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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第四章、始源祭

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35/80

35、幼いフォレスト

 3人は待機小屋のドアから万魔法相談所へと戻る。青白い光が急に消えて、プリムローズは目をしばたたく。


「リム、一休みしてくか?」

「ええ、ありがとう」


 フォレストは言いながら風の椅子を用意する。プリムローズは月の国やフォレストの師匠に関する話を聞きたくて、夕陽の残るカウンターに腰を下ろす。

 フォレストは椅子の後ろからプリムローズの髪を撫でている。プリムローズは嬉しそうに頬を染めて目を伏せる。ティムの頭の上では、銀青に光る苔がボールになって浮かんでいた。


「その苔にはまだ月の光が残っているのね」


 月の光が仄白く流れる岩原から離れて、プリムローズたちは既に青さを失っていた。3人の瞳からも、怪しい輝きは去った。ティムの頭上にある苔玉だけが、魔法の月光を纏って光る。


「うん、この苔はずっと光ってるよ」

「この光に不思議な生き物は寄って来るかしら?」

「近くにいればね」


 魔法の月光は、苔に宿る程度だと奇妙な生物を呼び寄せるには弱い。もしも近くでそうした生き物たちが姿を消して潜んでいたならば、姿を表して寄って来ることもあるが。


「この辺にはいないのね」

「そうみたいだねぇ」

「残念だわ」

「プリムちゃん、魔法生物気に入ったの?」


 ティムは嬉しそうだ。


「ああいう生き物ってさぁ、気味悪がって逃げちゃう人も多いんだよー」

「そうなの?可愛いじゃない」

「だよねぇ。プリムちゃん、わかってるなぁ」


 ティムはくりくりとした空色の瞳を輝かせる。ティムの目にはもう、人を不安にさせるような魔法の光はない。プリムローズも安心してにっこりと笑う。


「月の国には、ああいう生き物がたくさんいるんでしょう?」

「うん、いっぱいいるよ」

「危険なやつも多いだろ」


 フォレストは面白くなさそうにティムを睨む。


「毒とか麻痺とか、直接じゃないけど虚無への崩落とか」

「岩原では防護の魔法で危険なことは防げたわ」

「あそこに月が出るのは晴れた夜だけだからな」


 魔法の月光は、浴びれば浴びるほど不思議な力を強めるという。その光に満ちた場所では、不思議な生き物たちも元気になるのだ。月の影響が強くなると、それだけ多くの魔法生物が月光を求めてやってくる。月光を浴びて勢いを増し、近くにあるものに悪影響を及ぼすこともままあるとか。



「月の国ではずっと夜って本当なの?」

「他の国の考え方だと、そうなるね」

「どういうこと?」


 月の国では、沈まない魔法の月が常に空を旅している。


「夜の始まりと終わりが繋がっているのさ」


 魔法の月は、普通の月と違うようだ。やはり、月の国はこの世の国とは言い難い。


「でも、僕たちだって一日中起きてるわけじゃないし、みんなが寝る時間を夜って呼んでるんだよー」

「夜が来たってことは、どうやってわかるの?自然に眠くなる?」

月哭草(げっこくそう)の花びら時計が1日の終わりを告げるんだぁ」

「そういう植物があんだよ」


 フォレストの乱暴な説明に、プリムローズは口を尖らせた。


(可愛いな)


 銀髪が姫の頬を擦り、尖らせた小さな唇には気持ちのこもった口付けが贈られた。ティムは苦笑いで2人を眺める。



「月の国は自由に出入りできるの?」


 プリムローズは、怪魚の丘で訪れた鏡の迷宮を思い出す。ティムはちょっと悲しそうな顔を見せる。


「やだなあ、呪われた地とかじゃないんだよぅ?」

「普通に出入り出来るぞ」


 月の国がある区域は、他国とちゃんと繋がっている。三方は森、残るひとつの方角に海が開けているらしい。森の中の辺境国ではあるので、人も物も交流が僅かだ。だが、孤絶してはいなかった。


