37、フォレスト少年の選択
当時12歳のフォレスト少年は、家族を守るため、まずは自分を守れるようになる決心をした。
幸い領主様は魔法使いに理解がある。若い頃に旅をして、旅先でストロウ師と友達になったという。それがきっかけで、魔法使いを偏見や蔑視から守り、できる限りの支援をする領主へと成長したのだ。
だが、フォレストの実力が高くなり過ぎて、偏見も力を狙うものもエスカレートしていった。最早、領主様が守れる限界を超えてしまった。
「明日出発しよう」
ストロウ師がフォレスト少年に旅立ちを促す。
「でも家族は?」
「とりあえずは月の国に避難だな」
次の日フォレストたち一家は、故郷の村を後にした。ストロウ師の説得で、家族は月の国へと脱出した。ストロウ師は、フォレストの家族のために領主様からブルーウィード町長宛の紹介状を書いてもらった。
フォレストたち一家は、既にブルーウィードの町で知り合いが増えていたのだ。ブルーウィード訛りは難しかったが、片言くらいなら解るようにまで仲良くなっていた。それにティムがフォレストたちの言葉を覚えていたので、少なくとも一時的な滞在に支障はない。
一家の一時滞在所も決まり、フォレストはストロウ師と共にエイプリルヒル王国へと旅立つ。
「ティム、元気でな」
「うん、レシィ、気をつけてね」
「お互い修行、頑張ろうな」
「うん!」
ティムは月の国の首都、ボスケルナリスの魔法細工師に弟子入りが決まっていた。ストロウ師がフォレストの妹に魔法灯ブローチを作ったことがあった。それを見て感動したのがきっかけだ。
「ストロウさん、僕もそれ作ってみたいなー」
「どれ、やってみるか?」
魔法灯ブローチは、魔法の灯りを灯せるブローチ型の入れ物だ。ティムが作ったブローチは、中に灯せる魔法の火がとても小さい。だが、その時ティムは8歳だった。ティムも天才だったのである。
「ティム、レシィと一緒に魔法の練習をしないか?」
「うーん?別にいいや。それよりこれ、他の材料で作ろうとしたら失敗しちゃったの。コツ教えてよー」
「おう、どれ、見せてみろ」
フォレストがエイプリルヒル王国へと旅立つ12歳の時、両親の許しを得て本格的な修行が決まった。ストロウ師匠の知り合いがボスケルナリスに住んでいたのも、ティムが魔法細工師になる道筋をすんなりとつけたのである。
「僕も必ず、エイプリルヒル王国に行くよー」
「うん、また会おうな」
笑顔と仏頂面の2人は再会を約束して、それぞれの修行に打ち込んだ。
そして一月後、フォレスト少年はエイプリルヒル王国で虹色ブローチの認可を受けた。師匠は旅に戻り、フォレストはたまたま城門脇に張り出されていた街路清掃員募集に応募し、就職した。魔法使いなので年齢制限は皆無である。
「一緒に来てもいいんだぞ?」
「星乙女の祝祭劇を観たいんだ」
「家族と暮らさなくていいのか?」
「いいよ別に。扉の魔法でいつでも会えるし」
フォレストがエイプリルヒル城下町に住み着いたのは、すこぶる軽い理由からであった。
「師匠だって家族と暮らしてないだろ」
「まあなー」
ストロウ師は旅暮らしである。
「だいたい家族いんのかよ」
「いる」
「へーえ」
「何だよ、信じてないのか?」
「師匠なら、空気から生まれたって言われてもおかしくねぇ」
「酷ぇな、レシィ」
結局、ストロウ師の家族は謎のままであった。フォレストは、ストロウ師の過去については殆ど知らない。実際のところ、現在についても解らないことが多い。
「ここに飽きたら一緒に旅してもいいからな」
「お祭り観てから決めるよ」
国際魔法法によれば、フォレストは厳密にはエイプリルヒル国民ではない。魔法使いはたとえひとつの国に逗留していても、どこにも籍がないのだ。慣例として認可を得た国の国民と見做されるが、実際には違う。
生まれた国が戸籍をきちんとしているとしても、魔法使いの手にかかればどうとでもなる。それもあって、魔法使いとして認可された途端に、彼等はどこの国にも帰属しなくなるのだ。彼らは自由に世界を動き回ってもよい。
「ご家族は今、大丈夫なの?」
語り終えたフォレストに、プリムローズの心配そうな眼差しが注がれる。フォレストは椅子の背越しにぎゅっと抱きしめる。好きな子に心配されて、嬉しさが溢れてしまう。
「月の国で保護されてる」
「月の国は非実在だとか、魔物の国だとか、誤解されてるからねぇ。そこに逃げちゃえばだいたい大丈夫なんだよー」
ティムは自慢なのだか不満なのだか分からない調子で笑う。何かあったら、とりあえず月の国に逃げ込んでしまえば大丈夫だということは伝わった。
「それなら安心なのね」
プリムローズもほっと安心する。
「そういやあ、最近月の国に行ってねぇな」
「ご家族に会ってないの?」
「そうだな。2年くらい会ってねぇや」
「仕事が忙しいからねぇ」
「ティムも?ティムも里帰りしてないの?」
「新年には帰るよー」
月の国はエイプリルヒル王国からだとかなり遠い。しかし、魔法使いにとっては距離など無意味だ。2人が殆ど家族と会わないのは、仕事をついつい優先してしまうからなのだろう。とくにフォレストは、人助けばかりしている。目先のことにかまけていれば、里帰りは後回しになってしまう。
