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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第四章、始源祭
31/80

31、姫は奇妙な生き物たちと交流する

 プリムローズは、ようやくフォレストの逞しくもしなやかな腕から解放されてほっとした。


(もう!心臓が持たないじゃないのよ)


 そんなことを思いつつ、指はしっかりと組み合っている。プリムローズの細い指は、フォレストの第一関節にようやく届く長さだ。温かな毛布に一本づつ包まれているようで、安心感が眠気を誘う。


「プリムちゃん、眠い?帰る?」

「大丈夫よ!見たいもの」

「眠いと、足元が危ないよ?」

「眠くないわ」


 ティムは疑いの(まなこ)で美しい緑の瞳を見た。フォレストは益々不機嫌になる。


「リム、無理はすんな」

「してないわよ」

「ならいい」



 3人は質素な長方形のドアを出る。フォレストはちょっと身を屈めて通る。外は一面湿った岩場だった。フォレストはプリムローズの手を取って、ゆっくりと進む。ティムは身軽にひょいひょいと段差を超えてゆく。


 先端ががたがたと不揃いに欠けた薄い板状の岩が、幾重にも重なっている。灰色の岩の連なりは、さながら押し寄せる岩の波のようである。


 プリムローズはキョロキョロと辺りを見回す。


「どうした、リム?」

「岩が湿ってるけど、川は無いのね?」

「そうだな、水が流れているわけじゃねぇな」


 姫は、滑りやすそうなお洒落靴を風の薄膜で包む。それでもティムのように素早く動くことは難しい。


「何だか歩きにくいのね?」

「ここの岩原(いわはら)は、人見知りだからな」

「岩原?人見知り?」

「こう言う魔法を帯びた岩が広がってるとこを、イワハラって言うんだよー」


 ティムが少し先の岩に立ち止まって、くるりと振り向く。柔らかな茶色の髪が、岩原の湿った風でぺしょんと萎んでいた。


「自然の中にはさぁ、魔法を取り込んだり、魔法を吐き出したりしてる物がね、いーっぱい、あるんだよーっ」


 ティムは嬉しそうに説明した。話しながら手を後ろに組むと、ティムは速度を緩めて岩の上でゆらゆらし始めた。


「ティム嬉しそうね?」


 プリムローズは、巻き毛を揺らしてフォレストを見上げる。


「チッ、岩原と遊んでやがんのさ」


 フォレストは億劫そうに大きな体をティムの方へと運んでゆく。普通に歩いてはいるが、ティムのように自在な動きは出来ていない。



 ティムは右に左にうろうろと動き回る。プリムローズとフォレストは、手を繋いで出来る限り急ぐ。しかし、ちっとも追いつけない。ティムとの距離が縮んだように見えても、手を伸ばしたらかなり遠くにいる。


「チッ、邪魔しやがって」

「レシィ、舌打ちやめなってぇ」


 ティムは今度はくるくる踊るように回転しながら、笑い声を上げ始める。


「レシィが怖い顔ばっかりしてるからだよーっ」

「毎年嫌がらせしてきやがる」

「岩原には意志があるのね?」

「ある」


 フォレストは、忌々しそうに足元を睨め付ける。視界に広がる灰色の湿った岩の原野(げんや)は、どうやらこの銀髪の大魔法使いが気に入らないようだ。


「魔法的存在にはね、何にでも心があるんだよ?人間の感覚とは、同じだったり、全然違ったり、色々なんだけどねー」


 ティムは明るくよく通る声で教えてくれる。プリムローズは興味深そうに耳を傾けている。好奇心旺盛な金色の姫をみて、フォレストは目尻に皺を作った。


(わぁっ、わたくしをご覧になってる。レシィの視線が優しいわ!ドキドキしてしまうぅ)


 プリムローズは頬も耳も赤くして、握る手指に力を込める。フォレストは嬉しそうに握り返す。小柄な姫のたおやかな白い手は、魔法使いの大きな手の中で憩う。2人の間に幸せが押し寄せてきた。


