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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第五章、植物園の鼠

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48、プリムローズ植物園へ

 フォレストとプリムローズが万魔法相談所の一階カウンターでうつらうつらしていると、入り口のドアがノックされた。このドアは施錠していない時でも自由な出入りが出来ない。物理と魔法の二段階セキュリティである。


 ティムは特別な友達で、物理錠が開いていれば自由にドアを通れる。プリムローズは助手なので出入りは思うままに出来る。だが、一般の人々は魔法のセンサーに阻まれるのだ。相談所に入るためにはノックが必要だ。また、物理錠が閉まっていれば休業なので、フォレストはそもそも対応しない。



「レシィ、お客さま?」

「そうらしいな」


 フォレストは魔法でドアの外を探る。相手に害意がないことを確認しているのだ。


「植物園の人かしら?」

「さあな」


 フォレストは、ベルトバックルで留めた濃紺のブーツを乱暴に鳴らして入り口ドアに向かう。ガチャリとドアを開けば、ぱっとしない丸顔の青年が立っていた。髪は短く刈り込んだ暗色で、目は平凡な焦茶色だ。肌は日に焼けて浅黒い。服装は粗末な麻の上下だ。靴は袋に紐穴を開けたような革の編み上げ靴である。


「こんにちは」

「いらっしゃい」

「フォレストさんですか」

「はい」


 フォレストは接客モードに切り替わる。プリムローズは大人しく後ろに控えている。


「不思議なことの相談に乗ってくださると聞いてきました」

「魔法に関することなら、大抵お役に立てるかと存じます」

「植物園で異変が起きているのはご存知ですか」

「噂だけ」

「魔法じゃないかと思うんですが、植物がおかしな状態になっているんです」


 言いながら青年は室内に入る。


「あの、私、城下町にある植物園に勤めておりまして」


 フォレストは大きな体の向きを変えて、青年が通るのを待つ。ドアを閉めると表通りの喧騒がほとんど止んだ。完全な防音はかえって危険なのだ、というフォレストの持論により僅かに聞こえるような仕組みになっている。



 青年はカウンターと入り口の間くらいで、所在なげに立ち止まる。カウンターには、先ほどまで2人がそれぞれに座っていた籠椅子がある。だが、これまで万魔法相談所では、用件は入り口付近での立ち話で済ませていた。フォレストには、依頼人に椅子を出すという発想がない。


 そもそも、魔法に関わる相談事は話を聞いただけでは埒が開かない。実際に問題が起きている現場を見る必要がある。爪が喋り出したとか、背中に花が生えたとか、その花には無数の血走った目がついているとか、依頼人の体に直接変化が起きている場合は別だが。


「万魔法相談所に相談したらどうかと勧められまして」


 青年はおずおずと語る。フォレストはいつもの不機嫌そうな顔をしている。青年は中肉中背である。小山のような大男が眉間に皺を寄せて見下ろしてくるのだ。脅えないほうがおかしい。


「園長に相談しましたところ、とにかく話だけでも聞いてくるようにと言われましてね」


 青年は、一生懸命上を見上げる。フォレストは黙って聞いている。プリムローズは成り行きを見守っている。プリムローズも愛らしい顔立ちではあるが、すましていると冷たく見える美しい人にありがちな、傲慢な態度に勘違いされる状態だ。


「それで、異変の調査はお願いできますでしょうか」


 青年がごくりと唾を飲み込む。フォレストは厳かに頷いた。


「まずは現場を見ないことには」

「いつ頃来ていただけますか」

「そちらがよろしければ、今からでも」

「願ってもないことにございます!」


 青年がほっとして全身の力を抜く。案外幼い顔をしている。今しがたまでは緊張して強張っていた。力が入って実際よりも歳上に見えていたのだ。気が緩むと共に若さが表に現れてきた。


「リムもいいか?」

「ええ」

「では、ご案内致します」


 青年は張り切って先に立つ。フォレストへの信頼は絶大だ。今まで直接関わることがなくても、大魔法使いという肩書きひとつで鉄壁の信頼を得ることが出来た。



 フォレストは道すがらの調査も兼ねて、青年の後を普通に歩いてゆく。扉の魔法や空を飛んでの近道は使わず、坂の多い城下町を郊外の方向へと降る。


 脇道には階段があるが、表通りは坂になってなだらかな丘と平原をつなぐ。大きめの石が不規則に並ぶ道だが、敷石の間には雑草も塵も見えない。王宮直属の街路清掃員は、今日もしっかりと務めを果たしたようだ。


 昼前のこの時間、清掃員の姿は見えない。どこかで休憩しているのだろう。フォレストもつい最近までは彼らの一員だった。清潔に保たれた街路を見ると、誇らしい気持ちになるのだった。


「植物園は平原近くにありますから、かなり歩きます」


 そう言って植物園の青年は、プリムローズの足元をチラリと見る。菫色をした小さな繻子の靴だ。光沢のある爪先には、銀と透明のビーズを露のように置く。


「おふたりも来ていただくのは申し訳ないです」


 青年は遠慮がちに申し出る。


「フォレストさんにお願いできれば、大丈夫ですので」


 フォレストの眉がくっつきそうなほどに寄る。



「事務所のお仕事もおありでしょうし、ご迷惑おかけするのもなんですから」


 青年は何とかして足手まとい風なドレスの少女を帰そうとする。


「植物園、足元悪いですし、虫もでますし、においが苦手な方も」

「チッ!」


 フォレストが苛立つ。


「話はとにかく現場ついてからでお願いします」


 それでも相手は王立植物園の正規職員なので、フォレストも礼儀は守る。


「はあ、私は良いんですけど。お靴が汚れるんじゃないかと心配で」


 フォレストはとうとう青年を睨んだ。菫色の瞳がギョロリと動き、深い眼窩の底からゆらゆらと怒りが立ち昇る。プリムローズは大魔法使いである。アーモンドの形をした虹色ブローチもしっかりと襟につけている。


