40、魔法細工師は叱られたい
日が傾き始めると、フォレストとプリムローズは会場の魔法灯を明るくする。それぞれの屋台や、広場に建てられた臨時の街灯すべてがパッと光り出す。始源祭の会場程度なら、フォレスト1人でも一瞬で全部の魔法灯を点けられる。だが今回はプリムローズの修練も兼ねて半分ずつを受け持った。
プリムローズがいちどきに灯せるのは、フォレストの三分の一程度だ。しかしその習得速度は極めて速く、今回もフォレストやティムを驚かせた。
「複数を一度に灯すのは、俺も成功させるまでに何度も失敗した」
「レシィは一度成功すると、最初からあり得ない完成度なんだけどねー、どんな魔法でも」
「それ言うなら、ティムは一つ覚えるとあっという間に応用魔法が増えてくよな。オリジナルなんか数えきれねぇだろ」
3人はそれぞれ違ったタイプの天才魔法使いのようだった。
「暗くなるとすぐね」
プリムローズは茜雲を見上げて呟く。
「そろそろ席取りしたら?僕も屋台に戻るよ」
「そうだな」
ティムの屋台は、祝祭劇が行われる広場にあった。広場には簡易舞台と長椅子の座席が用意されている。舞台の周りには特別な屋台が並ぶ。まず目につくのは、星乙女人形を売る屋台だ。なんと言っても始源祭の目玉である。
その隣にはティムの飾り細工屋台があった。人形用の小さいが精巧な装飾品が目を引く出店だ。反対側の隣では、着色した砂糖で星乙女を描いたクッキーを扱う。子供用なりきりマントを飾る仮装屋台は、女の子を連れた家族で賑わっていた。
「これください」
自分の屋台に行く道すがら、ティムは人間用のアクセサリー屋台で足を止めた。ティムの手には、両端の飾り櫛を銀色の鎖で繋ぐ髪飾りが握られている。鎖には飴色で雫型の飾り石が幾つも下がっていた。飾り櫛は銀色で、アーモンドの花が連なる細工ものだ。
ティムは代金を払うと両手でぱっと髪飾りを広げる。
「うん。似合ってる」
ティムはプリムローズの後ろ頭に髪飾りをつけ、さっと横から眺めた。満足そうに微笑んで、ティムはプリムローズを誉める。
「あげるよ。初めて始源祭に来た記念だよ」
ティムはゆったりと言う。フォレストが恐ろしい顔をした。プリムローズは戸惑う。2人が同時に口を開く。
だが、息が言葉になる前に、別の人の声が飛んできた。冷たく厳しい声である。
「ちょっとティモシーさん!非常識過ぎます!」
怒声の元を探れば、そこには暗めの栗毛を束ねた薄茶の瞳をした娘さんがいた。簡素な青いストライプのドレスを着て、腰に手を当てている。薄茶の瞳は吊り上がって強い反発を訴えかける。
「マーサ!」
ティムは驚いてその人の名前を口にした。
「婚約がほぼ決まっている姫様に横恋慕するなんて!」
「えっ、そんなことしてないよ」
「星乙女の飾りを贈っておいて言い訳ですか!」
マーサはたいへんな剣幕だ。
「えっ、僕はただ、プリムちゃんに似合うと思って」
「もしかして、ご存知ないんですか?」
「何を?」
ティムがきょとんとして、マーサはため息をつく。
「その形の髪飾りは、星乙女の幸せ、というのです」
「言われてみれば、星乙女人形につけるやつと同じ形をしてるねぇー」
ティムは腰を折ってプリムローズの後ろ頭に顔を近づける。フォレストは勢いよくプリムローズを抱き寄せた。
「チッ!やめろ」
「ティモシーさんッ」
フォレストの舌打ちと、マーサの抗議が同時に響く。
「怖いなぁ、2人とも」
ティムはふにゃんと笑うと肘から曲げるようにして、手を顔の両脇に持ち上げる。
「ティモシーさん!星乙女の幸せを贈るのは求婚ですよ!普通の髪飾りとは重みが違います」
それを聞いたフォレストは、プリムローズの頭に手を伸ばしサッと髪飾りを外す。
「チッ、余計なことすんな」
「ごめんっ、本当に知らなかったんだよぅ」
ティムは髪飾りを受け取ると、眉をハの字にして謝った。
「フォレストさんもご存知なかったんですか?」
フォレストは頷くと、改めてアクセサリー屋台を眺めた。
「まったく、殿方は」
「ごめんなさいぃ」
マーサは呆れ返ってお説教モードである。
「少しは女性のこと、お勉強なさいッ」
「はいぃ」
フォレストは早速髪飾りを選んでいる。プリムローズと肩をくっつけて。だから、今マーサの小言を聞いているのは、ティムだけである。
「ましてティモシーさんは、アクセサリー職人でしょう?」
「えっでも、人形の」
「言い訳しないッ」
「ひぃっ」
マーサは薄茶色の落ち着いた瞳から静けさを拭い去り、カッと目を見開く。
「お人形をお洒落に着飾らせるのは、人間を美しく飾り立てるのと同じです」
「あ、それは聞いたことあるけど」
「聞いたこと?聞いたことが、ある!ハッ!」
「えぇぇ」
マーサは鼻で嗤う。ティムはだんだん平常心を取り戻してきた。
「飾り細工職人ともあろうお方が、作っているアクセサリーの使い方や象徴的な意味合いを知ろうともしないのですか?」
マーサの瞳が冷たく光る。
「第一、女性の髪に許可なく触れるなど!」
「そんなぁ」
「言語道断ッ!」
「もういいでしょー」
「よくありません!ティモシーさん、本当に他意がなかったとしても、です」
「ごめんなさいってばぁ」
ティモシーは困り果てている。
「だいたい、本当に、お客さんに勧める程度の軽い気持ちでしたか?」
「そうだよぅ」
「姫様に見惚れていたじゃありませんか、ティモシーさんは。恥をしりなさいよ」
「えぇー。女の人だってイケメン大好きでしょ。プリムちゃん可愛いんだから、仕方ないよ!見た目だって、中身だって、すっげぇ可愛いんだから、喜んでくれたら嬉しいでしょ」
ティムは反論を始めた。しかしマーサは容赦ない。
「勝手に触れたりしません、普通は!殿方からご婦人方へも、ご婦人方から殿方へも」
「うぅ、そっかぁ」
ティムはちょっと反省した。
「親友の恋人に懸想するなんて」
「してないってばぁ、プリムちゃんは好きだけど、そういう、んじゃ」
ティムは言いながら、炭酸屋台の店番娘を急に思い出す。飲み物を差し出し、お祭りを一緒に楽しもうとフォレストを誘っていた。始源祭のメインイベントである祝祭劇も、一緒に観ようと申し出ていた。幸せそうに寄り添うプリムローズの目の前で。
(あの人も、そんなんじゃないって言ってた)
「ティモシーさん?」
(でも、あの人がレシィのことずっと艶っぽい目で見てきたの、レシィ以外はみんな知ってる)
「ちょっと?」
(え、どうしよう、僕)
ティムは怪訝そうなマーサの前で、赤くなったり青くなったりと様子がおかしい。
(そんな。僕、そんな奴だったの?)
