表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第四章、始源祭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/80

41、星乙女の人形劇

 ティムはプリムローズとフォレストが互いに星乙女の祝福を贈り合うのを羨ましく思った。ティムもフォレストも、去年までの始源祭では、誰かと祝福のキスを交換したことはない。だが、フォレストには今年、プリムローズがいる。

 その仲睦まじい様子を見て、ティムも誰かに祝福を贈りたくなった。特に、今目の前にいるマーサには是非幸せを祈りたいと思ったのだ。


「良いですよ、ティモシーさんは友達ですし、透明ブローチの魔法使い様から星乙女の祝福をいただけるなんて、光栄です」

「ほんとっ?ありがとう」


 ティムは嬉々として身を屈め、マーサのまっすぐな栗毛に唇で触れた。そこには、お祭りの慣習に留まらない祝福が添えられた。フォレストたちとは違うが、ティムの心は本物だ。真心からの祝福は、自然と魔法を宿す。ティムの唇がマーサの髪に触れた時、星乙女が降らせたのと同じ幸せが贈られた。



 マーサはティムを見上げると、遠慮がちに申し出る。


「あの、お返しをしてもよろしいでしょうか?」

「うんっ、是非ぃ!」


 ティムが子犬のように張り切って答える。そのまま空気を含んだ茶色頭を差し出すと、マーサは柔らかに笑う。それからマーサは少し背伸びして、ふわりと祝福を落とした。2人は一瞬目を合わせ、にこりと優しい笑みを交わす。マーサの胸に春風が吹き抜ける。


 色とりどりに光る魔法灯が、広場の人々の髪にも顔にも反射する。簡易舞台で呼び込みが始まる。祝祭劇の目玉は水晶宮の老魔法使いによる人形劇だ。しかし、その前にもいくつか出し物がある。人間による祝祭劇や、楽団による星乙女の歌もある。



「どれにする?」


 屋台を開店したティムが、マーサに商品を見せてゆく。マーサは丁寧に小さなブローチやネックレスを見てゆく。人形の靴に飾る宝石のついたバックルもある。拡大鏡で見ないとわからないくらい細かい細工のハットピンもある。


 指輪に飾りボタン、ベルト、ブレスレット。飾り櫛にヘアピン、銀糸を編んだバッグに月の国にしかない貝殻を象嵌したイヤリング。それらは全て、人形サイズだ。人形にもさまざまな大きさがある。人より大きなものから、くるみの殻に納まるものまで。


「星乙女の髪飾りに追加が欲しいですね」

「今年のはゴージャスに飾ってあげるんだねー」


 ティムの細工品は、ほとんどサイズが自動変更される魔法つきだった。だが、人間に使おうとすると壊れてしまう。完全に人形専用の飾り細工なのであった。


「ええ、それと、限定品を」

「今年の限定品はね、プレゼントなら贈る相手の、自分用の場合、大切な人がいる場合にはその人の、いない場合には自分の目の色に変わるブローチだよー」

「まあ、素敵ですね」

「マーサは誰かにあげるのぉ?」

「いえ、星乙女人形のマントにつける予定です」

「あ、そしたら、もしかしたら星乙女の瞳の色になるかも知れないよ」

「それは素晴らしいですね。先に人形を買って参ります」

「わかった。待ってる」


 マーサは隣の星乙女人形屋台に移る。ティムは人形を選ぶマーサを眺める。しかし、すぐにティムの飾り細工屋台には人が群がった。魔法細工の人形専用装飾品は人気なのだ。修行時代に旅で回った町々の得意客も、わざわざこの始源祭にやってくる。


「すいませーん、これください」

「はい、限定品ですねー。プレゼントですか?」


 屋台の客に忙しく対応しているうちに、空はすっかり暗くなった。マーサも無事にティムの限定品を買う。プリムローズも星乙女の人形を抱いている。プリムローズは屋台での買い物自体が初めてだった。


 求婚の髪飾りと生姜屋台の食べ物や飲み物はフォレストが買ってくれた。その様子を観察していて、星乙女人形は自分で買ってみたのだ。


 万魔法相談所の助手としての給料は月払いなのでまだない。この国では王族が現金を持つことがないため、屋台見物を決めた時、お小遣いには苦労した。現金を持つための申請制度がないからである。


「地理の実習扱いで、やっとお小遣いをいただけたのよ」

「考えたな」

「ええ。授業で習ったことを実際に体験してみたい、って先生に申し出たのよ。歴史、経済、地理の先生方にお話してみたの」

「経済はダメだったのか」

「今年わたくしが利用できる王族実習枠がもう終わってしまってたのよ」

「枠が決まってんのか」

「ええ。護衛の手配とかもあるから、予算が厳しく決められているの」

「地理のが余ってたのか」

「そうよ」

「良かったな」

「エイプリルヒル王国伝統文化論のレポートを書かなくちゃいけないんだけどね」

「報告書を書くのか。大変だな」


 フォレストは、授業といえば文字を教わる程度の体験だけだ。あとは、魔法の修行なのでひたすら実践するのみ。世の中には、魔法理論の研究者も存在する。しかしフォレストとは関わりがなかった。


 王宮の仕事に行くと、たまに報告書を書かされる。関わった部署によっては、それをレポートと読んでいた。プリムローズの言う小論文のようなタイプとは違う。事実の記録のみだ。フォレストは苦手である。


