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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第三章、虹色のブローチ

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25/80

25、プリムローズの虹色ブローチ

 午後の仕事もつつがなく終わり、いよいよ王様とティータイムの時間がやってきた。春の草花が品よく並ぶ庭園に、年若い大魔法使いが通される。


(うっ)


 なにやら8人分の椅子が用意されている。


(王様と話すだけじゃなかったのか)


 案内係に促されるまま、名札のある椅子に着席する。王子様がふたり、やってきた。花を飾った丈の短い上着を着た兄王子様は、園芸好きだ。数年来の愛妻を伴っている。ゴージャスな宝石で飾られた弟王子は、猟犬の育成で名を馳せている。こちらのパートナーはまだ婚約者だ。


「先日は姫をお助けいただきありがとうございます」


 丁寧な園芸王子が頭を下げる。王子妃は丁寧に膝を折る。


「やあ、こんにちはフォレストさん」


 気さくな猟犬王子が声をかける。婚約者が優雅に微笑む。


「ご機嫌麗しゅう、王子様がた、奥方様、婚約者殿」


 フォレストは慌てて立ち上がる。


「ああ、そのまま」

「お客様を立たせるわけには参りませんよ」


 王家の兄弟とそのパートナーが席に着き、フォレストもまた座る。



 先にお城へ戻って支度をしたプリムローズも案内されてくる。フリルが踊るサテンのドレスは菫色で、頭のリボンと靴は銀色だ。銀には菫の花が刺繍で散らしてある。肘より長い緑の手袋には、菫色のフリルが細く螺旋状に縫い付けられていた。


(全身に菫色が)


 フォレストは気恥ずかしくて視線を遠くにずらす。プリムローズは、もともと菫色が好きだったのである。フォレストに助けられてから、ますます好きになったようだ。姫の緑色の瞳は、菫色のドレスによく映えていた。



 フォレストは前髪を上げて撫で付け、形の良い額が剥き出しになっていた。


(わあ、かっこいい。やだわ、みんなレシィを好きになっちゃう)


 だが、厳つい顔立ちの体格がいい人が身だしなみを整えると、普通は威圧感を増すものだ。フォレストも例外ではない。艶のない銀髪は、大鷲の頭を思わせる。


 服装はいつもの質素な上下に豪華なマント。藍色の綾織絹に広がる銀糸の大木と、そこに遊ぶ小鳥たち。葉っぱや実も緻密な刺繍で表現されている。楽しげに弾む様子が夜風に揺れる大枝のようだ。


