


「何を言い出すんだよ。町娘の姿にするから」

「猫がいいのよ」

「町娘がお嫌なら、魔法で見習い魔女の姿にもできるぜ」

「猫がいいわ」

「チッ」


 フォレストは菫色の瞳に困惑を浮かべる。銀色の太い眉毛は、またも下がって困り顔を作る。プリムローズは、フォレストの困り顔が好きだ。だが、困っていることは気の毒に思う。


「ごめんなさい、困らせようって言うのじゃないのよ」


 プリムローズは素直に謝る。


「それは分かってるけどな」


 フォレストは仏頂面だ。


「でも、猫の姿は案外楽しいわ」


 プリムローズは溌剌と主張する。フォレストは閉口する。


「なんだ、まったく逞しいな」

「あらありがとう」

「いや、別に褒めてはねぇんだけど」

「じゃ、貶してるの?」

「貶してもいない」

「じゃあなに?」


 プリムローズは問いただす。フォレストの目尻に皺がよる。瞳には優しい光が宿る。プリムローズの胸に、虹色の花が咲き乱れた。2人の心がそっと触れ合う。



「でもよう、遠いから仔猫の足じゃ大変だぜ」


 フォレストは諭す。


「猫の姿をしてたって、姫様と分かったうえで抱っこして運ぶわけにもいかねぇし」

「それは確かに出来ないわね」


 プリムローズは想像して赤面する。


「足が疲れない魔法とかないの?」

「あるにはあるが」

「じゃあそれを掛けて」

「どのみち、ちっちゃな脚じゃあ谷まで何日かかるやら」

「あら、そうね、ごめんなさい」


 緑の瞳に影がさす。シュンとした姫を見下ろして、フォレストは微かに笑う。緩んだ頬はそのままにして、太い声には優しさを含む。


「まあいいさ」

(わぁぁ。優しい声。丁寧に話してくださる時も素敵だし、不機嫌そうでも頼もしいのに、どうしよう。これはちょっと、本当に、どうしようかしら)


 プリムローズは、この大柄な銀色の魔法使いがついていてくれたなら、何でも出来るような気がした。


お読みいただきありがとうございます

続きます

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