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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第四章、始源祭

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39、プリムローズはお祭りを満喫する

 2人が始源祭の会場に戻ってくると、美味しそうな匂いがあちこちの屋台から誘いをかけてきた。


「お腹空いちゃったわね」

「何か食うか?」

「ええ。今日はお祭りで食べるわ」

「城は大丈夫なんだよな?」

「料理長にも言ってあるわよ」


 元々自由闊達な姫ではあった。だが、大魔法使いの虹色ブローチを賜って以来、プリムローズはますます姫君としての体面を気にしなくなっていた。生活もすっかり魔法使いとしてのものだ。


「今だけだもの」


 瞳に過ぎる寂しげな色に、フォレストは気遣うようにきゅっと手を握った。プリムローズはにこりと笑う。


「16になったら、王家の婦人会にも顔を出さなきゃならないし」


 エイプリルヒルの王族としては、今はまだ未成年である。この国では、13歳から晩餐の席に着くことが許される。それまでは、子供用の別室で夕食を摂るのだ。


 王族女性のお茶の席はもっと厳しく、16になってからだ。これは、夜会に参加できる年齢に合わせてのこと。彼等は恋の噂話もするからである。時には、子供が聞いてはいけないような不適切な話題も出るのだ。


「夜会で噂話も集めないとダメなんですって」


 プリムローズはつまらなそうにため息をつく。


「嫌ならしなくていいんだぜ?」


 フォレストはちょっと口を曲げる。菫色の瞳が不機嫌そうにプリムローズの緑を見下ろしてくる。2人は同時に口を開く。


「大魔法使いだから」


 プリムローズはくすりと笑って大空を見上げる。


「そうね」


 綿雲がふわふわと浮かんでいる。雲雀は楽しくお喋りしながら忙しなく飛び回る。


「嫌ならしなくてもいいのね」


 プリムローズは一国の姫でありながら、かなり自由な生を謳歌してきた。


「でも、一度は出てみたいわ」


 その一方で、王家としての義務は積極的に果たしてきた。


「どんな(ふう)だか知りたいもの」


 それを辛いとは思わない。姫は好奇心旺盛なのだ。大抵のことは楽しめる。


「お義姉さまがたとは、お茶会に出ないとお会い出来ないのですし」


 長兄の妻とも次兄の婚約者とも、プリムローズは未だまともに会話を交わしたことがない。末姫はお子様枠なので。


「王族は大変だな」

「大変ではないのですけれど」


 プリムローズは軽く笑い声を漏らす。フォレストは組んだ手を持ち上げ、姫の方へ屈む。そしてわずかに目尻に皺を寄せて、姫の手の甲に唇を寄せた。プリムローズは幸せそうに目を伏せる。



「どの食べ物も初めて見るわ」

「そうか?」

「ええ、珍しいわ」

「外国の食べ物もあるな」

「この国のもあるのね?」


 プリムローズは、町や村の食べ物についてはあまり知識がない。授業で多少は習う。だが、その知識も僅かだ。まして実物に触れた経験は皆無である。食事処に詳しいティムとの外食も、残念ながらまだ機会がないのだ。


 今でこそ自由に城下町を訪れているが、姫はつい2週間前まで城から出たことがほとんどなかった。外に通じる抜け道を幾つも知っているプリムローズではある。だが、魔法を覚える前には、流石にひとりで出かける無茶はしなかった。


「これだけあると、全部は食べられないわね」

「一口ずつでも、けっこうな量になるぞ」

「そうね。残念!」


 プリムローズは口を曲げて不満を表す。今にも舌打ちしそうな雰囲気だ。道ゆく人がこっそりと吹き出す。プリムローズの不満そうな表情が、フォレストの不機嫌な時にそっくりだったからである。



「まずは飲み物が欲しいわ」


 プリムローズがきょろきょろと飲み物屋台を探す。泡立つ酒や蜜酒の屋台には、大人たちが並ぶ。子供には色鮮やかな果汁や魔法で凍らせたフローズンヨーグルトがある。見た目が楽しいフルーツティー、香り豊かなフレーバーティー、蜂蜜入りのホットジンジャーなど、若いお嬢さん向けの飲み物も楽しい。


「フォレスト、どうぞ、おごりだよ!」


 威勢の良い黒髪の娘が、レモンソーダを突き出してくる。炭酸屋台の店番だ。姫とは違う荒れた指先で、素焼きのコップをがっしりと掴んでいる。灰色の三角巾で包んだ髪は束ねてもおらず、灰青の瞳は自信に満ちている。


「ありがとう」


 フォレストは仏頂面で受け取る。


「いいさ!世話んなってるからねぇ。なあ、後でまた寄っとくれよ。今年も夜店回って祝祭劇観にいこう!」


 店番の娘はフォレストの眼を真っ直ぐに見て誘う。プリムローズは美しく弧を描くたおやかな眉を寄せた。


「いや、いい」


 フォレストは短く断る。姫はほっとして組み合わせた指にそっと力を入れた。フォレストが優しく姫を見て、手を握り返す。


「飲むか?」

「いらないわ」


 フォレストはレモンソーダをプリムローズに差し出す。店番の口元がきゅっと結ばれる。プリムローズが断ると、店番は馬鹿にしたように小柄なプリムローズを見た。


「噂のお弟子かい」

「そうだ」


 フォレストは面倒臭そうに答える。早くプリムローズに飲み物を買ってあげたいのだ。炭酸はいらなそうなので、別の屋台を見に行きたい。


「へーえ?お貴族様なんだろ?町の飲み物なんか飲まないよね」


 店番は、フォレストにしか話しかけない。プリムローズは不快を露わに姫らしくなく睨みつけた。店番の娘は勝ち誇ったようにニヤリと笑う。


「リム、何がいい?ジンジャー屋台には生姜糖もあるぞ」


 フォレストが無視してプリムローズに話しかけ、店番が驚いた顔をした。フォレストは不機嫌だが、人を無視するようなことはしないからだ。実際、店番が無視されたと思っただけで、フォレストは単に聞いていなかったのだ。


