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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第四章、始源祭

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40/80

40、魔法細工師は叱られたい

 日が傾き始めると、フォレストとプリムローズは会場の魔法灯を明るくする。それぞれの屋台や、広場に建てられた臨時の街灯すべてがパッと光り出す。始源祭の会場程度なら、フォレスト1人でも一瞬で全部の魔法灯を点けられる。だが今回はプリムローズの修練も兼ねて半分ずつを受け持った。


 プリムローズがいちどきに灯せるのは、フォレストの三分の一程度だ。しかしその習得速度は極めて速く、今回もフォレストやティムを驚かせた。


「複数を一度に灯すのは、俺も成功させるまでに何度も失敗した」

「レシィは一度成功すると、最初からあり得ない完成度なんだけどねー、どんな魔法でも」

「それ言うなら、ティムは一つ覚えるとあっという間に応用魔法が増えてくよな。オリジナルなんか数えきれねぇだろ」


 3人はそれぞれ違ったタイプの天才魔法使いのようだった。



「暗くなるとすぐね」


 プリムローズは茜雲を見上げて呟く。


「そろそろ席取りしたら?僕も屋台に戻るよ」

「そうだな」


 ティムの屋台は、祝祭劇が行われる広場にあった。広場には簡易舞台と長椅子の座席が用意されている。舞台の周りには特別な屋台が並ぶ。まず目につくのは、星乙女人形を売る屋台だ。なんと言っても始源祭の目玉である。


 その隣にはティムの飾り細工屋台があった。人形用の小さいが精巧な装飾品が目を引く出店だ。反対側の隣では、着色した砂糖で星乙女を描いたクッキーを扱う。子供用なりきりマントを飾る仮装屋台は、女の子を連れた家族で賑わっていた。


「これください」


 自分の屋台に行く道すがら、ティムは人間用のアクセサリー屋台で足を止めた。ティムの手には、両端の飾り櫛を銀色の鎖で繋ぐ髪飾りが握られている。鎖には飴色で雫型の飾り石が幾つも下がっていた。飾り櫛は銀色で、アーモンドの花が連なる細工ものだ。


 ティムは代金を払うと両手でぱっと髪飾りを広げる。


「うん。似合ってる」


 ティムはプリムローズの後ろ頭に髪飾りをつけ、さっと横から眺めた。満足そうに微笑んで、ティムはプリムローズを誉める。


「あげるよ。初めて始源祭に来た記念だよ」


 ティムはゆったりと言う。フォレストが恐ろしい顔をした。プリムローズは戸惑う。2人が同時に口を開く。



 だが、息が言葉になる前に、別の人の声が飛んできた。冷たく厳しい声である。


「ちょっとティモシーさん!非常識過ぎます!」


 怒声の元を探れば、そこには暗めの栗毛を束ねた薄茶の瞳をした娘さんがいた。簡素な青いストライプのドレスを着て、腰に手を当てている。薄茶の瞳は吊り上がって強い反発を訴えかける。


「マーサ!」


 ティムは驚いてその人の名前を口にした。


「婚約がほぼ決まっている姫様に横恋慕するなんて!」

「えっ、そんなことしてないよ」

「星乙女の飾りを贈っておいて言い訳ですか!」


 マーサはたいへんな剣幕だ。


「えっ、僕はただ、プリムちゃんに似合うと思って」

「もしかして、ご存知ないんですか?」

「何を?」


 ティムがきょとんとして、マーサはため息をつく。


「その形の髪飾りは、星乙女の幸せ、というのです」

「言われてみれば、星乙女人形につけるやつと同じ形をしてるねぇー」


 ティムは腰を折ってプリムローズの後ろ頭に顔を近づける。フォレストは勢いよくプリムローズを抱き寄せた。


「チッ!やめろ」

「ティモシーさんッ」


 フォレストの舌打ちと、マーサの抗議が同時に響く。


「怖いなぁ、2人とも」


 ティムはふにゃんと笑うと肘から曲げるようにして、手を顔の両脇に持ち上げる。


「ティモシーさん!星乙女の幸せを贈るのは求婚ですよ!普通の髪飾りとは重みが違います」


 それを聞いたフォレストは、プリムローズの頭に手を伸ばしサッと髪飾りを外す。


「チッ、余計なことすんな」

「ごめんっ、本当に知らなかったんだよぅ」


 ティムは髪飾りを受け取ると、眉をハの字にして謝った。


「フォレストさんもご存知なかったんですか?」


 フォレストは頷くと、改めてアクセサリー屋台を眺めた。



「まったく、殿方は」

「ごめんなさいぃ」


 マーサは呆れ返ってお説教モードである。


「少しは女性のこと、お勉強なさいッ」

「はいぃ」


 フォレストは早速髪飾りを選んでいる。プリムローズと肩をくっつけて。だから、今マーサの小言を聞いているのは、ティムだけである。


「ましてティモシーさんは、アクセサリー職人でしょう?」

「えっでも、人形の」

「言い訳しないッ」

「ひぃっ」


 マーサは薄茶色の落ち着いた瞳から静けさを拭い去り、カッと目を見開く。


「お人形をお洒落に着飾らせるのは、人間を美しく飾り立てるのと同じです」

「あ、それは聞いたことあるけど」

「聞いたこと?聞いたことが、ある!ハッ!」

「えぇぇ」


 マーサは鼻で嗤う。ティムはだんだん平常心を取り戻してきた。


「飾り細工職人ともあろうお方が、作っているアクセサリーの使い方や象徴的な意味合いを知ろうともしないのですか?」


 マーサの瞳が冷たく光る。


「第一、女性の髪に許可なく触れるなど!」

「そんなぁ」

「言語道断ッ!」

「もういいでしょー」

「よくありません!ティモシーさん、本当に他意がなかったとしても、です」

「ごめんなさいってばぁ」


 ティモシーは困り果てている。


「だいたい、本当に、お客さんに勧める程度の軽い気持ちでしたか?」

「そうだよぅ」

「姫様に見惚れていたじゃありませんか、ティモシーさんは。恥をしりなさいよ」

「えぇー。女の人だってイケメン大好きでしょ。プリムちゃん可愛いんだから、仕方ないよ!見た目だって、中身だって、すっげぇ可愛いんだから、喜んでくれたら嬉しいでしょ」