 フォレストが身につけているような、豪華なマントはまだ届いていない。だが、魔法使いの証はマントではない。アーモンドの花を象るブローチである。


「いや、その、はは」


 青年は理解したわけではないが、フォレストを怒らせてはいけないだろうと判断した。


「まだちょっとあります」


 誤魔化すようにそういうと、青年は道を急ぐ。やり取りを聞いていたプリムローズはちょっと口を曲げた。



 プリムローズはフォレストのマントをちょんちょんとひっぱる。フォレストは身体を傾けてプリムローズを見た。


「ん?」

「レシィ、この方失礼だわ。後からあんなこと仰って」


 フォレストは頷いた。プリムローズは不満に同意してもらって満足する。紫色の鼠については、どのみち調査するつもりだったのだ。もし本当に、桜草愛好家倶楽部と関係があるのなら、プリムローズは当事者である。


 案内の植物園職員はいけすかないが、植物園は自分の目で確かめたい。そんな落ち着かない気持ちが、フォレストの肯定ひとつで薄らいでゆく。その上フォレストは、マントの下から腕を伸ばしてプリムローズの手を握ってくれた。


(差し引き大幅プラスね)


 プリムローズはご機嫌でフォレストの大きな手を握り返す。植物園職員の青年は、最早後ろを振り向かずに進む。



「あっ、フォレストさん、お弟子ちゃん、調査かい」


 昨日隣のテーブルにいたおじさんが、準備中の焼き菓子屋の窓から首をだす。ちょうど、窓際の目立つ棚を飾り付けていたところらしい。


「こんにちは」

「昨日みたいな危ない騒ぎにならないといいな!」


 おじさんは、飴細工屋台の動物や鳥が暴れ出した騒ぎの目撃者だった。昨日はボヤ騒ぎまで起きたのである。プリムローズも心からそうならない事を祈った。


「そうね」

「だいち、紫色の鼠だなんて、気味が悪いよなあ」

「魔法生物だよな」


 フォレストが気さくに答える。


「相談所さんの出番だねえ」

「まあな」

「お弟子ちゃんも昨日はご活躍だったし、フォレストさんも心強いだろ」


 フォレストは嬉しそうに唇をむずむずと動かす。そして素早く首を縦に振った。


「見事だったなあ、2人してこう、サーっと猫になってさぁ」


 おじさんは手を止めず、焼き菓子を見栄え良く並べてゆく。足つきの銀色に光る菓子皿に、楕円形のベージュの菓子をピラミッド型に積む。ピラミッドを取り巻くようにして、小さな雲の形をした水色の菓子を不規則に置く。銀の皿の縁に沿ってリボンをいく筋か垂らす。台の上には、菓子の間に花の形をした砂糖菓子も配られる。



「お弟子ちゃん、フォレストさんと連携見事だったな!ぱっと押さえちゃってさあ」


 おじさんはやや興奮した声で続ける。話しながら、砂糖細工の妖精やてんとう虫を木のトレーに手際よく設置する。


「かっこよかったなあー、あれは」

「ありがとう」

「あ、引き留めちゃって悪かったな」

「いいのよ」

「帰りに寄るから雲形焼き12個取り置き頼む」

「はいよー、いってらっしゃい」



 雲形の焼き菓子は、人気商品だ。


「レシィ、12個も買うの?あれ相当甘いでしょ?」


 プリムローズは、雲形の焼き菓子を知っている。料理長のおじさんに作ってもらうことがあったのだ。ここの菓子店のオリジナルではなくて、エイプリルヒル伝統の菓子である。


 柔らかくもこもことした水色の皮の中に、粒々の果物ゼリーが散りばめられたクリームが閉じ込められている。皮も、ゼリーも、クリームも、何もかもが甘いのだ。場合によっては、皮の上から黄金色の飴が細くかけられている。それは、光や雨を表す。


 爽やかな見た目をもちながら、何もかもが甘いお菓子なのだ。料理長さんのレシピは上品だがやはり甘い。お城のデザートレシピとしてアレンジしたものでさえ、かなりの甘さだ。まして城下町のよく体を動かす人々むけの味なら、尚更に甘いことだろう。


「今日の昼はマーサさんも町に下りてくんだろ」

「えっ、マーサのぶんまで頼んでくれたの?」

「リムが世話んなってるからな」

「まあ、ありがとう」


 2人は微笑み交わす。


「みんなで食おうぜ」

「ええ」


 みんなとは、フォレストとプリムローズ、ティムにマーサの4人である。


「でも、ティムさんはマーサと2人きりがいいかもしれないけど」


 2人は食べ物のことで意気投合して、今日の昼は一緒に食べに行く約束をしていた。


「どうせ昼飯の帰りには、相談所に顔出すだろ」

「そう?」

「ティムはそういう奴だよ」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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