 落ちてゆく夕陽が、2人の気持ちを表すように薔薇色の帯を空に作る。空と岩原の出会う辺りは、柔らかな青が横たわる。互いの手の温もりを愛でながら湿った岩を進むうちに、空はみるみる赤を強め、姫と魔法使いを黒々とした影絵に切り取った。


 大男の影が姫の方へと傾いて重なる。


(お顔が見えないわ)


 足元の岩も夕陽を受けて赤々と光っていた。


「そろそろ光珠(ルーメン)の灯り点けてねー」


 呑気な声が風に乗って渡ってくる。ティムはもう回転をやめて、また軽やかに岩原を滑ってゆく。



 雲切魚(くもきりうお)が若葉色の鱗を赤く染めて、ティムと2人の間を縫うように飛び過ぎる。高く低く空を泳ぐ細身の魚は、声もなく尾鰭をくねらせ胸鰭を翼のように操っている。


(笑った?)


 プリムローズは雲切魚と目が合った。讃嘆の意が伝わったのだろうか。とても好意的な感じがした。


「生きている雲切魚は、初めてみたわ」

「そろそろ、色んな生き物が出てくるから、怪我しないようにねぇー」

「雲切魚みたいな穏やかなヤツばっかりじゃあねぇからな」


 言ううちにも辺りはすっかり暗くなり、魔法使いたちはそれぞれ闇に浮かぶ丸い光を灯した。フォレストの灯りは薄青のランタンに入っていた。火は夕陽のようで、時に赤く時に橙にゆらめく。


(レシィらしいわねぇ)


 灯りそのものはチラチラと瞬いているが、ランタンから出てゆくことなく大人しく収まっていた。不機嫌に舌打ちばかりしている大男が、結局は周りの人達の面倒を見て回る姿が重なる。


(ふふっ、可愛い)


 ティムの灯りに枠はなかった。自分の眼の色を映した空色の宝玉に見える。強く光を放つことなく、揺れることもなく、一定の明るさを保つ。


(なんだかほっとする灯りね)

「ルーメンも魔法細工に関わる魔法なの?」 

「そうだよー。星乙女人形の髪飾りを点滅させるのも、光珠の応用なんだ」


 細工魔法は、どうやら火、水、灯りや扉といった極端に限定的な魔法と趣きが違うようだ。


「魔法細工にはいろんな技法があるんだよ」

「殆ど何でも出来るな」


 プリムローズは、ティムが虹色ブローチを申請しない理由のひとつが分かった気がした。



 プリムローズは菫色のふわふわした塊を作り出した。縁がぼんやりと闇に馴染んで、道案内の妖精に見える。プリムローズが進めば、少し先へと弾んで照らす。


「へーえ、プリムちゃんの光珠(ルーメン)可愛いねぇ」

「元気な灯りだな」


 フォレストは指を組んだままの手を軽く折り曲げ、プリムローズを抱き寄せる。反対の腕で華奢な身体を迎え、ふわりと大切に受け止めた。


 2人の鼓動が重なって、魔法の光珠が紅潮したふたつの顔を浮かび上がらせる。微笑み合ったふたりは、素早く唇を重ねてまた前を向く。ティムは面白くなさそうに頭の後ろに手を当てて、岩の面を踏んで進む。