 ティムは反論を始めた。しかしマーサは容赦ない。


「勝手に触れたりしません、普通は!殿方からご婦人方へも、ご婦人方から殿方へも」

「うぅ、そっかぁ」


 ティムはちょっと反省した。


「親友の恋人に懸想するなんて」

「してないってばぁ、プリムちゃんは好きだけど、そういう、んじゃ」



 ティムは言いながら、炭酸屋台の店番娘を急に思い出す。飲み物を差し出し、お祭りを一緒に楽しもうとフォレストを誘っていた。始源祭のメインイベントである祝祭劇も、一緒に観ようと申し出ていた。幸せそうに寄り添うプリムローズの目の前で。


(あの人も、そんなんじゃないって言ってた)

「ティモシーさん?」

(でも、あの人がレシィのことずっと艶っぽい目で見てきたの、レシィ以外はみんな知ってる)

「ちょっと?」

(え、どうしよう、僕)


 ティムは怪訝そうなマーサの前で、赤くなったり青くなったりと様子がおかしい。


(そんな。僕、そんな奴だったの?)

「どうしたんですか?」

「僕、最低な奴だったんだ……」

「ティモシーさん、え、無自覚?」

「可愛いなって、この飾りは似合うなって、レシィと幸せそうでいいなあって、レシィにいい子が見つかって嬉しいなあって、僕、卑怯な奴なんだ」


 マーサは急に笑い出した。


「やだ、ティモシーさん、それ、ホントに違います!ホホホホ!」


 ティムは屈託なく笑うマーサに目を奪われた。


「ねえねえ、ティモシーさん、姫様のお隣にいるのがフォレストさんじゃなくてティモシーさんだったらよかったのに、って思います?」

「ふっ???」


 ティムは虚をつかれて、息が抜けたような声を出す。


「その顔は、違うんですね?」

「うん、思わない」

「姫様にキスしたいですか?」

「マーサ!はしたないよっ!レシィたちといい!なんなの?みんな、恥ずかしくないの?」


 ティムは真っ赤になって意見する。


「ホホホホ、やあだ、ティモシーさん!ホホホホ」

「可笑しくないよぅ」


 ティムは文句を言いながらも、朗らかに笑うマーサから視線を外せない。ティムの鼓動が速くなる。ティムは思わず胸を押さえた。


「何だこれ、何、えっ、何、僕、爆散するの?え?なに?」


 マーサは、予想外の反応を見せるティムに呆れ顔を晒す。


「今度はなんですか?くっ、ふっ、ホホ」

「違う、いや違わないけど、そうじゃない。今度とかじゃないんだー」


 ティムは呆然としながら、一生懸命謎の言い訳をする。


「僕が感じてたこと、はっきりと気づかせてくれた時は凄えかっこよかったです。そんで笑ったら、もう反則でしょー?君、凄え美人だし」


 話せば話すほど、支離滅裂になってきた。


「は?普通ですが」

「うわぁ、謙遜可愛いぃ。光り輝いてるー。何?君、星乙女の生まれ変わりなのぉ?」

「茶髪直毛、薄茶の目、ですが」


 星乙女は金髪巻き毛に星を映した瞳だったと伝えられている。夜空の藍色と星々の煌めきで何色とも捉えることができない、神秘の眼差し。


「なんて艶やかな名馬のような美しい栗毛なんだろう」

「なんです、馬ですか?酷くありません?」

「誠実そうな真っ直ぐな髪」

「誠実そうな髪って。姫様も、フォレストさんの眉を、誠実、だと仰いました、けども。魔法使いは人間の毛で、誠、誠実さを、測るのですか?ふっふっぅーっっ」


 マーサは笑いで言葉をぶつぶつと区切りながら対応した。


「酷いよ、マーサ。そんなに笑うことないでしょうー?」

「ティモシーさん、だって、急に変なこと仰って」

「変じゃないよぅ、マーサがこんなに綺麗な人だったなんて、なんで今まで気づかなかったんだろ」


 ティムは大真面目である。



「ねぇマーサ、星乙女人形買うでしょ?」

「え?ええ勿論」


 マーサは星乙女人形のコレクターである。毎年一体、必ず買う。突然の話題転換に戸惑いながらも肯定する。


「じゃ、屋台まで一緒に行こうー」

「はい、ティモシーさんの限定品も楽しみです」

「ありがとう」


 ティムはあからさまに喜ぶ。キラキラと効果音が聞こえそうな笑顔で、マーサと並んで歩く。フォレストはプリムローズの頭に選んだ髪飾りを差している。緑色の櫛に菫の花が並び、金銀の細い鎖が絡み合って繋ぐ。鎖に下がる雫は菫色だった。


 フォレストがプリムローズにまた、星乙女の祝福と呼ばれるキスを落とす。プリムローズもすかさず背伸びしてフォレストの銀髪にキスを返す。


「あっ、そうだ、ねえマーサ、僕もマーサの頭にキスしていーい?」


 無邪気に聞いてくる空色の瞳に、マーサの目元は少し赤らむ。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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