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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第五章、植物園の鼠

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49/80

49、姫と魔法使いは町の噂を集める

 お菓子屋を離れてもまだしばらく小店が並ぶ。道々フォレストは声をかけられる。いつものことだ。


「昨日の鼠、どうなったんだい」

「魔法使いだったぜ」

「捕まえたのか」

「捕まえた」

「前にも見かけたって聞いたよ?」

「どこでだ?」

「さて、どこだったかねえ」


 星乙女亭と同じようなテラス席のある店もあった。その店は、木片を鱗のように重ねた鎧戸を開け放ち、店内にも太陽を取り込んでいる。


「ここは朝からやっているのね」

「軽食と飲み物を売ってるんだ」

「ずいぶんと賑わってるわ」

「いつもはこれほどじゃあねえな」

「見かけない服や髪型が多いわね」

「流石だな、リム」

「外国の人かしら」

「多分な。旅の途中だろうぜ」


 テラスに座った旅行者たちは、始源祭に来た観光客だろうか。エイプリルヒル王国では見かけない、ビーズ刺繍のベルトをした男性がレモンソーダを飲んでいる。城下町では一般的ではない、木彫りの指輪を嵌めた夫婦がお茶を飲んでいる。


 髪の毛は長く伸ばす人が多いこの国だが、テラス席には肩口で切り揃えて下ろした男女も見られた。炙った肉に卵と果物を添えた木皿を前に談笑する若者は、空いた椅子に異国の楽器を置いている。


 彼らはみな、のんびりとお喋りをしながら窓辺の花を愛でるなどしている。城下町の住民や行商人には見えない。旅芸人が束の間の贅沢をしているのかもしれない。あるいは日々の仕事から解放されて、旅を楽しんでいるのだろう。



「あらフォレストさん!なんかあったのかい?」


 ちょうどテラス席にやってきたインク職人のおばさんが、気軽な調子で聞いてくる。


「植物園で妙な事が起きてるらしい」

「ああ!例の呪いかい」

「呪い?」

「呪いだろ?違うのかい?葉っぱや幹にガイコツの模様が浮き出たり、木が怪物の姿に変わっちまったりしてさ」

「おばちゃん、見たのかよ?」

「見てないけどさ、お客さんに植物園や資料館の人がいるんだよ」

「へえ」

「それがさあ、植物園には呪われるような覚えがないんだって。みんな仲良くてさ、ご近所ともうまくやってるんだ」

「ふうん」


 エイプリルヒル城下町をぐるりと囲う壁がある。外部へと開く門は2箇所。1箇所は苔桃谷を訪ねた時に通った、森へと導く草原の道に繋がる門だ。もう1箇所の門は、近くに植物園と歴史資料館がある。どちらも王城にある公共施設の分館だ。


 施設長だけは王城内の居住地区から馬車で通ってくる。それ以外の職員は城下町の住宅街に居る。部屋を借りている独身者もいれば、家族住まいの者もある。


「町のもんとも揉めたりしないよ」


 城下町で影響力のあるいわゆる町っ子ともトラブルはないという。そうは言っても、影で疑い合ってるかもしれない。見えないところで怨みがつのれば、呪いに手を出すこともあるだろう。


「なんにせよ、見てからだな」

「フォレストさん、ちゃちゃっと解決しとくれよ」

「やってみるよ」

「頼んだよ」


 フォレストは軽く片手を上げる。おばちゃんも手を振って、店内からテラス席へと出てきた店員に注文を始めた。



 商業地区を抜けて、公共施設の職員たちが住まう家々の前に差し掛かる。建物はゆったりとして静かだ。窓辺には鉄の鉢受けが取り付けられていた。石造りの灰色の街に、春の花々が明るい色合いを添えている。


 風に乗って微かに聞こえる楽の音は、流れる雲を目指して空高く昇ってゆく。烏に揶揄われたらしいどこかの犬が、怒りのあまり吠え立てている。石壁の向こうからは、昼食を用意する美味しそうな匂いが流れてくる。


「この辺りは静かね」

「リム、このへん初めてか」

「ええ、来たことないわ」

「この時期は毎年、賑わうんだけどな」

「噂のせいかしら?」

「呪いって説もあったからなあ」


 通りをちょこちょこと黒猫が横切る。尻尾が鍵の手に曲がった痩せ猫だ。手足も細く、手先は少し尖っている。魔法生物ではない普通の猫だ。人の足音に慣れていないのか、酷く慌てて建物の隙間に逃げ込んだ。



 商業地区で拾えた噂は、この界隈に住む人から聞いたものが殆どだった。植物園や資料館へは紹介状がなければ入れない。普段なら、取引先の親戚や職員の友達経由で訪問を果たす人もいる。特に花盛りのこの時期は、植物園の人気が高い。


 だが、今は噂のせいで希望者が激減しているらしい。植物園に興味がある人は噂を聞いている。噂を知らない人は植物園に興味がない。商業地区では、実際に異変があった植物や紫色の鼠を見た人が見つからなかった。結局は実際に現地を踏んで確かめることになる。


「チカチカはここまで来ないんだな」


 フォレストは、淡々と前を歩む植物園職員の背中に声をかける。いま通り過ぎようとしている区画では、長閑な春の陽が家々に降り注いでいた。


「ええ。もう少し降りていきますと、どぎつい光が見え始めますよ」


 それまで真っ直ぐ下りてきた町の門へと続く坂は、いつしか緩やかにカーブする。知らず知らずに曲がってゆくと、やがて折り返し地点を過ぎた。


「あ」


 プリムローズは、小さな声を漏らして目を瞑る。点滅が見え始めたのだ。フォレストはすかさず何か呟いて、姫の瞼にキスをした。


「ありがとう、もう眩しくないわ」

「覚える時には解くからな」

「ええ、そうしてね」


 真夏の照り返しから目を守るという、単純で一時的な魔法である。一般の魔法使いなら杖と長い呪文が必要だ。そして、キスをする必要は全くない。そもそも触れずに掛けられる、初歩的な魔法である。