 フォレストは子供の頃、森で遊んでいたらいつのまにか国境を超えてしまったという。




 フォレストは、同年代よりも小柄な子供だった。肉付きは普通で、運動神経も悪くはない。だが、村では大柄な子供がほとんどだったので、小さいというだけで馬鹿にされてしまう。


「お前ダメ」

「チビには無理だよ」

「ついてきちゃダメだからねー」


 子供たちが森へゆく。フォレストは置いてけぼりである。艶のない銀色の髪に乾いた風が吹き抜ける。フォレストは口をへの字に結ぶ。滲んだ涙を拳で拭い、遠ざかる子供たちの背中を睨む。


(後でひとりで行く!あいつらの知らない凄えもの見つけるんだ!)


「チッ、みてろよ!」


 小さな拳は力強く握られて、銀の眉はギュッと寄せられる。夏の陽射しは強く、風景が白っぽく見えていた。白く切り取られたかのようなフォレストの髪も、村の道を軽やかに進む。


 森の川は子供たちにとって絶好の遊び場だ。好きに水を跳ねさせ、魚を取り、木の枝や小石を投げ込む。まして夏には冷たくて気持ちの良い天国のような場所となる。だが、フォレストが向かうのはそこではない。


(みんなが行かないとこを探すんだ)


 フォレストは川とは別の方向へと木々の間を抜けてゆく。小さな菫色の瞳には、強い意志が宿っていた。



 森の奥は次第に暗くなってきた。梢は高く、枝もみっしりと絡み合って進みにくい。それでもフォレストは更に向こうへと分け入ってゆく。


 フォレストの手足に傷はなかった。首から上にも擦り傷ひとつない。真っ直ぐな銀の髪は、サラサラと微風に靡く。幼いフォレストが通るとき、木陰の花が風にそよぐ。

 無意識に風の魔法を使っているのだ。おそらく赤ん坊の頃には擦り傷を負っただろう。熱いものを触ったかもしれない。そして、それをきっかけに風の魔法を覚えたのだ。


 それはプリムローズと同じだった。しかしフォレスト自身はそのことを知らない。この暫く後で、フォレストが魔法の才能を見出された時には話題になった筈だ。だが、フォレスト少年はまだ幼く、よく分かっていなかった。記憶に残らなかったのだ。


 とにかくまだ魔法を知らないフォレスト少年は、太い木の根を超えてゆく。分厚く積もる枯れ葉を分けて浮き上がった根は、海原を悠然と泳ぐ海竜のようだ。きのこと苔が生える幹は、暗がりの中で滑らかに息づいている。


 そんな闇の中でも、丈の低い花が所々に咲いている。太陽が届かないせいで、空気は湿ってどんよりと重い。枯れ葉もじとじと濡れている。



 大岩の脇をとことこ進めば、そこはもう月の国だった。


「あれっ?」


 突然溢れた銀青の光に飲まれ、フォレスト少年は立ち竦む。森は確かに続いていて、植生に変化は見られない。


「なんだろ」


 上を見上げても、分厚い枝葉に空が隠れているだけ。


「でも、この光は上から来てる」


 零れ落ちる月の光は、フォレストの銀を青く染める。


「君だれー?」


 上から声が降って来る。元気な男の子のようだ。フォレストはビクッと肩を震わせた。


「森の国からきたのー?」


 森の国は、月の国に隣接する小国のひとつだ。


「違う」


 フォレストは不機嫌そうに否定する。言いながら、思い切り背中を反らせて頭上を探る。


「こっち、こっちー」


 よく響く明るい声が、のんびりと降って来る。声を頼りに見上げれば、空色の瞳が銀青の波を映して怪しげに浮かんでいた。


「ぐっ」


 フォレストは小さな足を踏み締めた。魔法の月光を浴びたフォレスト少年は、妖精の戦士にも似て雄々しく立つ。

 菫色の目を凝らしてよく見れば、空色の目玉の周りには茶色いまつ毛や白い鼻があった。風よけマントをすっぽりまとい風景と同化しているが、ひとつだけ目立つところが見える。


