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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第三章、虹色のブローチ

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24/80

24、真昼の姫と魔法使い

 悪戯そうに体を傾けて、覗き込むように見上げてくるプリムローズから、フォレストは目が離せない。プリムローズの髪は金色(こんじき)の滝となって流れ落ちる。フォレストの短い銀色のまつ毛の下で、菫色の瞳が渦巻く黄金を追いかける。


 腰を曲げれば敷石にまで届く長い髪は、フォレストの武骨なブーツを擦っていた。フォレストの胸に漣が立ち、愛しさが溢れて止まらなくなる。


「レシィ?」


 フォレストは長く逞しい指で渦巻く金を分けて、姫のすんなりとした首を探り出す。そのまま後ろ頭をマントの中に抱き寄せて、幸せそうに目を瞑る。


「えっ」


 抱き寄せられた姫は思考が止まる。フォレストはもう片方の腕でプリムローズの肩を包み込む。


「レシ、」


 姫の声が魔法使いの胸元でくぐもる。プリムローズの目の端では、アーモンドの花が虹色に輝く。


(あのブローチを、わたくしも)


 どんな試験があるのだろうか。フォレストもティムも、プリムローズが受かって当然だという雰囲気だった。案外容易い試験かも知れない。とはいえ、試験は試験である。油断は禁物だ。


(準備の仕方を聞かなくちゃ)


 頭を支える大きな手が、そっと巻き毛を梳いている。姫の分厚い髪の間を、長く器用な魔法使いの五本の指が行き来する。


(き、聞かなくちゃ)


 プリムローズの顔が熱くなる。


(何これ、なんなの?恥ずかし過ぎるわ)


 プリムローズは、ぎゅうっと目を瞑る。



「リム」

(ええーっ!やだ、なに?ええっ、この声すきーっ)


 姫の全身に降り注ぐ、それは確かに銀色髪の大魔法使いから出ている声だ。いたんだ銀髪、夜明けの菫、尖った鼻に狭い額。繊細と粗暴が入り混じり、独特の優しさを醸し出す。


(レシィ、レシィ、わたくしのフォレスト)


 姫は気づかぬうちにほっそりとした両の手を伸ばす。日ごろよく動く姫の四肢には、しなやかな筋肉がついている。だがそれ以上に、無意識に魔法の風を纏わせてあらゆる場所を縦横に動き回るのだ。


 フォレストの心臓が暴れ出す。姫の十指を覆う風がそよそよと脇腹を撫でてゆく。しっかりと意志を持ち迷いなく進んでゆく姫の指は、全ての関節を軽く曲げ、指を支える筋肉が感じられるほど力を込めて、フォレストを姫の方へと抱き寄せる。


「リーム」


 フォレストの顔が降りてきて、温かみを増した声が姫の耳元で囁く。姫は息苦しくてたまらない。だが、離れるどころかぴたりと寄り添う。姫の両腕は、いつしか魔法使いの背中に回っていた。


 回り切らない細腕にしがみつかれて、フォレストは姫の想いの強さを知る。いつもの不機嫌さはすっかり鳴りを潜めてしまう。熱に浮かされたような呟きが、姫の名前となって唇からまろび出る。


「リム」


 2人の鼓動がうるさくて、姫を呼ぶ声が遠く聞こえる。姫の心は彼方へと惑いゆく。どこかの空に流れる雲が、音もなく風に運ばれてゆくように。魔法使いの心は、流れ去る姫の想いに追い縋る。



 姫を掻き抱く腕が力強く動き、分厚い両の掌が小さな頭をすっぽりと埋めてしまう。頭から耳、耳から頬へと確かめながら辿る指の腹が、姫の視線を夜明けの焔へと導く。


 刹那、慕情が通い合う。森の緑と岸辺の菫は、優しい春の香りを込めて、ゆったりと満ち足りて声なき歌を交わす。その想いは堅固であった。青春の熱情と謗られる類のものではない。それでも若い情熱は激る。