「レシィ、結婚するならちゃんと帰りなよ?」
「婚約が本決まりしてからだな」
「そこはちゃんとするんだぁ」
「チッ、そこは、ってなんだ」
「え、だって、会って1週間で当人同士は婚約決めちゃうくらいだからさぁ、もう家族のつもりかと思ったよぅー?」
プリムローズはぼっと音がするほど赤くなる。
「まあ、それはそうなんだけどな」
フォレストは口をへの字に曲げる。
「リムの親父さんたちが、そうは思ってねぇし」
「王様たちに反対されてんのー?」
ティムが好奇心剥き出しで声のトーンを上げた。
「反対はされてねぇよ!待たされてるだけだ」
「ふうーん?」
ティムは空色の瞳をくりくり動かす。嬉しそうに背中で腕を組むと、プリムローズのすぐ脇に移動した。
「ねえねえ、どうなってんのー?」
「チッ」
フォレストはプリムローズを隠すようにして、大きな体をずらした。
結局プリムローズは、ストロウ師の人となりや逸話は殆ど聞かなかった。しかし、ティムとの馴れ初めや、エイプリルヒル王国にフォレストがやって来た経緯を知ることは出来た。
「いつか月の国にも行ってみたいし、ストロウ師にもお会いしてみたいわ」
「おいでよ!月の国、いいとこだよ」
「おじさんたちにも、ずっと会ってねぇな」
「そうだよ、みんなレシィに会いたがってるよー」
「来年は年明けにでも行くか」
ティムは少し考えてから、にっこり笑って提案した。
「始源祭が終われば少し暇になるから、夏前にでも、行かない?」
「いいわね。行ってみたいわ」
「そうだなあ」
「ねえ、レシィ、連れて行ってよ」
緑の瞳が期待に満ちてフォレストを見る。フォレストは頬を薄く染めた。
「チッ、まあ、行くか」
「ええ、行きましょう」
「そうしよー」
青白く発光する苔玉は、ティムの周りを跳ね回った。
「ごめん、君たちは連れて行かれないかなあ」
ティムが苔に謝ると、途端に光が弱くなる。
「でも、君たちとしか出来ないことを一緒にしたいんだけどね」
苔が高速で回り始めた。
「ありがとう」
ティムはにこにこと苔を眺める。
「じゃあ僕、作業に入るね」
苔にやる気が出たところで、ティムは万魔法相談所から出て行った。苔玉が分裂したり大きく固まったりしながら、ティムの後についてゆく。
「お休みー」
ティムが言うと、苔玉も光る。
「おやすみなさい」
「またな」
ティムと苔玉を見送ってから、プリムローズも扉の魔法で自室へと帰る。フォレストはごく自然におやすみのキスをして、城を後にした。
それからまた一週間が経ち、とうとう始源祭の日が訪れた。プリムローズにとっては、初めて遊びに行くお祭りだ。城下町で屋台が出ることは知っていたが、直接見るのは初めてである。
「マーサ、どんな服装で行ったらいいのかしら」
「そうですねえ。魔法使いの姿でよろしいのではございませんか?」
「マントはまだ出来てないのよ」
「左様でございますか」
プリムローズはマーサと2人で衣装を前に悩む。
「町に出るのにお城と同じドレスというのも」
「あら、相談所の仕事に行く時はいつもドレスだわ」
「えっ、お仕事中もドレスなんでございますか?」
マーサがギョッとして口に手をやる。
「そうね。魔法使いがどんな格好をしていても、この国の人は気にしないわよ?」
エイプリルヒル王国の城下町では、魔法使いをよく見かける。フォレストという大魔法使いと魔法細工師のティム。職人然としたティムはともかく、フォレストは粗末な上下に豪華なマントというアンバランスな出立ちだ。
時々城下町をうろつくストーンや旅の魔法使いたちは、この2人と全く違う服装である。この王国で認可を得た魔法使いでも、ティムのように魔法使いを表すブローチをしていない者もいる。エイプリルヒル城下町では、魔法使いの自由さに慣れているのだ。
「それは確かに左様でございますけれども」
マーサは、プリムローズが魔法で服装か姿そのものを変えていると思っていたのだ。てっきり見習い魔法使い風の質素なローブ姿で仕事をしているのかと。
「だから大丈夫よ」
プリムローズの主張によれば、お散歩ドレスでお祭りにも行かれる。祭りの間、屋台がでる区域は街路よりも通路が狭くなる。ただでさえ裾が広くフリルやレースで膨らんだドレスだ。日除け帽子も華やかな鍔や大きなリボン、そしてたっぷりの花で飾られている。魔法がなければあちこちに引っかかって不便だろう。
「魔法があるから、ドレスで岩山にだって登れるわ」
「左様でございますか?」
どのみち城下町では、既にプリムローズがフォレストの弟子で虹色ブローチの大魔法使いだということは知られている。変なことをしていたとしても、妙な格好をしたとしても、誰も不審には思わない。それどころか、途中で猫に変身したとしても受け入れられてしまうのだ。
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続きます