 魔法の中には、触れることで掛かるものもある。触れる場所や方法が決まっているものも存在する。だが、この魔法は違う。フォレストは、単にキスをしたかっただけである。今のところプリムローズはその事実を知らないが、知ったところで喜ぶだけだ。特に問題はない。



 全身をまだらに明滅させながら、3人は坂を下りきる。アーモンドの生垣で雲のように重なる花は、仄かな底紅で少女の初恋を思わせる。蜜蜂が忙しく働き、蝶が戯れあそぶ。蜂鳥も蜜を吸うために、ブーンという音を響かせて滞空している。


 そうした全てが黄色や青のどぎつい水玉で彩色されてしまっていた。どこにも癒しはない。本来なら、あの手この手で手に入れた招待状を握りしめた観光客が、大威張りで詰めかけている季節である。住宅街と同じように、植物園もシンとして寂しい。


「着きました」


 フォレストでも見上げるほどの鉄門は、貴族の馬車がそのまま入れる幅がある。エイプリルヒル王国を象徴する星乙女と森を鋼鉄細工で表現した華麗な門だ。柱は頑丈な石造りで、その脇には簡素な木の通用門がある。門の内側には門番小屋も見えた。


「フォレストさんです」


 扉に下がった円形で平たい木の板を、案内してきた職員が付属の木槌で叩く。


「今開けます」


 門番小屋から首を伸ばして外を伺う係員が、愛想笑いで引っ込んだ。しばらく待つと、通用門が軋んで開く。


「園長は事務所です」

「ご案内致します」



 案内役は引き続き迎えにきた青年だ。広大な園内の外周を、満開のアーモンド並木に沿って歩く。プリムローズの金の巻き毛にひらりと花びらが止まった。


「似合うな」


 フォレストは大きな指で白い花びらをつまむ。


「そのままでもいいくらいだな」

「ふふっ、自然に落ちるまではつけておこうかしら」

「またつけるか?」

「また落ちてくるわよ」

「そうだな」


 フォレストは、プリムローズから取った花びらに口付ける。プリムローズは頬を染めてフォレストの腕に指をかけた。2人は視線を交わし、花びらの降る花枝を見上げた。


「チカチカさえなければねえ」

「絵の具をこぼしたみたいだな」

「ふふっ、そうね」


 城下町では絵の具は珍しい物なのだが、フォレストはティムやストロウ師匠が使うのを見た事がある。子供の頃に、ストロウ師匠が絵の具をこぼしてしまったのを目撃したのだ。

 プリムローズは肖像画を描いてもらう時に見た。こぼすところは見ていないが、画家のパレットについたシミを思い出す。


 並木道を曲がると、木々の間に二階建ての事務所が見えてきた。外周区域は点滅が届くだけで、目立った変化の起きた植物はなさそうだ。アーモンドの根元には、矢車菊が鮮やかな青を集めている。ここにももれなく点滅する斑点が襲う。



 木製の階段を数段登り、細長く白いドアを潜る。資材搬入の都合があるからなのか、通用門でも事務所の入り口でもフォレストは縮こまらずに済んでいる。それだけで大男は機嫌が良い。


 ドアを入ってすぐの応接室で、植物園長が出迎える。


「相談屋さん、今日はよろしくお願いします」


 フォレストは黙って頭を下げる。簡単に料金の相談だけすると、お茶は断って園内の検分に移る。


「早速、異変が起きた植物を見せてください」

「わかりました」


 園長と共に事務所を出ると、フォレストとプリムローズは驢馬の引く簡易車輌に乗せられる。植物園は広大である。お城よりはかなり狭いが、少なくとも徒歩だけで歩き回るには広すぎた。



 道中ずっと点滅する極彩色に曝されながら、ガタゴトゆれる驢馬車に運ばれてゆく。丈の低い野草、茎の長い薬草、黄色い花の咲く灌木、香りの高い白い花をつけた蔓草。騒動が無事解決したら改めて観に来たい、とプリムローズは思った。


「これが最初の被害植物ですね」


 園長さんが驢馬車を停めて示すのは、大白鷲草(おおしろわしそう)という植物だ。地面から太い茎が生え、シダのような白い葉を茂らせる。この葉っぱの形が、苔桃谷(クランベリーデイル)の向こうに生息する大白鷲という鳥の羽に似ているのだ。


 花は冬に咲き小ぶりで黄色く、猛禽の眼に似ている。この植物の櫛歯状に並ぶ大きな葉に髑髏のような形のシミが浮き出ていた。


「紫っぽいのね」

「この色は、出来た時からですか?」

「はい、気づいたときから変わってません」

「シミの数が増えたり減ったりも?」

「してませんね」

「シミの大きさは」

「それも同じままです」


 髑髏のシミは濃い紫色に並んで、おどろおどろしく虚空を睨む。植物の手前には説明書きの立て看板が設置されている。それによると、この植物は、名前の元となった鳥と同じくクランベリーデイルの向こうに聳える星乙女山が原生地だ。


「このシミが出来る前に、紫色の鼠が出たそうですが」


 フォレストは噂の確認を始める。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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