「書くのは楽しいの。でも採点されるのが嫌だわ」

「採点されるのか」

「考えを自由に書くと怒られるのよ」

「何でだ」

「解らないから怒られるのよ」

「チッ、面倒臭えんだなあ」

「そうなのよ」


 プリムローズは、課題で想定されるものとはかけ離れた意見を書いてしまう。注目すべき点もズレていることが多いようだ。記憶力は高いのだが、理論より実践タイプである。フォレストとは同じタイプ同士だ。



「それじゃティム、後でな」


 そろそろ席取りが必要な時間だ。フォレストは屋台に立つティムに声をかけて、座席の方へと向かう。


「うん。今年も星乙女亭行こうねー」

「星乙女亭?」


 プリムローズが足を止める。


「ああ、始源祭の特別メニューを出す店があんだよ」

「僕、人形劇が終わったら店仕舞いだから。毎年レシィと行くんだぁ」

「まあ」


 当然行く気のプリムローズに、マーサが難色を示す。


「夜しか営業しないお店ですよ。姫様はお帰りになりませんと」

「星乙女亭は家族客向けだよぅー?」

「ねえマーサ、行ってみたいわ」

「でも」

「危険はねえよ」

「それはそうでしょうけれど」

「そんなに遅くはならないわ。お父様にお許しをいただいた時間までには、きちんとお城に帰るわよ」

「心配ならマーサも来ればぁ?」

「そうよ!マーサも行きましょうよ」

「ですが」

「行こうよー」

「ねえ、行きましょう?」


 マーサはプリムローズの期待に満ちた眼差しに負けた。


「はぁ、仕方がないですね。長居はいけませんよ」

「ありがとう、マーサ」


 プリムローズは笑顔の花を咲かせた。マーサもその笑顔には弱いのだ。諦めながらも笑顔を零す。ティムはその様子に目元を染める。


「仲良しっていいよねぇ。マーサはプリムちゃんが大好きなんだねぇ」


 フォレストは微かに頬を染めて、プリムローズの肩を抱く。プリムローズはにっこりと見上げる。2人はそっと微笑み合うと、人形劇の舞台へと移動した。


「ティムさんは屋台からご覧になるのですか」

「うん、実は特等席なんだよ」


 ティムは得意そうだ。


「あっ、座らなくていいなら、こっち側来てみない?」

「えっ、いいんですか?」

「うん!どうぞー」


 マーサは屋台の内側に招き入れられる。ティムは敷石の上に柔らかな台を置いていた。そこには疲れをとる魔法もかかっている。また、広場はゆるくすり鉢状になっている。たいした高低差ではないが、それでもティムの屋台から立ち見をすると、人形劇の舞台がよく見えた。



「さあさあおまちかねー!!」


 魔法で作られた妖精たちが、笛や太鼓で呼び込みを始める。人形劇舞台の隣では、白いお髭に立派なマントのお爺さんが立っている。手触りの良さそうな藍色のビロード地で、痩せて小柄な身体を包む。


 マントには、金糸銀糸で葡萄唐草の縁取りがある。襟は大きく尖って胸まで届く。襟の先には虹色のブローチが光る。エイプリルヒル王国の認可魔法使いの印だ。フォレストやプリムローズと同じアーモンドの形である。


「水晶宮はエイプリルヒル王国ではないわよね?」


 プリムローズがふと気がついて小声で訊ねる。


「ああ。けどあの爺さんはエイプリルヒル王家と代々仲がいいらしいからな」

「そういえば、ずっと昔から新年にはお城に来てくれるって聞いたわ」

「始源祭にも毎年来る」



 妖精楽団の演奏に乗って、前口上が始まった。



 お集まりの皆々様に

 今宵エイプリルヒルの広場にて

 これよりお目にかけまするのは

 始源祭の始まりのこと


 かくも稀なる物語

 星の乙女の恋の歌

 幸せ降らせ星降らせ

 この世に知らぬ人もなし


 森や平野(ひろの)を駆け巡り

 川や湖の波間に遊び

 夜空を映す泉のほとり

 美しく流れる金の髪


 さてそこで

 乙女が出会ったその人は

 如何なる者であったのか

 不思議華麗な魔法を使い

 古き精霊の調べに乗せて

 さあ物語の始まり、始まり



 人形舞台の藍色のカーテンが音もなく上がる。大人の腕くらいある大きな人形たちが、操り機巧も見当たらないまま動き始めた。魔法が生み出す妖精たちの歌に乗り、まずは金髪の美女がやってくる。舞台は魔法で作られた森の泉だ。


「なんと綺麗な泉でしょうか」


 美女が歌う。透き通った高い声。華やかな響きを持っている。しばらくは金髪美女が森の泉を褒め称える歌が続く。やがて精霊が現れた。木の葉をたくさん連ねたデザインの服を着ている。


「やあ、美しいお嬢さん」


 緑の髪を緩やかに波うたせた見目麗しい青年だ。目は茶色で、肌は苔むした古木に似ている。


「私の森が気に入りましたか」


 精霊は若々しい高音で艶やかに語りかける。頭には白や黄色の花で編まれた冠をいただく。


「まあ、こんにちは。あなたは森の王様ですか?」

「はい。この森の王を務める精霊です」

「お目文字叶い光栄ですわ」

「貴女は、どこから森へいらしたのでしょう」

「私は、森を抜けた先にある丘の村、エイプリルヒルから参りました」


 エイプリルヒルの名前が出て、子供たちが歓声を上げる。舞台に魔法の花びらが舞う。2人の出会いを青や赤の魔法の光が彩る。プリムローズも小さく感嘆の声をあげ、フォレストの手をきゅっと握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