「きゃっ?」

「リム」

「ああ、岩床鼠(いわどこねずみ)も出てきたねぇ」


 足元を矢のように過ぎる固まりは、赤ん坊の拳ほど。塩の結晶にも似てキラキラ光る紫のごつごつから、ミミズのような裸の尻尾が伸びている。


「掠ったか?」

「ええ、少し痛いわ」

「見せてみろ」

「毒があるからねぇ」


 プリムローズの足首には、微かな引っ掻き傷がついていた。フォレストは人差し指を軽く振り、一言なにか呟く。


「ありがとう」

「痛く無いか?」

「ええ、すっかり良いようよ」


 傷は綺麗に無くなって、毒も完全に抜かれたようだ。岩床鼠の毒は即効性がある。掠った傷から染み込んで、焼けるような痛みをもたらす。

 痛いだけで他の症状はないのだが、とにかく激痛で解毒するまで動けない。身体に入った毒は、他の様々な毒と同じように全身に広がってゆく。放っておくと大事になるのだ。


「防毒覚えとけ」

「わかったわ」


 フォレストがお手本を示し、プリムローズは何回か失敗した後、無事全身に防毒の魔法をかけることができた。


「うーん、プリムちゃん、器用だねぇ」


 ティムが感心して寄ってくる。


「逸材だって言ってるだろ」

「ホントにねぇ、凄いや」


 2人に手放しで褒められて、プリムローズは恥ずかしさに身を縮める。


(うっ、可愛いなぁ)


 フォレストはすかさず抱きしめて、鼻の頭にキスを落とす。プリムローズは幸せそうな笑顔を見せて、瞼を下げた。


「君たち」


 ティムが呆れて何か言いかける。雲切魚の群れが細い体をくねらせてティムの視界を横切った。


「わわっ、驚いたぁ」


 ティムは楽しそうに後ろへ数歩、踊るように下がる。


「これだけいれば、フライが山盛りできそうよ」

「旨いのか?」


 菫色の瞳が丸くなる。


「スパイスを効かせるのがおすすめよ」

「けっこう長い魚だけど、ぶつ切りにするのか?」

「それも良いんだけど、料理長の作る丸揚げは絶品よ」


 お城には、フォレストの腕がまるまる一本入りそうな、長方形の揚げ鍋があるのだ。ここで骨までカラリと揚げて貰えば、大抵のものは塩だけで絶品になる。そこへ、料理長特性のスパイスソルトが加わるとなれば、もう天上の味わいがやってくる。


「ふうん」

「明日のお弁当にお願いしようかしら?」

「何匹か生簀に入れとくか?」

「出来る?」

「出来る」

「レシィに出来ないことなんか無いんだよぉー」


 ティムは自慢そうに言った。空色の灯りが茶色く柔らかなティムの髪を染めて、幻めいた姿を見せる。フォレストは、いつものように何か魔法を使って、雲切魚を食べたいだけ獲ったようだ。



 岩原の果ては見えない。暗くなる前から見えなかった。


「広いのねえ」

「この岩床は、ドーンスレートアペイロス、果てなしの岩野原って言ってねぇ、現実でありながら現実とは違うんだ」

「何だかよくわらないのね?」

「鏡の迷宮みたいなもんだ」

「そうなの」


 空には星が出始めて、奇妙な生き物たちも増えてくる。影喰鳥(シルエットバード)が空から降りてくる。燃える炎を嘴として、岩原をちょんちょん跳ねる艶やかな黒い鳥だ。平尾闇蛇(ひらおやみへび)の平たい尻尾が、掠れた笛の音を聞かせる。鴎モドキの毒爪が岩を引き裂き、次々に何かをつかみ出す。


「うわぁ、今年は侵食が酷いなぁ、大丈夫かなー?」

「鴎モドキはなにを持って行ったの?」

「あれねぇ、岩原を食い破る牙磨蚯蚓(ハングリーワーム)だよ」

「煙が出てるわ」

「鴎モドキが爪で岩原を溶かしてるんだよ」

「溶かされた周りも毒で脆くなるな」

「うっかり踏み抜くと虚無に呑まれるから、気をつけてぇ」

「ひっ」


 相変わらずの呑気な口調で、ティムは突然恐ろしいことを言った。プリムローズは青くなってフォレストの腕にしがみつく。フォレストは宥めるように恋人のこめかみにキスをする。


「君ら本当、周りを気にしないよねぇー。ちょっとどうかと思うなぁ」


 ティムがにこにこしながら意見する。フォレストは口を曲げて、腕にかけられたプリムローズの手を空いている手で握った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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