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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第四章、始源祭

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43/80

43、祭りの夜

 フォレストとプリムローズは、大小のテーブルを通り過ぎてマーサのところへ辿り着く。壁際にある4人掛けのテーブルだった。2人は当然のように隣り合わせて座る。


「マーサ!」

「失礼してお先にいただいております」


 始源祭の夜に、注文は連れが来てからというのは憚られる。マーサは酢漬けの野菜を摘みながら、金の泡酒を呑んでいた。エイプリルヒルでは飲酒制限はないが、慣例として16歳から解禁となる。夜会への参加も16歳からだ。


「どんなものがあるのかしら」

「いらっしゃい」


 プリムローズが星乙女亭の賑わいを見回していると、笑顔が眩しい娘さんがやってきた。


「今夜のお勧めは何と言っても始源祭の特別メニュー」


 娘さんは歌うように説明を始める。


「星乙女プレートに星乙女エール、星空炭酸水に森のムース、精霊のハーブティー」

「今年のプレートは何が乗ってるんだ?」

「丸芋の挽肉団子、子羊の木の実焼き、フレッシュハーブのサラダ、デザートには銀色葡萄のシャーベットだよ」

「他のメニューは?」

「定食は、鮪のフリット、サラダとパンにスープつきだよ。」

「今夜は単品料理やってるのか?」

「ピクルス、茹で豆、サラミとチーズの盛り合わせ、城下町名物の星鳩(ほしばと)のテリーヌ、それから銀波魚(ぎんなみうお)の唐揚げがあるよ」

「鳩を食べるの?」


 プリムローズは目を丸くする。


「ああ、お客さん、旅の方?星鳩は鳩じゃないんだよ。鳩に似た鳴き声をだすけど、大きさは鴨くらい。藍色の羽に白い斑点が星みたいに散ってるんだ。肉は臭みがなくて柔らかいよ」

「食ってみるか?」

「プレートが気になるわ」

「じゃあ、とりあえずプレート頼んで、まだ食えそうならテリーヌ頼むか」

「そうするわ」



 2人は星空プレートと炭酸水を頼む。マーサは銀波魚の唐揚げと茹で豆を追加している。それを聞いてフォレストが口を挟む。


「茹で豆はふた皿で頼む」

「はいよー」

「あとおかわり」

「お客さん強いねぇ、3杯目?いや、4杯?」

「これきたら3杯目です」

「3杯目かー」


 マーサはどうやら泡酒(エール)のおかわりを短時間で2回も注文したようだ。


「マーサ、たくさん呑むのね」

「お酒は好きですよ」

「2杯程度じゃ全く酔わないんだな」

「そうみたいです」


 マーサは既に2杯目を空けようとしているが、普段通りの受け答えである。ジョッキは拳3つを縦に重ねた程度の高さがある。広口の寸胴で大ぶりだ。これを片手で持ち上げるのだから、マーサは案外力持ちである。

 危なげなく重いジョッキを上げ下げすることからも分かるが、マーサはかなりのウワバミらしい。頬や目の色も普段通りだ。細い木の楊子でピクルスを突く手つきもしっかりしている。


「フォレストさんは呑まないんですか?」


 フォレストも16歳だ。飲酒可能な年齢である。


「俺、酒は弱いんだよ」

「意外ですね」

「よく言われる」

「すぐに吐き気がするタイプですか?」

「いや、眠くなる」

「それは、外で呑まないほうがいいですね」

「それもよく言われる」


 フォレストのような大男が寝てしまったら、運ぶのに一苦労である。呑むならなるべく自宅で呑んでほしいと思われるのはよく解る。



「香りはすきなんだけどなあ」

「リキュール入りのデザートでもダメよね」


 プリムローズの厨房お取り寄せランチで、一度失敗したことがある。リキュール入りと知らずに、ひと息に食べてしまったのだ。結果、万魔法相談所のカウンターで寝てしまった。


「香りも味も良かったんだよなあ」


 フォレストは大変残念そうである。具合が悪くなるタイプなら、香りだけでも気分が悪くなることもある。このタイプの人々は、酒席そのものを避けたがる。また、弱くはないが嫌いな人、酔客を嫌悪する人なども宴席を避ける。

 だが、フォレストは香りは好きだし、酒場の喧騒も好きだ。静かに嗜む人を否定はしないが、呑んで騒いで楽器まで取り出しても許容される空間は楽しいと思う。


「残念ですね」

「呑めたらなあ」

「姫様はデザート程度なら大丈夫ですよね」

「ええ。好きだわ」

「もうすぐ呑めますよ」

「待ち遠しいわ」

「いきなりたくさんは呑むなよ?」

「やあね、はしたないことしないわよ」


 デザートの香り付けまで年齢制限のある国も存在する。だが、エイプリルヒルはとくに規制がない。みな大人の判断と経験から自己管理しているのだ。世界を見渡すと、なんの規制もない国すらあった。


 エイプリルヒルはちょうど真ん中くらいの厳しさだ。解毒薬が飛び抜けて発達した国なので、規制がなくても大丈夫そうではある。しかし、歴代国王様は真面目なのだ。無制限にした時に起こりうる混沌を予想してしまう。事故は未然に防ぎたいのだ。



「銀波魚も捨てがたいけど、やっぱり星鳩は気になるわ」


 銀波魚は、エイプリルヒル郊外の川で釣れる小ぶりでややずんぐりした魚である。大きなものでも女性の掌をはみ出すことがない程度だ。エイプリル王国では、主に庶民が揚げ物にして、お摘みやおやつとして食べる。


