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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第四章、始源祭

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33/80

33、魔法使いたちは月光の岩原へ戻る

 プリムローズが食後の散歩を楽しんでいると、マーサがフォレストとティムを夕陽の庭園に案内してきた。プリムローズが初めて猫化の魔法を成功させた、あの夕陽が美しい庭園である。


「わぁ、綺麗だねぇ」


 ティムは、花々と木々が一様に赤く染まる王城のを打たれて足を止めた。青さを残した空に流れる雲は薔薇色に染まる。雪柳の細枝は、日暮れ時に染まる峡谷の雪渓を思わせる。


「魔法の無い風景は、なんだか久しぶりだなあ」


 ティムの顔もオレンジ色に染まり、風景の一部と化していた。フォレストはいつものように仏頂面で、ティムをそのままにする。向かう先では、この城の末姫が灌木の花々を眺めて時折足を止めていた。


フォレストには後ろ姿しか見えず、夕陽の川に黄金の水が戯れているような錯覚を起こす。その流れに幻想の中で身を任せれば、やがて瑞々しい若枝の造る天然の四阿(あずまや)を見つける。そこには、菫の花も咲いているのだ。



「リム、時間だ」


 近づいてふわりと肩を抱くフォレストに、プリムローズは嬉しそうに微笑む。2人の顔が夕焼けに浸されて恥じらう。覚えず近づく二つの唇は、そっと柔らかな気持ちを交わす。


「レシィ」

「行くぞ」

「ええ」


 フォレストは時折プリムローズの片手を取って、敷石の僅かな隆起や隙間を避ける。その度にプリムローズは、愛されている幸せを噛み締めた。

 マーサは穏やかに2人の様子を眺めている。ティムは、ふとその姿を気にして声をかけた。


「マーサにも、好きな人はいるの?」

「なぜです?」


 マーサはにべもない。


「え?別に、ただなんとなく」

「余計な詮索はやめて下さい」

「そんな言い方しないでよぉ」


 マーサに厳しく言われても、ティムはやっぱりにこにこしている。


「ティモシーさん、いつでも楽しそうですよね」

「うん。楽しいからねぇ」


 マーサは温かなため息を吐く。


「今年も始源祭に飾り屋台を出すんですか?」

「うん。出すよ!今年も来てくれるの?」

「ええ」


 マーサは毎年、ティムの屋台を楽しみにしている。隣に出る人形屋台で星乙女人形を一体購入するのが習慣になっていた。星乙女人形のコレクターなのだ。それが年に一度の楽しみであり、ティムが城下町に来てからは人形用の装身具も集めていた。


「今年も、星乙女人形の髪飾りは僕が担当したよ」

「他に出来る人、いないでしょう?」

「そうだねぇ。僕もまだ弟子を取る歳じゃないし」

「ティモシーさんが城下町に来る前には、しばらく本当の髪飾りが付けられませんでした」

「それ、コレクターとしてはむしろレアものなんでしょ?」


 ティムは揶揄うように背中で手を組みマーサの顔を覗き込む。モッコウバラの淡い黄色は、夕焼けの中で深く香りたつ。頭上では、巣に帰る鳥たちが囀り交わす。


「以前の魔法細工師は100年前のひとですから、魔法の髪飾りなしの星乙女人形はそれほどレアではありませんよ」

「そうだったんだぁ」


 ティムは星乙女人形の為に髪飾りを卸しているが、その人形の歴史には詳しくないようだ。


「ティモシーさんは別の町で修行したんでしたっけ」

「うん。それに、独立することになってから少し遍歴修行もしたんだよ」

「いろんな町にお友達がいそうですよね」

「そうだねぇ。そういえば旅の話はしたことなかったねぇ」



 ティムとマーサがたわいないお喋りをしている所へ、大魔法使いカップルが手を繋いでやってきた。


「それじゃ、行こうかぁ?マーサ、またね」

「みなさん、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「うん、ありがとうー」

「ちょっと行って来るわね」

「姫様をお借りいたします」


 三人三様の挨拶をして、魔法使いたちは岩原へと去ってゆく。フォレストが適当な場所にドアを出現させ、そこから行ったのだ。3人の姿が消えると、マーサは自分の夕飯を摂ろうと庭園を後にする。


「マーサさん、お疲れ様です」


 巡回騎士が通りかかる。この騎士は、お城でプリムローズが魔法を成功させるところを、最初に目撃した。今日もこの騎士は夕陽の庭園が担当のようだ。


「今晩は。お疲れ様です」


 マーサは当たり障りのない挨拶をして、頭を下げる。


「マーサさんは、姫様の魔法にすっかり慣れていらっしゃいますねぇ」

「だんだん慣れてきました」

「私など、何もない所に急にドアが出てきて驚いてしまいましたよ」

「あれはフォレストさんの魔法みたいです」

「そうでしたか。フォレストさんは姫様の魔法の先生なんですってね」


 巡回騎士に他意はなさそうだった。


「ええ、そうです」

「桜草愛好家倶楽部では、かなり反対意見があるようですが」

「姫様自らお選びになったことに反対するなんて」

「ええ。私もそう思います」

「あなたも愛好家倶楽部なんですか?」

「いえ、ついていけなくなって辞めました」


 マーサが警戒を強める。庭園の赤が薄れて宵闇が訪れた。


「桜草愛好家倶楽部は、今、かなり過激なんでしょうか」

「ええ。ちょっと行きすぎな雰囲気ですよ」

「姫様に危険はないですか」

「流石にそこまでではなさそうですが」

「姫様に危害を加えるのでなければ、構いませんけども」

「フォレストさんと恋人になったのが気に食わないようですね」

「それも、姫様のお決めになったことですから」


 マーサは興味を失って、立ち去ろうとお辞儀をする。


「お引き留めして申し訳ないことを致しましたね」

「いえ、それでは失礼致します」

「はい」


 マーサは回廊の柱に見え隠れしながら建物の中へ戻ってゆく。庭園には、巡回騎士の規則正しい足音だけが残った。




 岩原では青白い月が天頂を目指し、奇妙な生き物たちがその数を増す。空中を泳ぐ様々な生き物たちは、互いに避けたり争ったりしている。中には別の生き物に食べられてしまうものもあった。


