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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第五章、植物園の鼠

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45/80

45、姫と魔法使いは大衆食堂で噂を聞く

 プリムローズたちから少し離れたテーブルで呑んでいた青年に、合席となった新しい客が話しかけている。青年は飴細工屋台を開いていた人で、相客は恰幅の良いおじさんと丸い体型のおばさんだ。


「はは、なんとかなりましたっす」

「そうかい?魔法使いも酷い奴がいるねえ」

「苔桃谷の魔女といい、変な色の髪した奴は信用ならねえ」

「けどあいつ、お城務めらしいっすよ」

「本当かい?」

「あんな紫色の頭した奴がかい?」


 中年夫婦が疑わしそうな声を出す。


「そっす。役人が謝罪させに連れて来た時に名乗ってたっす」

「謝るだけじゃねえ」

「火事になったかもしれないってのに」

「お城務めが聞いて呆れるよ」

「本当だよ」


 魔法で暴れた飴細工の生き物たちは、火を使う屋台の火種をひっくり返したのだ。フォレストとプリムローズが消し止めなければ、始源祭会場のあちこちで火の手が上がっていただろう。


「そこは明日、フォレストさんにお礼しに行くっす」

「あっちにいるみたいだよ?」

「今は邪魔したくないんすよ」

「そうかい、まあ、そうだよな」


 飴細工屋は気の小さい男のようだ。プリムローズは金色の細眉をひそめて、フォレストの腕にそっと指先を触れる。



「ねえ、今の聞こえた?あの紫の人、お城の魔法使いですって?お見かけしたことないわ」

「紫頭?それ、桜草愛好家倶楽部のロックじゃないですか?」


 マーサが険しい顔をする。


「ん?誰それ?桜草愛好家倶楽部ってなあに?」

「わたくしも知らないわ」


 ティムは質問しながら、呑気にマーサの茹で豆に手を伸ばす。マーサは快く豆の皿をティムの方へと押しやる。


「エイプリルヒル王城には、姫様のファンクラブがあるんです」

「チッ、過激な連中なんだ」

「フォレストさんと姫様が婚約予定なのが気に入らないんですって」


 マーサはピクルスの残りを勢いよく齧って咳き込む。ティムは背中をさすって良いものか迷う。伸ばしかけた手が空中で止まった。プリムローズに求婚用の髪飾りを、うっかり挿してしまった時の失敗を思い出したのだ。


「ええー、余計なお世話だねぇ?」

「その通りですよ」

「2人見てたら、幸せな気持ちになるよぉー?」

「姫様のお決めになったことですのに」


 桜草愛好家倶楽部に敵認定されている銀色の大魔法使いは、全身で不快感を表す。最近フォレストは嫌がらせに遭っていた。

 魔法省の事務所で長時間待たされたり、悪質な悪戯をしたストーンを連行した時にお茶が出なかったり。フォレストが暴力的だとか、放蕩者だとかいう根も葉もない噂を流されたりもした。


 噂は、城の出入りの商人たちを通じて広められる。桜草愛好家倶楽部には、城下町から通いで勤めている下働きの者もいる。お陰で、フォレストを良く思っている人々からプリムローズは評判が悪い。直接関わった刺繍職人のジルーシャや人形作りのボブなどは別だが。