「リム、口づけを」


 殆ど聞き取れないほど遠慮がちに、フォレストは姫に懇願した。プリムローズは美しく反った金のまつ毛で瞳を隠し、躊躇いながら背伸びする。


(これは、永遠の始まりね)


 互いの境がわからなくなるほど、鼓動と吐息は入り混じる。


(これからずっと、いつまでも、ふたりで)


 (かぐわ)しい何かが静かに訪れ、鼻がふれあいやがて離れ、互いが互いを頼り合う。暫く無言で寄り添ったあと、ようやく目を開けて顔を見合わせた。


「ふふっ」

「フッ」


 2人ながらに赤らんだ目元を認めて、ふやけた顔が笑い合う。それから、名残惜しそうに胸を押し、プリムローズが先に離れようとする。


「リム」


 傷ついた顔でフォレストが腕に力を入れた。


「レシィ、相談所に戻ってお昼にしましょ」



「えっ?」


 意外な提案にフォレストは驚く。


「あの、お弁当をお持ち致しましたのよ」

「俺も食っていいのか?」

「ええ、あの、難しいものでなければ」

「好き嫌いはねえが、何があるんだ?」

「お魚のテリーヌと、ほかにもいろいろ」

「フ、魚かよ」


 フォレストは頬を染めて、再びプリムローズをギュッとする。解放する気配は全くないが、ここは往来の真ん中である。人通りがまばらとはいえ、たまには足音も近づいてくる。


「レシィ!人よ!離して!」


 触れ合うだけの初めての口づけは、16歳の若者を貪欲にする。反して15歳の乙女は冷静になる。


「ダメよ!お昼いただいて、お仕事して、そしたらお父様とお茶よ!忘れてない?」


 正直なところ、フォレストは全部忘れていた。初めての恋が逃れようもなく本物で、共に歩む永遠を決意したばかり。2人は寿命があるかすら疑わしい大魔法使いとその候補である。その上、実際の年齢は揃って僅か16年程度。

 これから生きて体験する永遠の愛が始まったところ。触れ()めた唇は、甘く(やわ)くフォレストの頭を芯から痺れさせてしまう。


「悪かった、戻ろう」


 すっかり反省して腕を緩めるが、ちょっと考えてから最後に一回ぎゅうっと腕に閉じ込める。


「レシィ!!」

「ごめん」


 うっすらと未来の絵図を垣間見させながら、2人はようやく身を離す。



 相談所に戻ると、フォレストは部屋を見回して言った。


「椅子が足りねぇな」


 一階はカウンターしかなく、二階はフォレストの小さな机一卓と椅子が一脚あるばかり。


「そうね」


 それは判っていたことである。


「外に行くか?」

「これがあるわ」


 プリムローズは、薄桃色の魔法の風で繭のような椅子を作る。


「そうだな」


 フォレストは思い付かなかったので、感心した。


(あら、風の椅子を使えばいいってこと、全く気づかなかったのね。抜けてるのね。可愛い)

「立って食べるのもしてみたいけど」


 プリムローズは、昨日の妄想を告げてみる。だが却下される。フォレストも一脚、薄紅色の風で椅子を作る。優雅に湾曲したアームレストが、包み込むような椅子の背につづいている。


「とりあえず座れよ」

「ええ」

「ここんとこ歩いてばっかりだろ?」

「そういえばそうね」


 万魔法相談所のカウンターに向かって二脚、風の椅子を設置する。プリムローズの実力では、持続できるのは2時間程度。食事中座れればそれで良いので、充分である。フォレストの椅子は、魔法を解かなければずっとそのまま存在できる。


(レシィに抱きしめられているみたい)


 互いに相手の作った椅子に収まって、丈の高いカウンターに座る。横長の天板は多少の年季が入っている。だが、傷ひとつなく、あまり来客の無いことを予想させた。


(仕事は街で拾うのでしょうね)