「もうすぐ真夜中だねぇ」

「リム、寒くないか」

「ええ、大丈夫よ」


 フォレストは、温かな空気をプリムローズの周りに薄く張る。


「ありがとう」


 姫の微笑みに、大魔法使いが目尻に皺を寄せて応える。月光は青褪めて冷たく、フォレストの姿を魔界の王に似せていた。銀の髪が夜風に靡き、青くすら見えて恐ろしい。


(なんて堂々としていらっしゃるのかしら。この世のものではないような)


 2人の繋ぐ手の温もりが、かろうじて現実だと知らせて来る。フォレストのマントは湿り気を寄せ付けず、月光に揺れて重厚な輝きを放つ。胸まで届く尖った襟で、アーモンドの花を象るブローチが光る。


(そういえは、ティムはブローチを着けてないのね)


 プリムローズの襟にも虹色のブローチが誇り高く輝く。


(携行義務は無いみたいだけど)


 尊敬する師匠フォレストとお揃いのブローチである。プリムローズは着用一択だ。



「ティムは、透明ブローチを自分でお作りになったの?」

「師匠が造ってくれたよー」


 ティムは2人の少し先で、ゆるゆると歩を運ぶ。


「みんな師匠が造るのかしら」

「だいたいはそうだな」

「レシィのも?」

「いや、師匠(せんせい)は造ってくれなかった。俺は材料採取からやらされた」


 懐かしそうな、しかし嫌そうな様子で、フォレストは眉間の皺を深める。採取には苦労したのだろうか。


「魔法水晶ってどんな所で採れるの?」

「人里離れた山奥の澤に、突然現れるんだ」

「今日採る苔と違ってねぇ、本当に突然なんだよー。何処に、いつ現れるかわかんないんだって」

「現れてもまた消えるの?」

「良くわかったねぇ」


 プリムローズは、フォレストの嫌そうな顔付きでなんとなく予想がついたのだ。


「一口に山奥の澤って言っても、世界中にあるからな」

「手に入れるのは、殆ど運なのね?」

「探知の練習にはなる」

「細工魔法なら探訪(エクスプロラティーオ)だね」


 細工魔法は独特である。殆どの魔法に代替として使える何かしらの細工魔法が存在する。灯火に対して光球があり、扉にあたるのが移動で、探知には探訪を当てはめると言った具合に。



「細工魔法は、細工のために必要な全てのことが出来るんだよー。凄いでしょ」


 ティムはにこにこと自慢する。


「こいつにとって、魔法細工は人生そのものだからな」

「つまり、人生に必要な全ての魔法が使えるってこと?」

「そうだな」

「フォレストと違って、なんでも出来るわけじゃないんだけどねぇ」

「いや、だいたい出来るだろ」

「人形の装飾品と関係ないことは出来ないよぉ?」

「出来ないことって、例えば何があるの?」


 ティムは、うーんと首をひねる。


「キャンディの味付けとか?」

「味は、人形の装飾品に関係がなさそうね」

「まあ、必要になれば出来るんだけどねぇ」

「いま、なんか思いついたろ?」

「うん、やってみたいことは出来たかなー」


 ティムの空色の瞳が怪しく光る。


「お人形についてる、ちっちゃなブローチやネックレスが食べられたら素敵じゃない?」

「傷まねぇか?」

「傷まないよ?魔法細工だからね」

「勿体無くて食べない子もいそうよ」

「傷まないから大丈夫だねぇ」

「虫や害獣が来るんじゃねぇの?」


 フォレストはあくまでも現実的だった。食べ物のことなので、プリムローズも虫は気になる。


「それも大丈夫だねぇ」

「チッ、ほら、細工魔法、何でもありだろ」


 フォレストは、荒々しく濃紺のブーツを岩原に叩きつけながらティムに不機嫌をぶつける。


「もう、レシィ。なんでそこで舌打ちすんの?」

「チッ」

「怖いなぁー、やめなよ?」

「うるせぇ」

(照れてるのかしら?友達がなんでも出来て自慢なのね)


 プリムローズは、ぶっきらぼうな大男が可愛らしく感じた。姫の胸にはフォレストの光珠を映す橙色の明かりが灯る。胸の中の灯火は、ほんのり優しい熱を持つ。



 月が天頂に至った瞬間に、岩原一面がキリキリと軋むような音を立て始めた。同時に色が変わる。月光に蒼く染められていた岩の大地が、どこもかしこも透明になる。そこで生きる生き物たちもまた、みな透明に姿を変えた。


「わぁ……」


 思わず声を上げたプリムローズは、なよやかな指先で唇を押さえる。


「時間だぁー」


 のんびりと宣言すると、ティムは迷いなく一点を目指す。


「プリムちゃん見える?あの光ってるとこだよ」

「ええ、あの銀青のところね?」

「そうだよ。早く行こうー」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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