「お兄様がた、お義姉様がた、ご機嫌麗しゅう」


 プリムローズはお澄ましでご挨拶。義姉(あね)たちは品よくお辞儀する。口を利くのは兄たちだけだ。


「姫、こんにちは」

「姫とティータイムなんて久しぶりですね」

「ドレス、よく似合って可愛いよ」

「銀のリボンが良く(うつ)って、もうすっかりレディですね」

「俺たちの姫が、もうすぐお婿さん選びだなんて、信じたくないよ」

「最近は魔法を覚えたそうですね」

「ええ、修行中ですの」


 三兄妹は揃って金の巻き毛で、兄王子とプリムローズが緑の瞳、弟王子は琥珀色の瞳をしていた。


「フォレストさん、お運びいただきありがとうございます」

「お招きいただき光栄です」


 姫がよそゆきの仕草で恋人を迎え、魔法使いも礼を尽くして挨拶を返す。そこへようやく、王様とお妃様がやってきた。一同は今一度立ち上がる。


「よいよい、身内の集まりじゃ。みなよく来てくれた」


 お妃様も麗しく微笑んで、引かれた椅子に腰を下ろす。



「お父様」


 プリムローズが早速切り出す。まだお菓子も運ばれて来ないうちから、さっさと本題を済ませようという魂胆だ。フォレストも隣で緊張している。


「昨日のお話なのですけれど」

「うむ、申してみよ」

「お誕生日のパーティーで、婚約者は選びません」


 猟犬王子がガタンと椅子を倒しかける。しかし王妃様に眉を潜められて、大人しく座り直した。兄王子は呆然と姫を見ている。フォレストは恐る恐る王様の顔色を窺う。


「話を聞こうか」


 王様の合図で早々にお茶が配られ、お菓子が供された。


「昨日も申し上げました通り、わたくし、ここにおいでのフォレスト師と永劫の時を共に歩みたいのです」


 プリムローズは清廉な瞳で父親を見る。フォレストも真面目に王様を見た。


「えっ」


 気さくな弟王子がフォレストを見る。兄王子は動揺を見せるが、穏やかに王様の方を向いている。王妃様は顔をこわばらせてティーカップに手を伸ばす。ティータイムの主題が知らされていなかったようだ。フォレストが招かれたのは、猫化解決のお礼かと思っていたのだろう。


「大魔法使いフォレスト」


 王様が厳かに呼ばわる。


「はい」


 フォレストは落ち着いて返答する。


「そちの意向は?」


 王家の視線が一斉にフォレストへと集まる。フォレストは堂々と宣言する。


「同じ思いでございます」


 プリムローズは頬を染める。2人はちらりと柔らかな視線を交わす。


「ほーう?」


 兄王子が小声で興味を示す。


「いつの間に?」


 弟王子が声を上げ、また王妃様に睨まれる。弟王子は肩を落として小さくなった。


「早すぎる決断とは思わぬか?」

「確かに早くはございますれど」


 フォレストが畏まって反論する。


「存在の本質が現れるのは一瞬です」

「む」

「まあ」


 王様が言葉を失い、王妃様の目がキラリと光る。姫は上気した顔で隣に座る大男を見上げた。


「言いますねえ」

「わぁ、一目惚れ?」


 王子たちが囃し立てる。


「いえ、それは違います」

「わたくしも、一目惚れではなくってよ」


 2人は、素早く否定した。


「突然猫にされて殺されかけても、自ら解決に乗り出す姿に感動しました」

「えっ、姫、自分で依頼に行ったの?」

「フォレストさんのことを知っていたのですか?」


 王子達は、姫とフォレストが出会ったいきさつを知らない。


「違うのよ。お城を追い出されて、カラスや馬車に追われるうちに雨が降ってきて。濡れて死にかけていたら、フォレスト師が救って下さったの」


 姫は嬉しそうにフォレストを見る。菫色の瞳が優しく視線を受け止めた。


「フォレスト師は、さりげない気遣いをしてくださるし、宝物級の道具を簡単に作って、惜しみなく人助けに使うし、だけど、大魔法使いというお立場が人からどう見られるかには無関心なの。道端で死にかけている仔猫を不用心にも拾ってしまうようなところがおありよ。もしかしたら、刺客かもしれないのに」


 姫は滔々と捲し立てる。2人の王子様は呆気にとられ、お妃様と義姉2人は好奇心を滲ませる。



「そち()の気持ちはわかった。しかし国の体面というものがある」


 王様は一口茶を飲み、厳かに語る。


「誕生日パーティーが終わるまでは、魔法便利屋も候補者とする」

「お父様、ありがとうございます!」


 プリムローズは、嬉しげに胸を手で押さえて身を乗り出す。フォレストは、そんなプリムローズを見てフッと笑う。2人の様子に、お妃様は満足そうに微笑む。


「パーティーには立派な王子様がたがお見えですからね。色々な方とお話しをしてご覧なさい」

「幾人とお話し致しましても、気持ちは変わりませんわ、お母様」


 自信満々の姫に、兄たちが口を出す。


「女の子ばかりじゃなくて、男の子の友達だって大事だよ?」

「そうね、マーサはたくさんの楽しい男の子の仲間がいるって言ってたわ」

「それに、ご同行のお姫様がたもたくさん御出だと聞きました」

「あら?お兄様方、なにか勘違いをしていらっしゃるの?パーティーが嫌なんじゃないのよ?」

「婚約者選びがメンドクサイから師匠に恋人役頼んだんでしょ?」


 小さく口を開けた弟王子の婚約者が、そっと肘で王子の脇腹をつつく。弟王子は気さくで友達も多いが、色恋沙汰には疎い。いつも頓珍漢なお節介をしては、婚約者に怒られている。プリムローズは抗議した。


