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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第四章、始源祭
34/80

34、魔法の苔と月の国

 全体が透明になった岩原(いわはら)の一箇所が、そこだけ月光を残したように光っていた。3人の魔法使いは、光る箇所を目指して移動を開始する。周囲の奇妙な生き物たちは、城下町の雑踏よりも混み合っている。


「侵食には気をつけてー。浮かびながら進んでても踏み抜くことがあるからさぁ」


 ティムが魔法生物を掻き分けて進みながら、大魔法使いカップルに声をかける。


「まあ。それじゃどうしたらよろしいの?」

「防護だけでいけるぜ」

「レシィの防護は、普通の防護じゃないからね?」


 ティムは、フォレストの魔法を反則級で真似できないものとして扱う。しかし、プリムローズはこの大男の弟子なのだ。ある程度の真似はできる。


「リムも猫になって飛ぶ時使うだろ」

「ええ」

「あの程度しとけば充分だ」

(まだまだ先は遠いわ)


 プリムローズには才能がある。だが、目標は大魔法使いフォレストと並び立つことだ。姫はようやく一歩踏み出したばかり。プリムローズの目には遠い遠い目標として映っているのだ。銀の髪は雄々しく輝き、菫色の瞳が清廉な気配を湛えている。大きく頼もしい手は、プリムローズが道を踏み誤らないようにと丁寧に支えてくれるのだった。


「あの程度って、どのくらいかと思ったら、それ??きみら、基準がおかしいよねぇ」


 ティムは、呆れたようにくるりと片足で回転する。自分もこの魔法空間で無傷なのだが、そこには言及せず。



 銀青に光る場所は、王城のディナーテーブルほどもある広さで発生していた。ティムは、その区域の一歩手前に立ち止まる。


 銀青に光る平たい岩場は、よく見ると細く立ち上がった苔の茎がこれも光りながらゆらめいている。月の波に翻弄されるかのように、右へ左へしないながら寄り集まっている。


「さっきまでは無かったわね?」

「うん」

「場所は毎年ここなのね」

「そうだよ」

「現れる日時だけ変わるのね」

「不思議でしょ」

「ええ、とっても不思議ね」


 プリムローズは目を輝かせて、無言で寄り添うフォレストの腕に手を乗せる。


「雨の日のレシィみたいよ」

「チッ」


 ふたりはであった日のフォレストを思い出す。あの日、大男の頭には濡れて張りを失った銀髪が張り付いていた。フォレストが動く度に微かに揺れて、室内の弱く青い魔法灯が反射した。


「優しい光ね」


 プリムローズは幸福に満たされながらフォレストを見上げる。月光に漂う菫の花は、そのまま妖精の国へ消え去ってしまいそう。プリムローズは必死でガッチリとした魔法使いの腕にしがみつく。



 フォレストはへの字を直して屈む。湿気の多いここ岩原で、普段はサラサラと流れる銀色の髪も重たげに落ちてくる。視線の先に緑の瞳も青白く染まる様子を見て、銀色の逞しい眉毛を顰めた。

 プリムローズの掴まっている腕に力がこもる。そのまま足が宙に浮く。金髪が重たく動き、驚く暇もなく膝裏は反対側の腕が支える。


 向き合う形で抱え上げられたプリムローズは、真正面からフォレストの猛々しい顔立ちを見据える。


(あの日は首の後ろを摘んで持ち上げられたわ)


 それは、プリムローズが仔猫だったからである。だが、唐突に体が浮く感覚は似ていた。


(あれよりはマシだけど)


 プリムローズが不満に思って口を開きかけると、フォレストが眉を少しだけ下げて先に言葉を発した。


「リムの目が月の国の者みてぇになってる」


 月の国は、外国のマイナーなお伽噺だ。月の国に住む人は、瞳に月を宿している。緑でも黒でも、そこには青白く月光の波紋が浮かぶ。プリムローズは不思議な話が大好きなので、色々な国の魔法物語を知っている。このお伽噺も好きだった。



「レシィ、月の国を知ってるの?」

「ああ、ガキの頃良く遊びに行ったぜ」

「えっ」


 当然、プリムローズは月の国が登場する物語を知っているのか、というつもりで聞いたのである。フォレストをエイプリルヒル王国の人間だと思っていたので、外国の、しかもあまり知られていないお伽噺を知っていたのが意外だったのである。


「実在するの」


 プリムローズがフォレストの腕に乗せた手に、思わず力を込める。フォレストはちらりとティムを見てから、短く答える。


「する」

「エイプリルヒルだって、昔話の中では随分と幻想的な国でしょう?」


 ティムは不満そうに頬を膨らませた。


「森と精霊、そして魔法に溢れた国だよねぇ?」

「実際そうだしな」

「でも、遠い国の人々は、ほんとじゃないと思うよねぇ」

「そうだな」


 ティムは言いながら、近寄ってきた長方形のヘラに似た生き物を指に挟む。手の3倍くらいある細長い板状の生き物で、小さい目玉が不規則に並んでいる。不透明な水色や橙色の板たちが、月の小波を受けてフリルのようにも見える。


 板一面の目を避けて、ティムは指と指の間に何枚かを挟み込む。生き物はガシャガシャと不満そうに金属音を立てた。


「僕は月の国出身だけど、魔法に溢れた春の国を探しに来たんだよー。レシィだってそうさ」

「ティム、月の国から来たの?でも、目は」

「ああ、魔法の月を浴びれば、誰の目でも青白く揺れるんだよー」


 ティムはスタスタと空中を踏んで、青白く光る苔の上に出る。


「いま、プリムちゃんの目だってそうなってる」

「まあ」


 片手を頬に当てて喜びを表すプリムローズの姿に、フォレストは鼻に皺を寄せて舌打ちをした。プリムローズは恋人の腕の中、黙って伸び上がる。フォレストは決まり悪そうに姫の唇に触れた。