 カウンターを観察しながら、姫はお弁当を拡げる。虚空から取り出す魔法を成功させていたので、正確には持ってきていたのではない。この魔法はつまり、空間を繋げるのだ。向こう側に人が居れば、虚空から突き出た手に物を持たせてくれる。

 この方法で、プリムローズは昼食を今取り寄せたのだ。料理長には話してあった。声をかければちょうど良いタイミングで渡してくれる。だから、実際はお弁当ですらない。


 いくつもの皿を、手際よく厨房から受け取って並べてゆく様子は、姫というよりやり手の配膳人のようだ。お弁当という設定なので、冷めると更に美味しくなるテリーヌや、保温の魔法が施されているスープなどが一度に渡される。保温は火の魔法の応用だ。


「料理長ったら、また腕を上げたのね」


 目の前で仕上げ焼きをする包み焼きセットまである。小さな魔法の火種が置かれた2人用卓上コンロに、調理用の魔法スレートが乗っている。その上には、これまた魔法で加工された薄い紙のような金属の包みが存在感を出している。こうした調理用品は、専門の魔法職人が作る。お城の厨房では、その職人から仕入れているのだ。


「火が消えたらお召し上がりください、ですって」


 取り出すと同時に着火した魔法の火種は、目まぐるしく色を変えながらパチパチと陽気な音を立てている。魔法なので音を出さないこともできる。だが演出として焚き火のような音を加えてくれたのだ。


「ふふっ、森のキャンプみたいね」

「キャンプしたこと、あんのか?」


 2人は肩を寄せ合って火を見つめている。フォレストが何もない空中に手を伸ばす。片手で木のボウルを取り出した。何にでも使うフォレスト唯一の皿である。


「ないわ。ご本で見ただけ」

「今度行くか」

「行ってみたいわ!」


 フォレストは、また目の前の虚空に片手を入れる。もう片方の手は、ボウルを持っている。白い魔法のミルク壺を取り出すと、そこからミルクティーを注いだ。建物の一階部分もフォレストの部屋扱いらしい。魔法の食品箱や無限ミルク壺は機能する。


「あら、ミルクだけじゃないのね!」


 プリムローズは目を輝かす。


「ミルクティーもミルクの一種だろ」

「そうかしら?どちらかと言うと、ティーの一種じゃないかしら」

「そうか?」

「もしかして、ミルクが入った飲み物ならだいたいなんでも出てくるの?」

「そうだな」


 フォレストはミルクティーのボウルをプリムローズの前に置く。


「蜂蜜ホットミルクとか」

「出せる」

「ミルクセーキとか」

「出せる」

「いちごみるく」

「出せる」


 淡々と肯定しながら、フォレストはつややかに光る赤い柑橘の飾られたサラダを小皿に取り分け、これもプリムローズの前に置く。そのあと自分の分も取って、料理長から届いたフォークで口に運ぶ。


「フローズンヨーグルト」

「出せる」

「そのへんはわかるのよ。ミルクがメインでしょ?」

「そうだな」

「でも、ミルクティーは、ティーがメインよね?」

「ミルクにお茶を入れるんだからミルクがメインだろ」

「あら、お城ではお茶にミルクを注ぐのよ、ティーがメインよ」

「俺はミルクでお茶を煮出す」

「煮出す作り方でも、やっぱりティーがメインだわ」


 不満そうにプリムローズをちらりと見て、魔法使いは焼き立ての丸パンを千切った。パンが小さく見える大きな手の、親指と人差し指だけで三分の一ほどちぎり取る。プリムローズなら10口分くらいだろうか。


(一口が大きいのね)


 プリムローズはドキドキした。自分も籠からパンを取る。あつあつパンを五指に余らせて持ち上げた。指先の風が火傷を防ぐ。プリムローズは、パンを小皿の上あたりに持ってくると、優雅に親指の先ほどつまみ取る。


「ちっちぇ口だな」


 フォレストの目尻に皺がよる。プリムローズは真っ赤になった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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