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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第四章、始源祭

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44、姫と魔法使いは限定おまけを手に入れる

 マーサの心配は的外れだった。プリムローズは恐ろしいまでのスピードで数多の魔法を身につけてゆく。あらゆる毒を防ぐ魔法も習得済みだ。この魔法は、身体を害する物質が一切効かなくなるのである。


 プリムローズの力では、数時間効果が続く。始源祭では念のため2回ほど重ねがけをしていた。フォレストなら一度かければ永続なのだが、これも練習のために姫は自分で施したのだった。



 庶民の食事を愉しむ姫の口元を見て目尻を下げたフォレストも、緑色の丸い豆を摘んだ。緑の豆はそれなりに大きいが、フォレストの指に挟まれると隠れてしまう。


(逞しい指ね)


 フォレストは姫の細く白い指が紫色の豆を摘んで、ふっくらと艶やかな唇に添えられている様子を眺める。


(指の白さが際立つな)


 2人は互いの指を愛でながら、黙って豆を食んでいた。マーサは黙々と酒を呑む。なんとなく居心地が悪そうだ。ティムはまだかと入り口を見れば、果たして茶色い頭が柔らかな髪を揺らしていた。マーサは大きく手を振った。


「ティモシーさんが来ました」

「早かったな」


 マーサの言葉に2人とも入り口へと振り向く。ティムはマーサに応えて手を振りかえす。



「星乙女エールと定食ちょうだーい」


 ティムは、向こうに見える給仕の背中に叫ぶ。フォレストたちのテーブルに辿り着くまでに、今夜のメニューをあらかた把握していたのだ。頼み方も慣れていて、プリムローズは感心してしまう。こんなふうに注文するから、店内は余計に賑やかなのだ。


「びっくりするでしょう?みんな大きい声で」


 ティムは、マーサの隣に座るなりプリムローズににこにこと語りかける。


「大人しく席で待ってませんしね」

「ねー。立ち上がって頼みに行っちゃう人もいるもんねぇ」

「テーブル席の団体で来てるくせに、カウンターまで全員分飲み物頼みに行って、待ってる間はそこで飲み始めちゃう人もいますね」

「せっかちだよねぇ」

「活気があって楽しいわ」


 プリムローズは心から楽しんでいる。好奇心に燃える緑の瞳をフォレストは満足そうに見つめた。



「あ、プレート頼んだんだね」


 始源祭限定メニューの星乙女プレートが運ばれてきた。料理が盛り付けられた木製トレーの真ん中に、親指用刺繍指貫(シンブル)が置いてある。革に抽象化した星乙女が描かれた簡素な品ながら、実用にも耐える出来だった。


「可愛い」

「持って帰ってもいいんですよ」

「まあ、いただけるの?」

「貰える」


 限定メニューの星乙女プレートは、おまけつきだったのである。当然ながらコレクターがいる。


「マーサはこれ、集めてないのぉ?」


 マーサがプレートを頼んでいないと見て、ティムが意外そうな顔をする。


「何でもかんでも集めるわけじゃありませんよ」

「そうなんだぁ」

「毎年デザインが違うんだぜ」


(集めてるのね?レシィ可愛い)


 フォレストの得意そうな様子を見て、プリムローズは自ずと微笑む。マーサはフォレストに対するイメージがだいぶ変わったようだ。



「フォレストさん、集めてらっしゃるんですか?」

「集めてる」

「大事にしまってあるの?」


 少なくとも、フォレストの部屋や万魔法相談所で見えるところには飾っていない。


「ああ。今度見るか?」

「ええ、見せて」

「いちばん古いやつは師匠(せんせい)から貰ったんだけど、いつのやつか解らねえくらい古いぜ」

「まあ、手入れが大変そうね」


 指貫は革製品である。きちんと手入れをしないとすぐにボロボロになってしまう。


「保存の魔法がかけてあるから」

「お師様、おいくつだったかしら」

「全く解らねえ」

「見た目は40代だけどねぇ。初めて会った時からもう10年以上ずっとそうだし、魔法使いだからねー」

「じゃあ、指貫もいつの物か、見当がつかないわね」

「この食堂が出来たのは200年くらい前ですね」


 マーサが違う観点から推理する。 


「その頃はまだ、この上の石段は無かったと聞いています。丘の麓で小さな木造小屋の食堂兼宿屋を営んでいたそうです。街が大きくなって石段ができた頃、宿屋は辞めてしまったとのことですよ」


 マーサは星乙女亭の歴史を語る。


「始源祭は城下町ができて以来ですし、お祭りの特別メニューは食堂の開業からずっとあります。ですから、いちばん古くて200年前のものですね。他のコレクターに聞けば、もう少し詳しく解るかもしれません」


 プリムローズはフォレストを見上げて訊ねる。


「レシィ、他のコレクター知ってる?」

「いや」

「探してみれば?」

「それも面白ぇな」


 ティムはマーサの知識に感嘆の眼を向ける。


「良く知ってるねぇ。マーサはエイプリルヒル城下町出身なのぉ?」

「いえ、城内居住区出身です」

「えー、お貴族様かぁ」


 ティムがしょぼんと肩を落とす。外国人で、しかも小さな商店出身のティムは、マーサと釣り合わないと思ったのだ。ティムの膨らみ始めた恋心は、花開く前に摘み取られそうである。