「春の国を教えてくれたのは、レシィなんだ」

「星乙女の春の国、のお話を本気にしたの?」


 プリムローズは目を見開いてティムの方へと顔を向けた。


「森の精霊も、森も、丘も、星乙女の降らせた幸せも、みんな本当にあるでしょう?」

「星乙女は伝説よ?」

「魔法使いの始まりだろう」

「確かな証拠はないのよ」


 プリムローズが否定するたびに、ティムとフォレストは悲しそうな顔を見せた。


「エイプリルヒル王国には、悲惨な戦いや病気はないだろ」

「犯罪はあるけど、そうね、広い範囲での大きな悲しみはないかもしれないわ」

「精霊だって、居るじゃないかぁー」

「精霊は居るみたいね。まだ会ったことはないけど」

「ジルーシャさんみたいに、大っぴらには言わないけど交流してる人は、いっぱい居そうだよー?」

「そうかも知れないわね。精霊に会ってみたいわ」

「僕も会いたいなぁ」



 ティムは空中にしゃがみ込むと、目がたくさんあるヘラのような生き物をそっと苔の中に差し込む。


「エイプリルヒルは、本当に魔法使いが住みやすい国だよねぇー、レシィ?」


 背中を丸めて作業をしながら、ティムはフォレストに同意を求める。


「そうだな」

「大魔法使いが2人も住んでて、1人は住んでないけど毎年来るほど国と仲良くて、更に新しい大魔法使いがもう1人誕生しちゃうなんてさぁ」


 最後の1人はプリムローズのことである。姫はちょっぴり赤面した。フォレストは鼻の頭どおしを擦り付け、目尻に皺を数本寄せる。


「プリムちゃん、この世に大魔法使いって何人いるのか知ってるぅ?」

「えっ、えっと、わたくしを入れて、7人かしら?」

「や、あと俺の師匠な」


 ティムは銀青の苔を丁寧に剥がしてゆく。ティムに剥がされた苔が出す光は、周りより柔らかな青に変化していた。


「歳の順だと、先ずは名前の判らない水晶宮のお爺ちゃん、歳は1000歳を超えてるらしいよー」


 採取を終えたティムは、収穫した苔を体の周りにふわふわさせながら戻ってくる。


苔桃谷(クランベリーデイル)のストーンは、年齢不詳の森の民でしょ」

「若く見えるわよね」

「見た目はあてにならねぇよ」


 大魔法使いは、自由自在に姿を変えることが出来るのだ。


「それから奇書館(レアリティハウス)のおばちゃん、あの人はまだ300歳くらいかなぁ」

「見た目は50歳前後だな」

「そのうち挨拶に行くといいよー」

「引きこもりだけど、別に偏屈じゃないんだよな」

「若い頃は、世界を駆け巡って珍しい本を集めていたらしいからねぇ」


 魔法使いの若い頃が何歳くらいまでなのかは、説明がない。


「その方、お名前は?」

「リード」

「あの人のこと、名前で呼ぶのあんまり聞かないね」

「そういえばそうだな。水晶宮の爺さんと違って、表札まで出してんのにな」

「何だか親しみやすくてさ。おばちゃん、って感じなんだよねぇー」



 ティムが戻ってきたので、フォレストはプリムローズの唇に軽くキスして岩原に下ろす。


「砂が大好きな砂漠のデュンケルは、200歳くらいの青年で、草原のフライトは何やってんのか良く分かんない。たぶん150才くらいじゃないのかな。魔法使いの中では少年だね」

「じゃあ、レシィは子供でわたくしは赤ちゃんかしら」

「うん、そうだね。僕も子供」


 ティムは細長くて目がたくさんついた生き物を解放する。空に放たれたこの生き物は、抗議の騒音を立てた。ヘラのような体を細かく振るわせ、目を忙しなく動かす。辺りにはガチャガチャという騒音が響く。


「それで、レシィのお師様は?」

「ストロウ。師匠(せんせい)も年齢不詳だな。見た目は40代のしょぼくれた小父さんだぜ」

「僕は、あんまりよく知らないんだけど」

「その方がいいぜ」


 どうもフォレストは、この先生が苦手なようだ。


「でも、珍しいお紅茶くだすったり、よくして下さるんでしょう?」

「良くしてくださるっていうかな」


 フォレストは渋面を作って掌を見る。


「あの人の手の内からは、一生逃れられない気がするぜ」

「過保護には見えないよぉ?」

「確かにな。正反対だ」


 虹色ブローチの製作も、材料採取から自分でやらせた鬼コーチである。弟子を甘やかしたと主張するのは諦めたほうが良さそうである。


「いつ知り合ったの?」

「ガキん頃だよ」

「あ、それ僕も聞きたい!相談所でお茶飲みながら聞かせてー」

「ティムも知らないの?」

「うん。僕たち、子供の頃に知り合ったんだけどねぇ」

「師匠はすぐどっか行くからな」

「あはは。スパルタの割には、ほっぽって居なくなるよねぇ。だから、僕はあんまり会ったことないんだぁ」


 ティムは擦り寄ってくる魔法の苔に頬をくっつけた。苔が離れると、ティムの頬には丸く青白い光が残っていた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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