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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第三章、虹色のブローチ

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28/80

28、フォレストは姫の為にブローチを作る

 その日、プリムローズ姫のファンクラブである桜草愛好家倶楽部に激震が走った。みんなの末姫様に恋人が現れた。相手は試験官かつ魔法の師匠。城下町の大魔法使い、万魔法相談所のフォレスト。動作が粗く、がっしりとした巨体からひっきりなしに舌打ちを繰り出す。桜草愛好家倶楽部の部員たちには、受け入れ難い現実だった。


「よりにもよって、あの不機嫌小僧か」

「あんな奴、大魔法使いじゃなかったら」

「あんな態度の悪い奴が」

「姫様不憫」

「騙されているに決まってる」

「脅されているかも知れないよ」

「なんとかお救け致したい」

「何か妙案はないものか?」



 そんなことなど露知らず、姫と魔法使いは仲良く身を寄せ合ってリラの花陰をそぞろ歩きで城門に向かう。


「昼飯前にちょっと家寄れよ」

「仕事?」

「ブローチ作ってやる」

「伺うわ!」


 フォレストはいつものように、口を曲げながらぶっきらぼうに誘う。プリムローズは満面の笑みで応えた。繋いだ手を引き寄せて、フォレストは大きな背中を丸めて姫の方へと屈む。リラの紫色の花房が、菫色の瞳と滲み合う。プリムローズの視界は一面に恋の色で塗り潰されてしまった。


(素敵な色だわ!ああ、なんて素敵)


 ぼうっとしているプリムローズに、魔法使いは顔を寄せながら話しかける。


「ちょうどいい材料があんだよ」

「どんな材料を使うの?」


 急に近づいた顔にドギマギしながら、プリムローズは質問する。フォレストは幸せを垂れ流しながら答える。


「魔法水晶の原石だな」

「虹色ブローチは全部魔法水晶から造るの?」

「加工する時に加える魔法の量で色が変わるんだぜ」

「変わるってことは、他の色のブローチも魔法水晶で作るの?」

「そうだ」

「早く見たいわ」

「飛ぶか」

「そうね」


 フォレストは、ぶらぶら時間をかけて2人で歩こうと思っていた。出会ってからずっと何かの用事に追われていて、ゆっくり散歩も出来なかったから。せっかく互いの気持ちが届いたのだ。恋人らしい時を過ごしてみたい。初恋の16歳少年としては、当たり前の感情だ。


 だが、大好きな姫の可愛い一言であっさりと考えは変わる。気持ち眉を持ち上げて、プリムローズの望みを叶えてやろうと張り切っていた。


 姫は素早く集中し、フォレストが使うのと同じ猫化の文言を口の中で呟く。いつものように、たちまちマーマレード色の長毛仔猫になって浮き上がる。フォレストはマントを翻し何事かつぶやく。次の瞬間には、銀色で風格がある雄猫になって空を走っていた。


 フォレストは滅多に猫の姿を取らない。飛ぶ時も人の姿のままである。プリムローズがあまりにも猫にばかりなるので、並んで飛ぶには猫もいいかな、と思えてきたのだ。


(これも悪くはねぇな)


 フォレストは、春風に乗って隣りを走る緑の瞳をチラリと覗く。プリムローズは嬉しそうに忍び笑いを漏らす。



 2匹の猫が、閉ざされた青い鎧戸をすり抜けて、万魔法相談所の2階住居へと飛び込む。直接床に降り立つと人の姿に戻る。


「レシィの猫姿、とっても綺麗」


 プリムローズはピカピカに光る笑顔で告げてくる。フォレストの胸は高鳴った。


「おう、ありがとう」


 フォレストは目の下から鼻の付け根まで、橋がかかったように朱に染まる。


「ふふっ」


 プリムローズは肩をすくめて口を隠す。フォレストの目尻に優しく皺がよる。緑と菫が混じり合いやがて自然と距離が縮まる。


「フッ」


 銀髪の魔法使いは、少し困ったように眉間を開く。フォレストのしっかりとした親指の腹が、桜色の唇をなぞる。


「柔らけぇな」

(ええっ、なんだか口付けより恥ずかしいわね)