 空色の目をした少年の頭上、闇の中には大きく曲がった鎌の刃がある。刃を丁寧に辿れば長い柄が傾いて、交差した枝の一つに届く。柄は華奢な子供の肩に担がれていた。子供はフードをかぶっている。


「俺を殺すのか?」


 フォレストは叫ぶ。眉間に深く皺が刻まれる。緊張で漏れ出した魔法の風が、フォレストの服や髪を持ち上げる。



 身構えるフォレスト少年の目の前に、ふわりと子供が降りてきた。降りた弾みでフードが脱げて、柔らかな茶色の髪が月光を受け止める。


「怖いよ、何言い出すの、きみ」


 フォレストと同じ年頃だろうか。子供は恐ろしげな月光の中で、げらげらと笑い転げた。肩に担いだ、身の丈に余る大鎌がグラグラと動く。


「んっ、それ、へんな鎌だな?」


 フォレストは鎌に鋭い視線を投げる。周囲の枝や幹に大きな刃が当たっても、ちっとも切れない。


「えっ、知らないの?」

「知らない」


 フォレストは仏頂面で応える。


「これで、棘月蛇(スパイクミズチ)を狩るんだよぉ」

「スパイクミズチ?」

「それも知らないかぁ」

「知らない」


 大鎌を担いだ子供は首を傾けて考え込む。


「うーんとねぇ、大きくて、黄色くて、長くて、あと美味しい」

「旨いのか」

「うん。僕はお刺身が好きだなぁ」

「オサシミ?スパイクミズチの種類か?」

「えっ、違うよっ、お刺身はお刺身だよ。生で食べるの」


 フォレストは飲み込めずに益々顔を顰める。空色の瞳をした少年はまたげらげらと笑い出す。


「はははっ怖いなーあ」


 目元に笑いの涙を浮かべて、少年は声まで小刻みに震わせる。


「そんなに笑うことねぇだろ」

「ねえねえ、きみ、やっぱり外の人だよねぇ」

「外?」

「月の国に住む者じゃないでしょ?」

「月の国ってなんだ」

「月の国はここだよ?きみは何処から来たのさぁ?」

「ベルフルーム村」

「ベルフルーム村?どんなとこ?」

「どんなって、えっと」


 フォレスト少年は眉間の皺を深める。


「まあいいや、今度連れてってよ」

「え?ああ」

「それよりさ、ちょっとまってて」

「ん?」

「スパイクミズチ獲れたら、ご馳走してやるよ!」

「ほんとか?」


 フォレスト少年の菫色をした瞳に好奇心が色づく。


「旨いんだぁ、お刺身にすると!」

(あ、食べ方か。オサシミ)


 フォレストはやっと少し理解した。


(生って言ってたよな?野草かな)


 だが、やはり完全には解っていなかった。


「じゃ、後でね!」


 茶色い髪の少年は、音もなく木の上へと去る。月光が波打つ闇の中で途切れ途切れに閃く白刃は、少年の大鎌に違いない。普通の植物を傷つけることのない刃物だ。


(スパイクミズチってやつだけを切れるんだろうな)


 フォレスト少年は胸を躍らせた。握りしめていた小さな拳は、いつのまにやら緩む。見上げても見えない月が降らせる銀青の光に身を晒し、フォレストは茶色い髪の少年が戻るのを待つ。


お読みくださりありがとうございます

続きます


この下にイメージイラストがございます。不要の方は画像非表示でどうぞ。















ティム、フォレストと森で出会う。


挿絵(By みてみん)


汐の音さん『自由絵一覧』より「月の枝に」をお借り致しました。ありがとうございます。

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