 銀髪の大魔法使いとしては、店番との話は終わっている。プリムローズに話しかけようとしているので、他の人が何を言おうが聞こえないのだ。永遠の愛の始まりを経験している真っ最中。それでなくとも16歳の初恋少年が想い人と一緒にいて、周囲に気を配れたら驚きだ。


「生姜糖!海の向こうから来たお菓子ね?地理の時間に習ったわ。食べてみたかったのよ」


 プリムローズも、憧れの外国菓子に興味を移した。すっかり店番は目にも耳にも入らなくなる。2人はぴたりと寄り添って、いそいそ生姜屋台へと向かう。大魔法使いとは、そういう種類の生き物だ。



「何だい、あの女」

「ベタベタしてみっともないね」

「今だけさ」


 炭酸屋台のお客たちが、店番の娘を慰める。


「何言ってんだい。あたしは別にそういうんじゃない」


 店番も余裕を滲ませる態度で2人を見送る。


「お貴族様に振り回されてるのが見てらんないのさ」

「ああいうのはねえ」

「飽きられて捨てられるよ、フォレストも可哀想に」

「フォレストさんはいい奴だからなあ」

「変なのに目をつけられたなあ」

「ほんとだよ」


 世の中の眼は、積極的なカップルに厳しい。貴族への偏見も加わって、城下町の一部にはプリムローズに反感を持つ者が見られるのだ。そんな連中からの頼まれ仕事についてゆくと、大概は今のようにフォレストだけに話しかけられる。



「この国は平和でいいよねー」

「ティム」

「ティムさん、屋台出してないの?」

「休憩中ー」


 生姜屋台を目指す2人に、背後から見知った茶色頭が話しかけてきた。どうやら、炭酸屋台の近くからずっと後ろにいたらしい。


「ただの貴族なら、どこの国でも不用意に町場に出たら、囲まれたり追い剥ぎにあったりしそうだけどねぇ」


 ティムは細長く切った丸芋(まるいも)の揚げ物をひと齧りする。丸芋は、森の国にしか育たない不思議な芋だ。森の国は、ティムの故郷である月の国の隣国だ。


「大魔法使いにああいう態度とるとか、命知らずだよねえー。あははー」


 丸芋は灰色の薄い皮を剥くと、見た目は気味の悪い斑模様が現れる。濁った緑に眼が痛くなるようなどぎつい青の斑点が散っているのだ。しかしこの毒々しい芋は、煮ても焼いても揚げても美味しい。なんとお刺身でも美味だった。


「月の国だったら、あんなことした人の魔法道具は一切使えなくなるよー。灯も点かないねぇ。くすくす」


 今ティムが食べているのは、砂糖と塩と生の薬草を混ぜたものが塗されている。これも森の国の郷土食で、甘塩(あましお)という。甘塩は薬草の緑が爽やかなシーズニングなのだが、丸芋にふりかけられるとカビのように見えた。


「ん?プリムちゃんも食べる?」


 ティムは紙を丸めた入れ物から、どぎつく怪しい食べ物を一本引き出してプリムローズの顔に近づけた。プリムローズは一瞬胡乱な顔で頭を退くが、鼻腔をくすぐる美味しそうな香りには抗えなかった。


「いただくわ、ありがとう」

「一本くれ」

「いいよー」


 フォレストも好物だったらしい。


「美味しい!」


 カリカリに揚がった丸芋には、生の薬草が持つ湿り気が趣を添えている。粘性の低いほこほこの実に、砂糖と塩の絶妙な味付けがよく合う。


「よく食べたよねぇ」

「ああ。ワゴン販売懐かしいな」

「森の国によく行ったの?」


 フォレストとティムの昔語りに、プリムローズが興味を示す。


「僕の故郷ブルーウィードの町には、丸芋揚げを売ってるワゴン屋台があったんだぁ」

「美味かった」

「子供も大人も、みんなおやつに買うんだよ」

「今でもあるのか?」

「今は夏とか新年とか、賑わいのある時期だけみたい」

「そうか」


 フォレストはがっかりして、少し元気を失う。


「その屋台が出ている時期に行きたいわ」

「そうだな」

「夏前に行くつもりだったけどぉ、それもいいねえ」

月時雨(つきしぐれ)の頃にするか?」

「あっ、いいかもー」

「月時雨?」

「他の国で言うと夏至ぐらいの時期にね、月の光が一日中時雨みたいにさわさわ降るんだぁ。いつもの揺れる波みたいな光じゃなくてね」

「まあ、素敵でしょうね」

「うん。綺麗なんだよ」



 話すうちに、3人は生姜屋台にやって来た。この屋台は元来生姜そのものを売る店のようだ。しかし、活用の提案に力が入りすぎている。肝心の高級乾燥生姜は屋台の隅に追いやられていた。


 生姜は、白と緑とピンクの格子柄も清々しい日差しに取り付けた麻紐の輪っかにぶら下げてあるのだ。それ自体が麻紐で縛って繋げられた干根生姜(ひねしょうが)は、世界的な高級ブランド生姜である。だが、その様子はまるで屋台の飾りのようだ。まさかこれがメインの商品だとは思うまい。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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