「ほんと、ちっちぇ口だよな」

(わぁ、この顔)


 プリムローズの大好きな、穏やかな困り顔。それはフォレストが心の奥を覗かせるように感じられた。



「ううっ、レシィ、ブローチは?」


 恥ずかしさに耐えかねて、プリムローズはフォレストから距離を取る。フォレストは口をへの字に曲げる。


「あ、またやっちまった、悪い」

(え、なんか、落ち込みが酷いわ)

「ごめん、俺、」


 言葉を切って肩を落とすと、そのまま背を向けて棚に向かう。


「レシィ、どうしたのよ?」

「あ、いや俺、色々自分勝手で」


 フォレストの声に元気がない。自分自身への苛立ちも感じられる。プリムローズは笑いを零す。


「ふふっふふ、ふ、ふふっふふふ」

「なんだよ?悪かったよ」


 フォレストは振り向いた。5本の指をガッと開いた左手に、焦茶色の塊が握られている。棚に直置きしてあった謎の物体の一つだ。


「えっ。それ、それが魔法水晶の原石なの?」

「そうだ」

「そんな、剥き出しで置かれていたものが?」

「そうだぜ」

「それ、その辺の石とかじゃなく?」

「その辺の石じゃねぇよ」


 フォレストはちょっと不機嫌になる。プリムローズは疑わしそうに目を細めた。


「ほんとに?」

「チッ、ホントだって」


 焦茶色の塊が、手を離れて空中に浮く。フォレストは人差し指の先でくるりと小さく円を描く。その僅かな間に素早く何かを呟いた。すると塊の一部が強く光り出す。見ているうちに熱を持ったように赤くなる。更に待てば、今度は泡立ってきた。細かい赤い粒々が、湯気を上げながらぐつぐつと沸き立つ。



「沸騰してるの?」


 プリムローズは思わず小声になる。姫はなにか神聖なものを観ている心持ちがする。そのままそっとフォレストに身を寄せた。それからトンとフォレストの肋の下あたりに頭を預ける。分厚い巻毛がクッションのように押しつけられる。


「熱いから触るなよ」

「わかったわ」


 フォレストは背後に立ったまま、姫の肩から胸元へと腕を垂らして前で組む。姫はフォレストの堅固な節のある指に、愛情深くその手の先を重ねる。プリムローズは両肩に逞しく頼もしい腕を乗せられ、そこはかとない安心感に包まれた。


 2人でくっついたまま、焦茶色の塊に立つ泡の様子を見ていると、次第に色が変わってきた。先ずは真っ赤な泡立ちの中に、ポツンと鮮やかな青い斑点が浮かぶ。それから青と赤の渦となり、やがてすっかり青くなる。


「色が変わったわね」

「ああ」


 次に現れたのは、明るい緑の点々だ。全体にブツブツと現れて毒キノコの模様のようだ。ブツブツは広がって互いに繋がり合う。全てが明るい緑に変わると、続いて暗い紫のシミが見え出した。シミはじわじわと明るい緑を覆い、終いには完全に暗い紫一色となる。


 そこへ見えてきたのはごく小さな黄色の一滴である。黄色は紫とマーブル模様を作り、しばらく回転しているうちに紫を消す。黄色はだんだん薄くなり、最後には透明になる。


「まだ泡が立っているわ」

「熱いぞ」


 フォレストは両腕に少しだけ力をこめて、プリムローズを抱きしめる。


「あ、きらきらするわ」

「もうすぐだな」

「ねえ、虹が立ったわよ!」


 プリムローズは透き通った頬を桃のように染めて、師匠フォレストを見上げる。フォレストの唇はじんわりと力を抜く。


「お花になるのね」


 透明な泡立ちを虹のリボンが行き来する。リボンが丸まって透明な部分を分けてゆく。



「とわにやさしく、あいはまことのみちしるべ」

(永遠に優しく、愛は真の道標)