「なんてこと仰るの!」

「そうでないことを祈ります」

「ちょっとレシィ?」


 姫は魔法使いを横目で睨みながら、もう一度気持ちを口にする。


「フォレスト師は素晴らしいお方です。わたくし、大好きなの」


 フォレストは枯れ木が燃え上がるように急速に顔を赤くした。口はきつく引き結び、目は半眼で逞しい銀眉はグイと寄る。


「はははっ、これは強いな、姫」

「フォレストさん、降参ですね?」

「お兄様方っ!」


 明るい春の花園で、朗らかな笑いが響く。雲雀は高く雲に飛び、花園の向こうに見えるリラの香りが甘く漂う。



 ひとしきり笑った後、皆は和やかな雰囲気でお菓子を摘みはじめた。草で編んだトレーにレースを敷いて、小さな(プチ)ケーキ(フール)を並べてある。黄色、ピンク、水色、白。薄い緑に菫色。銀のアラザンは朝露を表し、アンゼリカは細く刻まれて葦を描く。


「エイプリルヒル国王陛下、ひとつお話があります」


 話が途切れて、新しいお茶が来るのを待つ間を捉えて、フォレストが切り出した。


「なんじゃな?」


 王様はにこにこと促す。


「エイプリルヒル城下町の大魔法使いフォレストと透明ブローチの魔法細工師ティモシーの後見により、エイプリルヒルのプリムローズを大魔法使いに推薦致します」


 魔法使いは徒弟制である。新しく魔法使いになる者は、身元の確かな魔法使いが後ろ盾となる必要があるのだ。


「なんと、大魔法使いに?」

「はい。虹色ブローチ認定試験の受験申請を致したく」


 これには皆が言葉を失う。婚約の件よりも遥かに驚きが大きかった。まさに晴天の霹靂。


「いや、え?」


 弟王子様は理解出来ない。


「その、弟子入りはここ数日の事だと伺いましたが?」


 兄王子様は、かろうじて事実確認を行う。


「はい、その通りです」


 フォレストが真面目くさって返答する。また沈黙が訪れる。ひらひらと白い蝶々がやってくる。風は静かに草花を揺らす。プリムローズの巻き毛の上で、銀に菫花のリボンも揺れる。


「いや、そんな、いくらなんでも早くはないか?」


 王様が遠慮がちに聞いてくる。魔法のことなので、大魔法使いフォレストに異を唱えるのは気が退ける。だがやはり、余りにも常軌を逸しているように思えた。フォレストは僅かにニヤリとする。


「試験さえ受ければ、始源祭の前には認定されますよ」

「なんと」


 家族は無言で目を限界まで見開いたまま、プリムローズに顔を向ける。プリムローズは、すっと息を吸いながら瞼を下ろした。



「お父様」


 息を吐き出し、プリムローズが目を開く。


「わたくし、虹色ブローチがいただきとうございますわ」


 王妃様が青ざめた。また姫のお転婆だろうとたかを括っていたのだ。


「魔法は楽しゅうございます。魔法はこの世を良くします」


 プリムローズは銀色の恋人に目線で励まされる。


(この瞳に、いつでもわたくしは勇気をいただくのだわ)



 長い巻き毛がふわりと浮いて、金の軌跡を優雅に描く。


「ギャッ」

「キャッ」

「ええっ」

「オイッ」

「みゅうぅ」


 椅子の上には澄ました顔で、マーマレード色の仔猫がフサフサ尻尾をだらりと垂らしそよがせていた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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― 新着の感想 ―
[良い点] 猟犬王子(笑)わかりやすいです。 和やかで華やかでありながら、素朴でもありロイヤル。臨場感のあるお茶会でした。 話のわかる王様とお味方になってくださいそうな王妃様の場面のあとも続くそこはか…
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