 末姫様を応援する筈のファンクラブなのに、まるっきり逆効果である。



「流石に足をかけたり物を投げたりはねぇけどな」

「レシィにそんなことしても無意味だねー」

「連中もそれくらいは分かるみてぇだぜ」

「私を口実にしてレシィに嫌がらせをするなんて、酷すぎるわ」


 プリムローズは当事者なのに、愛好家倶楽部の存在を知らないようだ。



「そんなことをしているくせに、姫様の桜草紋に因んで、桜草愛好家倶楽部というんですよ」

「へえー、プリムちゃん人気者だねえ。可愛いもんね。町にもあったら僕も入っちゃうなあ」

「陰ながら応援するだけなら良いんですけどね」

「レシィを悪く言うなんて、許せないわ」


 プリムローズはお冠である。


「プリムちゃんがやめてって言ったら?」

「余計過激になりそうですよ」

「えー、何それ?もう処罰しちゃえばぁー?」

「ティム、時々強いな」

「それか、お城の仕事やめちゃいなよ、レシィ」

「そうは言ってもなあ」

「悪いのは桜草愛好家倶楽部だけですからね」


 プリムローズはため息をつく。フォレストはいらいらと舌打ちをする。


「普通のファンはやめていって、今は殆ど過激派しか残っていないのかもしれません」


 マーサは腹に据えかねるという様子で大きなジョッキでエールを煽る。


「あ、マーサ、そんな一気に呑んで大丈夫ー?」


 ティムが焦る。


「ティモシーさんの仰る通り、処罰でも粛清でも出来たらいいのに!」


 マーサはごくごく呑む合間に息巻く。


「会長に会ってみたらどうかなあー?」

「誰が誰と会うんですか?会長と姫様を会わせるとか言い出すんじゃあないでしょうね?そんな過激な団体の親玉と、姫様を、会わせるなんて!」


 マーサの剣幕にティムがたじろぐ。マーサはまたぐびっと煽る。ティムは半笑いでちびちび呑む。


「レシィとプリムちゃん2人でさあ?あと、王様にも同席して貰ったらいいんじゃないかな?」


 マーサがダーン!と音を立ててジョッキを置いた。


「ティモシーしゃんっ!流石れす!冴えてるッ」

「え、マーサ、大丈夫?」


 先程まで淡々と呑んでいたマーサが、いきなり怪しい呂律で管を巻き出した。やはり頭に血が昇ってペースを上げたのが良くなかったらしい。


「お水ひとつくださーい」

「はーい」


 ティムは心配そうにマーサを見る。


「酔ってましぇんよッ!奴らに鉄槌をくだすまれは、酔っぱらってなんか、いらえましぇんッ」

「や、落ち着いて、マーサ、ね?プリムちゃん、王様にも相談してみたら?そしたらマーサも安心でしょ?」

「ロック!あの紫ピアスめぇー!」

「そういえばあのひと、顔中に金属や色石つけてたわね」

「チッ、悪趣味だな」


 ティムはふと泡酒を呑む手を止める。


「あれ?会ったのー?紫髪君と」

「ティム、飴屋の騒動見てなかったのか?」

「何かあったのー?桜草愛好家倶楽部と関係ある?」

「あ、いや、昼間祭りでちょっとした騒動があってよ、犯人がその紫頭だったんだ」

「わたくしたちで捕まえたのよ」

「姫様っ!流石れす!レシィさんも!流石姫しゃまのおししょしゃまー」


 プリムローズは顎を反らし、フォレストは軽く金の巻き毛を撫でる。マーサはちょっとご機嫌になり、エールのおかわりを頼んでティムを困らせている。銀波魚(ぎんなみうお)の唐揚げも追加した。到着した水は美味しそうに飲み干すと、足取りはしっかりとして席を立つ。


「ちょっと席を外しましゅねぇー」

「マーサ、途中までついてく?」

「ティモシーさん!デリカシー!アウッ!メッ!」

「ええぇ」

「だめれすよー、れでぇに着いてまわっちゃあぁ」

「ああもう、心配だなぁー」

「へへー」



 マーサはにこにこしながらテーブルを縫って行く。プリムローズが手柄を立てたので嬉しいのだ。


「あんなにこにこ可愛い顔して、変な人に声かけられないかなぁー」

「マーサは普通の女性ですものね。ちょっと心配ね」


 何かがあっても、マーサには抵抗する手段がない。武芸の心得もなければ魔法使いでもないのだ。護身術すら知らない、普通の貴族令嬢である。


 フォレストは、星乙女炭酸水が入ったジョッキの取手から指先を少しだけ浮かす。不機嫌そうに眉を寄せたまま、大魔法使いは何か早口で呟く。


「安全の魔法ね?レシィありがとう」

「流石だなぁ」

「ティムの祝福で十分だけどな」


 夕方にティムとマーサが交換した「星乙女の祝福」のことである。魔法使いによる真心からの祝福だ。しかもティムの実力だと、効果は永続である。この先一生、マーサには幸運が続く。


「でも心配だよー」

「チッ、仕方ねえな」


 フォレストも、好きな子が心配な気持ちはよくわかる。友達が安心してくれるなら、ちょっとした魔法くらいお安い御用だ。



 一息ついて、ティムは話題を戻す。


「それでプリムちゃん、大丈夫だったのー?そのロックって言う人。レシィも何もされなかったぁ?その人、魔法使いなんでしょうー?」

「俺たちは特に」

「屋台を荒らしたのよ。面白いからですって」

「んんー?レシィとプリムちゃんが一緒にいたのに、それだけぇ?会ったのに?何にも言われなかったぁ?」


 ティムは首を捻る。


「ファンなんでしょう?その人、プリムちゃんのー」

「マーサの記憶が確かなら、そうみたいね」

「変じゃなぁい?話をしたがったり、会えて嬉しそうだったり、逆にプリムちゃんを攻撃してきたり、そういうの、全然なかったのー?」

「確かに妙だな」


 フォレストは眉間に皺を寄せる。


「でしょー?桜草愛好家倶楽部って、何がしたいんだろうねぇー」

「ティムの言う通り、直接会長から話を聞くのもいいかもな」

「嘘つくかもしれないけどぉ、一度会ってみるのはいいと思うんだよねぇ」



「昼間の飴屋で起きた騒ぎの話かい」

「植物園にも、紫色の鼠が出たらしいぜ」


 隣のテーブルから、職人風のおじさんが話しかけてきた。


「植物園にー?今日?」

「いや、少し前だ」

「その話知ってるよ。友達が植物園で働いててさ」


そのテーブルから、別の人も会話に加わる。


「何があったの?走り回っただけじゃあないんでしょう?」

「そうなんだよ」


 隣の人は身を乗り出す。


「そいつが出た後は、何かしら植物がおかしくなるんだ。紫の鼠は、けっこう前からちょろちょろしだしたんだって。」

「通報した?」

「たぶんしてないよ。怪しんではいるんだろうけど、証拠もないし」

「今日の騒ぎが起こるまで、魔法使いだなんて分かんなかっただろうしなぁ」


 フォレストは興味を示して眼光を鋭くする。


「植物がおかしくなるって、どんな風になるんだ?」

「私は聞いただけなんだけどさ、どぎつい色になって枯れたり、御伽噺の魔物みたいな形に捩れたり、ドクロみたいな模様が浮き出したり、普通の病気じゃ見たことがない症状を引き起こすらしいよ」

「まあ、植物がかわいそうね」

「酷いことするもんだねぇー」

「チッ、ろくでもねぇな」


 そこへ、反対側の隣りからも証言が寄せられる。


「植物園なら、昨日から大騒ぎだよ」

「また紫の鼠?」

「そうらしい。紫色の鼠が出たあとで、蓮池の葉っぱが一斉にチカチカし始めたんだ」

「チカチカするって?」

「点滅してんだ」


 隣の人は、実際に見たらしい。プリムローズはデザートのシャーベットを掬いながら熱心に聞いている。マーサも戻ってきた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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