「どうしたんですか?」
「僕、最低な奴だったんだ……」
「ティモシーさん、え、無自覚?」
「可愛いなって、この飾りは似合うなって、レシィと幸せそうでいいなあって、レシィにいい子が見つかって嬉しいなあって、僕、卑怯な奴なんだ」
マーサは急に笑い出した。
「やだ、ティモシーさん、それ、ホントに違います!ホホホホ!」
ティムは屈託なく笑うマーサに目を奪われた。
「ねえねえ、ティモシーさん、姫様のお隣にいるのがフォレストさんじゃなくてティモシーさんだったらよかったのに、って思います?」
「ふっ???」
ティムは虚をつかれて、息が抜けたような声を出す。
「その顔は、違うんですね?」
「うん、思わない」
「姫様にキスしたいですか?」
「マーサ!はしたないよっ!レシィたちといい!なんなの?みんな、恥ずかしくないの?」
ティムは真っ赤になって意見する。
「ホホホホ、やあだ、ティモシーさん!ホホホホ」
「可笑しくないよぅ」
ティムは文句を言いながらも、朗らかに笑うマーサから視線を外せない。ティムの鼓動が速くなる。ティムは思わず胸を押さえた。
「何だこれ、何、えっ、何、僕、爆散するの?え?なに?」
マーサは、予想外の反応を見せるティムに呆れ顔を晒す。
「今度はなんですか?くっ、ふっ、ホホ」
「違う、いや違わないけど、そうじゃない。今度とかじゃないんだー」
ティムは呆然としながら、一生懸命謎の言い訳をする。
「僕が感じてたこと、はっきりと気づかせてくれた時は凄えかっこよかったです。そんで笑ったら、もう反則でしょー?君、凄え美人だし」
話せば話すほど、支離滅裂になってきた。
「は?普通ですが」
「うわぁ、謙遜可愛いぃ。光り輝いてるー。何?君、星乙女の生まれ変わりなのぉ?」
「茶髪直毛、薄茶の目、ですが」
星乙女は金髪巻き毛に星を映した瞳だったと伝えられている。夜空の藍色と星々の煌めきで何色とも捉えることができない、神秘の眼差し。
「なんて艶やかな名馬のような美しい栗毛なんだろう」
「なんです、馬ですか?酷くありません?」
「誠実そうな真っ直ぐな髪」
「誠実そうな髪って。姫様も、フォレストさんの眉を、誠実、だと仰いました、けども。魔法使いは人間の毛で、誠、誠実さを、測るのですか?ふっふっぅーっっ」
マーサは笑いで言葉をぶつぶつと区切りながら対応した。
「酷いよ、マーサ。そんなに笑うことないでしょうー?」
「ティモシーさん、だって、急に変なこと仰って」
「変じゃないよぅ、マーサがこんなに綺麗な人だったなんて、なんで今まで気づかなかったんだろ」
ティムは大真面目である。
「ねぇマーサ、星乙女人形買うでしょ?」
「え?ええ勿論」
マーサは星乙女人形のコレクターである。毎年一体、必ず買う。突然の話題転換に戸惑いながらも肯定する。
「じゃ、屋台まで一緒に行こうー」
「はい、ティモシーさんの限定品も楽しみです」
「ありがとう」
ティムはあからさまに喜ぶ。キラキラと効果音が聞こえそうな笑顔で、マーサと並んで歩く。フォレストはプリムローズの頭に選んだ髪飾りを差している。緑色の櫛に菫の花が並び、金銀の細い鎖が絡み合って繋ぐ。鎖に下がる雫は菫色だった。
フォレストがプリムローズにまた、星乙女の祝福と呼ばれるキスを落とす。プリムローズもすかさず背伸びしてフォレストの銀髪にキスを返す。
「あっ、そうだ、ねえマーサ、僕もマーサの頭にキスしていーい?」
無邪気に聞いてくる空色の瞳に、マーサの目元は少し赤らむ。
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