 フォレストが不思議な響きを持つ魔法の言葉で、まろく低く歌い出す。プリムローズはまだ魔法の言葉を少ししか知らない。だが、この歌の意味はすんなりと心に沁みてくる。木漏れ日の森がプリムローズの目の前に映し出された。木々は枝も見えないほど真っ白にアーモンドの花を咲かせている。


「ほしはいま、よるのとばりをかざるともしび」

(星は今、夜の帳を飾る灯火)


 フォレストが柔らかく続け、透明な泡が五つに分かれて虹色となる。目の前の森が夜となる。月光に青褪めた底紅の花が夜空に浮かび出す。


「リム、ここからは繰り返して?」


 深い森の力強い木々がプリムローズの勇気を支える。緑の瞳が真っ直ぐに菫色の信頼を受け止める。


「むかしおとめ、よぞらにまいあそび」

「むかしおとめ、よぞらにまいあそび」

(昔乙女、夜空に舞い遊び)


 虹色の花びらが一枚、泡立ちをやめる。


「ほしをあつめ、ゆめをつむぐ」

「ほしをあつめ、ゆめをつむぐ」

(星を集め、夢を紡ぐ)


 虹色の花びらはまた一枚、泡立ちをなくす。


「ぎんのひかり、きんのまきげ」

「ぎんのひかり、きんのまきげ」

(銀の光、金の巻き毛)


 もう一枚、虹色の花びらが表面を鎮める。


「よるのひとみ、ひかりさやかに」

「よるのひとみ、ひかりさやかに」

(夜の瞳、光清かに)


 更に一枚、花びらは虹色に煌めき泡立ちを納める。


「ほしのおとめ、ふらせよさちを」

「ほしのおとめ、ふらせよさちを」

(星の乙女、降らせよ幸を)


 最後の花びらが一際強く輝いた。石から自然に離れた虹色に光るアーモンドの花が、緩く回転しながらフォレストの手に落ちてきた。フォレストは虚空から銀のブローチピンを取り出す。そして古い魔法を紡ぐ言葉を呟き、虹色の光を放つアーモンドの花にブローチピンを取り付ける。


「リムの虹色ブローチだ。どこにつける?」


 どこか誇らしそうな声色で、恋しい愛弟子に問いかけるのは、天を突くほどの大男。だがもちろん、姫は怯えることがない。ただ愛しさを募らせて、春の岸辺に薫る菫に囚われる。



「マントはあるの?」


 フォレストといえば豪奢な銀刺繍のマントだ。胸まで届く尖った大襟、藍色の綾織絹に夜目にも目立つ銀の大木。その襟先にはアーモンドの花を形どる虹色のブローチ。大魔法使いの印である。


「ありゃあ別に大魔法使いの制服じゃあねえぜ?」

「そうなの」


 プリムローズはがっかりする。


「魔法仕立て屋はちょっと面倒臭ぇが」

「あの、無理には」

「自分の魔法マントが欲しいんだろ?」


 フォレストのマントは豪華なだけではなく、さまざまな魔法処理が施されていた。それも憧れだが、何よりプリムローズは、フォレストとお揃いのマントが着たかったのである。


「出来ればね」

「仕立て屋は気難しくてよ」

「仕方ないわね」

「いや、諦めんなよ。仕立て屋の奴、水晶宮の爺さんとは仲がいい」

「あのお爺ちゃんなら頼めそう」


 プリムローズは、10歳からの5年間、毎年新年のお祝いで水晶宮の老魔法使いと会う。


「俺が虹色ブローチ取った時も、師匠が水晶宮の爺さんにマントの取り次ぎを頼んでくれたんだぜ」

「じゃあわたしも?」


 フォレストは頷く。


「ありがとう!」


 プリムローズはフォレストの腕から抜け出して向きを変える。2人の視線は真正面からぶつかった。ぶつかって、絡み合う。そしてちょっと照れる。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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