 お城の料理長は、この平凡な小魚を稀少な油とスパイスを使って揚げる。どうやら下処理にも工夫があるらしい。揚げたてに振りかける塩や酢も独自のブレンドだ。これは、高級なハーブや果物で飾り付けて、絶品料理として王族の食卓に上がるのだった。


「星鳩はお城で出ないのよ」

「庶民の食べ物だからな」


 プリムローズは王族だが、魚については知らないことのほうが少ない。当然、銀波魚について知っているし、食べたこともある。また、賄い料理も料理長からこっそり食べさせて貰うのでかなり知っていた。


 ただ、これは料理長とプリムローズだけの秘密なので、この場で言うわけにはいかない。フォレストたちは、プリムローズが豪華な王家の食卓だけで暮らしていると思っている。



「屋台でも珍しいものがたくさんあったけど、町の食べ物はお城とはずいぶん違うのねえ」

「左様でございますよ。素材も調理方法も簡素なものが多いです。お口に合いますかどうか」

「大丈夫よ、マーサ。屋台のおやつも美味しかったわ。レシィやティムが勧めてくださるものなら、きっと美味しく食べられるわよ」


 プリムローズが、料理長の親戚が釣ってきた川魚の唐揚げやら、炙っただけの山鳥などに舌鼓をうっているとは、マーサもフォレストも想像すらしなかった。


 鳥肉のテリーヌよりは小魚の唐揚げを食べたいプリムローズだ。しかし、知らない食べ物には好奇心をそそられる。お腹に余裕があれば選ぶのは、星鳩のテリーヌである。


「楽しみだわ」

「プレートはかなりボリュームがありますよ」


 マーサが心配そうに忠告する。


「食べられなさそうなら手伝うぜ」

「えっ」


 プリムローズがフォレストとのランチで自由に分け合うことは、マーサは知らなかった。お城のマナーでは、一人前ずつの皿から取り分け合うのはお行儀が悪い。毒殺を防ぐためでもある。


「殿方と分け合うなんて」

「やあね、マーサ。ここはお城のディナーテーブルじゃあないのよ?」

「それにしたって」

「厳しいのねえ」

「取り分け用の小皿を頼むか?」


 マーサとプリムローズが険悪になりかけて、フォレストは提案をした。


「初めに食べられそうなだけ取ればいいだろ」

「まあ、それなら」

「プレートから直に食べなければいいわよね」

「理屈ではそうなりますけども」

「なによ、お堅いのね!」

「せっかく街の食堂に来たのになあ」

「大皿料理とおんなじよ?」


 エイプリルヒル王国には、大皿料理の伝統もある。宴会用の大テーブルにデンと据えられた大盛り料理は食欲をそそる。専門の給仕が見た目も美しく取り分けてくれるのだ。目の前で切り分けたり盛り付けたりする様子は、ひとつのショーとして貴族たちが楽しむ。


 大衆食堂のプレート料理は、もちろん宮廷の大皿料理ではない。量も見た目も全く違う。だが、プレートを大皿料理扱いにすれば問題は解決だ。世の中とはそういうものである。マーサも渋々頷く。



 フォレストはプリムローズのつむじに素早く唇を落とす。姫は緑の瞳に幸せを滲ませて愛しの菫色を見上げた。マーサはため息と共に目を逸らす。そのまま泡酒を飲み干すと、ちょうどそこへ飲み物が到着した。


「茹で豆も来たな」

「カラフルね」

「どれが好きだ?」

「わたくし、宴豆(うたげまめ)が好きよ」


 フォレストは小さなスプーンで器用に豆を掬う。大男の親指と人差し指が、ただでさえ小型のスプーンを小人の食器に見せている。その様子が可笑しくて、マーサは忍び笑いを漏らす。ティムがいたらその姿に歓喜したことだろう。


(流石師匠だわ。レシィ器用で素敵)


 プリムローズの見解はだいぶ違った。


 宴豆は少し細長い臙脂色の豆だ。ほんのりとした甘味が優しく、茹でてもやや歯ごたえが残る。この豆は安価なのだが、これで作る料理長の冷製スープは筆舌に尽くし難い美味だった。お城では料理長手ずから宴豆を育てている。


「この黄色いお豆も食べてみたいわ」

金雲豆(こがねぐもまめ)だな」

「長い名前ね」

「細長い鞘が風に揺れると、金色の雲海に見えるんだと」

「まあ、見てみたいわ」

「収穫は夏だから、観に行くか」

「ええ!」

「魔法使い様は、何処へでも気軽に出掛けられて素晴らしいですわね」

「でしょう?魔法使いは素敵で楽しいのよ」



 星乙女亭の茹で豆は数種類の豆が木製の小椀に盛られてくる。そこに金属の小さなスプーンが付いてきて、取り分け用のごく小さな皿もある。

 この小皿はスプーンレスト程度の豆皿だ。絵付けはされず、シンプルな素焼きの皿である。ファミリー層に人気なだけあって、小さな食器を数多く用意しているようだ。


「これは手で食べるのね?」


 周囲の客が食べているのを真似て、プリムローズも茹で豆を華奢な指先でそっと口に運ぶ。適応力の高い姫だけあって、手を洗いたいとか不潔だとかは言わない。姫も複数の魔法を自在に操る大魔法使いなので、洗おうと思えば魔法の水で洗えるのだが。


「姫様、どうかお指を」

「ふふっ、マーサ、そんなのつまらないわ」


 マーサが慌ててハンカチを取り出すが、プリムローズはたおやかな指をすっと上げて制するのだった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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