「父はしがない文書係の伯爵でございますよ。透明ブローチの魔法使い様の足元にも及ばぬ身の上にございます」

「魔法使いは身分の(そと)だけどねえ」


 マーサは、まだティムの気持ちを受け取るつもりはないが、いつも明るいティムのしょぼくれた様子を見るのは忍びない。そこで元気づけようとするが、失敗してしまった。


「お側役はみんな城内居住区出身の貴族よ」

「お城では下働きでも、貴族の推薦がないと働けませんよ」

「へえー。魔法使いにすごく寛容なのに、普通の人間には厳しいんだねえ」


 フォレストも眉根を寄せる。ティムもフォレストも、年若くとも一流の魔法使いになってからエイプリルヒル王国へとやってきた。彼等は、魔法使いにとって住みやすい国としてこの国を捉えていた。


 実際には偏見を持つ人も居るが、それでも他国よりはまし。だから、国全体が他人に寛容だと思い込んでいたのだ。働くにしても、魔法使いは年齢も身分も出身も不問だ。



「厳しいというより、真面目なんですよ」


 マーサは弁解する。祖国を悪く言われるのは嫌なのだ。


「怪しい人が入り込んで、姫様や王家の方々が危ない目にお会いになるのは、困りますもの」

「んー?魔法使い、怪しまれるけどねぇ」

「魔法使いの方々も、師匠から身元を保証されますでしょ」

「うん、それはそうだけどね」


 ティムは歯切れが悪い。


「でもねぇ、魔法使いの保証するのって、この人は魔法使いですよ、ってことだけなんだよねぇー」


 マーサは絶句する。プリムローズはハッとした。


「あら、そういえばそうね」


 姫は改めて認可試験を思い出す。


「レシィとティムが魔法使いとしての後見人になってくだすったけど、申請書類に私が何者か書くとこも、それを証明する書類の提出もなかったわ」


 魔法使いとしてのプリムローズは、「大魔法使い、エイプリルヒルのプリムローズ」に過ぎない。エイプリルヒル王国の末姫であるかどうかは、魔法使いとしての身分に全く関係がないのだ。


「でしょう?魔法使いって、それだけで怪しい存在なんだよー」


 ティムは何故か自慢そうに胸を反らせて、にへらと笑う。


「チッ、どうでもいいだろ」


 フォレストはぐいと星乙女炭酸水を飲み下す。ハーブとレモンで藍色に色づく炭酸ジュースである。爽やかでほんのり甘く、プリムローズも気に入った。そこへティムのエールが到着した。


「そうですね。乾杯しますか」

「うん、乾杯しよう」


 ティムは気を取り直してふにゃんと笑うと、ジョッキを掲げて良い声を張り上げた。


「栄えあれ、エイプリルヒル!誉れあれ、星乙女!星降らせ、夜の街!幸せ降らせ、星乙女!いざ盃を高く掲げて、」


 ティムの声は魔法を孕んで星乙女亭の高い天井に反響した。食堂の騒めきがひととき止んで、人々がガタガタと立ち上がる。子供までジュースのコップを掲げ始めた。


「乾杯、乾杯!星降らせ、幸せ降らせ、始源祭おめでとう!星乙女万歳!エイプリルヒルよ永遠に!乾杯!!!」


 その場にいた皆が声を揃えて唱和する。プリムローズは文言を知らなかった。だから、黙ってコップを高く上げた。フォレストが幸せそうにプリムローズの肩に腕を回す。


 最後の一際高らかな乾杯の声を合図に、フォレストは先ず恋人に口付けをした。それから一息で杯に残っていた炭酸飲料を開けた。プリムローズも頑張って炭酸を飲み干す。



 周囲の夫婦や恋人たちも、互いにキスを交わしてから杯を空けていた。どうやら始源祭の伝統らしい。星乙女の幸せと呼ばれる頭へのキスと似た習慣だ。


「ふふっ、幸せね」


 プリムローズとフォレストが視線を交わす。


「へへっ、今夜は城下町中が幸せに溢れているんだよー」


 ティムはプリムローズに説明しながらも、緩んだ顔をマーサに向けた。元気を取り戻したティムを見て、マーサもほっと笑顔になった。


「前から思ってたんですけど」


 マーサが気楽な口調でティムに言う。


「ティモシーさんて、いい声ですよね」

「ええー、ありがとう」

「確かにそうだな」

「そうね、乾杯の音頭もとってもよく響いてたわ」


 フォレストは肯定し、プリムローズも同意した。


「それに、ティモシーさんの声は、なんだかホッとするんです」

「ほんとっ?マーサ、僕の声好き?」


 ティムはずいっとマーサに近づく。


「ええ、なんでしょう、ティモシーさんの声を聞いていると、悩みなんか消えちゃうんですよ」

「そうねえ。気が抜けちゃうわ」


 ティムは少々不満なようだ。苦笑いである。


「ティムは図々しいからな」

「レシィに言われたくないよう」

「魔法使いなんてそんなもんだよな」

「あはは、プリムちゃんも?」

「まあ、だいたいはそんな感じだよな?」

「ええっ、酷いわ」


 プリムローズは、図々しいと言われて憤慨する。マーサも目を吊り上げた。ティムは面白がって笑い出す。


「なんですって?姫様が図々しいっておっしゃいました?」

「あははー。マーサ怖いよ。自由って意味だよ?」

「そうですかあ?」

「そうだよう、ははっ怖い怖い、可愛いなあ」

「はっ?なんですか?いきなり」


 ティムがゲラゲラ笑い出す。マーサは赤くなってジョッキを口に運ぶ。


「ふふふ」



 釣られて笑うプリムローズの耳には、思いがけない会話が飛び込んできた。


「おー、飴屋の兄さんじゃねえか」

「ども、始源祭おめでとうっす」

「おう、おめでとうな」

「おめでとう、あんた大変だったねえ」


 思わず声の方を見ると、飴細工屋台の主に夫婦者らしき中年が話しかけていた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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